作戦参謀のアドバイス
「加賀屋ってのは俺たちにとっちゃあ後援会の会長だ。」
ハチローさんは牛鍋の肉を突きながら、ご機嫌な顔でビールを飲んでいる。
横にいるミツルは不安そうだ。
「牛の肉....?美味いもんかいの?」
マサアキさんと勝人も合流し、一年ぶりの顔合わせとなった。
「それで加賀屋さんからハチローさんへ連絡があったと?」
「いや昨日マサアキが加賀屋と会って、ついでにオマエの話をしたんだと。釜山に支店があるって聞いてたからな。そしたらその人なら、今日の便でお送りするって言うじゃねえの!」
それで俺を迎えに来れたっていう訳だ。
「そうだったんですか。先に知っていれば、政治談義も出来たんですが。」
「大阪の米問屋は、大体明治政府がキライだからな。民権活動を支持してくれる人が多いんだ。」
それは知っていたが、ハチローさんの後援会とは思わなかった。
「それにしても釈放は8月くらいと聞いてましたけど?何で早まったんですか?」
俺のこの質問には全員ニヤニヤと笑い出す。
どうやらこの場にいる者の中で、俺以外は皆このことを知っていたらしい。
「まあ勿体つけるほどの事でもねえ....種明かしをしといてやろう。」
ハチローさんは俺を眺めつつ、ニヤニヤ笑いが止まらない。
「当初から刑期は1年と決まってたんだ。俺たちはワザと嘘の情報を流した。」
それって....何のために?
「宮崎は自分がいない間に、板垣退助が動き出すことを見抜いていた。だからワザと遅い時期に釈放されるという偽情報を流し、土佐立志社の動きを遅らせようとしたんだ。」
そんな風にマサアキさんは解説してくれた。
「あのジジイ、マンマと掛かりやがった!ザマアミロや!」
ウム、実に清々しいほどセコイやり口だ。それに引っかかる方もどうかしてると思うが。
「まあ肉食おうぜ!腹減っちまった。」
「むむっ!コリャアうまかばい!」
「いやー、肉鍋なんて久しぶりだなあ〜。」
各人各様、みな美味しく牛鍋をいただく。本当にウマイ。
「しかしこんなに大っぴらに集まっちゃって大丈夫なんですか?」
前回踏み込まれた経緯があるにも関わらず、である。
「それなんだがな、どうもこの間の踏み込みの後、官憲の数が大幅に減ったんだよ。」
今度は勝人が解説する。
「何か裏があるんじゃないかと警戒してたけど、どうやらそうじゃない。集会への手入れもこの10日ほど起きていないんだ。」
ふーん、安全ならそれに越したことはないが。しかし理由が分からないんじゃねえ。
「まー心配すんなよ!昔の友人と肉鍋食ってるだけだ!そんな理由じゃあ官憲も捕まえられまい?」
そりゃそうですね。
俺は久々にハチローさんの楽観的な発言が聞けて嬉しかった。
我々はしばし肉とビールを消費し続ける。
赤身なので歯応えあるものの、甘辛く味つけられた肉は香ばしく噛むほどに味わい深い。
この時代既に結構ポピュラーになっている牛肉鍋だが、それでも滅多に口に入る事はない。
まあ値段が高いって事もあるが、1人で食べるもんでもなし、誰か誘おうにも牛肉はちょっと無理って人もまだまだ多い。
「外に出てきて驚かなかった?世間じゃ英雄みたいに言われてますよ?」
俺が尋ねると2人とも頷きつつ、反応は薄かった。
「おおそりゃな、驚いたけど。」
「そいでんムショにおる時から、王様みたいに扱われとったけん。」
オオサマとは.....訝しがる俺に、ミツルが説明する。
「何せ今のご時世政治犯やらが多いけん、ワシらがやらかした事件は監獄内で轟いとるばい。アンタら義士じゃと差し入れが山のように来るし、看守までワシん事『頭山さん』言いよる。」
みんな大笑いである。うん、俺が受けていた高待遇はやはりナイショだ。
「さてところで前回の話の続きですが....今後の政党立ち上げに関して。」
俺が頃合いを見て切り出すと、マサアキさんも頷いて応える。
「その事は宮崎ともずっと話している。私は犬養くんの提案に乗りたいと思っているんだ。他のメンバーも概ね賛成しているんだが....。」
「俺はどうも気に入らないね。一緒にやるってんならまだ板垣のところが良いんじゃねえか?」
そう言い放つハチローさん。
「そういう言い方ないんじゃないっすか、ハチローさん?」
勝人が不満そうに言う。
「黙んなカツどん!俺もよくよく考えての事だ。」
俺はちょっと驚いた。
ハチローさんといえば丸投げの人と思っていたのに、これほどしっかりした方向性を持っている事に驚いたのが1つ。
