半島の意義はうつろう
ミツルは結局1度福岡へ帰り、向陽社の参加を募った後で東京へ来る事になった。
俺はその間じっと待っているわけにもいかんので、具体的な釜山とのつなぎは曽根さんに丸投げとしよう。
今日はその辺りを花房公使と曽根さんへ電信し、ミツルと再度打ち合わせて過ごす。
大阪自由日報社で一室を占領させて貰ってるが、周囲は戦争準備の様に殺気立っている。
「オイ!参加者名簿のまとめはどうなってんだ!東北がまるっと抜けてんぞ!」
「熊本からの最終回答がまだだ!マサアキてめえ何やってたんだ!」
「宿泊施設の手配は全部できるか?!結党大会に泥塗る様なマネはやめてくれ!」
30人ほどの人員だが、祭りが始まったような大騒ぎとなった。
周りが騒げば騒ぐほど、俺たち2人は落ち着いて茶を味わう余裕が出てくる。
「なんじゃなー。この3年くらいで1番落ち着いた日じゃなー。」
ミツルはほのぼの地蔵みたいな顔で茶を飲む。
3年で2度もムショに入ってるからな。いや1度脱獄までしてる。
俺自身振り返れば、こいつよりはマシだ。
明治10年戦争取材後、山県卿失脚のため陸軍と福島の蜂起のため動き、収監されて釈放後に大蔵省で地獄の予算作成。嫁さんをもらう段取りをつけ、その後実家、大阪、朝鮮へ高飛びと。
普通じゃないが、でもこいつよりマシ。きっと。
そんな俺たちはそれぞれ明日の船を手配しており、今日は朝鮮での仕事の打合せ。
「具体的な事は現地で、加賀屋さんと進める事になるだろな。」
「佐吉さんゆったな、もう覚えたばい。後は振亜社の曽根さんに花房公使。」
コイツの仕事は日本人居留地の自衛団立ち上げと訓練。
も少し進んだら武器調達と使い方の指導。
「加賀屋さんが米俵に忍ばすくらい問題ないだろう。荷改めても基本ないに等しい。」
「そんなら余裕じゃな。炭鉱用の爆弾くらいならナンボでも手に入るけん。」
何故ナンボでも手に入るのだろうか?普通人にはそんな事出来ないはずだが?
「銃やら弾丸なんかは流石にむりじゃ。」
「そこいらは曽根さんと動いてくれ。」
陸軍のスパイなんだからそれくらいなんでも無いでしょう。
さてここからが大事なんだが。
「ミツルさ、大西郷は何故朝鮮を欲したんだ?」
「なんじゃい、イキナリ。」
ミツルは笑い出す。自明の事を聞くなと言わんばかりだ。
「西郷先生は御一新あと、士族の行き場のなさを見抜いておられた。」
ミツルは何となく宗教の説話のような話し方をした。
聖人となった西郷には、こういう語り口がふさわしいんだろう。
「新しい市民と華族、その中間で行き場をなくす士族を救うため、朝鮮の土地を欲したんじゃ。そこは防衛の要地でもあるけんのう。」
士族は旧時代の象徴でもある。
旧時代と新時代の二項対立の中で、必ず引き起こされる内戦を止めようとしたのだ。
コレが征韓論の定説である。
「俺はそこには少なくとも意義があったと思う。朝鮮の人には悪いが、悲惨な内戦を防ごうとする明確な意図があった。」
今はどうだろうか?内戦は起こるべくして起こってしまい、それでもまだ朝鮮半島を欲するのは何故だ?
