叫ぶ元老
大蔵省予算局。
前世で言ったら主計局って奴ですね。
書記官達との打合せです。この人達が中心になって聞き取りしてくれればいいんじゃない?
やはり出来たばかりの組織、チョット無駄が多いね。
「やはり内務省の要求が突出してますな〜。」
「今後は山田顕義卿が内務卿となられるとか.....。」
「陸軍の要求がコレだけとは?コリャついてますな!」
うーん、この....。
「犬養くん、この予算要求はもう調整済み?かなり抑えたモノになっておるね?」
かなりお年を召した書記官どのが質問。
「いくつかの省とはお話しました。内務省とは当然まだですね。軍ともお話ししてません。」
かなり危機感の無い会話である。
「ここまで調整できておれば!いやー今年は楽な予算編成じゃ!」
「いや優秀な秘書官がくると、こうも違うもんじゃ。」
「マッタク前任者と比べれば猿と人ほどの差があるのう!」
まあ....褒めていただいているようだから、怒鳴りつけはしないけどね。
「しかし皆様、このままお受けする訳にはいきますまい。」
「ん?そ、そうじゃな。内務省の予算は更に削らんと。」
「おおそうそう、そこはお願いできるかな?犬養くん。」
「勿論やりますとも。」
あなた達には怖くてお任せできません。
打合せすら無意味だった。いや無意味だと分かっただけでも良しとしよう。
俺はそそくさと予算局を飛び出した。
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「フム、我輩が書記官任せにせぬ理由を分かってくれたであるか。」
大隈卿は職務の合間に、執務室のデスクで握り飯を頬張っている。
「分かったと申しますか....やや衝撃を受けました。」
カッカッカとコメ粒飛ばして笑う閣下。
「自ら国家の将来を考え、予算を割り振りしようなどとはナカナカ思わぬモノである。役人とは波風立てぬ事こそ仕事と信じておる生き物である。」
そんなものでしょうか?そんなお仕事のヤリガイって何ですかね。
「工部省の予算は大きく変わったんであるな?」
「はい、山尾さんとお話ししまして、軽工業への助成金や開発援助を増やしています。」
「一方重工業の割合は大きく減っておる!あの鉄鋼好きに良くこんな計画を呑ませたもんじゃ。」
感心しきりの大隈卿。
「その代わり、此処から税収が上がった際は、思い切り重工業へ振っていただく約束です。今年は重工業の人材育成に重点を置いていただきました。」
「それこそが大事である。」
感心する大隈卿。
「この品目だが、花筵とは何であるか?」
「い草で作るゴザです。綺麗に模様を入れたものが、海外で人気だそうです。」
吉田健三さんからの知識だ。一応確認したが、本当に需要はあるらしい。
「磁器、扇子、ガラス切子....当面の育成産業も計画済みであるか。」
「それと生糸ですね。」
俺は追加する。
「既に居留地貿易をすっとばして、アメリカへ生糸を輸出している方々がおられます。今後はその方々へも援助を増やしていきます。」
俺はまだお会いしていないが、早矢仕さんに教えていただいたもう1人の先覚者、星野長太郎さん。工部省は早速会いに行っている。
「日本の生糸がヨーロッパで人気を落としたのは、外国商会が価格を誤魔化すために細い糸を作って染色で重さを嵩増ししていたためだそうです。細くて切れやすい糸が出回り、日本製の評判は落ちた。」
吉田さんの説明と星野さんの話は結構異なる。方や生産者の所為、方や悪徳商人の所為。
やはり価格を誤魔化した外国商館の人こそ、吉田さんなんじゃない?......疑惑は深まったぜ。
さすが開国黎明期、ヤッパリ海千山千の怪物が多い。
「なるほど。外国商館とは信頼が置けぬものである。」
「ところが日本の生産者はそんなことは知らず、細い糸がヨーロッパで売れると思い込んでいる。そこが最大の誤解です。」
「君の言うように、客を知らんから起こる問題であるな。」
「外務省にも快諾いただいてます。今後は海外公館で商品展示会をドンドン行っていきます。」
民間だけに販路開拓を押し付けるのは無理がある。
日本の窓口として既に在外公館がある以上、其処を活用しない手はない。
「フム、それでこの予算、問題点があるんであるか?」
「ハイ、内務省と工部省は産業育成面で重複した仕事をしています。内務省には此処を削っていただきます。」
大隈卿は目を剥いて驚く。.....なんかマズかったでしょうか?