そしてもう1つ、この集団では多数決をハチローさんの意見が跳ね返す事もあり得るようだ。
「良いんだ勝人。大隈卿も単に提案しただけで、ハチローさんに考えがあるならそれはまたそれだよ。」
俺はそう言って、何がなんでも連合が必要って訳じゃない事を伝える。
元々俺たちの間では、別政党でやっていく予定だった。
1番最初、コワシさんも入れた3人の会合で。
大隈卿の提案があったり状況が変化したりだったので、聞いてみたにすぎない。
別々に政党を作るとなれば、それは予定変更なしというだけのことだ。
「悪いなツヨシ。俺は今自分たちで作り上げてきた、この組織にこだわりたい。大隈卿は後発だから手っ取り早くコマを集めたいって事だろう?」
おい宮崎!とマサアキさんが注意するも、その通りだから俺は気にならない。
「そういう事です。お互いがメリットを感じないのであれば、共同戦線にはなりませんね。」
俺はさっぱりと言う。
これはハチローさんの言う通り、大隈卿が彼らの数を欲したに過ぎない。
見返りに彼らが得るのは、大隈卿と言う元老の御輿である。
これは現在の彼らが『福島の義士』と名声を集めている中で、若干微妙な御輿だろう。
完全に政府側の大隈卿を担いでは、政府と対峙する彼らの姿勢を示せない。
だからハチローさんは『板垣の方がマシ』と言ったのだ。
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「でもハチローさん、土佐派と一緒に政党を作るつもりですか?」
2人になったので、俺はハチローさんに疑問点をぶつける。
ハチローさんは加賀屋が用意してくれたホテルまで、俺を案内してくれた。
恐らく皆の前で言えない事もあったのだろう。
俺はホテルの喫茶店でコーヒーを、ハチローさんはウイスキーを飲んでいる。
「それに関しちゃあ向こうさんの出方次第だ。だが恐らく一緒にやる事は無いだろうな。国会開設に圧倒的な影響を与えた俺たちに向かって、主導権を寄越せなんて言えないだろう。」
ハチローさんはご機嫌で、グラスの氷をカラカラと揺する。
「ここまでの判断お見事です。俺がハチローさんでもそうしたと思いますよ。」
俺は正直に伝えた。
「イヤイヤ、オマエ本当は分かってるだろ?俺が誰と話したか。」
俺は頷く。この人が板垣だ大隈だなんて、細かい事気にするはずもない。
「コワシさんと連絡とりましたね?」
俺は何故だか確信があった。
「あの人から手紙で連絡があったんだ。」
ハチローさんは空っとぼけて言う。
「今後の政界分析ってな風にな、聴きたいか?」
「是非。」
ハチローさんはニヤッと笑って、ウイスキーをうまそうに一口飲む。
「現時点で最も有利なのは俺たちだって話さ。板垣はすっかり話題をさらわれて落ち目。大隈は政府に残れているから出足が遅れる。他にはめぼしい奴はいない。」
既に歴史は改変されている。コワシさんの知識は役に立たないが、その洞察力はさすがな訳だ。
「書いてあったよ。板垣は必ず俺たちを出し抜いて政党を作ろうとする。だから釈放される予定を遅く発表しろってな。」
そっからコワシさんの入れ知恵でしたか。
「大隈は必ず俺に同盟を申し入れてくるとも書いてあった。それはイメージダウンにつながるから、出来ればやらぬ方がいいと。」
「随分素直に従うんですね?」
「意外か?」
カラリとまた一口。
「確かにあの人やった事は許しちゃおけねえ。だがあの人は最初から、俺らを騙すつもりだったわけでもない。」
驚いたことに、ハチローさんは言葉を選んで喋っているようだ。
「だから今回も俺を騙すつもりじゃねえだろうと思ったまでだ。」
あの無分別な男がここまで考えたのだ。恐らく簡単な決断ではなかったろう。
それでも結果として板垣退助を手玉に取り、大隈重信を袖にしようとしている。
彼の評判はますます高まるに違いない。
「俺たちの協定はまだ生きてるって事ですよね?」
「協定?ああ、1人ジャンケンの事か。」
ハチローさんは笑い出す。
「当然だ。民権運動と併せて、無用な戦争突入を防いで行かなきゃな。」
「じゃあ俺も頑張って政党作んなきゃいけませんね。俺が保守でハチローさんは革新か。」
俺たちの時代は、なんとなく上手く回り始めたように思う。
少なくとも以前感じたことのない昂揚感を、やりがいのようなものを感じ始めている。
話がそこまで来て、俺はふとドンインと話した前世についてを思い出した。
「ハチローさん、俺こんな話を友人としたんですが。」