「この後朝鮮を得て、俺たちには何の得があるだろう?」
「ぬぬ.....。」
大西郷に忠実な男だからこそ、ミツルにはこの矛盾が分かっている。
征韓論の時代と今とでは、そこにかかる意味合いが異なるのだ。
「未だに日本国防衛の要地である事は間違いないわい。」
「つまり清国防衛の要地でもある。清国は日本以上に朝鮮にこだわるだろう。」
「ならば戦争じゃな。」
「それって全然防衛の要地になってない。紛争の元でしかないじゃない?」
ミツルは分が悪い論証を押し付けられ、ムムムとなっている。
俺はお気楽なものだ。
「結局俺たちは朝鮮を得ようが得まいが戦争に駆り立てられる。朝鮮に手出しをしなければ?」
「清国が朝鮮を得るじゃろう。」
「だが戦争は起こらない。コレが大西郷亡き後の征韓論の矛盾点だ。」
防衛の要地と言いながら、朝鮮半島を得た国が日本へ攻め込むのに、どれ程の優位性を持ち得ると言うのか?せいぜい補給地が増える程度である。
ミツルは腕組みして黙り込む。ダルマのようだ。
やがて考えがまとまったのか口を開いた。
「ツヨシは朝鮮ば放置しておくべきじゃと言うんか?」
ちなみにミツルも俺をツヨシと呼び出した。そもそも俺たちは同じ歳なのだ。
「必ずしもそうじゃない。親日政府が誕生するのは良い事だと思う。」
花房さんの方向性は別に間違えてないと思うけど。
「しかし清国の反応がもしも過激なもので、日本国に全く可能性がないなら、半島にこだわり過ぎるのは時間と経費の無駄かな。」
花房公使の10年を軽んじるつもりはない。
けれども個人の意地と国家の行末は、天秤にかけれるものでもない。
「つまりワシが行く意義は大きいっちゅうことばい。状況を変えれるのは現地にいる者だけの特権じゃ。」
ダルマは大きくニンマリと笑う。転んでも起き上がるのが速い男だ。
閉塞的状況だが、コイツなら何とかしちゃうかもと俺は思った。
「もう一つ、お前に土産を作っといた。」
ドンインのことも言っとかないとね。
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今日が大阪では最終日の夜。
結党大会を2週間後に控え、忙しいハチロー組の皆さんだが、俺とミツオの送別会をやってくれると言う。
場所はまた例のうどん屋だけどね。
「福島からほぼ1年、俺たちゃいよいよ始まりの時を迎えた!」
ハチローさんが乾杯の音頭を....って送別会じゃないじゃん。
「共に苦労してくれたミツオと、コレから敵方に回るツヨシ!今日のところは俺たちの友だ!」
早くも敵認定。政治家的感覚に優れているのは認めよう。
「2人の未来と俺たちの結党祝して!カンパイ!」
この時代ってカンパイの習慣あるのかな?
明治天皇への慶賀から生まれたって話も聞いたことあるが。
みんな違和感無く乾杯してっから大丈夫か。そして俺たちはよく飲んだ。
「ツヨシ〜、だいぶ飲めるようになったじゃんオマエ....。」
「それでもハチローさんと同じ量は無理っすから!」
昭和なノリの男が俺をつけ狙う。
「そんでさあ〜!オマエの政党ってどうなんのよ!」
スゴくウザいですね。昭和が遠くに去ってよかった。
「俺たちの政党は、官僚出身者が多くなりそうです。」
隠すことでもない。むしろ相手のことを知りすぎているので、少し教えておかないと公平でない。
「うわ〜!やな奴らになりそう!」
勝人がはしゃいでいる。オマエ矢野さんとかに言っとくかんな。
2度と三田に戻れねえぞ。
「官僚経験者が集まる政党....中々手強そうだ。」
マサアキさんは流石に冷静だ。
「全くだ。少なくとも板垣のとっつぁんのトコより100倍こええ。」
ハチローさんも余裕を見せながら警戒。
「何で東京近辺では滅法強い政党になるでしょう。地方では苦戦しそうですね。」
俺が言うのに、マサアキさんは心配そうに言う。
「手の内見せるような事言わなくて良いんだよ。」
「馬鹿か、コイツが手の内見せてるわけねえだろ!地方が弱いってコイツが言ったら、もう対策は準備してあるって事さ。」
随分と俺の言葉を曲がって受け止める人がいるのが気に入らん。
そして割と当たってるのがさらにムカつく。
「対策も何も、コレから全て準備ですよ。」
「へへっ、ホザけ。オマエ相手じゃこのくらい譲ってもらえて丁度いい。」
俺は改めてこの未来の敵をマジマジと見る。
細かいところは下に丸振り、自分に甘く他人へ厳しい、未来から来たカタギじゃない男。
だけど人を惹きつけてやまない、特別な言葉をぶつけてくる男。
彼を敵に回して戦う近未来の国会は、特別なモノになると思う。
間違いなく史実の国会より、見るべき価値のあるモノになるなず。
俺たちはハチローさんの言うとおり、大分彼らにハンディを与えてしまっていた。
とりあえず大隈卿が党名ぐらい決めてくれているのを期待しよう。




