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元宵節の夜

大隈卿を大久保卿と書いてしまってました。

誤字ご指摘いただきましてありがとうございますm(_ _)m


ゾンビシリーズではないので、死人は蘇りません。転生はしますが。

俺の新しい部屋は愛宕なので、紅葉館までは歩いてすぐだ。


一度帰宅しようかとも思ったが、早めに行ってビールでも飲もうと直接歩いて行く事にした。

俺も最近はようやくビール程度なら飲めるようになり、同宿の仲間と蕎麦屋で一杯やることも増えた。


紅葉館は久しぶり、一年以上来ていない。


ゴローさんから山城屋の件を聞いたのが、もう一年以上前になるって事だね。

時の過ぎるのは早い。


門を潜ると喜多さんが掃除をしていた。


「あら、犬養さん!お早いご到着ですね!」

「ご無沙汰してます、喜多さん。」

「本当に....色々と大変でしたね犬養さんは。」


相変わらず色白のスゴイ美人だ。街中ですれ違ったら二度見するわ。


「井上も忙しくて、最近滅多に顔を出さないんです。今日は犬養さんにお誘いいただいて良かった!」


くっ....おのれリア充め....。


「本日は『月見の間』をご用意しています。ちょっと季節は早いですけど、折角の満月ですから。」



俺は火鉢に当たりながら、ぬるいビールを飲んで季節外れの月見を楽しむ。

3月とは言ってもまだ夜は肌寒い。


「井上はまだ少し遅くなりそうです。少し召し上がってくださいな。」

喜多さんはそう言って塩茹での豆を持ってきてくれる。

しょっぱくて旨い。


「犬養さんは井上とお付き合い長いんですか?」

喜多さんはお酌をしながら、改めて答えづらい事を聞いてくる。

「いや、それ程でも....。」


「そうなんですの?それでも井上には犬養さんくらいしか、仲の良い友人もいなさそうで....。」

そーなんです?いあやまあ人付き合いは良くなさそうですよね。


「俺もコワシさんも、境遇が似ているからでしょうね。西の生まれだし。」

適当に誤魔化しておこう。


「いっつも犬養さんのお話ししますし。何だかアタシより犬養さんがお好きみたい。」


いや喜多さん、勘違いも甚だしいですよ。

恐らく俺に対して呪いの言葉でも吐いているのだろう。性格上そんな直接的で無いだけで。


執念深そうだからな。あの人。


そこへ待ち人来る。


「やあ!ツヨシくん!お待たせしました!」

晴々とした笑顔で、コワシさんが入ってきた。


「いやーゴメンね!お待たせしちゃって。もー憲法準備室のめんどーな事ったら!」


明るいな....コレは意外。


「伊藤卿がすぐにもヨーロッパ視察に行くって言うんです。私も同行しなければ。行ったら1年は確実に帰れませんからねー。」


「そうなんですか?訪問先はイギリスですか?」

俺もつられて口を挟む。


福沢門下生としては、断然イギリス式国会開設支持だ。


「ツヨシくんはそうであって欲しいでしょうね!でもフランスとドイツが主要な目的です。」


ああ...やっぱりソコも歴史は変わりませんか....。


「そんなガッカリするもんでも無いですよ。国会開設は決定事項だし、私も出来る限り軍部を規制できる内容にしますから。」


コワシさんはにこやかに言う。どうも様子が普通すぎる。


「コワシさん、何か様子が変わりましたね?」

俺は何となくそう言った。


「そうですか?何かおかしな所でも?」

「いえ....そうではなくて、スゴく普通です。むしろそれが変わった所です。」


コワシさんはふふっと笑った。

「難しいことを言いますね。ツヨシくんも変わりましたよ。」


「そうですか?まあ今や俺も前科持ちですからね。」

「イヤイヤそういう事じゃなくて!初めて会った時はまだこの時代に慣れてなかったでしょ?」


そう言えばソロソロ2年が過ぎる。


「色々とありましたからね。多少人が悪くなってもおかしく無い。」


「悪くなったっていうんじゃないけど....参ったな。悪い意味じゃなくて自信が付いたように見えますよ。」


そんなものは無い。あるのは日々の不安だけだ。


「そんなもの無いですけどね。毎日必死です。」

「そう、私もですよ。私が変わったのだとしたら、その点ですね。」


そう言ったコワシさんはグラスにビールを注いで、俺と乾杯した。


「私はむしろ、自信を失った。」

そう言ってグイッとグラスを傾ける。


「君と初めて会った頃は、歴史を変える自信がありました。大久保卿に全て託し、新しい日本を作り上げる自信がね。ところがそれは不可能だった。」


俺たちの関係を考えるとソコに触れたくはなかったが、コワシさんは平気で語っている。


「歴史に打ち負かされて、初めて恐怖を知った。怖さを知ったら何故か楽になりました。不思議なもんですね。」

「禅問答のようです。俺はそんな風にモノを考えた事はありません。」


「いや、私が変わったのは、君のおかげだと思うんです。」

また難しいことを言う。


「君は捨て身の覚悟で歴史を変えた。私は陰から全て操っているつもりで、タダ歴史に操られるだけだった。だから私も君と同じように、毎日必死で捨て身になると決めた。」


ゼッタイ俺のこと誤解してるな。せいぜい誤解しといていただこう。


「ともあれ、コワシさんが元気そうで安心しました。」

「元気ですとも。今度こそ歴史を変えてみせる。」


俺たちはまた乾杯した。月は見事な造形となって、春の空に輝いている。

元宵節は旧正月後の最初の満月の1日である。

前世では知る事もなかった事柄だが、この時代の暮らしは月の満ち欠けと密接に繋がっている。


