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獄中にて

皆さまご無沙汰いたしました。

m(_ _)m


本日より再開いたします!

よろしくお付き合い下さい。

明治11年(1878年)12月


ドアをノックする音が聞こえ、俺は返事を返す。


「どうぞ。」


「犬養.....さん、失礼します!」

看守の1人が入ってくる。


「本日ご面会予定が10時に入っております!お時間になりましたらご案内致します!」


「ああ、田口さんが来るんだっけ?ありがとうございます。」


「はっ!それから朝食が用意できましたので!お持ちいたします!」


「ああ、すいません。お願いします。」

俺は朝刊を読むのをやめ、デスクを立って接客用のソファに座り直した。

私物のセーターとズボン、足元はふかふかスリッパ。


言っておくが夢を見ている訳ではない。


俺が収監されて早くも半年が過ぎ、その間に看守らに変化が....というか驚愕的な掌返しが起きた。


当初から内務省大書記官が来るわ陸軍大輔が来るわで、俺の扱いについてかなり疑問を持ったようだった。

それに続いて曽根少佐はやって来る、栗本先生、福沢先生、大隈卿までやって来るに及び、彼らの常識が崩壊してしまった。


恐らくその中の誰かしらか、あるいは複数人が、俺の待遇改善について要請をしたのだろうと思うが、俺はベッド・デスク・応接セット付きの洋室住まいとなり、寒さがしのげるようになった。


此処って多分監倉長の部屋だよね?

コレは流石にやりすぎと思うんだが、部屋には既に鍵もかかっていない。


コレじゃあ収監の意味なくない?と尋ねると、どうか今しばらくここでお過ごしくださいと言う。


新聞は毎朝やって来るし、丸善の早矢仕さんからは『お代の心配はいらないから』とガンガン新刊が送られて来る。大隈卿のご好意らしい。

うーん、或いは三田の居候よりコッチの方が環境良いのでは?


俺は運ばれて来たコーヒーとトーストの朝食を堪能し、再び新聞紙面に目を落とす。


「物価高が深刻な割に、地方の一揆は起きないんだよね。」


西南戦争をきっかけに財政難に陥った政府は、不換紙幣の濫発をせざるを得なかった。

結構なインフレが発生しているのは矢野さんも言っていた通り、大蔵省の現在1番の課題だ。


原則論一点張りの役人メンたちは、不換紙幣の買戻し償却を主張しまくってるそうだ。


その辺りの事を、先日面会に来た大隈卿が嘆きまくっていった。

大隈卿とてインフレの緩和には積極的だが、『やり過ぎはいかんのである』との事。

前世風に言うと、ハードランディングかソフトランディングかというトコですね。


日本は米経済から貨幣経済へ舵を切ったばかりだが、米先物取引きなんかを通じて市場の存在を理解している人が多いはずだ。

きょうの来客はその大蔵省の人、きっと分かってもらえると思う。


「犬養....さん!失礼します!」

それはそれで話づらそうだが?もっと普通に話さない?


「あ、既にご到着ですか?」

「はい!お通ししてもよろしいでしょうか?」


「いや看守さん、チョットよろしいですか?」

「何でしょうか!何かご不満でも?!」


違う、そうじゃない。


「いや不満なんてとんでも無い。この待遇には感謝しています。しかし最近丁寧さが少々過剰になってやしませんか?一応俺は容疑者なんだから、もう少し厳しく扱っていただいていいと思うんですが。」


俺がそう言うと看守は....酷く狼狽した。


「とんでもありません!!大蔵卿も犬養さんの待遇を改善せよとおっしゃっていかれましたし!陸軍省までも粗略に扱う事はならんと、数回にわたり要求して来ており、内務省も良きに計らえと......我らの一存で扱いを元に戻したりすれば、我らの方が処分されます!」


この時代ってどうしてこう、権威主義で大袈裟な人が多いんだろう。


確かにまだ裁判もなく、罪状も確定していないから公式に犯罪者ではないが。

って言うか裁判がないのも誰かが手を回してる?


そんな訳で看守の説得を諦めた俺は、手帳と鉛筆を取り出した。

コレも丸善から差し入れられたもの。高級品だよ!

鉛筆削るのにナイフの使用まで見逃されている。いやもういいんですけどね。



「初めまして、と言っても初めてお会いする気がしませんが。」

笑顔で一礼したのは田口卯吉さん。


俺とは初対面だが、昨年郵便報知紙上で経済論争を戦わせた、俺の好敵手でもある。


「初めてお会いするのに、こんなところでお恥ずかしいです。どうぞおかけください。」

コレより印象悪い場所もないだろう。拘置所だからね。


「とんでもありません!犬養さんのご活躍には、正直胸のすくような思いがいたしまして。私も官僚勤めなど早く辞めて、民権運動にこの身を投じたいと常々思っているのです!」


え、そうなの?


