番外編:聖誕節の贈物
クリスマス番外編です。
本編とは全く関係ございませんので、ご興味ない方はスルーして下さい。
日付は1878年12月24日、ツヨシは檻の中というストーリーです_φ( ̄ー ̄ )
「萬吉さん、あの子また来とるね。」
社長の早矢仕が制服姿を見つけて言う。
「はあ。」
金澤井吉は丸善洋書部の責任者である。
別に売場で本を販売する必要は無いのだが、事務所のデスクに座っているより、ここで仕事をするのを好んだ。
「はあじゃ無い。明らかに第一中学校の制服じゃないか。苦労していい学校に入っても、授業を受けないんじゃあ日本の損失だ。」
「はあ。」
だからなんだって言うんだ。
時代は変わった。勉強する意欲のある者が、立身出世を果たす世の中だ。
やる気のないモノは勝手にすればいいんじゃないですか?とは言わない。
「折を見て話しかけてごらん。何か事情があるかも知れん。」
そんなに気になるならご自分でどうぞ、とも言わない。
何だか知らないが、社長の言う事は結果においてあらかた間違いがない。
しかもこの社長は結果において自分が正しかったと知ると、コッチが参りましたと言うまで言い込める。
この5年間の経験で、井吉はムダな反論をしなくなった。大概のケースでこの人は正しいからだ。
とうとう自分の名前を萬吉と呼ばれても、なにも言い返さずハイと返事をする。
おかげで客先からは面白がられ、萬吉さん萬吉さんと名前を覚えてもらった。
この時も『ホレ萬吉の方がいい名前だから、お客様にも覚えが早い。』などと言われた。
話しかけてごらんと言われれば、話しかけざるを得ない。
だって社長の言った事だ、必ず何か起こるのだ。
さてその早矢仕が去った後も、少年はいっこうに帰る様子がない。
そろそろ声をかけようかと思ったそのとき、事務所から女性が出てきて井吉にメモを渡した。
「萬吉さん!コレ大急ぎで揃えて頂戴。いつもの小菅のやつ!」
「ええ?また犬養さんかね?」
井吉は困ったような顔をして、手元のメモを見やる。
細かい文字でビッシリと、英語の新刊書名が書かれていた。
「あの人にも困るなあ。新刊書根こそぎ攫ってくんだから!いろんな先生方から苦情になってるんですよ。」
「仕方ないじゃない、あの犬養毅からの御用であの大隈卿が注文されていくのよ!断れるわけないでしょうに!」
特権階級といいう奴は好きになれない。それでも社長が受けている注文を、社員の自分が拒否するわけにもいかない。
井吉はヤレヤレと本を揃えるため立ち上がった。
嫌な事はサッサと片付けてしまおう。
そう思って書架の方に振り向いた途端、さっきの少年が立っていて、井吉は思わず大声を上げた。
「うああああ!っと君は......いや済まない、何処か踏んづけたりしてないよな?」
少年はコクリとうなずく。
「すいません....今お話し聞こえてしまったんですが、犬養毅さんっておっしゃいましたか?」
「ああ、ああ今の話?そう、うちのお客さんなんだけどね。」
突然話しかけようと思っていた子供に話しかけられて、井吉はオタオタと弁解するように言った。
「報知新聞の犬養木堂先生ですよね?今監獄に入ってるんですよね?」
お子様だけあって言い方がむき出しである。
中学生であるのだから、12歳は超えているだろう。学生服が体にあっておらぬところを見ると、新入生か2年生か。
「まあね。正しくは監倉と言って、監獄とは違うんだけどね。」
井吉はなぜ自分が言い訳しているのかと、やや腹立たしくなる。
「今、木堂先生は面会できるのですか?」
面会?聞き間違いだろうかと井吉は思わず口に出したが、相手はハイと頷く。
「いや君は....ところで名前なんていうの?」
「塩原金之助です。」
少年はハキハキと答える。
「金之助くんね。犬養さんに会いたいの?」
井吉は少年の目線まで屈んで尋ねた。
「あ....ハイ、もしその....お会いできるのであれば。」
明らかに学校をサボって本屋に入り浸り、民権運動家に会いたいという少年。
そりゃあ会わせられんよと井吉は思う。
「君な、金之助くん。今日学校はどうしたの?」
少年は少し慌てたように顔を赤くした。
今初めて自分がいるべきでない所にいるのだと気付いたようだ。
「へっ!ハイ、いや学校は...今日休みで....。」
「嘘はいかんよ。じゃあなぜ制服を着ているんだ?」
少年はますます赤くなって、下を向いてしまった。
決して悪い気持ちで学校を休んでいるのではなさそうだが。
するとかれの背後から、突然大声が響いた。
「おお!そりゃあ丁度いい!坊主これから小菅まで使いに行ってくれるか!」
声の主は社長の早矢仕である。
「なに言ってんですか社長は!これは面倒ですが私が行きますから...。」
井吉は慌てて言う。少ない金額の商品ではない。
しかもこんな少年を、信用あるとはいえ監倉に収監されてる民権運動家に会わせるなんて!
