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ブートキャンプ!

前部分は花房公使、後ろの一部分は頭山満の視点です。

レッツゴー!ブートキャンプ!

新しい漢城府(ソウル)の公使館に移って、カレコレひと月ほどの時間が経つ。

やはりまだ慣れぬ点が多い。


何と言っても此処からは海が見えぬ。故郷や釜山と違って、潮の香りがない土地柄だ。

私とて東京・大阪に住んでいた時期もあれば、海の無い土地に住むのも初めてでは無い。


それでも国から離れて他国と交渉事を進めるのに、海から離れるのはソコソコ覚悟を必要とする事だった。

有事にあっては自力で脱出するしか無いが、海から50kmも離れた場所で、それは骨の折れる仕事だ。


朝鮮が他国公使館を尊重してくれればいいのだが、見張りをつけても護衛をつける気は無いようだ。

取り急ぎ使用人は全て釜山にいた者たちで固め、先日日本から来てくれた頭山くんとその部下たち十数名も此方へ住んでもらう事にした。


事前に決め事は無かったが、明らかに釜山の方が快適なのは分かるはずだ。

それでも頭山くんは『問題なか』の一言で、漢城府行きを快諾してくれた。

全く心強い仲間が増えたものだ。


心強いといえば近衛新軍の教育に派遣された、立見少佐も驚くべき人だ。


そもそも3個中隊程度の指導教官として、少佐階級が派遣されるのは随分と大げさであり、本人の士気にも関わることと思う。にも関わらず少佐は本件の重要性をよく認識しており、その情熱は人を動かすに十分なものだった。


「軍とは規律であり個人の犠牲の上に成り立つものです。」

少佐はこともなげに言う。


「よって他国の士官からコレを教わるのは非常に難しい。主な内容は下士官や兵が反発する様な事ばかりなので。」


そう言ってハッハッハと高笑いする少佐に、私は不安を覚えたものだ。


「少佐、その困難な任務を如何にして実行されるおつもりか?」


今にして思えば馬鹿なことを聞いたものだと思う。

立見鑑三郎という人を知らなかったのだ。


「公使閣下、ワシには誠意がある。コレは誰に見られても恥ずる事なき大誠意である。朝鮮の諸君にもこの大誠意を以って接する。それ以外に人から尊敬を勝ち取る道はない。」


何を言っているのかわからんが、すごい自信があるのは間違いない。


そもそも陸軍参謀本部が『陸軍最高の教官』と推薦してきたのだ。

任せるしかあるまい、そう思った。


そうは言っても不安でもある。

公使館の使用人の中に、少々気の利いたものたちがいるので、彼らを使って暫く様子を観察させていた。


彼らの報告を聞くに、少佐がまず行ったのは徹底した体力作りであった。

いや正確に言えば、ここまで3週間以上経ったのだが、まだ体力作りしかやっていないようだ。


「少佐の訓練はとにかく走ります。朝4時半に起きて走り、朝食を終えてまた走り。」

「それは大変そうだ。」


「ただ走るのではありません。足並みを揃え声を出しながら走ります。足並みが乱れると、横にいる軍曹が竹刀でブン殴ります。」


......大誠意はどうした?


「それからうつ伏せて腕の曲げ伸ばし、仰向けで上半身起こしなど、かなり独特な訓練をやっており、とてもキツそうに見えます。その後昼食を済ませると30分休憩。そしてまた走ります。」


何やら犯罪者への罰のようだ。


「その後は穴掘りと土の袋詰め。それを運んだり重ねたり。木で柵を作ってまた壊す。それらを競争で行い、負けた者はまた罰として鍛錬。」


「そこまでやって反乱は起きぬのか?」


「当然反発する者も出ております。1度など数十人が教官へ襲いかかったことも。」


それを少佐の連れて来た部下たち10名が、竹刀でボッコボコに叩きのめしたらしい......。まあ多少誇張が入っているかと思うが、訓練された者が如何に強いか自分達の体で確認できただろう。


「あん人たちゃブッたまげるほど強かじゃ。人間ば超えとる。」

自主的に訓練に参加する頭山くんは、以前そんな言葉で立見軍団の強さを表現していた。


立見少佐自身、柳生新陰流の免許皆伝である。

他に少尉が1人、軍曹以下9名が同行しているが、いずれも一騎当千という言葉がふさわしい。


「更に今度は脱走者がでます。コレは流石に大勢でとは参りません。数名が夜に試みます。」

しかしこの強化訓練において、立見少佐は当直制度を実施していた。


日本人教官たちが交代で2名当直となる。更に訓練兵が4名その下で巡回する。

最初の脱走兵が出た日、見張りの4名は脱走者を捕獲できなかった。


「翌日当直の4人は、朝から2時間逆さ吊りにされました。以来脱走を試みるものはおりません。」


立見少佐が『鬼立見』と呼ばれた瞬間だった。大誠意......からかなり離れているようだが?


