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活動家のララバイ

明治12年(1879年)5月4日


大阪のマサアキさんから出発の朝電報が届いた。


ー ハチローホカ、シャクホウサルル


マジか!8月ぐらいと聞いていたが、早まったのか?

何にしてもそれはデカイ!愛国社の件が一気に動くな。


「いい知らせかい?」

俺の様子を見て、花房公使が尋ねる。


「仲間がオリから出てきまして。」

「ハハ....ソウ。」

この時代、政治家も仁侠も紙一重なのだ(適当)。


大阪で全員集合!ってなるとまた踏み込まれるだろうか?

矢野さんが手打ちをしてくれたって言っても、相手はタチ悪そうだし。


それでも全員集まって意見を交換する必要はあるからね。

前回は中途半端に終わって、結論らしい結論も出せなかったから。


それにしても何か釈放が早まる理由があるんだろうか?

矢野さんが言ってた譲歩ってコレじゃないよな?大隈卿が連合を目指して愛国社非土佐派に恩を売ったとか?


なさそうだなー。大体監獄の管理は警保局じゃなくて司法省じゃね?


とりあえずマサアキさんへ返信を出す。

日付は明確にせず大阪に向かう事を書いて、差出し人を『古剣堂』で出した。

俺の黒歴史である号だが、カツンドなら知っているはず。


こんな偽装をしても直ぐに官憲にはバレてしまうんだろうけどね。

後は到着してから接触方法を考えよう。



出発時にドンインが見送りに来てくれた。

『東学の末端と接触シタ。明日には彼らが潜伏スル村ヘイク。』


昨日の今日で随分手回しがいい。


俺の偽仕事で彼には東学の組織に潜入してもらう。東学党の乱が発生するまでにはまだ15年ほどあるので、差し迫った危険性はないだろう。


今のままコイツを独立党の駒にしておけば、間違いなく危険な任務で死ぬ。


嘘ついてすまんがコレもお前を生かしておくためだ。

コイツのおかしな能力があれば、あの変態宗教集団で邪険にされる事はないだろう。

義和団みたいなもんだったはずだし。


俺にしたところで、この先東学党に接触する必要性は必ず出てくる...はずだ。多分な。


『よろしく頼む。お前の仕事が朝鮮人を、奴隷の苦しみから救うはずだ。』

『フン、まあソウ言う事にしておこう。』


ドンインはタラップまで俺を見送った。花房さんも、峯佐吉さんも一緒である。


10日ほどの滞在だったが、釜山周辺以外、なにも見ることが出来なかったのが残念だ。

遊びじゃないのは分かってますがね、次回はせめて京城(ソウル)くらい見ておきたい。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


もう随分と船旅にも慣れたモノだ。

そういえば船酔いしている人を結構見かけるが、やはり乗物全般に慣れてないせいだろうか?

