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出仕!

気に入った部屋が見つからない〜。


別に贅沢言ってるわけじゃ無いんですが、出来れば朝晩食事をご提供いただける下宿なんかが良いんですけど。

いくつか知り合いに紹介してもらったが、そんな良い条件はない。


収監時代が待遇良すぎたんですね。


そうこうしているうちに、大隈卿と約束した期日が近づいてくる。

明後日には出仕するという土曜日。


やむを得ない!ここは妥協しよう!という事で、愛宕にある古いお屋敷の一室に間借りする事になった。

ここは数名の独身男性が部屋を借りており、共同の炊事場で自炊も可能。


シェアハウス?女子がいれば楽しそうだが、そんなハズもなく。


まあ此処からなら職場にも歩いて通えるし、昔の武家屋敷で間取りは広ーい。

隣の部屋の音など気にもならない。


庭は荒れ果てているが、そこは気にせず借りる事になった。


これは何と、福沢先生の甥っ子である中上川さんのご紹介だ。

彼が結婚して部屋が空くので、探していた俺に丁度お声がかかった。


もうこれでイイ!正直面倒くさかったので。

日曜日に慶應の後輩たちと引っ越しを済ませる。オイ尾崎、働けってなもんで。


先に住んでいる皆さんにご挨拶を....という事で、収監中にいただいた差し入れのうち、カステラなんかを流用する。焼き菓子だし。悪くなってないナッテナイ。


先ずはお隣さんへ。

「ゴメンください!お休みのところ申し訳ありません!」

「はあ。」


出てきたのは貧相な....イヤ、大人しそうな若者。

「隣を借りる事になりました、犬養と申します。コレはつまらぬものですが。」


「いや、御丁寧にありがとうございます。そうかー、中上川さんご結婚されましたもんね。」


先人とは交流があったようだ。いや何ていうか人付き合い悪そうに見えたんで。


「小村と申します。現在司法省で働いております。」

コムラさん。うん、今後付き合いあるかは分かりませんが。


「今後ともよろしくお願いします。」


とっとと帰ろうとする俺に、しかしコムラさんは食いついてくる。

「失礼ながらお珍しいお名前ですが、もしかして()()犬養毅さん?」


「あのっておっしゃるのは.....最近まで投獄されてたって意味でしょうか....。」

どうも自分から名乗りづらいが、他に言いようがない。


「ヤッパリ!いやあ凄い!あの有名人がお隣さんとは!ちょ、ちょっと待って!皆を呼んできます!」

「いやチョットコムラさん!俺自分で挨拶行きますから!」


止めてみたものの貧相なコムラさんは意外な行動力を示し、あっという間に同宿の皆さんを集合させてしまった。

転居の挨拶なのに呼び出すって....ちょっとまずいように思うんですが。


だが皆気さくなイイ人ばかり。

しかも皆お役所勤めの人ばっかりで、ちょうどイイ顔合わせにもなった。



「どうですか?まだ昼ですが犬養さんの引っ越し祝いに、蕎麦でも食いに行きましょうか?」

コムラさんの一言で、皆ワイワイと支度を始める。


ええ....コムラさん意外と積極的なんすね。


そんな感じで皆との顔合わせは、思いがけぬ歓迎会でバッチリ目標達成。

ミンナ凄い酒飲みですね。

俺は相変わらず舐める程度にしかいただけない。


近所にある蕎麦屋さん、明るくて良いお店ですが昼間っからやたら酔っ払いが多いような....。


「イイなあ犬養さん、大蔵省勤務ですかー。私早いとこ外務省に鞍替えしたいんですよねー。」

コムラさんは愚痴りまくる。


「司法省はコレから憲法設立に向けて、世間の注目を浴びる花形じゃないですか?」

「いやー。法制局の仕事はそうでしょうけどねー。ワタシ検察局なんでねー。」


愚痴りまくりである。酒癖良くないんですね....


「コムラさん失礼ですけどお年は?」

「安政2年生まれですー。老けてるって言われるんですけどねー。」


同い年じゃないっすか!確かにチョット....年上に見えますね。


「そんな事ないですよ、俺と同じ歳ですね。よろしくお願いします。」


「ええ!犬養さん25歳ですか!そのお年で良くあんなご活躍を!」


俺25歳?ああそうか、数え年で言えばそうなるんだ。


「ご活躍って、収監されてたんですよ、俺。」

あり得ない。

大学中退で反体制運動の挙句、投獄されて7ヶ月。


大蔵省ってこんな人が入ってイイんだろうか?俺が言うのも何だが。


「そんなの箔が付くってもんでしょ!気にする事ゼンゼン無い!」


酔ってるね?コムラさん。

任侠の道進むわけじゃあるまいし、箔が付くって事無いでしょう。


「イヤイヤ検察局でも犬養さんの義挙は大評判でしたよ!あれぞ漢!素晴らしい!」


俺はむしろ、検察制度の将来が不安になります。


「ワタシもいっそ民権運動にこの身を投じようか.....そんな風にも思ってしまいました。」

やめなさい!折角アメリカ留学して順風満帆の人生なのに!


