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怪僧 李東仁②

「ソレで....()()()?」


「ハイ、こちらがその....朝鮮開化派の李東仁(イ ドンイン)殿です。」


福沢先生はあからさまに不審がっているが、俺にしたところで身元保証が出来るわけでもない。


朝鮮語をできるものは皆無だったため、俺の弟子である荒尾くんが、支那語で通訳を勤めるという、変則通訳体制で行動してもらうことになった。


追々通訳を手配することに...ならないかもしれない。

それだけ今回の開化派来日は極秘である。


にも関わらずこの緊張感ない僧侶(ドンイン)は、折れた前歯を剥き出しニタニタ笑っている。


福沢先生にとって摩訶不思議な事態であるらしい。


「彼は何を笑ってんのかな?」


「実は....この者ナゼか予知能力があるようなのです。」


「予知能力!?」

「というか、将来起こることが突然目に見える事がある、という程度だそうですが。」


自分でやろうと思って出来る事ではないようで、またどれぐらい先が見えているのかも分からないそうだ。


何でこんなややこしい奴が送り込まれたのか、ソコには彼の持つ能力が鍵となった...とは本人談である。


「実は朝鮮開化派は、先にイギリスと接触しております。」

「フム、さもあらん。」


「しかし開化派は命懸けでイギリスと接触したのですが、それに対して随分と冷たい対応をされたと。」

「ソレで今度は日本へ鞍替えか。」

「ところが日本ごとき未開国に頼るとは、と反対者が多い。ソコで彼の登場となった様です。」


うーんと先生は唸っていたが、やがて諦めたように言った。

「すまんツヨシ、まだ理解できん。」


そりゃそうですよね。俺にもよく分かりません。


「彼は物事を理解するより、『見る』事で『知る』そうなのです。先入観なく日本を『知る』には、彼を通して『見る』のがよかろう、という判断だそうで。」


なんか逆に先入観(ドンイン)に邪魔されそうな気がするんだが。


先生はガクりと肩を落とす。


「日本ごとき未開国、などとまだ言ってんのか。あの国は。全く度し難い差別感情だな。」

先生は大きくため息をついた。


「んで?彼はナゼ笑ってる?」

俺は支那語で通訳する。


『先生が何で笑ってんのかオマエに聞いてるぜ?』


『コノ人、紙幣に印刷サレテル見えた。』


李東仁はそう言って、膝を叩いて笑い出した。


俺は先生へ通訳する。


「先生が偉人として、肖像画となる将来が見えたそうです。なのでお慶び申し上げると。」


「オマエ嘘ついてねえか?」


「全く持って言われた通りを訳しております。」


荒尾くんが横で抗議の目線をよこすが、そんなん気にしてられるか。


コイツどれだけ先が見えるか、自分でも全く分からないという。

オマケに俺の過去の記憶だが、この時代から見れば未来の事象なので一部見えちゃうらしい。


こんな奴が日本を見て、朝鮮を併合する未来でも見てしまったら、開化派との協力体制は生まれないだろう。


会わせる人は選ばなければ。


この時代の福沢先生は、脱亜論の随分前だから大丈夫。


軍人の征韓論者なんかはヤバいよね。

まあ考えてる事が見える訳じゃないようだけど。


荒尾くんは大丈夫か?でも今更しょうがないか。


「しかしアレだ、そうなると彼とこの先の朝鮮について、話す事はあんまりなさそうだな。」

「そうですね。どちらかといえば、より多くの人達と会いたいという事でしょう。」


荒尾くんが李東仁に通訳をしている。

フンフン頷いていた僧形の男は、突然慌てて手を振った。


『いやいや!是非話させてくれ!仲間コマッテル!』

「先生とは是非お話ししたいと。国元のお仲間たちがお困りであるとの事です。」


荒尾くんが日本語に訳す。

李東仁より彼の方が支那語は上手い。師匠としては満足である。


「困っているとは具体的にどんな事だ?朝鮮王朝の事情はほとんど見えてこないから、何に困っているかもよく知らないんだが。」


先生の言う通り、つい先頃まで完全に鎖国体制だった朝鮮は、開国した今も外国人の動きをかなり制限している。メディアもほとんどないも同然で、政府が何を考えているのか、知る方法がほとんど無い。


