飛んで釜山
俺たちは神戸の港にほど近い、ホテルのロビーで腰かけている。
そしてこれから俺は釜山へ強制出国......ええええええ。
『イヌカイ釜山クルカ?ソリャイイ!』と東仁は大喜びである。
オマエには悪いがゼンゼンよくねえし。
「私も状況が分かっているわけじゃないが、これが福沢先生からの電報だ。」
花房公使は気の毒そうに俺を気遣う。
先生の電報には、簡潔に結論のみが書かれている。
『ドンインイヌカイヲタズサエテクレバ、コレヲプサンへドウコウセヨ』
「何か心当たりはあるだろう?」
「はあ....ドンインと俺が神戸に来るという事は、俺が大阪でなんらかの事件に遭ったと考えた。というより先生は、俺が官憲に踏み込まれる可能性が、高いと分かっていたって事ですね。」
助けていただいている実感は無い。何でそんな事分かったの?ドッキリか?
『ドンイン、オマエなんか先生に言ったか?俺が大阪行くと危ないかもとか?』
『センセイあってナイ。』
という事は、別口から情報が入っている。
「君が大阪に行くのを知っていた人は?」
花房さんは腕組みして俺に尋ねる。ナニやっても爽やかさんだ。
そして俺は思い出した。最近会ったもう1人の爽やかさん。
「大隈卿に統計局の矢野大書記官、それから....警保局の白根書記官に....。」
「白根?白根専一か....。」
花房さんは何か思い当たるらしい。
「どうかなさいましたか?」
「イヤ、犬養君は彼が卒業生と知って、簡単に自分の行動を教えてしまったのだろうけど。」
そう言ってニヤニヤと笑っている。見かけによらずイジワルさんでもあるらしい。
「それを矢野君に報告したってわけだ。不幸中の幸いだったね。」
「矢野さんが何か?」
花房公使は頷きつつ、コーヒーを一口飲んだ。
「白根は確かに優秀な男だ。いささか優秀過ぎるかもしれない。所属する組織に全てを捧げる、純粋にして潔癖な公僕だ。だから少々我々の仲間では評判がよろしく無い。」
「優秀で真面目なのにですか。」
「優秀で真面目な警察は、融通が効かぬと面倒なものだよ。犬養君は警保局にとって、あまり好ましい人物とはいえない。何しろ去年の混乱を引き起こした張本人だ。そういう自覚はあるかね?」
そう言われればその通りだ。
福島の蜂起を企画し、軍と繋がって出動させなかった。(のは知らないだろうが)東京では内務省糾弾のビラを撒いて混乱を引き起こし、それが原因かは分からないが内務省トップが暗殺されている。
オマケに予算を削ったり....うん敵認定されて当たり前だな。
「白根さんの様子があまりに自然だったので、普通に行動予定を教えてました...。」
「警察ってのはその辺りが怖いところだよ。今後は注意する事だな。」
俺も役人だからチャラですよね!もう仲間だよね!ってのは甘いんですね。
気をつけないと......。
「矢野君が君の報告を聞いて、不審に思って先生に相談したってところかな。彼も白根の事はよく知っているし、白根が誰かの行動予定に興味を持つって事は、すなわち警保局が注視しているって事だから。」
義兄さんありがとうございます!いつも薄めヘッドを凝視してすいませんでした!
「それで?大阪では危ういところだった訳だ。」
「イヤ知り合いの新聞社に居ただけなんですが.....確かに愛国社系の新聞社だったので。」
花房さんはやはりイジワルモードでニヤついている。
「それでは残念ながら釜山行きが決まりだな。留守中矢野君たちが、君の火消をしてくれるだろう。」
俺はガックリ肩を落とす。
朝鮮など行きたくないってのもあるが、警察にマークされてるって改めてやな感じ。
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「でも仕方ないですね。政治家になろうっていうなら、これくらい当然でしょう。」
再び船に乗り込みながら、俺は改めて決意する。ゼッタイ国会議員になるぞ。
「おお、国会議員に立候補かい?是非やるべきだ。君は有名人だし、適任だよ。」
タラップの上にいる花房さんは、さらに爽やかである。
だがもう騙されん。爽やかさんたちは腹の底でナニ考えてるかわからんものなのだ。
「犬養君は地元は何処なんだ?」
ん?コレも何かのワナか?
