英雄達への賛歌
この40話を以て、第1部は終わりです。
ご感想くださった皆様、本当にありがとうございます!
‘面白かった’ ‘イッキ読みした’ ‘読んで良かった’ などの感想いただくたび、凄いパワーを頂いてきました。
この後も頑張っていきたいと思います!
俺は人の気配を感じ、薄暗い寝床で目を覚ました。
この感覚は懐かしいが、何かいつもと違うな.....。
「起きろ犬養!取り調べである!」
響き渡る大声に驚き、反射的に飛び起きる。
俺の目の前には看守の姿。そして此処は....昨日俺が収監された小菅の監倉だ。
そうだった。
意外な清潔さに、拘置所にいる事を忘れていた。
ソレでも冬は寒そうだな。裸足でいるのも、今は夏場だから涼しく感じるくらいで済むが。
「グズグズするな!素早く行動せんか!」
ヘイヘイ。
俺はモタモタと起き出して、布団を片付ける。どれオシッコ.....。
「そこで見てるんすか?」
「気にするな!サッサと排便せい!」
気になるって。
ソレでも済ませた俺は、鉄格子の小窓がついた扉の前に立つ。
政治思想犯である俺が収監されているのは、タコ部屋ではなく独房だ。
周囲への思想的影響を防止するためだとか。
カリスマ教祖じゃあるまいし、思想洗脳なんかしないって。
扉が開かれ素早く部屋に入ってきた2人に、俺は後手で縛られる。
自慢じゃないが、この人達の1人だけが相手でも瞬殺される自信がある俺です。
3人がかりとはまたご丁寧な.....。
「拘束完了、進め!」
ヘイヘイ。
昨日は収監された後身体検査が行われ、せっかくオシャレに伸びてきた髪をボウズにされた。
今日は第一回目の取り調べだ。
こんな朝早くからとは聞いてなかったけどね。
3人に引っ立てられて、部屋よりも薄暗い廊下をペタペタと進む。
なっがい廊下を10分も歩いたように感じたころ、突き当たりに灯りの漏れる扉が見えてきた。
扉の前に立った看守が叫ぶ。
「犬養を連れて参りました!」
扉が開かれ、俺が先頭で踏み入れた部屋には....予想通りあの人がいた。
「お久しぶりです、コワシさん。」
「八王子以来だね。」
気安く声を掛け合う俺たちを見て、看守達は不思議そうにしている。
「大書記官殿は犬養をご存知であられますか?」
「君たちは下がっていい。心配なら扉の前に立って待っていてくれ。」
コワシさんは質問に答えず指示を出す。
看守達は戸惑っていたが、あえて逆らうこともなく部屋を後にした。
「私がいる事に驚いてないようですね?」
「監獄も内務省管轄ですからね。いらっしゃるかもとは思っていました。」
俺たちの会話は、そんな風に穏やかに始まった。
内容は穏やかじゃないが。
「昨日元老院は、山県有朋の陸軍卿解任を決定しました。」
解任か....辞任じゃないのは思ったより厳しい。
「陸軍の綱紀改革派は2000人の規模に迫っている。全員処罰などすれば、全国の治安は維持できない。オマケに世論の同情が高まった今、正義は彼らの方にありますからね。」
コワシさんは淡々と語った。
俺から目を逸らし、鉄格子の外を見ている。
様子がおかしかった。またしても。
八王子で会ったときとは違う種類の感覚、捨て鉢な仕草と雰囲気。
俺たちに負けたという気持ちが表れているのか?
状況的に檻に入っている俺の方が、明かに敗者って感じだけど。
「ソレでも軍は福島の蜂起を鎮圧しない。コチラは彼らの最大の要求、山県卿の解任をのんだというのにです。」
コワシさんはそこでチラリと俺を見た。
「そりゃそうですよね、ツヨシくんが彼らをコントロールしている。世間じゃ偶然時期が重なった事件だけど、コレは偶然じゃない。」
統制ってほどじゃないですよ。ラスボスじゃあるまいし。
「幸い福島の蜂起集団は声明文で、『要求が呑まれれば速かに占拠を解除する』と宣言しています。」
そう言ってふうっと大きくため息。
「何ていうのか、遺憾ながら元老院は彼らの要求を呑む方が、今後のダメージが少ないと判断しました。」
エエ?
「彼らの要求通り県議会の権限は強化され、憲法制定と国会開設の具体的な時期がが提示されるでしょう。」
マジか?成功したのか俺たち?
「今日の午後にも発表されます。ただし公約通り、蜂起したもの全員が大人しく拘束されればの話ですが。」
俺は拳を握りしめた。
みんなの犠牲が....すべて報われる!
