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新興宗教にハイロウ

矢野さんからの手紙が届いたのは、釜山に来てから1週間ほど経ったあたりだった。


“今回は私の機転により、お前の危機を未然に防ぐ事ができたが、それほど感謝するには及ばない。”


という内容から始まる、超恩着せがましい長文である。


ガマンして読み進めると、警保局長の清浦奎吾殿が俺の存在を煙たがっているらしい。

この人新任の局長だったはず。個人的に俺に恨みはないよね?


そう思ったのだが、東京の治安を乱すような人物が予算管理部門にいるのが許せんらしいとのこと。

今回の騒動の決着は、どうやら俺が大蔵省を辞めるしかなさそうだ、という内容だった。


別に辞めるのは全然オッケー、だがずいぶんと一方的な取引じゃない?

俺は一度収監されて釈放されてるんだし、別に脅されるような弱みなどない。


まあ俺自身、俺が大蔵省にいる事に疑問を持ってはいたが。


だが矢野さんによれば、そこは補って余りある好条件を警保局から手に入れたという。

大人の取引って奴ですね?教えてもらってないが。


俺は帰国後すぐに立党と新聞社の仕事に着手を、と書いてあった。ハイハイ。


しかし義兄よ、嫁の事が書いていないぞ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「そうか、帰国許可ってわけだね。寂しくなるが仕方ない。」

花房さんはそう言って名残りを惜しむ。


「そりゃあ残念やあ!せっかくお知り合いになれたっちゅうのに、東京戻らはれるんやったら、滅多にお会いでけまへんな。」


佐吉さんも心底残念がっている。猜疑心の強い人だが、いったん信頼すると最後まで信頼するっていう、大阪商人っぽい気持ちの人だ。


「いやまた必ず参ります。戻りましたら大蔵省は退任する事になりますんで。」


「へえっ?そらまたえろう景気悪い話でんなあ。」

俺は笑う。佐吉さんも笑い出した。


ここのところ毎日のように、居留地護衛の打合せをしている。すでに15名体制で、見張りに当たる仕組みを実施していた。


壁の補修工事も進行中だ。


「京城にできた居留地にもコレが必要になりまんなあ。」


その通り、むしろそっちに必要なのだ。

こちらは精々現地民の暴動にさらされるくらいだが、ソウルの方はバッチリ軍隊に襲われる。


既に花房さんにもインプット済みだ。公使館もそっちに移るようだし。


「そうそう、ご帰国には明後日の便に乗っていただけますわ。」

加賀屋さんで借りている大阪行きの便に乗せていただける。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」


その晩は加賀屋さんで送別の宴をしていただいた。

居留地にも芸者さんらしきサービスがあるというのはいま知った。


佐吉さんは旦那っぽく手拍子を打ち、俺と花房さんがたわいもないゲームを芸者さんと遊ぶ。

まあ.....楽いっちゃあ楽しい。


ひとしきり遊んだ後、花房さんは俺を手招きする。

この人若干酒癖悪いんだよね....。


そんな俺の心配をよそに、公使は今後の事を話し出す。


「犬養くん、帰ったら先生によろしく!会う機会があれば、大隈卿と井上卿にも是非伝えておいてほしい。君には何度も話したが.....。」

「清国との競争についてですね。どちらが韓国を保護するのか。」


マジで何回聞いたかしれない。


地理的アドバンテージから,清国は有事に朝鮮へ軍を派遣しやすい。

コレは保護する側の条件として滅法有利である。

なので公使としては、釜山辺りへどうしても日本の軍隊を駐留したいのだ。


そのための言い訳に、今回の軍事訓練協力を利用したい。

花房公使の狙いはそこにある。

まあそうそううまく行くかどうか。


「そーうそれ!ただでさえ多数派の事大党が、今でも頻繁に清国と接触しているという情報が入ってる。」

下手をすれば清国が先に軍を駐留させかねない。


オノレエと叫んで、公使は仕込みから白刃を抜き放つ。


きゃあああと芸者さんが逃げ出し、佐吉さんは変わらず笑顔で手拍子。


「はーい公使分かってますよ!ちゃんとお伝えしますから、そのブッソウなものしまいましょうかー。」

「ワシャア酔ってない!酔ってないんじゃ!」


酔ったらそう言う人多いですよねー。ハイハイ。


「それになあ、大院君は危なっかしい....。」


ハイ?花房さんはまた何か別の事を言い始めた。

それは国王のオトっつぁんですよね。


「あの人は大人しくしとるタマじゃない。また必ず良からぬ事を....。」

花房さんがここで力尽きる。


その話はした事がなかったね。

しかしまあ壬午軍乱が、確か大院君の煽動によるものだってコワシさんも言ってたな。

むしろ起きる原因がハッキリしていて、注意するのは容易いというわけだ。


ヤレヤレと後ろを振り向くと、佐吉さんはダンナ手拍子の姿勢で落ちていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