「西国出身なのですが.....。」
「いや出身聞いたからって警戒しないように!タダの話題だし、私は君の味方だよ!」
イヤイヤそんなこと言って、なんか企んでませんか?
「そうですよね....岡山出身です。」
すると花房さん、顔色を明るくして声を弾ませる。
「本当かい?私も岡山出身だよ!」
何か余計怪しいです。
「適当に話し合わせてないですか?」
「そこ疑う?そんな事話し合わせて私に何の得があるって言うんだ!」
そうは言っても今は誰も信じれない気分です。
「イヌカイ、コノヒトニ後でセワニナル。」
「おお、そうなの?ドンインが言ってるならそうかもな!」
「李東仁より信用低いのかね私は....。」
冗談です花房さん。
夜も遅い出発となったため、我々の食事はまた船内食堂。
ここにはカレーはなく、スープとパンという簡単なものだった。
この時代、船員は外国籍の者が多いので、船の中は日本人の方が少ないくらいだ。
勢い食事なんかは洋風のことが多い。
「向こうについても、基本的に釜山の日本人居留地からは出れない。」
花房さんは食後の蒸留酒を飲みながら、現地の様子を話してくれる。
考えてみれば、この時代で初めての海外だ。
あんな事があった後だし、慎重に行こうと思う。
「なので犬養君はのんびりしていてくれ。居留地内には大概のものは揃ってる。」
「今日本人は何人ぐらい住んでいるんですか?」
俺の質問に花房さんは少し考えるそぶり。
「急激に増えているから、正確なところは分からないんだが.....まあ1000人くらいと考えてくれ。」
「結構いるんですね。」
居留地なんて言うから狭い場所をイメージしたが、十万坪ほどもある所らしい。
「現地で恐らく独立党の朝鮮人が会いに来るだろう。」
花房さんはドンインをチラ見する。
ドンインは頷いて言った。
「オレ、身分ヒクイ。両班ガアイニクル。」
朝鮮は身分制度が厳しいそうだ。日本だって10年ほど前まで士農工商だった訳だけどね。
「儒教が国教の朝鮮では、僧侶は賤民扱いだ。奴隷と同じだよ。」
花房さんが当たり前のように言う。少しショックだった。
見た目こそアヤシイが、底抜けに明るくて気の良いこの男が奴隷?一方爽やか慶應ボーイが、俺を官憲の罠にかけようとする。人間見た目でも身分でもない!
「朝鮮は恐ろしい状態にある。」
花房さんは噛み締めるように言う。
「両班というのは科挙の合格者のことだ。文班と武班、つまり文官と武官のことを併せて両班というんだ。」
ドンインは頷きながら聞いている。
「コレらはそもそも職業の呼び名だ。しかし次第に両班を出せる家の事を指すようになってきた。金がなければそもそも学習もできんしな。オマケに今では職も家系も金を出せば買えるようになり、国民の半数が両班という貴族扱いだ。」
花房さんは苦々しそうに言った。
「儒教思想が凝り固まって、両班達は勤労をしてはいかんと思い込んでいる。半数の貴族が半数の労働者から、金も払わず搾取するんだ。朝鮮には2種類の人種しかいない。搾取する者とされる者だ。」
何か凄いとこですねそれ。世紀末なんちゃらストーリー?
「腹立たしいのは、それを見ていた日本人商売人も、労働者達から搾取しようとする事だ。しかし....。」
花房さんステッキをドン。
「私がここに関わるうちは、勝手な真似はさせんがな!」
スカッと抜き払ったのは、杖に仕込んだ短剣だった。酔ってますか?
「花房さん!みんな見てますよ!」
「ぬわああに!構わん!私が仕込みを持っとるくらいみんな知っとるんじゃ!」
爽やかイメージが酒乱へと塗り替えられる。
海外駐在ってストレス溜まるんでしょうねジッサイ。
なおも振り回す花房さんをなだめ、我々は船室へ。
「じゃあなドンイン!」
「アサッテ、プサンツク。オヤスミ。」
しかし前世と今世(いや今世と来世?)を通じて初めての『高飛び』ってやつだよねコレ?
ほとぼり冷めるまで日本から離れるんだから....。
オレ大丈夫?何か道間違えてないか?
こんな調子で国会議員になれるんだろうか.....早く帰りたいです、綾さん。