『朝鮮では今、高宗ヘイカが閔氏と政治スル。ムカシは父の大院君、政治スル。ダカラ鎖国オワラナイ。閔氏ハンラン、ヘイカが王様になった。今はカイコク。』


「なるほど。ソレでまずイギリスと接触を?」


『ヘイカまだ知らない。我々勝手にヤッテル。日本キタノモ黙ってキタ。』


荒尾くんが通訳し辛そうにしている。まあ大体分かってればいいよ。


「その閔氏って人達は、開化派じゃ無いのかい?」


先生は段々興がのってきたようで、質問も飛び出る。

確かにあまり聞けない話だ。コイツを信じればの話だが。


『閔氏開化派。でも清国にチカイ。』


「一口に開化派と言っても、清国派もいる訳ですね。」

俺も興味が湧いてきた。


『我々議会政治を、メザシタイ。清国ソウジャナイ。だからイギリスに聞いた。』


東仁の口調は熱っぽく、一端の志士のようになっている。


『でも我々考えカエタ!日本のメイジイシンもイイ!マネしたい。』


「ふん、まあそんなとこだろうな。」

福沢先生は腕組みして頷いている。


「つまりは政治的手続きを踏んで、議会政治に至るのは困難だと結論づけたんだろ?日本がやったように、無血政変の道のりを進みたいって事だ。」


荒尾くんが訳すのを聞いて、李東仁は驚愕の色を浮かべた。


『アンタ頭イイ。ソノ通り!』


先生の頭もいいが、オマエの説明も大概ヘボだ。


『我々、人数スコシ。まともに戦う、カテナイ。』


「それで日本の力を借りて、政変を起こしたいってことか。無理だな。」

先生は一刀両断。


怪しい坊主(ドンイン)はガックリする。


「少なくともどこかで多数派を形成しなけりゃあ、クーデターは成功しない。何処だっていいんだ。朝廷でも軍でも、大衆の支持を味方にしたっていい。」


荒尾くんは少し通訳に手こずっている。

俺からも少し補足する。


すると坊主は甦ったように起き上がり、顔の前でブンブン手を振った。


『朝鮮チガウ!チカラあればミナしたがう!閔氏デモせいこうした!我々モダイジョウブ!』


「そんな訳ねえだろう。お前さんがどう見てようと、その閔氏だって多数派だったのさ。今清国派が多数なんだろ?ソレはそのまま閔氏派なわけだろが。」


坊主(ドンイン)またガックリ。


「ハッハッハッ!まあ取り敢えず面白い奴が来た。ウチで面倒みてやろう。」


「ええ?此処に住まわすんですか?」

俺はかなり驚く。

こんな怪しいヤツを先生のお宅になぞ....。


「心配いらないよ。先ずは此処に落ち着いて、俺たちに朝鮮の事を教えてくれりゃいい。」


うーむ不安しか浮かんでこない。


『おいドンイン、先生がお前の面倒を見てくれるとおっしゃってる。ここに住んで朝鮮の事を皆に教えてくれと。それにココにいれば、政府の要人も沢山やってくる。どうだ?』


すると坊主はまた甦った。


『ソレはスバラシイ!センセイ頭いい人!必ず助けてクレル!』


一万円札以外にも、何か見えたらしい。


「そんじゃあ決まりだな。悪いが荒尾くんとやら、しばらくコイツの通訳と、時間あるとき日本語教えてやってくれ。」


先生はサラッと荒尾くんを使用人化してしまう。


「イエあの私は....。」

「まあまあ、荒尾くん。俺が曽根さんに言っとくから。何なら児玉さんか、ソレとも谷さんに。」


荒尾くんは抗議の眼差しで俺を見たが、すぐに諦めたらしい。


「イエ結構です。犬養先生がそうおっしゃるなら、陸軍の決定事項と変わりません....。」


そんなはずは無い。しかし事実上そうかもしれない。


「それじゃあ決まりです。宿舎へ案内してまいります。」

「おお、頼んだぜ。」


俺は2人を連れて慶應義塾の宿舎へ。


道すがらドンインには言い含めておく。


『いいかドンイン。あんまり人の未来を口にすんじゃねえぞ。ココには希望に燃えた若者が多いんだ。お前が否定的な事言って、影響を受けたりしたら日本の損失だ。』


『ワタシそんな事シナイ。』


ドンインは心外だとばかり反論する。


『イヌカイの未来はスゴイ鮮明。フシギダ。だから話す。フツウはアイマイに見える。ツマラナイ。だから話さない。』


つまり俺の過去の記憶は、すでに起きている事だから鮮明に見えると。

でもここから見れば未来なわけで.....ややこしい!


コイツにはあんまり会わないほうがいいと思った。


でも後になって、そうはいかないって事が起きてしまう。




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