目まぐるしく涙ぐましい
加賀屋さんの釜山支店は、公使館から程近く居留地のかなり東側にある。
かなり立派な日本風家屋だ。
すぐそばを外部と隔てる居留地の壁が走っているが、あらかた崩れ落ち役には立っていない。
しかし壁の向こう側は竹林で、西側と違って危険度は少ない。
俺は花房公使と奥の間に通される。社長の佐吉さんが程なく入ってきた。
「おや、どなたかと思えば、今朝お会いしたばかりの。」
不意を突いたせいか、今日は警戒より先に笑顔が漏れた。
「朝方は失礼しました。改めまして犬養です。」
「こちらこそ失礼申しました。番頭の峯佐吉でございます。」
50がらみの如才ないオッサンで、骨太な顎と細い目はちょっと爬虫類を思わせる。
商人として相当なもんなのだろう。重みを感じさせる物腰だ。
「佐吉さん、今日は自治会長としてのお前さんに、頼みがあってきたんだ。」
花房さんは長年の付き合いらしく、気安い態度で頼み事を切り出す。
「ほう、何でっしゃろ?」
「この居留地の安全に関わる事です。」
面倒だが俺からご説明。
「米貿易の買い占めなんかもあって、現地の住民はあまり居留地を好ましく思っていないと聞いてます。1000名を超える人々の命を守るため、現状の壁や門などを修理しておきたいと思うんです。」
回り道せず真っ直ぐ切り込んだ。
佐吉さんは少々苦い顔をするが、すぐに頷いて俺の話に応える。
「米の買い占めおっしゃいますが、私らも無理に取り上げたわけじゃあらしまへん。売ってくれいうたらおお売る売る言いよりますねん。まさか全国で米不足になっとるなんて。」
「知らなかったわけじゃないでしょ?」
「まあ噂くらいは聞いとりましたけど。」
ダメじゃん。売るっていうものは買う、てだけでは言い訳にもならん。
現にアンタ嫌われちゃってるワケだし。
「今そこをドウコウ申し上げるつもりもありません。現実に住民が危険に晒されているのならば、自治会長として見過ごしにはできないでしょ?」
「そらまあそうですけど。」
佐吉さんはまたまた疑い深いカメレオンのようになってしまった。
「それを大蔵省のお役人さんがなぜわざわざ?」
「彼の所属と今回の彼の行動には、特につながりはないんだ。日本の政策の中心におられる方が、彼をして朝鮮の独立党と接触を試みているところだ。」
結構突っ込んだ話しちゃうんですね。大丈夫っすか?
「彼とこの居留地とは一蓮托生だ。むしろこのくらいは伝えてあげておかぬと、不公平というものだよ。」
俺が不思議そうな顔をしているのを見てだろう、公使は佐吉さんの果たす重要性について俺に説明する。
自治丸投げしちゃってるワケだもんな。そりゃそうか。
「とうとう公使の念願かなって、というワケですなあ。しかし反体制派と繋がるのは危険も大きい。」
「そうです。不満を持つ体制側に、この居留地が狙われる可能性だってある。」
佐吉さんは商売人だけあって、すぐに損得勘定に頭が回る人だ。
「壁と門の修理が必要ですやろ。うーん、すぐにも見積もりと日程を出しますわ。」
淡々と勧められる居留地防御計画。しかしそれだけでは足りません。
「佐吉さん、この居留地で自衛団を作るとしたら.....何人集められますか?」
「自衛団!」
驚く爬虫類。やっぱそこは驚きますかね。
「自衛団と言わはるのはどの程度の?いや想像もつきまへんな。」
「難しく考えずとも結構です。先ずは毎日見廻りできる人数と門番、これが出せるかどうかですね。」
うーんと考えちゃう佐吉さん。でもやらないと危ないのはご自分たちですからね。
「いずれにしてもやらんといかん事、すぐに人数を揃えますわ。コレは交代制でよろしおますな?」
「勿論結構です。」
たたけば響くとはこの事だ。さすが海外拠点一つ任されるだけの人である。
「いずれ必要な武器と教官が手配できるでしょう。そうしたら自衛訓練もお考えいただくことになります。」
もう佐吉さんは驚かない。俺がいう事にいちいち頷き笑い出した。
「大蔵省のお役人さんが来て、どんな粗探しをされるかビクビクしとりましたけど、なんの事はないごっつう親切にしていただいた。」
ハッハッハッと高笑い。花房さんも何故か嬉しそうだ。
「佐吉さん、まあこの人はちょっと毛色の違う役人だ。私なんかと違って、民権運動にまで首を突っ込んだ人だよ。」
公使は自慢するように俺のプロフィールを暴露。
「おや、お役人にそんなお人がおられますか。」
佐吉さんのニコニコは止まらない。
「アタシら米問屋は、ご一新のドサクサでえらい目におうとる。お役人の言う事はなかなか信じられまへんが。」
そういうこったよね。
何しろ米問屋たちは、租税である年貢米の物流までを請け負っていたワケだから、金銭での税徴収に変わって物流システムが大打撃を受けた。
もう少し緩やかな変化が必要だったろう。
だがチョンマゲの役人が、そこまで気を遣えるはずも無いのかもしれない。
不幸な結果として、大阪の商人たちは明治政府がキライなのが定番なのだ。
「俺を信じる信じないより、人命を守る事だけをお考え下さい。」
「何とも気持ちよろしい方でんな。よろしおます、自衛団の見廻りと門番を来週から始めれるよう、すぐに手配させましょう。修理の計画と見積もりもそこまでに必ず。」
佐吉さんはそう言って請け負った。
そういや俺は来週までに帰れるのかしら?
