逃走劇
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諸事議論によってのみ解決す。
大隈卿のというより俺の方針だ。
末広さんと大井さんが、すんごい怖い目で俺を睨みつける。
末広さんは目がちっさく四角い顔で怖いし、大井さんはギロッとした目で痩せすぎなのがコワイ。
「議論、と言ったがな、犬養くん。」
細ギロの大井さんが俺に問う。
「官憲の奴らは俺たちと議論などせんぞ。問答無用で集会と見れば全員逮捕だ。その時オマエさんは実力行使で脱出せず、議論せいというのか?」
周りの数人も我が意を得たりと頷いている。
「特定局面の話はしておりません。俺が言っているのは、蜂起、破壊行為などの実力行使による改革・革命には加担せず、言論による改革推進を行うという事です。」
俺は淡々と説明する。些末な問題点の掘り起こしは、全体を見えなくする。
「集会行為、デモ行為は当然議論の内に入ります。ドンドンやって行きますよ。」
柴田さん、田代さんはコレに頷いている。
「イヤ趣旨がわからんなあ!」
大声を張り上げる末広さん。顔もデカいが声もデカい。
「オマエさんは福島義挙やらで男を上げた、河野や宮崎を知ってよう?あれだけ民衆の支持を獲とる!ならば民権政党がスキあらば蜂起するっちゅーのが、政府に対しての抑止力にもなるわけじゃ。」
そうじゃそうじゃと周囲の声が大きくなる。
「ハナから実力行使を手放しとったら、奥の手がないワシらは政府に見透かされ、ろくな交渉もできんのじゃ!オマエさんが言っとるのは自殺行為よ!」
ええぞ鉄腸!と掛け声がかかり、拍手が鳴り響く。
鉄腸っていうのは号かな?しかもかなり強面な響きがするね。
「なるほど、交渉手段としての暴力は放棄しちゃならん、というお話ですが。」
俺は再び立ち上がる。
「福島では暴力行使が、政府の譲歩を引き出しました。しかしながらアレは軍部の混乱、新聞の同情、世間の支持をたまたま得ただけの、単なる偶然の産物である事は各位もご承知のはずです。」
偶然なのだよ、諸君ー
「本来であれば東北鎮台が兵を出した瞬間、農民蜂起など収束していた。他の蜂起を見ればお分かりのはずです。」
俺の言葉に、皆当時の事を思い起こすように目を閉じる。
「あの時、彼らは重税と労役、集会取締で政府から追い詰められていた。しかもソレを公に訴える手段を持っていなかったのです。だからこそ、民衆は彼らを支持した。」
俺は声を張り上げる。俺の仲間のために。
「彼らの勇気によって、今、我々は正に公で議論を行う『国会』の場を得た。この場においてなお暴力行使を留保する様な、国会を侮辱する様な考えには民衆の支持は集まらない。俺が言っているのはそういう事です。」
その通りよ!と力強く叫んだのは柴田さん。
皆そちらを注目する。
「最近の土佐派の論調は、まるで蜂起するのが政治の王道であるが如きじゃ。あんな奴らの真似などする必要はない!ワシャ犬養くんの方針に大賛成!」
「全く右に同じじゃ。『諸事議論によってのみ解決す。』誠に結構!」
田代さんも腕組みしつつ、納得の表情だ。
細ギョロの大井さんは薄く笑いを浮かべた表情で、黙って俺のいう事を聞いていた。
しかしここで突然立ち上がる。
「オマエさんの言いたい事はわかったよ。だが世の中は議論じゃ変わらない。行動が、破壊のみが古い体制を変えるんだ!御一新しかり、西南戦争しかり!先日の福島義挙しかりだ!」
そして大井さんは扉の方へと向かう。
「まあよく話し合うんだな。俺たち一派は賛同できん。」
その時、ドンインが俺を小突きあげる。
「イヌカイ、ニゲルゾ!」
「何だ?」
『誰が入ってくる!ここから出るぞ!』
ドンインが俺を掴んで素早く扉へ近づき、大井さんがたどり着く前に部屋から飛び出た。
「皆さんも出てください!官憲かもしれません!」
俺は部屋を振り向き言い放つ。皆も慌てて扉へ殺到する。
階下で騒ぎが聞こえた。官憲と誰かが揉み合っているのかもしれないが、ドンインはお構いナシにどんどん階段を降りる。
すると突然俺の襟首を掴み、柱の影に隠れる。