俺もそれほど強い方ではないが、彼らほど極端な船酔いは起きない。


船上、意外な人と出会った。官憲に踏み込まれた日に同席していた、愛国社の大井憲太郎さんである。


「妙なところで一緒になったねえ。」

痩せてギョロついた目つきであるのは、前回見たときと変わらない。

しかし敵意をぶつけてはこない。


「この間はお互い災難だったな、あれは恐らく俺をつけ狙う官憲の仕業だ。」


大井さんがそう言って長い髪をかき上げた。

洋装が似合う細身の体型、甲板のテーブルに腰掛けた様子はモデルのようだ。


「俺ほどの活動家になると監視の目が厳しくてな.....オマエさんには迷惑をかけちまった。」


うーん矢野さんの手紙だと、こないだの件は俺を狙った警保局の行動だったようだが....だがここで全否定して、この人に恥をかかすのは意味がない。

まあ言うほどのことはある、大物活動家なのだ。ちょっとナルシスト気味に感じるが。


「そうだったんですね。朝鮮に潜伏していたんですか?」


俺はすっとぼけて聞いた。

潜伏するなら釜山だし、だったら現地で会っているはずだ。

そうでないとこを見ると、恐らくこの船に潜り込んで働いたりしてるんだろう。


「ま、まあそんなとこだ。オマエさんは大阪へ帰んのか?」

「ええ、もう一度林さん達と接触したいと思ってるんです。」


俺がそう言うと、大井さんはニヤッと笑って手をパンと打った。


「そいつは丁度いい!いや大阪イチ顔の広い俺と一緒にいれば、あっという間に会うことができるぜ。ここで会ったのも何かの縁だ。協力してやるよ!」


全く必要を感じないが、無碍に拒否するのもな。


「そりゃありがとうございます。是非ご一緒させてください。」


「よっしゃそうと決まれば、ちっと金貸してくんねえ?」


「ハイ?」


「いや、ここの船員にちょっとばかし借りがあってな。なに5円ほどでいいんだが。」



金蔓を探してたわけですか。アイニク俺の金はドンインに渡してしまった。


花房公使から餞別をいただいてるが、それも足りる金額じゃ無い。


「すいませんがそんなに金持ってないっすよ。」

「ちっ、使えねえな。まあ1円くらいでいい、何とかならねえか?」


随分な言われようだが、それくらいなら貸せないこともない。

ちなみにこの時代に知人同士で金を貸すという事は、『あるとき払いの催促なし』つまり戻ってこないモノとするのが基本だ。


無論コイツに金貸すいわれはないが、1円くらいでケチなこと言ってては民権運動家とは付き合えない。


「おおすまねえな!んじゃあ大阪着いたら声かけるわ!」


何つってそのままバックれんだろ?まあ付き纏われるよりいいけど。


俺はそのまま大井さんと別れ、食堂で茶を飲みながら本を読んだりして過ごした。


後になって巨漢の船乗りに胸ぐら掴まれている大井さんを見たような気がするが....俺も少しビールが入っていたので定かではない。


大物活動家の幸運を祈りつつ、俺は船室で眠りに落ちた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


翌日、意外な事に大井さんは俺を探しに来た。


「よう!今日は大阪着だな!一緒に行動しようや。」


どうやら昨日渡した行動資金は、既に何処かへ消えてしまったようだ。

よく見ると頬骨のあたりが変色している。


昨日は揉め事が平和裏に収まらなかったらしい。


邪険にするのも何だし....まあ一緒に市内まで行くぐらいはいいか。


「そうですね。そろそろ到着のようですから。」

「んじゃまあちょっくら休ませてもらうぜえ。」


そう言うと大井さんは俺の返事を聞く事なく、船室へと入って座り込んでしまった。


「いやー結構な部屋だねえ!ヤッパリ役人さんになると、官費でこんないい部屋を取れるんだなあ。」


吐き出す言葉がことごとくイヤミだが、こういう性格なんだろうねえ。


「コレは釜山の加賀屋さんに、好意でご提供いただいたんです。それから俺はついこないだ大蔵省をクビになってますよ。」


「へ?は、そうかい.....まあなんだか、お互い大変だな。」


なにがお互いなのか知らないが、共感を受ける部分ががあったらしい。


「なあ犬養くん、オマエさんは民権運動で何を掴もうとしている?」


脚を組んで椅子に寛ぎ、髪をかき分けつつ大井さんが俺に聞く。

「日本の発展ですね。」


「かあーっ!優等生かよ!いいんだもっと自分のこと言ってさ!あんだろ出世したいとか金欲しいとか!」


民権運動で金儲けは無理っしょー。

取り敢えず官憲に目えつけられてる以上、出世したいとかも思ってる人いないんじゃない?この人はそんな野望を持っているってことかね?


「いやあ金儲けとか民権運動じゃ無理でしょう。大井さんはそんな事を?」


すると大井さんは思わぬ反応をする。


「バカ言っちゃいけねえぞ。オレがそんな事考えるわけねえだろ!」

少し怒ったようだ。いやあんたが先に聞いたんじゃんか。


「オレはな、革命を求めているんだ。この日本にな、フランスで起きたような民衆のための革命だ!」


革命っすか。こないだ明治維新があったばっかですが。


「明治維新を革命だなんて思ってるわけじゃあるまいな!あれはただの権力闘争だ!徳川から薩長に権力が移っただけなんだよ!」


ええ?でも大改革おきましたよね?四民平等に地租改正に....。


「あんな改革は革命と程遠い。オレたちはこの国を徹底的に変える。四民平等なんて言いながら、皇室も公家もそのままじゃねえか!薩長と付き合いある政商だけが得をして、農民たちは搾取され続けるんだ...。」


いや少なくとも土地の所有権は出来ましたしね?