翌日、ドンインがようやく訪ねてくる。

鞭打ちの影響だろうか、脚を引きずっているのが痛々しい。


「大丈夫かドンイン?」

脚を気遣う俺に、ドンインは笑顔を見せる。


「ヘイキヘイキ!シンパイイラナイ。」

不気味な笑顔も何故か健気に感じてしまう。


俺は心底腹が立っていた。

『なんて国なんだ!お前みたいな忠義のものを、国王陛下に会うと言っただけで鞭打ちにするなんて!』


国が国なら勲章モノの愛国者を、刑罰与えて追い返すなどあってイイことではない。


『お前には悪いけど、俺は日本がこの国を救えるとは思えない。大体この国の指導者たちは、自分たちの義務も果たさず勢力争いばかり繰り返している。』


ドンインは不服そうに俺を見る。


『イヌカイ、オレの仲間たちとシッカリ話ししたノカ?』

『したとも。お前の事を労いもせず鞭で打つようなやつ、仲間なんて思う必要はないぞドンイン!』


ドンインは首を振る。

『仲間はダイジ。オレたちは必ずこの国スクウ。』


俺は何とかしてこの友人を、あの両班たちから引き剥がしたかった。

このまま奴らに利用されてしまえば、遠からずドンインは命を落とす事になる。


いくら特殊能力があったとしてもだ。

イヤマテ、特殊能力?そうだあれは確か.....。


『ドンイン、今は何か任務があるのか?』

多分何もないだろう。よっぽど危ない事がない限り、奴らはドンインを必要としない。


『今はナニモ無いぞ!』

『それじゃ一つ頼まれてくれ。コレは日本政府の仕事だ。』


俺は財布からありったけの金を取り出し、ドンインに渡す。


『こ、コリャ、スゴイ金だ!』

『国の依頼なんだ。この程度の金、活動資金だよ。』


俺は何でも無いことのように言う。実際10円ほどしかないだろう。


『ナンダその仕事?俺にデキルのか?スゲエ危険な仕事か?』

ひたすらビビりまくるドンイン。


『勿論だ。っていうかむしろお前にしかできない仕事だよ。』

『?オレにしかデキナイ....?」


『お前は特殊能力の持ち主で、とても重要な仕事ができるんだ。もっと自信を持て。』

お前は奴隷なんかじゃない。


『ワカッタ.....どんな仕事だ?』

『東学って知ってる?』


唐突な質問にドンインはキョトンとする。


『アア...東学...。タシカ田舎の宗教で呪文をイウと極楽にいけるっていうやつだ。デモ教祖はもう捕まったハズ。』

『それだ。しかしその宗教は潰れず、まだ続いている。それを探って欲しい。』

『東学を探る....そんなのカンタンだぞ。」


それでこんなに金がもらえるのか?とでも言いたげに、ドンインは金を握って掲げてみせる。


『探るだけじゃない。潜入して仲間になって欲しい。』

『潜入!ソウなっちゃあこの後の仕事は.....。』

ドンインは躊躇うそぶりを示す。アイツらと仲間だと信じているから。


『この仕事は特別重要なんだ、信じてくれ!この国を左右する事になる重大任務だ。』


ドンインはじっと俺を見つめていた。キモい。


『ワカッタ。兄弟のイウコト信じる。俺はいつまでに何をどうすればイイ?』

『潜入したら出来るだけ教団の中で高い地位に就いて欲しい。」


ドンインはまた俺を見つめ...いや睨みつけてんのか?


『そんなもんドウヤッテなれるって言うの?」


『イヤお前ならなれる!この宗教は現世利益、つまり超能力とかが身につくっていう原始宗教的側面の強いものなんだ。お前の能力は確実に奴らを引きつけるよ。むしろ教祖になれるかも知れん。』


ドンインはずっと考えていた。だが俺を信じる事にしたらしい。

『直ぐに接触スル。俺たちの連絡はどうスル?』


『東本願寺の和尚さんに頼むか?あそこなら目立たんだろ?』

少し考えて俺が言うと、ドンインは大きく頷く。


『次は多分1年後くらいだろうな。』

『そんなに先の話か。ナルホドオレは教祖にナッテルカモナ。』


ドンインは笑顔を見せた。

この任務ならば、コイツが危険に遭うこともないだろう。

むしろ教団に取り込まれる可能性も大だ。


でもーーそれならそれで良いじゃないか。

ドンインを救う(フェイク)ミッション、『東学党潜入作戦』スタートだ!


『この任務の目的はナンダ?』


『決まってる。奴隷身分の解放だよ。』

俺は兄弟のために笑顔で答えた。


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