「1人じゃあ持つのは大変だろうから、車を呼んでやろう。手伝ってくれたら駄賃をやるよ。」
早矢仕はサッサと話を決めてしまう。
井吉は開いた口は塞がらなかったが、ソレは少年も同じ事らしかった。
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金之助はあまりの展開に口もきけず、やりますとも言わぬうちに丸善の使いとして、小菅の監倉へ行くことになってしまった。
若い人と話している後ろから、突然出てきたギョロ目のおじさんが決めてしまったのだ。
社長と呼ばれていたから、多分丸善の社長なのだろう。
自分で会いたいと言っていたのだから、会えるとなれば否やはない。
でもこんな簡単に決めてしまっていいモノなのか?
普段内気な自分が、犯罪者のうごめく小菅の監倉へ1人で行くなどと、養母が聞いたら卒倒するだろう。
人力車は景気良くガタガタと進んでいく。
坊ちゃんアッシに任せといてくんなよ!あっという間に着いてやるからと、頑強な車引きは疲れも知らず車を引き続ける。
金之助は積み上げられた洋書を落とさぬよう、懸命に支えていた。
そしてこの量の本を1人で読むと言う、犬養木堂に畏敬の念を覚えた。
今年の半ばくらいに号外騒動を起こし、人々を熱狂させたその文章は今でも語り草となっている。学校の教師たちもこっそり号外を持ち寄り、休み時間に議論に熱中していたほどだ。
会ってみたいと思っていたわけではないが、丸善でその名を聞いたときに何故か会わねばと気が急いた。
人をあれほど熱狂させる文筆家ならば、分かるかもと思ったのだ。
自分は何故これほど文章が書きたいのかを。
金之助は物心ついた時には、四谷の質屋に養子に出されていた。
あまり記憶にはないが、毎夜物置に寝かせられている自分を、姉が不憫に思って連れ帰ったらしい。
姉と言っても一回り以上年上の大人だ。
連れて帰られた実家で初めて父に会ったとき、自分の祖父だと思ったほど父は年寄りだった。
程なく父は使用人に一家を持たせ、またしても金之助を養子に出した。
この養父、塩原は女にだらしがなく、すぐに家にも寄り付かなくなった。
たまに帰ってはお前は雫っ子だ、親父は体裁が悪いから、すぐに養子に出されるんだと金之助にネチネチ言いつのった。
働かず金だけせびり、外に女を作るだらしなさに、今度は養母がキレて金之助を実家に連れ帰った。
実の父は亡くなっており、金之助は葬式にも呼ばれてなかった事を知る。
兄たちは金之助の聡明さを高く評価し、大学を卒業させようとしてくれるが、立身出世など興味もない。自分は.....何故小説が書きたいのだろうか?
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小菅に着くと、看守たちが中に入れてくれない。
子供は入る所じゃない、帰れと口々に叫び、彼を相手にもしてくれぬ。
まあもっともな話だが。
「しかし看守さん!コレを.....この本を見てください!犬養木堂先生のご注文です!」
看守たちは今度は青ざめ、口をきかなくなってしまった。
金之助は悩む。どうやったら中に入れるのか?
