表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/133

目まぐるしく涙ぐましい

加賀屋さんの釜山支店は、公使館から程近く居留地のかなり東側にある。

かなり立派な日本風家屋だ。


すぐそばを外部と隔てる居留地の壁が走っているが、あらかた崩れ落ち役には立っていない。

しかし壁の向こう側は竹林で、西側と違って危険度は少ない。


俺は花房公使と奥の間に通される。社長の佐吉さんが程なく入ってきた。


「おや、どなたかと思えば、今朝お会いしたばかりの。」

不意を突いたせいか、今日は警戒より先に笑顔が漏れた。


「朝方は失礼しました。改めまして犬養です。」

「こちらこそ失礼申しました。番頭の峯佐吉でございます。」


50がらみの如才ないオッサンで、骨太な顎と細い目はちょっと爬虫類を思わせる。

商人として相当なもんなのだろう。重みを感じさせる物腰だ。


「佐吉さん、今日は自治会長としてのお前さんに、頼みがあってきたんだ。」


花房さんは長年の付き合いらしく、気安い態度で頼み事を切り出す。


「ほう、何でっしゃろ?」


「この居留地の安全に関わる事です。」

面倒だが俺からご説明。


「米貿易の買い占めなんかもあって、現地の住民はあまり居留地を好ましく思っていないと聞いてます。1000名を超える人々の命を守るため、現状の壁や門などを修理しておきたいと思うんです。」


回り道せず真っ直ぐ切り込んだ。


佐吉さんは少々苦い顔をするが、すぐに頷いて俺の話に応える。


「米の買い占めおっしゃいますが、私らも無理に取り上げたわけじゃあらしまへん。売ってくれいうたらおお売る売る言いよりますねん。まさか全国で米不足になっとるなんて。」


「知らなかったわけじゃないでしょ?」

「まあ噂くらいは聞いとりましたけど。」


ダメじゃん。売るっていうものは買う、てだけでは言い訳にもならん。

現にアンタ嫌われちゃってるワケだし。


「今そこをドウコウ申し上げるつもりもありません。現実に住民が危険に晒されているのならば、自治会長として見過ごしにはできないでしょ?」


「そらまあそうですけど。」

佐吉さんはまたまた疑い深いカメレオンのようになってしまった。

「それを大蔵省のお役人さんがなぜわざわざ?」


「彼の所属と今回の彼の行動には、特につながりはないんだ。日本の政策の中心におられる方が、彼をして朝鮮の独立党と接触を試みているところだ。」


結構突っ込んだ話しちゃうんですね。大丈夫っすか?


