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政治と国事

昨日の投稿前書きで「物語をたたんで」と書きましたら、


「もう終わり?」とのお声をいただきました。


紛らわしくてすいません。第2部のオチに向けてたたんで行こうという意味で、


物語はまだまだぜーんぜん続きます。少なくとも誰か読んでいただいてるうちは。


よろしくお付き合いのほどお願いいたします。(´∀`)

後藤さんがやって来たのは、午後6時を過ぎたあたりだった。


昼間の暑さもこの時期ならば、夜まで持ち越すことはない。


精養軒のガラス窓は開け放たれ、気持ちのいい風が吹き込んできた。


「福沢さん!遅くなったかな?」

「いえいえ後藤さん、まだビールも頂いてませんよ。大丈夫です。」


先生は相手が誰だろうが、来る時間に遅れた人を待ったりしない。

飲みたくなりゃあ飲むんだ!と言って先に酒盛りを始めてしまう。


「後藤先生ご無沙汰しております。」

俺と矢野さんは立ち上がって礼をする。


「やーやー、まあ掛けてくれたまえよ!僕にそんな礼をするには及ばない。」

後藤さんは気さくに挨拶を済ませる。


いろんな評価があり、この人を理解するのは難しい。

土佐藩家老格、維新後は参議であったり工部大輔であったりしたが、征韓論に加担して明治6年に下野、板垣退助と共に愛国公党立ち上げ。


それでも自分は政治そっちのけで商売に勤しむ日々。

とにかく変わってる。


「どうです福沢さん、僕の提案は考えてもらえた?」

福沢先生にタメ口きいてるのは、俺の知る限りこの人くらいである。


「はい。後藤さん自ら政府顧問となって、朝鮮へ乗り込まれるというお話は大変素晴らしいと思います。この後花房へ連絡して問題点を検討させます。対策ができてから、井上卿へ申し上げましょう。」


後藤さんが朝鮮政府顧問?

言いながら先生は俺をチラ見。

いや今は無理でしょ、先月朝鮮行って来たばかりじゃん。


俺は慌てて目を逸らす。

矢野さんはと見れば....既に目を閉じて無の境地に入っていた。卑怯者め。


「そう!福沢さんに賛成してもらえたなら心強い!」

「私の推薦などたかが知れております。しかし無血革命を目指す朝鮮に、後藤さんのご経験は必ず活かされる事でしょう。」


先生はそう言って後藤さんを立てる。

まあでも本心でそう思われている事だろう。なんせ後藤さんへの先生の評価は高い。


「僕たちが明治6年に下野したのも、その後愛国公党を作って民権運動を広めたのも、全てこの朝鮮問題を憂いたためだからね。今この問題に終止符を打つため朝鮮政府の顧問となれれば、大きな前進となる!」


「それは実に素晴らしいお考えです。大政奉還を実現した後藤先生ならば、朝鮮の政治改革など最も容易いものでしょうな!」

矢野さんのゴマスリが切れ味よく決まる!


後藤さんは晴れやかな顔をしていた。

しかしこの人また政治に関わったりしているのかな?


だとすっと多少厄介だ。なんせこの人板垣退助と幼なじみの親友。

しばらく民権運動でも行動を共にしていたし。


テッキリ商売にのめり込んでいるんだと思っていた。少なくとも前回会った時はそうだったが。


「ではこの件、犬養に進めさせましょう。」


おおっと待ったあ!そんな簡単な話じゃありませんよ!俺もう先生の秘書じゃないっすから!


「それでは、今少々抱えております件が夏頃に目処がつきますので、秋になりましたら朝鮮を訪ねる事にいたしましょう。それまでは書簡にてやり取りを進めます。」


福沢先生と矢野さんが俺をジトっと睨みつけるが、俺はすっとぼける。

文句あんなら尾崎にでもやらせてくださいよ、秘書でしょあいつ?


「いや....犬養くん、もうちょっと早くならんかなあ。」


後藤さんはあくまで笑顔、しかし少しイラついて目が険しくなっている。


「後藤先生、ご心配には及びません。今のところ朝鮮政府の大勢は清国派の手にあり、急いでみたところで花房さんにもどうする事もできぬと思われます。」


「コレ!犬養よ、後藤先生に対してオマエ....。」

矢野さんのテンプレちっくな合いの手が邪魔くさい。


「ふむ、それはそうかも知れぬが......。」

後藤さんはまだ不満そうにしている。


「多数派を握っておらぬ不安定な独立党が、よしんば後藤先生を受け入れる事に成功しましても、今度はご自身の生命が保障されません。ここはじっくり進むべきと思います。」


コレには誰も何も発言しない。俺はここで現実的な時間を提示する。


「後藤先生のお考えは事前に書簡で十分説明し、受け入れ体制が整ったところで動くといたしましょう。私がみるところコレは早くて来年までかかります。」


「ずいぶん呑気な事じゃないか?大策士と世に名高い犬養毅が、どうにも弱気な事だ!」


後藤さんは不満そうに言うが、逆にどっからこれ以上楽観的な考えが湧いてくるのか知りたい。


「今抱えている仕事と言うなら、それは大隈くんの政党設立の件だろう?逆にその仕事が夏までにどうにかなるとは到底思えないね。そちらにはサッサと見切りをつけて、僕に協力してくれたまえよ。そうすれば悪いようにはしないからね。」


