保守党誕生その名は.....
久々に東京にもどり、大蔵省と福沢先生のところへ行く前に、矢野さんのお宅へ。
綾さんの顔を見るまで、どこにも行けない気分だった。
「その心がけ大変よろしくてよ、犬養さん。」
矢野さんの奥様からお褒めの言葉をいただく。
「今回本当にご苦労だった。先ずは休んで明日以降に報告すれば良いさ。」
矢野さんも今日はなんか優しい。
「犬養さま!今日はお食事を.....。」
「綾さん。一つお願いして良いですか?」
ひょっと綾さんは手で口を塞ぎ、俺の言葉を聞く。
「いつまでも『犬養さま』では他人行儀すぎる。良ければツヨシと名を呼んでください。」
「は、ハイ....つよしさん....。」
「はい。」
「うぅ....恥ずかしいです....。」
綾さん可愛すぎて俺昇天中。
「つ、つよしさん....お食事召し上がっていきますよね!」
「はい、是非よばれていきます。」
綾さんは日本髪でなくポニテ風に髪を結び、袖をフリフリ準備に勤しむ。
この様子がいかに可愛いか(省略)
「さて、手紙でも伝えたが少々申し訳ない結果になった。大隈卿も甚だご立腹だったよ。」
矢野さんは俺の辞任の件を言っているのだ。
もちろん愉快な話というわけじゃない。
それでも俺は遅かれ早かれ、政治家を目指した活動に入ろうと思っていたし、前回の帰郷で地元での活動拠点の必要性も感じていた。
ここで大蔵省を辞め、政党立ち上げの活動に入るのはむしろ渡りに船なわけで。
嬉しそうに言うわけにもいけないが。
「警保局が俺を疎ましいと思っているのは分かりますが、そこまで干渉してくるのは意外でした。何か理由でもあるんでしょうか?」
「はっきりした事は何も出てこない。白根という奴は手の内を見せたがらん。話し合いは雲を掴むが如しだったよ。」
矢野さん首を振りつつ笑う。
「ただ東京の治安を乱すような要注意人物を、日本の予算中枢である大蔵省が抱えているのはいかん、というような事を局長の清浦殿が言っている.....らしいと何となく伝わってくるだけだ。」
「それじゃ話し合いにならんのでは?」
「ところが要注意人物は疑わしき事あれば東京追放を考えている、などと一般論めかして匂わすのだ。俺が取り付けたのは、犬養が大蔵省を辞めればそんな事が起こらぬという言質だ。」
口約束だ。そんなんで大丈夫?
「おかしなもんでソコは心配要らぬ。白根とはそういう男だ。」
むー、よく分かりません。
「何というかあの男は徹底的に官僚だ。約束を違えることなど、奴にとって恐らく自殺を意味する行為だ。言葉には絶対的な信頼がおける。しかし絶対融通が効かぬ男だ。」
なにその人トモダチ少なそう。
人は見かけによらぬ....あの爽やかさんがそんな人とはねえ。
「結果として俺は無職になっちゃいましたけど、東京での活動は保証されたと。」
「なに、義弟を無職のままにしておくものか。大隈さんも災い転じてとおっしゃっている。犬養が政党設立のために動けるようになるのだから、都合の良いことも多い。」
警保局に目をつけられてる事実は変わらない。でももう切り替えて前向きにいこう。
コレだけの人たちが俺を支えてくれるのだ。
「まあ、難しい事は明日話すとして、今日は無事帰った事を祝おう。」
矢野さんがビールグラスを持ち上げる。
「さあ沢山召し上がって!」
奥様と綾さんが又しても大量のお料理を運ぶ。
温かい家族の食事だ。
久しぶりに会えた綾さんは、朝鮮の事をあれこれと聞きたがる。
「朝鮮の人々は大層辛い暮らし向きだと聞きました。」
矢野さんは居住地に関心を向ける。
「それほど大きなものか。なるほど商人が争っていこうとするはずだ。」
「海の外へ行くなどと、あなたはやめてくださいませね。恐ろしい。」
2人の会話を聞けばなんとなく、義兄は海外へ行ってみたい思いがあるのだろうなと感じる。
夫婦の間でもそんな話が1度ならずあったのだろう。
俺は思わず綾さんを見る。
綾さんは俺と目があって嬉しそうに笑う。
海外は....前世で十分行った。この時代ではなるべく日本にいたい。
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翌日は大隈卿へご挨拶。
「我輩としては大いに遺憾である!犬養くん1人守れんようでは、この先政党で戦っていく事も危ぶまれるんである!誠に申し訳なかった。」
半年に満たぬ勤務だったが、この人はコレから先も俺の上司だ。
こうまで潔く謝られて、許さぬという事はない。
「とんでもありません。今回は皆様に守っていただいたおかげで、次の仕事にも遅滞無く進む事ができます。この後も是非よろしくお願い申します。」
