帰省は一大事
ほっておけば永遠に話し続けそうな矢野さん(もはや義兄)を程々で押しとどめ、俺は1つ質問。
「仲人なんですが....大隈卿でなくって大丈夫ですか?」
その瞬間、表情が凍りつく義兄。
「ふふ...その辺りは当事者に任せるよ....。」
きったねえぞ。
「確実に矢野さんのご指示といたしますが。」
「...犬養オマエ、すでに義弟である事を忘れるなよ...。」
2人の間にしょーもない火花が散る。
「では俺はお先に、大隈卿へ結婚のご報告へ。」
「汚ねえ!オマエちょっと待て!義兄が先に行かずにどうする!」
しばらく揉めましたが、結局仲良くご報告。
「実に目出度いんである!犬養くんも大蔵省へ出仕し、順風満帆であるな!」
「ありがとうございます。つきましては親へも報告がてら、一度国許へ帰郷しようと思うのですが。」
「今が予算も終わって丁度よろしい。ゆっくり帰ってくるんである。」
ささっとご報告終わり。
「矢野くんも良い義弟が出来たもんである。」
「はい、はい、左様で。」
もはや帰りたいオーラ全開の矢野さん。
俺たちはお互い自分から地雷を踏みにも行けず、大隈卿が気付かないのを幸い失礼した。
「この問題....棚上げにしとくと後が面倒だぞ。」
矢野さんは俺をジト見して責めるように言う。じゃあ自分で言えばイイじゃねえか。
「2人で説明いたしましょう。明らかに福沢先生の方がお世話になっておりますし。」
「うん、うん、そうだよな。大隈さんもそれほど無茶は言われまい。」
だが残念だな義兄よ、俺は裏切る気マンマンだ。
後でちくっとこー。だって本当に矢野さんから言い出した事だし。
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明治12年(1879年)4月10日
帰省当日。
大隈卿が『三菱に言っといたんである!』と用意していただいたのは、神戸までの豪華汽船である。
何かと噂の多い、大隈卿と三菱の間柄だ。大隈卿の支援もあって、三菱汽船は上海までの輸送をほぼ独占している。
こういうのは気を付けて欲しいもんだが....今日のところはありがたく使わせていただく。
しかし今最大の問題は、純粋に俺の帰省だ。ついにこの時が来てしまった。
故郷に帰ったは良いが、誰も何も分からないなんて....事に絶対なるわけだ。
あーどーしよー、もんげー腹ニガる。(スゴイお腹痛い)
対策はいろいろ打ったが決め手に欠けまくる。
西南戦争の怪我が元でキオクガー、は既に手紙で送ってあるが、もう2年前の事だしずいぶん苦しい言い訳だ。
後は実家だけ寄って、なるべく早く去る作戦。
コレも作戦とは言い難い。そもそも実家にどうやって帰り着くかが一大事。
たまたま家の場所を聞いちゃった人が知り合いだ、なんて事がかなり高い可能性で起こる。
場所はかなり調べておいたので、ある程度近くまではたどり着くだろう。
問題はその後だよなあ....。
切羽詰まった俺は、危うく李東仁まで連れてきそうになって思い止まった。
あんなの連れて来たら目立つだろうが!オマケに大して役に立ちそうにない。
中途半端な未来が見えるだけだしな。
豪華な客室で寛ぎながらも、未だ大した作戦も浮かんでこないのだ。
神戸には2日で到着。そこから岡山まで弁才船に乗り換える。
コレは結構スムーズにいった。荷を仕切っている兄さんに聞くと、あっち行って誰それを探して銭を払えってな具合に、立て板に水で教えてくれる。
既に庶民の足になってるんだね。前回船に乗ったのは御用船だったから、全く海路の仕組みが分かってなかったが、全く便利なもんだ。
俺は水島港に立ち寄る船を、手際よく見つける事ができた。
弁才船は大型の和船で、荷物と一緒に人も乗っけてくれる甲板の無いヤツだ。気のせいかしれないが、人相の悪い人も多いような。もちろん商人然とした人がほとんどだし、女性の姿もチラホラあるけどね。
船が動き出すと早速柄の悪い奴らが、酒盛りを始めてしまう。
こうなるとお約束だ。
「オイ、ネエチャン!こっち来て酌をしな!」
数少ない女性にちょっかいを出しはじめる。
「やめて下さい!」
「おおテメエら良い加減にしろ!」
女性は大声で抗議するし、立ち上ってフラフラ動くガラワルな男たちに、船員もキレ始める。
やーねー、ケンカする人って。
俺は関わらぬ方針を貫いていたが、騒ぎが大きくなるばかり。
すると若者が1人、立ち上って大声で言った。
「オメーらなんしょるんなら!船ん中でアブねーまねしょんなら、ワシが相手じゃけえ!!」
デカイ、ガラワルくん達より相当デカイ男だった。
「何だテメエは?てっぱっとうとブチくらわすけえの!」
「おい、やめえ!あれあ玄馬さんとこのボンやねーか......。」
ガラワルくん達が勢いをしぼませていく。
「これあ次郎さんやーありませんか....。すいません...。」
「へへへ、次郎さん。これワシの舎弟でして。おえりゃーせんヤツじゃけえ、許してやってつかあさい。」
何かテンプレヒーロー登場、岡山版って感じ。肉眼でこんな状況初めて見た。
日に焼けた大柄な青年は、海の男って感じでカッコいいですね。
と思って見ていると、ヒーローコッチによって来た。何?コレって恋の予感?
