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五カ年計画とは

コワシさんと話した翌日、午前中に市ヶ谷にお邪魔する。

生憎と谷中将はご不在だったが、大蔵省秘書官としての俺のカウンターパートは、陸軍総務局の書記官なのでそれほど問題ではない。


「お忙しいところすいません。」

先ずは突然の来訪をお詫び。


「イヤイヤ、お忙しいのはそちらでござろう!予算編成の中わざわざ秘書官殿にお越しいただいて、恐縮でござるな。」

ご対応いただくのは、結構ご年配の書記官。武士っぽい。


「して、本日は如何なる御用向きで?やはり予算要求の件でござりましょうな?」

「はい、頂いている要求が余りにも低いので、少々不安になっております。」


ソコに見知った人が入ってきた。

「犬養くん、久しぶりだね。」

西南戦争で谷さん・ゴローさんの下にいた、児玉さんだ。

この人が児玉源太郎とは気付かなかった。もっと大物なりのアピールをして欲しい。


「お久しぶりです、児玉さん。」


「今省内で噂が駆け巡っているよ『犬養が来てる』って。また何か悪巧みをしてるんじゃないかってね。」


去年世間を騒がせた『山城屋造反事件』は、ゴローさんと小弥太さんが主体となって、月曜会を巻き込んだ軍内部の事件である。


しかしどうやら、一部では俺の関与も噂されているようだ。いやめっちゃ関与したが。


月曜会でも講演会などやっていたし、多少噂が出るのは仕方ない。

時期が重なったから、福島の蜂起も含めて噂がゴッチャになっている部分もあるだろう。


まあほっとけ、いずれ忘れる。


「悪巧みなど心当たりはありませんが?」

「......スゴイすっとぼけ方だねえ。まあそうしておこうか。」


児玉さんは書記官殿の隣に腰掛ける。


「総務局書記官殿と打合せとなれば、当然予算の件だろう?是非拝聴させてもらおう。」

それって職務的にどうなんでしょう?


「児玉さんは確か....東京鎮台司令次官でしたよね?」

「イヤだな、聞いてないのか?私は今年から参謀本部だよ。」


そうでしたか。去年末に出来たばかりの....史実では山県卿が本部長になるはずだったアレですね。


「それで市ヶ谷に勤務ですか。」

「そういう事だ。」


「軍編成と予算は職務ではありませんよね?」

「堅い!堅いな〜犬養くん。気にするなよ、予算案自体は谷さんから聞いているから。」

だからって横で聞いててイイもんでしょうか?


しかし総務局のおサムライは別に気にする風でもなかった。

組織内で問題ないなら、まあ俺の知ったこっちゃないがね。


それに....どうやら児玉さん、何か俺と話したいのかな?予算について。


「それじゃ気にせずお話しさせていただきます。」

書記官の顔色は変わらない。了承したものとして、俺は話を続ける。


「陸軍も海軍もですが、予算要求額が余りにも少ないので驚いてます。」

俺が切り出すと、書記官も児玉さんもおっという顔をする。


「勘定方が言われるにしては、珍しい言葉でござるな。」

書記官は笑顔で答えた。

「出せぬ予算を請求するつもりはない、というのが谷中将のお考えでござる。」


「しかしそれでは国の守りが疎かになりませんか?」

俺はやんわりと切り返す。

「日本の防備はまだ歩み始めたばかり、縮小を考える時期ではございません。」


「コレではどちらが陸軍なのか分からない。」

児玉さんは笑っている。

「しかし犬養くん、決して小さな額の請求では無いだろう?前年と同じ予算額を請求している。」


「それでは軍備拡張になりませんでしょう?」

マッタクコレじゃあ立場がアベコベだ。でも何と無く、2人が原稿通りの回答をしている気がする。


「昨年の予算は西南戦争の後で、歳出削減の必要から大きく削られたモノです。オマケに昨今の物価上昇を考えれば、コレでは実質予算削減に近い。」


書記官は頷いて言った。

「それは貴殿の申される通り、されど谷中将は今は民力休養の時期にありとお考えじゃ。軍は民間を守るためにあり、圧迫するものではあってならんとおっしゃっておる。」


「海軍の予算請求が低いのも、おんなじ趣旨でしょうか?」


「海軍には海軍のお考えがあろう、されど愚考するに川村純義海軍卿は、先の熊本篭城戦で谷閣下と死線を潜り抜けた戦友でござる。お二方の間で何かお話し合いがあったとしても、不思議なことではござらぬ。」