大隈卿は大きく頷き言う。
「無論であるんである!犬養くん抜きの戦略など、今となってはあり得んのである。我輩と矢野くんで、差しあたっての政党設立参加者を決めておいた。後で引き継いで欲しいんである。」
「矢野さんはしばらく大蔵省勤務ですか?」
「いや、彼には新聞社へ移行してもらうんである。」
新聞社、そうだよね。俺の計画通り進めてくれてんだもんね。
「新聞社を設立ですか?」
「それは時間的にも効果面でも、非効率極まりないんである。我輩が出資して、郵便報知社を買収することにしたんである。もう栗本翁にもご理解頂いたんである。」
マジっすかアニキ......さすが三菱パワーっつーか。
まあこの財力がなければ、政界においてコレだけの存在感は出せないよね。
そういう意味では福沢先生もかなりお金動かせるよね。むしろ大隈さんよりスゴイかも。
しかし東京4大新聞と言われるまでになった郵便報知を、『効率いいから買った』ってのはスゴイ。
「では矢野さんが新聞社、私が政党事務というような体制で?」
「暫定的にそんな形が良いかと思う。それでも地方進出の段取りがついた後は、また別の体制を考えて欲しいんである。」
ナルホドなるほど。
「ところで閣下。」
「何であるか?」
「党名お決めになりましたか?」
ここで大隈卿はニンマリと笑った。
「よく聞いてくれたんである!我輩渾身の命名である!」
デスクから取り上げた半紙には.....『改進党』。
うーん、史実通りなんだけど....。
「閣下よろしいですか?」
「うん?気に入らんであるか?」
そーゆー問題じゃ無くて。
「いい名前と思います。しかし我らの政党は保守政策をとる方向性であるはず。この名前からは革新政党な印象を受けるのですが.....。」
「細かい事は気にせんでいいんである!我輩『改進』という言葉が非常に気に入っとるんである!改メテ進ム、正に我がゆく道の如し!」
別に良いんですけどね。
保守が改進党で、革新が自由党か.......。まあ深く考えんのはやめよう。
そういうもんだと思えばそういうもんである。
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その後午前中いっぱいを使って、矢野さんと打ち合わせ。
郵便報知にも顔を出さなければ。
当面の改進党の準備組織も、報知社の中に置かせてもらうことにしよう。
午後は三田へ顔を出す。
福沢先生はお戻り遅いというので、学舎のほうへ。
授業はほぼ終わっていたが、図書室に尾崎がいた。
「いや〜久しぶりだ!犬養くんは益々忙しそうだな!」
俺を見つけて嬉しそうに近寄ってくる。
「いや、結構のんびりしてきたぞ?もっとも日本にはいられなかったんだが。」
朝鮮の日々はやる事も少なかったし、往復の船旅以外はのんびりしたモノだった。
「その....人間どのくらい忙しいと、そんな感覚になってしまうんだ?」
感心されるほどではない。
「君の境遇が正直羨ましい。私と比べれば、背中に翼があるかのような違いだ。」
尾崎はため息をつくように言った。
「いや....君は俺より2歳若い。君の歳には俺も福沢先生の秘書をやっていたんだ。同じ道を歩んでいるのに、何がそんなに違うと思うんだ?」
正直彼が言っている事は良くわからん。
「それは君の言う通りなんだが.....立場として同じ場所を通過しているだけで、私と君のやっている事はまるで別の仕事だ。コレは私の才覚がないだけで、いかにも仕様のない事なのだが.....。」
卑屈になっちゃっているのね。
「俺のような境遇になりたいと思う奴がいるとは知らなんだ。」
俺は思わず笑い出す。
綾さんとの婚約以外は、今すぐ変わってやりたほどだが。
「そうだ....そろそろ大蔵省への話があるんじゃないか?」
俺がそう聞くと、いかにも初耳といった感じで尾崎は驚く。
「ええ?そうなのか?」
政党立ち上げの件は、まだ話さないほうがイイのだろうか?
福沢先生には矢野さんから話があったと思うが。
「詳しい事はまだ話せんが、俺はすでに大蔵省を辞めているんだ。人がかなり不足するから、君もそろそろ出仕する機会だと思う。」
尾崎は飛び上がって喜んだ。
そうか、先生の秘書仕事がプレッシャーになってるのだな。
もう一年は勤めているはずだ。精神的攻撃で不安定になっているのかもしれん。
矢野さんに言ってそろそろ助けてやらねば、コイツが潰れてしまいかねない。
この後俺からも一言、先生に申し上げよう。コワイけど。