おお?言ってくれんじゃないの。俺はやるっつったらやるんだよ。


「仰せの通り今は大隈卿の政党設立のために、微力を尽くしております。この件()()()()()()()()()()()、夏までには目処をつけますのでご安心くださいますよう。」


後藤さんの額がピクリと引き攣る。

俺を睨め付けるその迫力は、先ほどまでの友好的な雰囲気と対極的だ。

でも先生ほどの怖さがないのは知的な背景の差かな。


俺はチラリと見物人(ギャラリー)2人を見やった。

顔面蒼白の矢野さんに対し、福沢先生はニヤけている。OK問題なし。


「邪魔が入ったりするものかねえ?いやソウソウ、僕たちが今進めている『大同団結運動』はもしかしたらだけど、チョット君の邪魔になっちゃうかも知れないねえ!」


後藤さんはほぼ叫ぶように言葉を放った。

あー、あったなそんなん。教科書でチラッと見たわー。


そーか、矢野さんリストの半数が返事をくれないのはそのせいか。

コレは後藤さんが仕込んだこと、となればこの人、商売やめて政治に完全復活確定だな。


しかしその程度の仕込みで俺に勝ったと思うなよ。今はバッチリやられてるけど。

板垣&後藤の弱点なんてコチとらお見通しよ。


「なるほどウチの陣営から切り崩し、自由党とは政策連携しようって手ですね。」


「い、いや切り崩しなんてキミ、そんなロコツなことは.....。」


やってんじゃん、まあやればいいんじゃね?


「それはまいったなぁ!いやもしかしたらだけど後藤さんに切り崩された影響で、冬まで身動き取れないかも知れませんねえ?」


ワッハッハっハと福沢先生は大声で笑い出した。

後藤さんは苦虫噛み潰したような顔だ。


「後藤さん、この男は大久保利通まで手玉に取るような男ですぞ!くれぐれもご注意くださいよ!」


俺はそんなことした覚えはない。


「そんな福沢さん、まるで楽しんでおるような.....勘弁してくだされ。」


「イヤ楽しゅうございます。本邦でこの様な政党の手練手管を見れるとは!どんどんやるべきですな!」


この人は真剣に楽しんでいるんだと思う。頭良すぎて一周回ってドコカオカシイ。


そこへ尾崎行雄が階下から走って部屋へ飛び込んできた。

「も、申し訳ありませえええん!」


「馬鹿め、遅すぎるわ!早く取り掛かれ!ここまでの話は後でツヨシから聞いてまとめておけ!」


どうも尾崎は速記で呼ばれていたのに、到着が何かの都合で遅れたものらしい。バカメ。

涙目で速記の準備をする尾崎を尻目に対話は再開されるが、後藤さんすっかり毒気を抜かれ、先程の殺気は何処へやら消えてしまっている。


「しかし犬養くん.....。政党として対立するのが分かりきっている僕に対し、それでもこの朝鮮の件は協力するって言うの?」


「それは勿論です。片方は政治であり、多数の取り合いが規則なのですから対立するのがあたりまえ。一方この朝鮮の問題は国事です。国事は敵味方といわず手を取り合って向かう、それが理の当然と思います。」


「ふふん、この師匠にこの弟子アリと。」

後藤さんは俺の言い草に、何か面白みを感じたらしい。


「良かろう、どうやらこの件は君に主導権を持ってもらうのがいい様だ。僕は暫く新橋の芙蓉亭に宿をとっているから、何かあったら連絡をくれ。」


給仕がビールを大量に運んで来た。

後藤さんはグラスを掲げ、大音声で乾杯と叫ぶ。


先生は始終ご機嫌で、先程の大同団結の話を後藤さんから聞き出している。

そうして『数は諦め名を取りますか』なんて言っては、後藤さんをチョイチョイからかっていた。


先生と後藤さんの関係性が何だか面白い。


それにしても後藤さん.....征韓論に敗れて6年、商売に徹していたのも執念のためか。

見た通りの簡単な人じゃない。


俺は初めてこの人に警戒心を覚えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] ツヨシの実務者(官僚)主体の議員で構成しようとしている改進党像が、吉田学校にダブって見えた 吉田学校の構成員も大蔵省次官や運輸次官などの実務官僚団、地方自治体の知事や副知事が多かったし
[良い点] ツヨぽんのやり返しに余裕をなくす後藤さんと面白がって眺める福沢先生……三者三様の描写を堪能しました……「大久保を葬り去った男」の真骨頂ですねぇ  ̄▽ ̄)♪ [一言] 政治と国事の峻別……現…
[一言] 明治の人間がそんな簡単に諦めたら今の日本があるわけ無いから、やはりこの頃の人は色々凄いんだろうね。怖い。
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