松方デフレは発生しないし、農民はいま結構いい生活してるはずである。


「革命が...必要なんだよ!」


いらねえって。


この人もそうだけど愛国社ののはほとんどは士族崩れであり、薩長閥批判のために民権運動をやっている。

つまり幕末に乗り遅れた人たちなのだ。明治維新で美味しい分前を貰えなかった。


だからもう一度幕末を再現する。活動方針も幕末と同じ発想で、武力行動に出ようとする事が多い。


革命を叫ぶけれど、その後の政治体制は語る事がない。

言論で勝負しようとしないからそうなるんだ。


「大井さん、あんた達の言ってる事は分かりました。」

全然わかんないけどね。少なくとも俺と違うってことは分かった。


「なので今後一緒にはやれないでしょう。でも同じく国の未来を考える者同士、幸運をお祈りしてますよ。」


船が着岸した、と大声で喚き走る船員が通り過ぎる。

大井さんは俺の言葉が分かったのかどうか、虚な目を俺に向けた。



俺と大井さんは言葉少なくタラップを降りている。

さっきの話以来、大井さんはすっかり口数が少なくなってしまった。


自慢話を言っていてくれた方が、景気が良くってマシである。


「大井さん!大井さんくらいの大物になると、お迎えぐらいきてんじゃないですか?」


「お、おお...。」

反応が薄い。ツマラン。


だが突然、大井さんはその大きな目を見開いてアッと叫び声を上げた。


「どうしました?」

俺は不思議に思って問いかける。


「いや、な、何でもねえ。ちょっと用事を思い出してな。悪いがオレはここで...。」

何故かUターンして船に戻ろうとする大井さん。


「おおい!おーい!コケンドウ!古剣堂!」

陸の彼方から大声で俺の黒歴史を叫ぶのは....ハチローさん?!


「コケンドウ!ワッハッハッ!!何じゃその名前はオヌシ!!」

何とミツルまで一緒である。なんだよこんな人目につく場所で、バカじゃないのか!


「オマエらなんなんだ!迎えにきてくれたのかよ!」


俺は突進した。

タラップの人を弾き飛ばし、港の懐かしい地面を踏みしめ、飛び上がって2人に抱きついた。

3人で揉みくちゃとなって再会を喜ぶ。


「出てくんの早いじゃんか!」

「オメエの方が早かったじゃねえか!」

「オンシだけズルかとじゃあ!ワシら1年かかったけん!」


ひとしきり喜び合ったが、ハチローさんはタラップの上に声をかける。


「おおーい、大井くんじゃないの!ちょっと降りておいでよお!ええ?!」


声色が優しくなってコワイ。知り合いだったんすね.....。


コソコソ船に戻ろうとしていた大井さん、呼び止められてその歩みを止める。


「あ、あっれえ?ハチローさんじゃないっすか?ご無沙汰してます....。」


リアクションがわざとらしい大井さん。


「いやあヤッパリ大井くんじゃなーい!嬉しいねえ、俺の出所祝いに()()()()()来てくれたのかよ!」


大井さんは泣き笑いな顔をしている。


「い、いやそう、いやそうじゃない。ハチローさんムショからいつ出たんスカ?あんなムチャなことしたのにどうやって出て来たんスカ?」


観念した様子でハチローさんのもとへ歩いてきた大井さん。

側から見てると、どの業界の人なのか分からない。


「いやあ大井ってヤッパリ俺の1番の親友だな!さあ!カネ返してもらおうか!」

「すいませんアニキ....いま懐が寂しくて....。」


感動の再会が、一転半グレのカッパギとなった。


何度も言うが大井憲太郎といえば、愛国社系武闘派の大物である。

この男をパシリ同然に扱うハチローさんを見て、改めて俺は思った。


コイツらと一緒にはやって行けないと。



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