「マッタク参りましたよ君たちには。最初から.....全員助かるつもりが無かったとはね。捨身の世論誘導作戦だとは思わず、首謀者を捕らえれば終わりだと思っていた。」
コワシさんはやはりどこか投げやりな感じだ。
「この時代はまだ世論を味方につけるっていう考え方がない。でも俺はこれまで培ってきた方法で訴えて、世間を動かせると思っていました。ソレは....自分たちが逃げ出していてはできぬ事です。」
卑怯者に世間は味方しない。俺は捨身などと思っていたわけじゃない。
ただ逃げることを想定していなかった。逃げれば世間を味方に出来ないからだ。
「フン、報道で衆愚を味方につける....市民運動の正しいやり方ですね。」
チョット言い方にトゲがありますね。
「確かに驚くべき効果がありましたよ。東京でもいくつか暴動が発生したほどです。」
暴動が?三田あたりの知り合いじゃないといいが。
それより聞きたい事が。
「コワシさんには、俺が動く前に逮捕することが可能だったんじゃないですか?」
すると彼は自嘲的に笑って言った。
「マッタクです。今となってはそうすべきだったと思いますよ。」
「なぜそうしなかったんです?」
「正直に言って、君達メディアの影響力を見誤ってました。私の持つ権力は、こう言っては何ですがとても大きい。この時代の未熟なメディアである君達など簡単に制御できると思い、蜂起の実行者ばかりを追いかけていた。」
油断してもらっていて助かった。
歴史オタクである彼の知識が、明治のメディアが持つ実力を正確に把握していたからこその油断だろう。
「私は大久保卿の命を守ることばかり考え、君たちは自分の命も顧みなかった。」
俺は福島で戦う仲間達の事を考えた。
そして軍の規律を糾すべく立ち上がった男達を、言葉の力を信じで戦った仲間達を。
「あなたは権力に恵まれていたけど、俺は仲間に恵まれた。それだけでしょ。」
俺の言葉に彼は再び自嘲的に笑う。
「そうですね。私は結局のところ大久保利通の命すら守れなかった。」
え?
「昨日元老院が決定を下した後、大久保卿は辞表を提出し、みなが止めるのも聞かず1人で馬車で帰宅したのです。その時待ち伏せしていた士族の一団に襲撃され.....。」
コワシさんは言葉を切ると、1枚の紙を取り出した。
それは血痕に汚れシワがよった安物の紙で、乱暴な筆跡で何やら書きなぐってある。
「これが斬奸状です。読みづらいですが。」
大久保利通が暗殺された。史実通り。
変えようとしても変えられない事柄がある。
この人の様子がおかしかった理由がようやく理解できた。
コワシさんは二重に敗れていたのだ。国会開設闘争と、自らの理想に向けた戦いと。
俺はその紙を手にとり、そしてそれに気付いた。
この紙は俺たちが作った号外だ。
俺たちがまさに内務省と大久保卿を糾弾した、その紙の裏側に書かれている。
「それは偶然の一致では無いでしょう。」
コワシさんが淡々と言う。
「号外を読んで激昂した不平士族が、ワザワザ裏に斬奸状を書いて自分たちの思想を明らかにした、そう読めなくも無いですね。」
俺は....動揺した。
俺の書いた記事が人を動かし、大久保利通を暗殺させた?
「だが...それは君たちの責任ではありません。私のミスです。」
コワシさんはそう言って立ち上がった。
オマエの責任だと罵って、俺をブン殴りたいだろう。
そうされたからといって、俺には文句を言う事も出来ない。
自分の理想を消されてしまう事は、何より辛かったに違いない。
それでもこの人は俺を責めず、自分を責めている。
俺は今度の事で罠をかけられたが、コワシさんを憎むことなど到底できないと思った。
ただ今回俺たちの採った方法が違っただけで、この人だって日本の輝かしい未来を願う1人の男だ。
「これから.....コワシさんはどうするんですか?」
我ながら間抜けな質問をした。
コワシさんはクスッと笑う。
「心配してくれるんですね、大丈夫。自殺したりしませんよ。」
そうして扉の方へと歩き出す。
「今回こうして、変えられない歴史もあるのだと知りました。私はこの後、歴史の使命通り憲法作成に全力を尽くします。」
そうしてコワシさんは後ろを振り返らなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「面会だ!表に出ろ!」
ヘイヘイ、そんな話し方ばっかで疲れない?
コワシさんが去った3日後、俺に面会があった。
え....でも俺って面会不可の思想犯だよね?どーいうこと?
不思議に思ったが、外へ出れるのは悪く無い。
またも3人がかりで拘束されて表へ。
シリアルキラー並みの警戒ぶりだ。誰かと間違えてんじゃないの?
