極悪非道 赤坂会
そして夜.....。
赤坂の飲み屋街、一際混み合う一杯飲み屋の暖簾を、イカツイ男たちが潜る。
着流し姿の男たち、その身のこなしには一分の隙もない。
「これが....赤坂会の正体ですか。」
比較的若い男がそう呟く。何だそれ?
「マッタクあやつらときたら、妙な噂を流したもんじゃ。」
「何が赤坂会だフザケやがって。やっぱり小僧どもなんぞ参加させるんじゃなかった。」
ガラの悪い男たちは、俺の姿を見つけまっすぐに寄ってきた.....。
「よおツヨシ!何ブツブツ言ってやがんだ?」
「おじさしぶりです、ゴローさん。鳥尾さんも、お勤めお疲れ様でした。」
何か早く見つかりすぎてツマラン。
もう少しハードボイルドしていたかった。
「お主ワシには挨拶がないのう、ツヨシよ。」
「いや、お忙しいと思って!別に避けてたわけじゃないっすよ、谷さん!」
構わないとすぐ拗ねる谷さん。後ろには初参加の児玉さん。
「これが陸軍首脳とキミの秘密だったんだ.....犬養くん。」
秘密って言えば秘密ですが。
「私が聞いていた噂とだいぶ違うね。話じゃ氷川神社の近く、人気のない民家の地下室で、夜な夜な邪魔者の粛清が行われているという......。」
ナンダその悪の組織は?そんなモン作って誰得だ?
「以前木越やら柴やらがここに来たじゃろ?あん時アイツらがお主にあって嬉しくなり、イロイロと同期や後輩へ自慢しまくったのが、尾鰭がついてこんな事になったらしいの。」
「軍関係の名前は流石に出せなかったようだが、ツヨシは軍・政府・民権運動・財閥を陰で操る、巨大組織『赤坂会』の首領ということになってやがる。」
ゴローさんは半笑いだった。
そのせいで陸軍の職員たちが、俺を見ただけで壁にぶつかって倒れたりしてんのか?
「木越と柴は今どこに?」
「2人ともドイツへ留学させとる。粛清するなよ、ツヨシ!」
笑えない冗談だ。もはやそのスジで収拾不可能のようである。
「今日初めて谷閣下からお誘いいただき、まさか私が粛清対象かと....。」
「怒りますよ児玉さん。」
みな笑っている。まあそこまで荒唐無稽な噂なら、かえって否定して回る必要もないか。
「今日守衛さんはまともに驚いてましたが。」
「みんな与太話とは思っているんだ。でもいきなり本人に会っちまえば、驚きもするだろ?」
鳥尾さんまでそんな事を言う。
「まあそんな下らん話はここまでよ!今日は梧楼と小弥太の復帰祝いじゃき!」
昼間の児玉さんと打合せ中、谷さんが突如乱入して来た。
それで今日は赤坂で集合じゃ!と決定したのだ。
「まあみんなの祝いだな。まさか全員、無事で切り抜けれるとは思っていなかった。」
ゴローさんがしみじみ言う。
「オマケに陸軍主流派へ昇格だ。谷さんはこの後陸軍卿へ、俺が陸軍大輔で小弥太が参謀本部長ときた!」
「犬養くんが影の支配者と言われるはずだよね。ここまで効果抜群だと。」
あーもーそれイイですから。
「皆さんが命がけで動いた結果です。誰か1人の手柄じゃない。」
みな頷いている。酒がやって来たので、目立たぬように気をつけつつ乾杯だ。
「おや、結構飲めるようになったな、ツヨシ。」
ゴローさんが目敏く見つけて俺に言う。
「日本酒はコレでもう十分です。」
「そう言うな、まあ飲めよ。」
そんなに飲めるようになったわけじゃあ....まあ今日はいいか、めでたいし。
「オヌシの要件は朝鮮がらみと言っとったな?」
「例の振亜社がらみの教官派遣の件です。」
児玉さん、ここでさっきの報告?
仕事終わってから来いよと思ったが、主に鳥尾さんとゴローさんに説明してんのね。
2人ともまだ職場復帰前。
初めて聞く話らしく、児玉さんは前後の事情から今日の俺の報告まで、かなり丁寧に説明する。
「なるほど。花房の気持ちも分かるが......教官派遣の以外の手は、今のところ使えそうにないな。その大院君の煽動ってのは確かな情報なのか?」
鳥尾さんは早速仕事モードです。真面目な人なんですね。
「花房さんはかなりの確率で起こるだろうと。」
前世でも起きてますしね。コワシさんによれば、あと3年ほど後って事ですが。
「そうなると陸軍の威信にかけても、最強の男を送り込まねばならんぜよ。」
「谷さん自分で行くとかダメっすよ。」
俺は冗談で釘を刺したつもりだったが、他の皆さんもえ?って感じでこっちを見る。
オマエラ......全員自分で行くつもりだったか!