ソウデゴザルネ。立派な考え方だが、それじゃあ困るんだよね。


「児玉さんはどう思われます?」

「私は軍編成とは無縁の参謀本部だ。特に異論は無いね。」

児玉さんは平静を装っているが、この話を聴きたかったってことは相当焦っているはずだ。


「嘘はいけませんよ、児玉さん。」

「何だって?」


「この場で予算のやり取りを聴きたいってこと自体、相当な興味をお持ちなんでしょ?オマケに部外者の同席を許しておられるなんて、書記官殿も決してこの予算案に賛成ではない、と拝察しました。」


俺の言葉にぐっと詰まる両人。


「本当のところを聞かせちゃいただけませんか?軍内部ではこの件相当反発があるでしょう?」


顔を見合わせる両人。

やがて児玉さんが頷き、書記官は渋々と話し始めた。


「身内の話を外部にお聞かせするのは不本意じゃが....実はこの予算編成、かなり内々に進められての、軍内部では知るものもマダ少のうござる。」


「児玉さん....。」

「いや私は直接閣下から聞いていたのだ。ホントだ!」


ムキになるところが怪しいんですが。


「私はお止めしたものか悩んでいるのだ。陸軍全体にコレが知れ渡れば、確実に反発するものが出る。いや山県卿の方がマシだったと言う者すら出てくるだろう。何とかお気持ちを変えていただこうと、私や親しい者で話し合っていたのだが。」


「左様でござったか。ワシが御身の同席を拒まなかったのは、参謀本部へも早めにこの件知っておいて欲しかったからでござる。」


ほらみろ。みんな問題だと思ってんじゃないか。

だったらさっさとそう言おうよ。


「申し訳なかった、犬養殿。御身の申されること誠にその通りでござる。されど役人の身としては、陸軍大輔の申されることを否定するわけにもいかず.....。」


「よく分かりました。」

俺は2人を見てきっぱり言い切る。

「再度予算請求をご提出願います。5ヶ年計画をご提出ください。」


「ご.....。」

絶句する書記官。そりゃそうだよね。


「よくよくご認識いただきたいのは、国防の充実は一陸軍の問題ではない、という事です。」

挑発的すぎるだろうか?しかし事は重大だ。


「日本の国防力を高める事は、この先の外交・貿易・技術革新において、鍵ともなる重大事です。両軍にはこの事を肝に銘じていただきたい。5年後間違いなく国際的な難事が降りかかって来るのだと想定し、その上で本年度の予算を要求していただきたいのです。」


分かりますか?本当に起こる話なんです。


「民力休養の事はお忘れいただいて結構です。物価の上昇はあるものの今世間の景気は悪くなく、我々は工部省・内務省と力を合わせて、産業の力を高めていきます。軍は国防力を高める事のみお考え下さい。」


2人とも驚いて口を開けたままだ。


やがて書記官は頭を振って、呆れたように俺に言った。


「何ともおかしな世になったものじゃ。勘定方が金を使えと軍に詰め寄って来ようとは。」


児玉さんがカラカラと笑う。

「犬養くんがどんな魔法を使ってか、金を生み出してくれると言う。ならば本当に金は出てくるのですよ書記官どの。」


「ソレにしても5ヶ年計画とはまた無体なことよ。何を基準にしたら良いのか....。」


「では基準を決めて置きましょう。」


俺は言う。

「5ヶ年の目標は、清国制圧です。」


「なっ!!!」

「何を言うんだ!我々は征韓論すら放棄した国だぞ?イキナリ清国制圧など....。」


何をビビってんのかなー。仮想敵国なんて防衛白書で決めておくのがあったりまえでしょうに。


「別に清に攻め込めと申しているのではありません。我が国が防衛を作り上げるのに、当初から籠城戦を想定するわけにはいきませんでしょう?」


「う....ソレはまあ...。」

「確かに攻めて勝てねば自国民に被害が出るのは道理だが。」

2人とも何ブツブツ言ってんだ。


「ならば隣国を基準にするのが基本というもの!イイですか?この基準ではロシアが攻めてきた時、なんの役にも立たぬのです!次の5カ年はロシアが基準ですからね!」


書記官は完全に腑抜けとなった。児玉さんも同じようなもんだ。


「いや....犬養くんソレは...海軍にも?」

「当たり前です。コレからお邪魔する予定です。」


児玉さんは慌てて立ち上がった。


「私も同行しよう。」

「えー?邪魔しないでくださいよ?」


結局児玉さんは横浜に着いてくることになり、海軍総務局を相手取って5カ年計画の必用性を力説してくれた。

まあココは児玉さんに花を持たせるって事なのかな。


帰りに児玉さんのゴチでラーメンとギョーザを食ったのは言うまでもない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] この時代、そしてタイムスリップものだと軽視されがちなマスコミ・自由民権運動にスポットが当たっているところ。 大抵、兵器や技術方面のチートに重みが行っちゃいますもんね。 ツヨシさんとハチロ…
[良い点] まぁ列強に追いつけ追い越せ的な意味で長期目標必要ですよね
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