連れて行かれたのは、またしてもあの部屋だ。
そして今度部屋にいたのは....谷中将だった。
「ご苦労!諸君らは外で待機してくれ!」
「チ、中将閣下、それは困ります。本来この政治思想犯は面会すら禁止されておるので....」
「ワシの頼みが聞けんのかね?」
どうやら頼みを聞くくらい大した事ではなかったようだ。
看守達はサッサと部屋を後にした。
一言抵抗したことにしたかったのね。
「ツヨシ!大丈夫かオヌシ、拷問などされておるまいな?」
「運動できないのを除けば、特に不満ない生活してますよ。」
俺たちは笑顔だった。
特に谷さんは、昨日付で陸軍大輔への任官が決定した。
陸軍卿は空位になっており、事実上のNo.1に昇格だ。
「陸軍大輔任官おめでとうございます。」
「ありがとう、じゃがこの後はやることが山積みじゃ。梧楼と小弥太の減刑も進めんとな。」
これも計画通りにことが進んだ。
谷中将は陸軍綱紀改革の請願書にも署名をしなかったのだ。
事態収集後、俺たちの仲間が陸軍トップに立てるように、ワザワザ1人残ってもらった。
「そんな殺生なと思うたぜよ。男としちゃあマッコト受け入れがたい。ソレでも梧楼があれほどいう事じゃ。聞き入れんわけにいかんかった。」
「まあこうして権力側に味方が残ってくれることで、俺たちも心置きなくやれたんです。」
「マッコトおぬしは策士じゃのう。捨身の行動しながらも、善後策考えとる訳じゃきに。」
フッフッフと悪く笑う谷さん。
「これから大変ですよ。薩長閥ではない人が、陸軍のトップに立つなんて不可能に近い。」
「梧楼と小弥太が助けてくれるわい。すぐに帰ってくるじゃろう。」
プラス思考の人っていいですね。
「福島の人たちはどうなりました?情報が無くて心配してるんですが。」
「アイツらならオヌシと同じじゃ。収監されておるが、ソレほど長くはなるまいよ。」
ホント?
「でも結構重罪じゃないですかー。県庁襲って県令拘束でしょ?」
「オマケに福島城を爆薬で全壊させて、街道も破壊し軒並み封鎖しとる。」
何個師団送り込んだ?戦争か?
「あのミツオっちゅうヤツはとんでも無い男じゃ!何処からあんな大量の爆薬、調達して来おったんじゃろうか?」
いやオシエラレマセン。どうせ盗み出したに決まってます。
「その行状ですぐに出て来れますか?市中引き回しとかでも良いんですよ。」
「いやあオヌシ今の世間を知らんじゃろう。スゴイ評判ぜよ。人が2人寄れば福島の義挙が話題よ。河野広中は義士として讃えられとるんじゃ。」
「へー。」
「いやへーじゃない!オヌシの評判は更に凄まじいんじゃ!自由闘争の英雄、民権運動の神と大評判じゃ!ここから出るときは大変な騒ぎになるぜよ!」
神?何でそうなる....。
「あの号外の記名記事が効いたのー。最早東京はおろか関東に、いや日本にオヌシを知らんものは.....」
もう結構です。
「ところで何ぞ必要なもんはないか?ワシからの差し入れなら手元に届くじゃろ。」
「あります!本が!本が山ほど!」
俺は食い付く。
独房は時間が有り余っている。本を読めないのは苦痛だ。
「丸善の早矢仕さんに連絡して、新刊書のリストを入手してください!」
1878年6月26日(新暦)
大阪自由日報 朝刊より 抜粋
先頃元老院が決定した『福島県議会義挙』への対応は、多くの国民へ自由への希望を与えるものとなった。
元老院を、そして我々自身をも驚かせたのは、『自由にモノを言うこと』への国民の渇望である。憲法を、国会を、これほど多くの国民が望んでいたなど、民権運動家ですら思いも及ばぬ事だった。
いやむしろ人々は、福島県議会の戦いを見てその重要性を考え始めたと言った方がいいだろう。多くの国民がこの義挙について語り合い、その勇敢さに敬意を表している。
この義挙において、数多くの人々が重要な働きをした。彼らはこの先、国会開設までの道のりを先導する存在となっていくだろう。
中でも特筆されるのは、我らが同業者にして内務省糾弾の英雄、犬養毅その人である。
綿密な取材と英明な分析により、彼は内務省の国会開設への不誠実な対応を見抜き、これを糾弾した。
そして自らは逃げる事なくその身を監倉へ投じ、法と世論の判断に委ねたのである。
真の勇気とはこのような人に顕現する。
即ち言論において道理を外れず、身を処すにおいて法から外れず、行動において世間から隠れぬ人である。
筆者は同業者として惜しみない尊敬の意を表すと同時に、友として心より彼を誇りに思うのである。
記名記事:大阪自由日報主筆 箕浦勝人
次回はプロット作成もあり、一週間ほど後の更新といたします。
少々お時間ください。m(_ _)m