「オメー、ツヨシじゃろが!オイ!」
おお何という偶然ご都合主義な展開!コレも俺の運の強さ!
「オマエ....玄馬さんトコの....。」
くっさい!くっさい芝居!だがさっきのガラワルくん達のおかげで助かった!
「おお次郎じゃあ!元気じゃったかツヨシ!」
再会を喜ぶワレワレ。面倒な小芝居だが、もっと面倒なケースだってこの後沢山あるだろう。この程度で最初は済んで良かったと思うべきだ。
水島港まで丸一日。
俺は玄馬次郎くんと、昔話に話を咲かせた。疲れたよ。
全く知らない昔話を、面白く喋るのって詐欺師の才能かな?俺にはあると確信。
主に彼から喋らせるように努め、かなりの情報をゲットした。
俺と彼とはオヤジ同士が元下級藩士の、幼なじみというヤツだった。
俺のオヤジは俺が2歳の時に死んでいる。
その後ウチはそーとービンボーしていたんだが、玄馬さんは親族に漆の商売をやっている人がいて、
結構裕福なお宅だった。
晩飯をご馳走になるなんて珍しく無かったらしい。
するとキミと私は兄弟同然?
あっぶねー!ホントあっぶねー!!こんな出会いじゃ無かったら、どなた様でと聞いたあと殴り飛ばされていたに違いない。
「ツヨシん出世話聞いて、うちの家族はでーれーけなりがっとる。(羨ましがってる)ワシが体力だけのアンゴウ(バカ者)じゃけんのー。」
「いやあ俺はさっきの騒ぎも見てたけど、オマエが立派な男なのは誰の目にも分かったと思うぞ。」
次郎は嬉しそうに照れていた。テレを隠さないのも清々しい。
「それでも帰省前に海の上で逢うてえ、ワシら兄弟やっぱり絆で結ばれとるじゃろ。」
次郎はニコニコして言う。
「それでなぜワシにちいとも連絡よこさんのじゃ?」
あれ笑顔だけど怒ってる?直後に強烈な衝撃が頭に響いた。
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夕方に水島の港に到着。港から実家までは2里ほどしかない。
結局次郎は俺を送っていくといって聞かず、俺はまんまと道先案内人もゲットした。
幸先いいとはこの事だ。
道すがら出会う人たちにも挨拶し、次郎が横から誰々が来よる!と大声で言ってくれるので、名前まで分かってしまう。ありがたやありがたや。
実家が近づいて来ているのがわかる。
何故か覚えもない川や、知るはずない道祖神、民家の表札にいちいち目が向いてしまう。
横で笑顔の兄弟分。俺はオマエを知っているのかも。
古びた屋敷の前で、イキナリ鼓動がドクリとなった。
門前に立つ小柄な初老の女性。俺はあなたも知っています。
「おっかあ.....。」
俺のものでない言葉が出た。
「おっかあ!!」
「こんの大アンゴウが!!」
おっかあが俺に空手チョップを.....え?
「あーあ、オバさんなんしょるん!ツヨシ死んでまうがじゃあ!」
「フン、何年もタダ仕送りすりゃあええと思いよるんじゃ。こんな親不孝モンサッサといぬればいいんじゃ。」
俺は本気のチョップに立ち上がれない。
見上げた夜空いっぱいに、笑顔のおっかあがいた。
近所の喧嘩で負けた日も、東京に出ると言った日も、おっかあは空手チョップで俺を奮い立たせた。
負けねえ男になれ、貧乏にもいじめにも負けねえ、ぼっけえつええ男になれって。
「お、おっかあ....。」
「早う中へはいりょう!みんなアンタを待っとるんじゃけえ。」
おっかあはもんげー笑顔だった。
切れ味鋭いチョップは、俺の記憶を少し呼び戻したかもしれない。