「それから軍の予算要求が、驚く程低いのです。」
「それは....問題であるな。」
大隈卿はさすがにラッキー!とは言わなかった。
陸軍も海軍も、国防のために軍備拡充が急務である。
この予算では思うような拡張はできないだろう。
「ここらを詰めまして、再度ご報告を。」
「うむ、頼んだ!」
コレで終わらないのが転生者。
「最後にもう一つ、租税の件でございますが。」
「うん?そこは犬養くんにお願いしておらんのだが....何か妙案でもあるんであるか?」
「妙案か分かりませんが、1つ思いついた事が。」
地券を発行してその額面の2.5%を徴収する今の制度、急激なインフレで実質の国家歳入に影響を与えてる。
「既に東京には証券取引所が設立されており、これから先も徐々に地方へ増やしていくとのこと。しかしながら取引はほとんど無く、週に2日も開いておればいい方と聞いています。」
大隈卿はグイッと身を乗り出す。
「まさか....。」
「地券は個人売買可能なのですから、証券取引所が扱うとすればいかがでしょう?インフレによる含み高を評価する仕組みにもなり、租税は額面ではなく評価額の2.5%とすればいいわけです。」
「それは....それで問題は起きんのであるか?」
「そこは専門家の研究が不可欠ですが、個人売買においても証券取引所を通す事で、詐欺の防止にもなり悪い効果はあまり無いのでは?」
大隈卿は興奮した様子だ。
「そんな事が可能であれば...景気を悪くする事なく税収を安定化させれるんである!コレはすぐにも検討に入るんである!」
早まってはいけません。
「しかしながら法整備や手続き整備に詳しいお方に、いろいろな相談をせねばなりません。」
ギクリとする大隈卿。
「犬養くん、まさか君は.....。」
俺は悪い顔になっているだろうか?
自分ではいたって真面目な顔のつもりで、ユックリと頷いて見せる。
「こうとなってはやはり証券取引所の設立者、渋沢栄一さんにご登場を.....。」
「イヤである!我輩はあの男が大っ嫌いなんである!!」
叫びだす元老。
かつて大蔵省で働いていた渋沢栄一は、大隈卿と激しく対立し辞職している。
「犬養くん!あの男はそれこそ原理原則の化けもんである!少しの曲がったことも許さず、原理原則を押し通そうとする!あんな男は到底受け入れがたいんである!」
俺はもはや元老が怒ったくらいで動じることはない。
人間一度オリに入ると違うんだよ。オススメはしないが。
「今まさに地券証券化の原理原則を作ろうとするのです。正に適材適所!これ以上の適任者はおられません!」
大隈卿は口を開いたが、抗議は声にならなかった。
やがてガックリ椅子に沈み込むと、噛み潰すように言う。
「その件早急にスズキくん、サトウ君と相談するように。証券局、税務局も参加させるんである。それから....しぶさわを....。」
「え?なんです?」
「渋沢を!渋沢栄一を呼び戻すんである!!」
ヤケクソな元老。
俺は満足して執務室を後にした。
大隈卿は共に仕事をする価値のある人だ。
俺は自身のデスクへ戻り、スズキさんとサトウさんへ今の件を伝え、そして少し考えた。
意見の合わぬ人をも受け入れる度量について。
大隈卿に強要してきたものの、俺自身は人の事をとやかく言えるのか?
しばらく考えた後、電報を打つ事にした。
紅葉館へ.....。