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「帰国できるとなれば、日本からそう言って連絡が来るだろう。無いって事はまだ帰れんって事じゃないか?」
正論ですよね、ええ。アナタは良いですよ、花房さん。
俺なんか可愛い許嫁を日本に置き去り。
今月の初めに約束を交わした後、一眼も会えずにもう5月になろうとしている....。
会いに来るのはパクだのキムだの...まあ皆さんお困りなのは分かってるけど。
俺だって十分困っているのだ。なんとかして日本に帰りたい。
「状況は私から聞いてみよう。」
公使は同情してくれている。
「ところでさっき教官がドウコウ言ってたけど、アレは陸軍から派遣して貰うつもり?」
花房さんは先程の会話が気になっていたらしい。
「うーんそれでも良いかもしれないんですが。」
俺は考えを口にする。
「俺の知り合いがこの後釈放されてくる予定でして。どうせやる事もないはずだから、コチラで人様の役に立つのが良いんじゃないかと。」
「釈放?刑務所に入っていたのか?」
「そうです。先年の福島義挙に参加した男たちで。」
すると公使の顔色が明るくなった。
「おお!あの福島義挙に参加した義士たちか!それは良い!是非あって見たいものだ。」
意外とミーハーなんですね花房さん。
言っときますけど爆弾魔ですよそいつら。
「評判が先走っていますが、九州の荒くれ者の集まりです。どうするかは会って直接話そうと思いますが、乱暴狼藉無いよう十分言い含めておかなければ。」
「そんな....人たちなのかね?私が聞いた話じゃあ、蜂起後数時間で県庁を制圧し、1人の死者も出さなかったと言う。官憲を追い払った後は自ら治安の維持に努め、決して暴力略奪に走ることがなかった。弱きを助け強きを.....。」
「ハイハイ分かりましたもう結構です。」
どんだけ評判倒れなんだアイツは。
そんなに期待されてるのぉー?紹介すんのやめよっかな。折角の評判に傷を付けるだけだし.....。
「早速皆にも知らせておこう。『福島義挙の義士釜山へ来る!』コレは盛り上がるよおお!」
いや....今更なしなんて言えないか。
1番楽しみにしてんの公使みたいだし。
公使館へ戻ると部屋で1人。少し色々な事が起き過ぎているので、考えをまとめていた。
コワシさんによれば、朝鮮でこの後起きる壬午軍乱は清国が制圧してしまい、朝鮮半島でのプレゼンスを日本より上げてしまう。
焦る独立党と日本は無理に甲申事変を起こし、再び清国にやられてしまうのだ。
でもだよ、いかに小細工して独立党が主導権握ろうと、この半島の地勢条件が日本の安定した影響力を阻害するだろう。
清国を日本が叩かない限り、朝鮮への干渉は永遠に続くよね。どっちかと言えば日本が要らぬお節介してるんだし。
それが終わっても今度はロシアが来る。
....コレちょっとみんなで考えようよ!俺1人じゃ無理!
大蔵省の仕事と政党立ち上げ、この居留地も面倒見なきゃだし勿論朝鮮独立党の件。
地元の新聞立ち上げもあるしねえ。
帰国したらやる事山積みだな。(ゴメンなさい綾さん。)
いつになったら帰れるだろうか?