「彼とこの居留地とは一蓮托生だ。むしろこのくらいは伝えてあげておかぬと、不公平というものだよ。」


俺が不思議そうな顔をしているのを見てだろう、公使は佐吉さんの果たす重要性について俺に説明する。

自治丸投げしちゃってるワケだもんな。そりゃそうか。


「とうとう公使の念願かなって、というワケですなあ。しかし反体制派と繋がるのは危険も大きい。」

「そうです。不満を持つ体制側に、この居留地が狙われる可能性だってある。」


佐吉さんは商売人だけあって、すぐに損得勘定に頭が回る人だ。

「壁と門の修理が必要ですやろ。うーん、すぐにも見積もりと日程を出しますわ。」


淡々と勧められる居留地防御計画。しかしそれだけでは足りません。


「佐吉さん、この居留地で自衛団を作るとしたら.....何人集められますか?」

「自衛団!」


驚く爬虫類。やっぱそこは驚きますかね。


「自衛団と言わはるのはどの程度の?いや想像もつきまへんな。」

「難しく考えずとも結構です。先ずは毎日見廻りできる人数と門番、これが出せるかどうかですね。」


うーんと考えちゃう佐吉さん。でもやらないと危ないのはご自分たちですからね。


「いずれにしてもやらんといかん事、すぐに人数を揃えますわ。コレは交代制でよろしおますな?」

「勿論結構です。」


たたけば響くとはこの事だ。さすが海外拠点一つ任されるだけの人である。


「いずれ必要な武器と教官が手配できるでしょう。そうしたら自衛訓練もお考えいただくことになります。」


もう佐吉さんは驚かない。俺がいう事にいちいち頷き笑い出した。


「大蔵省のお役人さんが来て、どんな粗探しをされるかビクビクしとりましたけど、なんの事はないごっつう親切にしていただいた。」

ハッハッハッと高笑い。花房さんも何故か嬉しそうだ。


「佐吉さん、まあこの人はちょっと毛色の違う役人だ。私なんかと違って、民権運動にまで首を突っ込んだ人だよ。」

公使は自慢するように俺のプロフィールを暴露。


「おや、お役人にそんなお人がおられますか。」

佐吉さんのニコニコは止まらない。

「アタシら米問屋は、ご一新のドサクサでえらい目におうとる。お役人の言う事はなかなか信じられまへんが。」


そういうこったよね。

何しろ米問屋たちは、租税である年貢米の物流までを請け負っていたワケだから、金銭での税徴収に変わって物流システムが大打撃を受けた。


もう少し緩やかな変化が必要だったろう。

だがチョンマゲの役人が、そこまで気を遣えるはずも無いのかもしれない。


不幸な結果として、大阪の商人たちは明治政府がキライなのが定番なのだ。


「俺を信じる信じないより、人命を守る事だけをお考え下さい。」


「何とも気持ちよろしい方でんな。よろしおます、自衛団の見廻りと門番を来週から始めれるよう、すぐに手配させましょう。修理の計画と見積もりもそこまでに必ず。」


佐吉さんはそう言って請け負った。

そういや俺は来週までに帰れるのかしら?


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「帰国できるとなれば、日本からそう言って連絡が来るだろう。無いって事はまだ帰れんって事じゃないか?」


正論ですよね、ええ。アナタは良いですよ、花房さん。

俺なんか可愛い許嫁を日本に置き去り。

今月の初めに約束を交わした後、一眼も会えずにもう5月になろうとしている....。


会いに来るのはパクだのキムだの...まあ皆さんお困りなのは分かってるけど。


俺だって十分困っているのだ。なんとかして日本に帰りたい。


「状況は私から聞いてみよう。」

公使は同情してくれている。


「ところでさっき教官がドウコウ言ってたけど、アレは陸軍から派遣して貰うつもり?」

花房さんは先程の会話が気になっていたらしい。


「うーんそれでも良いかもしれないんですが。」

俺は考えを口にする。

「俺の知り合いがこの後釈放されてくる予定でして。どうせやる事もないはずだから、コチラで人様の役に立つのが良いんじゃないかと。」


「釈放?刑務所に入っていたのか?」

「そうです。先年の福島義挙に参加した男たちで。」


すると公使の顔色が明るくなった。

「おお!あの福島義挙に参加した義士たちか!それは良い!是非あって見たいものだ。」


意外とミーハーなんですね花房さん。

言っときますけど爆弾魔ですよそいつら。


「評判が先走っていますが、九州の荒くれ者の集まりです。どうするかは会って直接話そうと思いますが、乱暴狼藉無いよう十分言い含めておかなければ。」


「そんな....人たちなのかね?私が聞いた話じゃあ、蜂起後数時間で県庁を制圧し、1人の死者も出さなかったと言う。官憲を追い払った後は自ら治安の維持に努め、決して暴力略奪に走ることがなかった。弱きを助け強きを.....。」


「ハイハイ分かりましたもう結構です。」

どんだけ評判倒れなんだアイツは。


そんなに期待されてるのぉー?紹介すんのやめよっかな。折角の評判に傷を付けるだけだし.....。


「早速皆にも知らせておこう。『福島義挙の義士釜山へ来る!』コレは盛り上がるよおお!」

いや....今更なしなんて言えないか。

1番楽しみにしてんの公使みたいだし。



公使館へ戻ると部屋で1人。少し色々な事が起き過ぎているので、考えをまとめていた。


コワシさんによれば、朝鮮でこの後起きる壬午軍乱は清国が制圧してしまい、朝鮮半島でのプレゼンスを日本より上げてしまう。

焦る独立党と日本は無理に甲申事変を起こし、再び清国にやられてしまうのだ。


でもだよ、いかに小細工して独立党が主導権握ろうと、この半島の地勢条件が日本の安定した影響力を阻害するだろう。

清国を日本が叩かない限り、朝鮮への干渉は永遠に続くよね。どっちかと言えば日本が要らぬお節介してるんだし。

それが終わっても今度はロシアが来る。


....コレちょっとみんなで考えようよ!俺1人じゃ無理!


大蔵省の仕事と政党立ち上げ、この居留地も面倒見なきゃだし勿論朝鮮独立党の件。

地元の新聞立ち上げもあるしねえ。


帰国したらやる事山積みだな。(ゴメンなさい綾さん。)


いつになったら帰れるだろうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず居留地代表は話が通じるようでよかった 負けたり被害が出たりすれば進むも引くもしづらくなりますからね [気になる点] けど実際どうしたものやら とてつもなく酷い国に見えるけどアレは…
[気になる点] 感想欄がヒートアップしてる。 まあ、朝鮮の中華心酔も困りもんですが、じつは、当時の日本も大きな違いは無いわけで、征韓論にしろ福沢さんの脱亜論にしろ、どれも根っこは同じで、結局、日朝の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