「谷さんだけじゃないです!みんなダメ!ここにいる人全員禁止!」
「何でそうなる?日本国最強の軍人といえば、俺を置いて他には.....。」
「梧楼さん、こう言っちゃなんですが、コレは参謀本部で仕切らせていただく案件で....。」
「イエ本部長、御自身でいかれては指揮系統に支障があります。ここは私が....。」
「全員ダメです!」
周囲に聞こえぬよう低い声で叫ぶ。オッサンたちは不満そうな顔で俺を見るが。
「立場ってものを考えてください!さっきも話があった通り、皆さん今や陸軍の主流派なんです!」
そこでオッサンたちはハッと気づいたようだった。
俺に言われるまで気付かんとか、今までドンだけ冷や飯食ってたんだアンタら。
「それなら1人いい男がいる。って言うかコイツしかおらん。」
ゴローさんが渋々と言った具合で、1人の名前を挙げる。
ー 立見鑑三郎
一同、ああ〜と声を合わせる。何この空気?この人そんなにすごい人ですか?
俺ゼンゼン聞いた事無いんですけど。
「犬養くんは西南戦争で会っていないか?」
児玉さんは言うけれど、勿論全員の名前などチェックできてません。
「コイツは納得だ。自身も風伝流槍術と新陰流の免許皆伝だが。」
鳥尾さんが頷きながら言う。
「何と言ってもこの男の凄みは用兵にある。奇兵隊を散々に打ち破った男だ。」
奇兵隊ってあの奇兵隊っすよね?この人旧幕府軍の人だったの?え、それで今陸軍ですか?
「戊辰の戦いの中で、この男の伝説は際立っている。とりわけ長州の男たちの心胆寒からしめたのは、北越の戦闘よ。指揮を取っていた奇兵隊参謀、時山直八を討ち取って奇兵隊を壊滅させやがった。」
ゴローさんは忌々しそうに言う。
「戦後しばらくして、西郷さんが直々に出仕を願い出たんだ。そんな男はコイツだけさ。」
ほえー、よく分からんが凄いんっすね。
「山県は天敵の如く嫌っていたよ。時山は親友でもあったし、本来あの戦いでは自分が指揮をとるはずだったんだ。戦後は挨拶すら避けるような有様だった。」
根拠はないですが山県卿の敵っていうだけで、味方になってくれそうな気がします!
「桑名藩の将であったときに、幕府お抱えのフランス人が奴の用兵に肝を潰したっちゅう話もある。」
谷さんまで、立見鑑三郎最強話に乗ってきた。
みんな何でソンナ知ってるんですか、この人の最強話。
軍人ってのはこういう話が好きなんだろうか。自分以外の話でも。
「まあとにかくコイツにやらしときゃ間違いない。部下も10人ばかし本人に選ばせて、なるべく早く派遣しよう。今どれくらい武器も提供できるか、明日にでも調べておけ。」
鳥尾さんが児玉さんへ命令している。
どんな人なのか俺も楽しみになってきたが....まあ会う機会はあるかどうか。
「それからもう一つ、児玉さんにお願いありまして。」
「え?さっきの打合せで言わなかった事?」
そうなんです、流石に勝手に決めてきちゃったことだけに、陸軍省の中では少々言いづらかったので。
「実は....日本人居留地の警備強化が急務であると思うのです。」
俺は自分が見てきた事を詳しく説明する。
目と鼻の先にある貧民街。壊れて役に立たぬ防御壁。門番もおらぬ正門入口。
万が一の時には、居留民の財産が1番先に狙われる。
子供たちに至るまで、生き残れるものはいないだろう。
俺は前世の内戦下の暴動を思い出して、暗澹たる気持ちになる。
「なるほど、自衛団を組織してきたのはさすがだな。」
ゴローさんが褒めてくれるが、それだけじゃ困ります。
「俺の友人を、自衛団強化のために釜山へ送り込もうと思うのです。本人は快諾してくれてますが、銭の保証もなくただ行ってこいとは言えません。振亜社から資金のご提供をいただくわけにはいかんでしょうか。」
「ふーん、別に悪い話じゃない。振亜社の仕事も手伝ってもらえるんだよね?情報収集とか?」
児玉さんはそれとなく俺を補足する言い方をしてくれる。
「ツヨシの友人の名前は?何人で行ってくれるんじゃ?」
谷さんが聞くのに答えて、俺は控え目に名前を告げる。
「あの...当間満男って覚えてますか?例の福島事件の....。」
谷さんとゴローさんは目を剥いて俺を凝視。
そうです...あの爆弾魔です....。