「馬鹿な事言っちゃいけませんよ。司法省の役人が民権運動に参加なんて、笑い事じゃない。」


だがコムラさんは愉快そうに笑う。


「ワタシ本当に外務省希望してるんです。中上川さんにもお願いしてたんですけど....。」


え?あの人工部省ですよね?


「井上卿が外務卿になるんですよ。ご存知なかったですか?」

そーなんすか。いえ、オリに入ってましたんで。


その後も延々続くコムラさんの愚痴に、俺の日曜日は浪費されていった。


~~~~~~~~~~~~~~~


明けて月曜日。

俺は新しい部屋から歩いて出勤した。


霞ヶ関まで徒歩で20分チョット。

徒歩通勤圏内なのはやっぱり必須だ。

毎日車呼んで通勤なんて、費用的にも耐えられないもんね。


同宿の人たちもほぼ同じ方向なので、ガヤガヤと一緒に出勤する。


出仕初日。省内ではやや緊張する俺を、皆が遠巻きに窺う様子が伝わってくる。

そーだよなー。いわば執行猶予中の俺が何で大蔵省にいるのかって....。


「犬養くん!早速会議するんである!」


大隈卿は朝から超元気である。

お部屋お借りしなくて良かった....一緒に馬車通勤とか絶対無理。


俺の肩書は大蔵卿秘書官であり、俺の他2名がその職務にあたるそうな。

誰が主席秘書官という事は無いらしい。担当別?なのかな?スゴくふわっとしてる。


「秘書官は総取っ替えしたんである!こないだまでおった奴が、全く使えんので困っとったんである。」

その人たちには確実に同情の余地があるはずだ。


他の秘書官2人と簡単にご挨拶。皆俺より年上のようだ。

問答無用で会議室へストレートイン。


ズラリと並ぶ役人たちの列。


他の役所から予算請求のため、順番待ちしているらしい。


「今日は単なる予算要求聞き取りである。気楽に議事録とっておくように。」

ふっ....ゼンゼン気楽じゃありません。


俺たち秘書官はささっと打ち合わせ、各々メモを取った後、照らし合わせて議事録を作成する事にした。

慣れれば1人でやれるだろうが、最初は念のためって事もある。


俺は福沢先生のメモ係だったし、新聞記者でもあったから速記なんて楽勝だが。

でも政府間陳情って奴?こんな仕事は担当したいと思わないので、お二人に振ることに決定。


何と午前中全てがコレで費やされた。


「こんな業務で時間を潰されるんである!早い段階で、君らがコレを引き継ぐんである!」


はい、お2人よろしくお願いします。


「今の話を聞いて、君たちはどう思ったであるか?」

大隈卿はサラリと聞いてきた。


「はあ、内務省管轄の予算はかなりの金額になりそうですな。単年度ではなく、複数年度の計画を出していただく必要があると思います。」

最年長のスズキさんが言う。

スズキさんは昨年から大蔵省で勤務されているそうである。


「本日の請求を全て伺えば、到底歳入が足らぬことになってしまいます。一度全ての請求が出そろった段階で、優先順位を付けていく事が急務かと.....。」

サトウさんが言った。

彼も俺より年上だが、工部省からやって来たということだった。


「犬養くんは?」

大隈卿がギロリと俺を見る。

悪いけどプレッシャーは福沢先生の方がキツイのだ。


「失礼ながら各省の方々は、あまりに目先の予算獲得に走りすぎと思いました。」

「であるか。」

「はい、我が国は場当たり的に予算をばら撒くほど、歳入が豊富ではありません。各省が目指す目的地は何処にあるのか、そのために今やる事は何なのかを明確にしていただく必要があります。」


スズキさんの言う複数年計画でもまだ足りない。

目指すゴールに最短で突き進んでもらわなきゃならない。


「各省においてそれが出来ないのであれば、我々からそれを明示していくべきと思います。」


「うむ、決めた!」


大隈卿は突然何か決めたらしい。


「犬養くん!君が各省との折衝を引き続き行うんである!サトウくんは歳入、税務局を担当。スズキくんは銀行、理財局である。分かったな?」


うむ、なぜかハズレいただきました.......。





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