「今後の事を伺いたくてきたんです。もう歴史は少し変わってますが、このあと何が起こるんでしょう?」

「そう、そういうところが君の凄さですよ。一度対立した私にも、恐れず飛び込んで利用しようとする。」


利用してるわけじゃ....あるか。


「でも嬉しいです。信用してもらえて。」

コワシさんは笑う。


「コワシさんには知識がある。聞かない手は無いですから。」

「うん、期待に応えれえれば良いんですが。」


そう言って少し考え込んでいる。


「先ずは憲法設立と国会開催が5年ほど早まった。この影響は大きいでしょうね。」

ゆっくりと噛み締めるように言葉を繋ぐ。


「大隈卿は失脚せずに済んだ。彼が経済政策をしばらく担っていくことが、吉と出るか凶と出るか。」

そして俺の方を見る。


「大隈卿は通貨政策をどう舵取りしますか?」


「不換紙幣の回収は実施します。しかし規模を考えながら徐々に減らして、兌換紙幣への交換も進めていくでしょう。元老からの反発をかわない程度に、外国債の発行も行なっていきます。」


「ソコらへんツヨシくんがいるから心配要りませんね。」

「そういえば、コワシさんはもう内務省に一切関わらないんですか?工部省との重複が多いので、その辺りを削って貰おうと思うんですが。」


おおっ!と言ってコワシさんは笑う。

「内務省を恐れないあたりも、君ならではです。」


「そんなに酷いことしてますか俺は....。」

内務省の予算削るってヤバいのね。そー言えば皆んなドン引きしてたわ。

でも知らないんだからしょうがない。


「でもそれは正論です。元々内務省の機能分割で工部省が生まれたのに、既得権を放さぬ内務省が、意地になってやっている事が問題なんです。私から山田卿に提言しておきましょう。」


ありがたい。着任したばかりの内務卿なら、コワシさんの言う事を聞いてくれるかもしれない。


「どうやら大蔵省は大丈夫ですね。大隈卿の継続で松方デフレが起きないのであれば....軍備拡張も意外とスムーズに行くかもしれない。」

「そうすると?」

「そうすると朝鮮半島です。自信をつけた軍部は、朝鮮半島への圧力を強めようと、政府へ働きかけて来るでしょうね。」


ソコですよ。それがチョット様子が違う。


「なのに今回の予算請求では、むしろ軍縮と言っても良いくらい要求が少ない。コレってどういう事なんでしょうか?」

俺は卒直に疑問を口にする。


「そうですか、それは....恐らく谷陸軍大輔のプランでしょうね。史実でもあの方は軍縮派なんです。」

おや〜、谷さんのせい?


「しかしそれは若干危ういですね。陸軍全体の思いはガチの軍備拡張で間違いない。谷中将は自分を支えてくれた支持層を失ってしまいかねない。」

それはヤバい!


「明日にも会ってきます!」

「それが良いでしょうね。財源が問題ないなら、今の時期軍備縮小はあり得ません。」


コワシさんは頷く。


「日本が軍拡に遅れれば、列強との不平等条約解消にも影響してきます。ここを間違えると大いに国力が後退しますよ。」


ヤッパリ歴史オタはこういう時めっぽう強い。


「ところでツヨシくんは、朝鮮改革派と繋がりましたか?」

微妙な質問だ。

軍と慶應義塾の機密事項でもあるけど....教えてしまって良いもんかな?


「まだ連絡は取れてません。でも予兆に近い事はありました。」

「そうですか。まだそれで十分だと思います。」


コワシさんはソコで引き下がってくれる。


「1882年に壬午軍乱、1885年に甲申事変です。コレは国会開設時期と重なるな....。少し早まるかもしれませんね。だとすると余計に軍備拡張は急務ですね。」


「すいません。それって具体的に何が起こるんでしょう?」

お恥ずかしい話、何処かで習ったかもしれないが、全くまるっと憶えていない。


「壬午軍乱は朝鮮旧軍の反乱です。旧軍と言っても現存する軍隊ですよ。新式装備の軍を新軍というのに対し、旧軍と呼ばれてるんです。」


ふむふむ。


「新軍が日本式教育を受けたり、旧軍の給料遅配が起きたりする事が原因となって反乱が起きます。でも内実は朝鮮王朝内の権力争いが原因なんです。引退させられた大院君が、軍の不満を利用して閔氏一族を排除しようと動くんですよ。」


えーもうイイです。


「もうイイとか思ってませんよね?此処からが重要なんですよ!」


すいません。聞いてます。


「この時清国軍が介入します。旧軍を鎮圧し、大院君を天津に拉致して、閔妃と高宗を君主の座に戻すんです。コレ以降清国の朝鮮へのプレゼンスが大きく増大します。」


うーん、また時期が近づいたら聞きに来よう。


「更にこのあと甲申事変が....こっちの方が大事なんですよ!ツヨシくん!眠そうにして何ですか!」


いかん、歴史オタクに火をつけてしまった。

しばらく止まりそうにないなコレは....。




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― 新着の感想 ―
[良い点] やけっぱちの状態からコワシさんが立ち直れていて良かったです。 [一言] 「軽工業」を史実よりも早く後押しするのでしたら、「電気の周波数」を統一するようコワシさんにもお願いした方が良いと思い…
[一言] 最近IRとかの報道を見ていて、 公営カジノとか、競馬の馬券解禁とか、宝くじとか国内インフラなど用途を明示すれば国営賭博とはいえ受け入れそうな気がしますが ぼろ儲けしている居留地の外国人から…
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