しばらくして中から怒声が聞こえる。
「本が!本が来てるのに読めないってどーゆーこと?ねえ!サッサと運んでくれる?」
「いやソレが犬養さん、運んできたのが何故か子供でして....流石に中に入れるのは...。」
「そんならアンタが運びゃあいいでしょ!俺に読ませない気?!」
恐ろしい罵声だった。何より看守にあそこまでぞんざいな口を聞く囚人など、聞いたこともない。
木堂先生ほどの活動家になると、下っ端役人などものの数ではないのだと思った。
急に会うのが怖くなった。子供の相手などしてくれるはずもない。
だがそこに至って、看守たちは本を中に運び始め、金之助にも手伝えと言う。
逆らうこともできず、彼も監倉の中へと入っていった。
驚いたことに木堂先生は檻の中ではなく、居心地良さそうな洋間の中で早速本を読んでいる。
コレはどうした事だろう.....オマケに先生はオッカナイ活動家とは大分異なる、小柄で優しげな顔立ちの人だった。
気付くと看守は1人もおらず、金之助は1人で木堂先生の部屋にいた。
「どうもありがとう。まだ何か必要?」
先生は脇目もふらず、魔法の書のような洋書を恐るべき速さで読んでいる。
この人ならきっと分かるはず。この魔法書まで読んでしまう人だ。
私は何故...何故....
「先生私は知りたいのです。」
そこで先生はハタと読書をやめ、初めて私がいるのに気付いたような顔をした。
「何が知りたいのですか?」
先生は笑う事なく、真剣に聴いてくれた。
「私は....私は....」
金之助の心には言葉がほとばしった。
何故文章が書きたいのでしょう?
何故何度も養子に出されてしまったのでしょう?
何故親の葬式にも出れぬのでしょう?
何故父は....私を愛してくれなかったのでしょう?
金之助は泣いていた。
12歳という年齢にも関わらず、彼の人生は波乱に満ち過ぎていた。
「私は何故....生まれてきたのでしょうか?」
木堂先生は本を閉じていた。
「人が何故生まれてきたのか....それはですね。」
先生は本の表紙を摩りつつ、言葉を探しているかに見えた。
「人は言葉を語るために、生まれてきたのだと思います。」
「言葉....。」
「そう言葉。語らぬ人間は存在せぬのと同じ事です。また世界は人に語られて初めて世界になり得る。誰にも見られず語られぬ世界もまた、存在せぬのと同じ事です。」
「よく....分かりません。」
金之助は正直に言った。
「私にも分かってるわけではない。」
先生は愉快そうに笑う。
その知識の底が知れぬ笑みだった。
「君、名前は?」
「ハイ、塩原....いえ、夏目、夏目金之助です。」
金之助は何となく、実家の姓を名乗った。もっと早くそうすべきだった。
父に拒絶されている、そう思うと夏目を名乗ることが出来ずにいた。
木堂先生はしばらくマジマジと彼を凝視した。
何が間違ったものでも見たような顔をしている。
やがて一冊の本に手を伸ばすと裏表紙へ揮毫し、その本を彼にくれた。
「君にソレをあげよう。」
金之助は目の眩む思いだった。
「そんな!このような高価なものを!ソレに私には読めませぬ!」
しかし先生は笑って言う。
「いずれ読めるようになります。そして君の血となり肉となるでしょう。」
そして真剣な顔で続ける。
「何が文章を書いたらぜひ見せてください!頼みましたよ!ねっ、猫とか!」
金之助は感動した。
言葉に出さずとも、先生には私が文章を、小説を書きたいと思っている事が分かるのだ。
猫とは?分からなかったが、凡夫である自分に全てはわからない。
天才とはこう言う人のことだと彼は思った。
「先生、コレは何という本でしょうか?すいません、私には全く読めぬので.....。」
「チャールズ・ディケンズという小説家の本です。きっと気に入りますよ。」
先生は穏やかに言った。
「ちょうど今日は耶蘇教の聖誕節です。この日に因んだお話ですよ。」
「耶蘇教の?」
「そうです。12月24日の夜、彼らにとっては神の御子が生まれた夜です。」
金之助は黒皮の表紙をじっと見つめた。そうする事で、物語が飛び出して来るかのように。
「今に日本中の人が、君の語りに耳を傾ける。そう信じて語り続けなさい。」
金之助は神の啓示を聞いた。
そして今日以上に、ソレにふさわしい日は無かった。