「本日は大蔵省の用件でお伺いしたのですが、もし可能でしたら犬養さんと今後のお話がしたいと思い参上したのです。」

「いや今後って....。」


「既に憲法発布と国会開設の詔は発せられた訳です。5年後には憲法が作られる。」


ええ、作ってる人も知ってます。未来から来た人でして。


「その時に犬養さんは当然政党をお作りになるでしょう?私も是非ソコに参加させていただければ。」


そうか、そう来たか。俺はチョット遠い目になる。

正直言うけどまだ考えてなかった。


「いや俺なんか....まあこの後ゆっくり考えますが、まだ修行中の書生ですし。」


「そんなご謙遜を。世間ではアナタを民権運動の神とまで称えているのです!アナタがどう思われても、世間がほっておきません。」


年末だというのにややこしい人が来た。


「まあその話はまたいずれ....先に本日のご用向きを。」

「フムいいでしょう。しかし私はまた来ますからね。」

ニヤリと笑う田口さん。この人しつこそう。


「.....とまあそんな訳で、大蔵省の最大の悩みについて犬養さんのお知恵を是非お借りしたいと。」

一番大事な要件のはずなんだが、田口さんソッチはどうでもいいけどねって感じで喋る。


「大蔵省の多数派は、不換紙幣の回収償却ですよね?」

「その通りです。大隈卿は急激過ぎる変化は嫌われておられますが、現状の物価高を放置するのも危険です。」


「ソレにしても....何故そこまで物価高を目の敵にするんでしょうか?物価が下がる世の中って危険ですよ?」

知らんだろうキミたち。俺の前世は大半がデフレだったからね。


「ううん....ソレは.....まあ犬養さんは既に身内ですから申し上げましょう。」

おや身内扱い?俺もう大蔵省にストレートインですか?


「この物価高で国家予算の実質的な目減りが懸念されてます。この3年で1.5倍に迫る物価高で、税収は実質3割減に落ち込むと言われています。」


ああ!ソレでか!

ソレでようやく大蔵省の焦りが理解できた。


此処は地租改正の具体的な内容にも関わっている。

それまで米現物納税だった税制を、現金納税に変えた訳だ。


基準はその土地の収穫高なんだけど、毎年変わると税収が安定しないと考えた大蔵省は、平均的収穫高に応じた『地券』を発行し、その耕地の価格を決めた。税率はその2.5%だ。


地価固定制にしちまったせいで、物価が上がれば相対的に地価は割安になり、税収も物価に比較すると下がって来る。ソレを解消したいってわけね。


「なーるほど。って事は今農民たちは大儲け?」

「まあそうなります。米の価格は上がりましたので、彼らの収入も大きく上がりました。総収入に対する税の割合は、1割に満たないでしょう。」


土地所有者も儲かってる。って事は農村は今豊かなんだね。

一揆なんか起きるはずもない。


善政なんじゃないの?でも税収が足りなきゃデフォルトしちゃうよね。


「今更地券の金額を変動制にも出来ませんしね。」

「そりゃあそうですよ!ここに移行するまで7年もかかったんです!大事業ですよ!今から変更するとなると、あと何年がかりでいくら支出が増えるか.....。」


田口さん流石にゲロ出そうって顔してます。

確かにそんな地道で報われない作業、誰もやりたくは無いですよね。


だからって....デフレにしちゃえってのはあまりに雑で乱暴だよなー。


「何かいいお知恵がありますか?」

「そうですね...。私も大隈卿のご意見にはほぼ賛成です。急激な変化はかえって税収減につながる恐れもありますよ。」


「固定制の税収が減ることがありますか?」

田口さん、デフレを経験すると分かるようになります。


「3年で1.5倍になった物価が、いきなり元に戻ったらどうなります?生活ってのは急に水準を下げられないもんです。収入増えたから子供を作った人もいれば、割払いで農具や家を購入した人もいます。その人たちは収入激減で税金も払えなくなる。」


田口さんの目は、驚いたように大きく開かれた。


「彼等は破産し、土地や耕作権は人の手に渡って水呑百姓となっていくでしょう。その生活はドン底に落ちて、農村部に不満が燻ります。コレは一揆のタネになる。」


「いやチョットチョット!待ってください!それは余りに極論では?」


俺は首を横に振った。

史実で起きる松方デフレは、こんな感じであったはずだ。


「必ずそうなります。だからこそ物価は政府が、適正に統制して行かなきゃならない。」

「ううーん、しかしこのままでは歳入が....。」


田口さんは悩ましそうに頭を抱える。

さっきまで二の次扱いだった問題が、思ったより大きいと気づいてくれたようだ。


「犬養さんはやはり凄い。アナタの経済への知識は、市井の人々の具体的な生活を基準にしておられる。これまでその様な考え方は聞いた事がない。」


またおかしくなって来た。その辺でやめて先行きましょう。


「具体的に解決策となると、そう簡単には思いつきません。」

俺は淡々と話を進める。


「先ずは不換紙幣の回収償却を、一定の計画に基づいて緩やかに行なっていくのがいいでしょう。」

金本位制への完全移行までに、10年やそこらじゃきかない時間がかかるはずだ。


「一方で迂遠な策ですが、産業を振興して税収をあげる、地道な仕事をせねばなりません。」

「そ、それは工部省の....。」

「縦割行政の原則に妨げられ、実質が疎かになってはなりません。大蔵省は経済の体力を支える、血となる金を扱うのです。言わば各行政の医者であるとお考え下さい!」


「医者ですか....大蔵省が....。」

「そうです!医者の言うことを、コレはオノレに関わらぬ事と拒絶する患者がありますか?」


昭和の大蔵省が、余りに力を持ち過ぎていたのは問題だったけど、この時代にはある程度実行力が必要だよね。


「各省庁と協力関係を強化していきましょう!今の日本は総合力で事態を打開するほか、有効な手立てがないんです。」


田口さんは唖然としている。

ヨシヨシ、政党の話などコレで忘れてくれれば良い。


いやでも待てよ?田口さんみたいな人こそ、俺が大隈卿に勧めた官僚閥の構成員じゃないか?


冷静に考えて、大隈卿が派閥形成みたいな仕事をやる筈も無いよねー。

それもワタシがやらないとならんのでしょうか?


誰か丸振り出来る奴いなかったっけ.......。


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