隠れた俺たちの前を、官憲らしき男たちが通過していく。
今度はすぐに背中を押され、廊下へと飛び出す。しばらく進むと、今度は大きな部屋へと飛び込み、ソファの影に隠れる。
俺たちの側を通過する足音。
こんな事を繰り返して、あっという間に俺たちは大阪自由日報社から脱出した。
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「おいドンイン。」
「ナニ?」
俺たちは神戸に向かう辻馬車を拾った。
乗り心地は良くないが、早く神戸に着くという目的は達成できる。
警察が道路を封鎖している様子はない。
となると大阪自由日報を狙った取締りは、単なる集会取締りだった可能性が高い。
「アレは何だ?オマエ何処に隠れればいいのかが分かんのか?」
俺は先ほどのドンインの身のこなしを不思議に思った。
まるでコントみたいに、全てが決まった動きだった。
『ああいう時、何処に隠れればイイカ、自然とワカル。小さいときイジメられててもニゲルことデキタ。』
ドンインは窓の外を見ながら、ツマラなさそうに言った。
『スゴイ能力だ。』
俺が言うと、こちらを振りむく。
『だからオレはシンパイイラナイ。ワカッタか?』
よく分かった。だがあんな不思議な能力、見るまで理解できるはずがない。
『オレが日本行きにエラバレたのも、このチカラあるから。』
そういえばそんな事も言ってたね。
俺はテッキリ予知能力があるからなのかと思ったが、この力のことだったのね。
『なあドンイン、今日の話し合いどう思った?』
『マッタク聞きとれなかった。』
ドンインは悪びれずにそう言って笑う。
『デモ人のヨウスハわかる。あのオオイという男、この先暴力バカリ。オマエとは一緒にやれない。』
そりゃあソウデショ。
『デモ顔のデカい男、オマエとナカマニなる。』
『ホント?』
末広さん?完全にあっち側の人だと思ったんだけど。
そうかコイツはこういう使い方もあるんだな....実は便利なヤツ?
朝鮮帰らせるのは勿体無いかもね。
『サッキノ警官たち.....。』
『ああ、どうかしたか?』
『オナジ船に乗ってたヤツがいた。』
『まさか!』
そんなハズってある?東京から来てたって事は、俺かドンインが狙いって事じゃねーか。
『すれ違った瞬間、カレーライスのミライ見えた。アイツ間違いなくカレー食ってカエル。』
そういう事?
『ドンインやっぱりオマエ警察に追われてんじゃねえのか?東京滞在中不法侵入しまくったとかさ。』
『ナンデソウナルノ!どう考えてもオマエがネライだろが!フツウニ考えろ!!』
やっぱそうですよね。しっかし何でまた大阪で?
俺が大阪で、何かの集会に参加しそうだと分かってた?誰が?
そんな事に頭を悩ませるうち、俺たちは神戸へと着いたのだった。
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ホテルのロビーにて。
俺を待っていてくれたのは、何と花房義質さん。例の朝鮮公使であり、慶應義塾卒業生でもある。
「はじめまして花房公使、お名前は曽根さんから聞いておりました。」
「こちらこそ、あらゆる人から君の話しは聞いているよ。」
俺たちはロビーで握手のご挨拶。
「公使自ら、しかもわざわざ日本まで来てお出迎えとは。ドンインってやっぱり重要人物だったんですね。」
「ハッハッハッ、そうは見えないだろうけどね。でもそれだけが理由じゃないんだよ。」
花房公使はそう言って笑う。
しかし.....まあこの人も大概男前だ。顔採用してんのか慶応義塾?
「数日前連絡が入ってね、外務省が君の渡航を承認した。」
「は?」
「君にもこのまま釜山まで来てもらう。これが君の旅券。」
「イヤ旅券って....どーゆー事ですか?」
「詳しくは私にもよく分からない。しかし福沢先生から井上卿に要請があり、緊急で旅券が発行されたんだ。」
「福沢先生が?」
どうなってんの?ナニが起きているの?
「まあ期間的には数日の滞在って事だそうだ。心配しなくても滞在中の安全は保障するよ。」
どーなってるんですか!先生!!