とにかくコレが2週間の間に起きた。


「しかしそれから後がよく分かりませぬ。訓練はますますその強度を増しておりますが、兵士たちがなぜか....生き生きとしておると申しますか....。」


今日は1町(約110m)ほどあろう泥だらけの道を、地面に腹ばったままにじり進む団体競争をしていたそうな。

敗者が出るたびにその場で腕の曲げ伸ばしである。


「しかし以前に比べて兵士たちはヒョイひょいとこなし、直ぐに競争へと戻るのです。その顔はみな笑顔でございました。」


追い詰められて頭がおかしくなったのか?


「しかし以前と確実に違うのは、上官たちに対する尊敬の念が見られる事です。」


やはり私にはよく分からない。

コレが鬼立見の言う『大誠意』が通じた瞬間なのか?


「鍛錬はまだ始めたばかりで、コレから2ヶ月ほどは続けるようです。その後ようやく軍事訓練を行い、3ヶ月ほどで終了すると。」


使用人たちの報告は続く。

信じがたいことだが、どうやら立見少佐は素晴らしい成果を上げつつある。

新軍の訓練は今年中にかなりの水準に達するようだ。


コレならば日本国陸軍が駐留せずとも、ある程度の暴動ならば彼らが鎮圧できるかもしれぬ。

次の動きを....早めてもいいかもしれない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ワシらが釜山から漢城府(ソウル)の公使館ば来て、もうボチボチ3週間程になる。


最初の1週間ば釜山で過ごしたけん、漢城府よりは釜山が良かったとは皆言いよる。

ばってん此処でも面白か男が沢山おる。


なんと言っても鬼立見ほど面白か男はおらん。一体何処まで強かじゃ、底ば見えんほど強か人ばい。

一緒に鍛錬したワシらも、心の底からこの人ば尊敬するようになった。

朝鮮人の兵隊たちとも、訓練ば通して一体感が出てきとる。


この集団は強か。


訓練が終われば、ワシらは兵舎でなく公使館で寝泊りする。

ここは申し訳ないが、居心地違いすぎるけん変える気はなか。


7月も半ばのある日、いつも通り汗だくの訓練を終えて公使館ば戻ると、使用人たちが何やら花房さんと話ばしちょるのが聞こえた。


「日本の反応を待っていては、この計画は進められん。新軍の訓練は冬までには完了するらしいから、その辺りを目指して進めよう。」

「はい。既に接触も終わっております。日本人が絡んでいる事は露見しておりません。」


なんじゃ?新軍がらみの計画?

それをなぜ立見少佐のおらんとこで、しかも使用人らとせにゃならんのじゃ?

日本人が絡まぬ?訳わからんばい。


ばってん内密の話ば聞いてしもうた弱みで、こちらから声ばかけれる雰囲気ではなか。


「この後武器は何時ごろ.....。」

声は更に小さく低くなり、このまま居ってはコチラの気配が知れる。


ワシは止むを得ず静かにその場を去り、仲間と住む大部屋へ戻った。

同室は来島恒喜、的野半介。

ワシよりも歳が若く気の利く奴らじゃ。


「この公使館の使用人ども、何か怪しいと思うた事はなかと?」

ワシの問いに2人は首を傾げる。


「さーて、何ぞおかしな事がありましたかのう?半介さん?」

「うーんそうじゃのう、言われてみれば如才ない奴が多いような....それでも公使館の使用人ですけん、優秀な奴ば連れて来ようとでしょう?」


「そりゃそうばってん気に入らんたい。アレではまるで間者よ。」

「そんな奴らがおりましたか。」


「おお、そういやあ加島屋の佐吉さんが言っとられました。公使館の使用人は何ぞ倒産した商会の職員ばしとった奴らじゃと。」

「そうじゃ恒喜、よう思い出した!」


「倒産した商会?別に珍しか話でもなかばい。」

ワシは興味をそそられなんだ。


「じゃがこの商会が癖もんじゃ、ミツルさん。」

「そうそう、何でも土佐の後藤象二郎が作った会社だったらしか。」


「後藤?」

そんな奴もおったのう。板垣の盟友だったはず。

最近名前を聞かんと思っとったら、朝鮮なんぞにちょっかい出しとったんかい。


大して大事な話とも思えんかった。


しかしさっきの話題は気になる。

花房さんは新軍に、何をしようと思うとるんじゃろか.....。



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