表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/133

東北沸騰③

福島県庁には旧福島城がそのまま使用されている。


平城であるが守りの堅さで知られる、高台を利用して作られた城だ。

そうは言ってもダイナマイトを多投するような、チョットあぶない炭鉱労働者を想定していない。


ミツルが率いてきた福岡向陽社の面々は、炭鉱労働者の元締めというだけあって、爆発物の扱いはお手のものだった。

門を吹っ飛ばすときは火力の強いモノを使い、敵を脅かして下がらせるときは弱いモノを使う。


まさに自由自在。けど法律ってナンだっけな?


歴史を感じさせる重厚な造りの玄関から、木っ端微塵となった正門が見える。

黒く焦げた残骸には、6月の雨が黒いシミを作っていた。


アレだって結構な歴史遺産だろう......まあもう遅えけどな。

俺は段袋(ズボン)のポケットを探り、取り出した紙巻きに火をつける。

立ち上る紫煙は玄関の天井に梅雨空のような雲を作り、焼け焦げた木材と同じ匂いを振り撒く。


既に500名体制で県庁を固めた俺たちは、かなり余裕ができた。

県令三島通庸をはじめ、職員の大部分は拘束済み。まあ20名程度だ。

女と老人は解放している。


そして今はおおよそ1500名に上る仲間たちが、3部隊に分かれて福島市内を回っている。


イヤ町を破壊してる訳じゃない。

まあミツル達だけならやりかねないが、愛国社系の仲間も一緒だ。


この騒ぎに乗じた地元の乱暴者が略奪騒ぎを起こしているのに、警官隊は既に機能しなくなっていた。俺たちの責任でもあるため、市内の秩序を回復しようと思っての事だ。


オマケに隣の県から来る、応援の警官隊を足止めしたりもする。


ついでに町の辻々で、心置きなく演説会も行った。

今回の蜂起について説明し、市民の支持を求めたのだが、俺たちは『圧政からの解放者』として圧倒的な人気で、今更そんな言い訳など必要もないほどだった。


佐治幸平などは町娘の黄色い嬌声を浴びているそうだし、農民たちからの差し入れも凄い量だ。

ヒロやんなんか、町へ姿を見せるだけで『河野コール』が沸き起こるという。

アントニ◯猪◯かよ。


司令室として占拠している県令の執務室へ戻ると、数名の仲間に監視された三島が俺をジロリと見上げた。

とにかく皆コイツが嫌いだったんだな。

ある意味コイツのおかげで、予想もしなかったほどスムーズにコトが進んだ訳で。


「....なにを見ておるのだ。」

「いやあ、なに、アンタって嫌われてたんだなと思ってね。」


するとヤツはフッと笑う。

「タバコを貰えるか?」


俺は捕虜には寛容であろうと思うが、コイツの態度はやや感に触る。


「あげません〜。」

「なっ!!」


悔しい?ヘッヘッヘザマあねえな。


「フン!まるで子供だな!お前たちのやる事は!」


思ったより怒ってんじゃねえか。お前の方が子供だよ。


「ワシは領民に嫌われるなど、ナンとも思っておらん!お前らがたとえこんな暴挙を犯そうと、国家がお前らを許してはおかんのだ。つまりワシは領民を恐れる理由がない。」


そうは言うが、蜂起から2日経った今の段階で、政府からの反撃はない。

三島は苦々しそうに言ながらも、まだ俺が吸ってるタバコを目で追っている。


別に縄で縛ってるわけじゃない。

執務室の応接ソファーに腰掛けている三島の目の前にも、誰かの紙巻と灰皿が転がっているじゃないか。

勝手に吸えばいいと思うが、そこはお育ちの良さが邪魔すんのだろう。


「分かっとんのかキサマら!すぐにも鎮台兵がやってくるんじゃ!お前らなぞ木っ端微塵よ!」


あの門みたいに?まあ言いたいだけ言わせておいても良いんだが。


「残念だな〜。暫く来れねえと思うぜえ?」

俺はすぱすぱタバコを吸い込み、梅雨空に向かって長く息を吐き出した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


内務省には警察局局長及び補佐官らが集合し、大久保卿を前に顔を項垂れている。


確かにまともに目など合わせようモノなら、心臓が止まるかも。


「しかし....地方警保は脆いな。ここまで対応出来ぬとは....。」


低い!余りに低い声だ。彼ら今日は絶対無事に済まない......そして私も他人事じゃない。


「昨日も近隣より応援を派遣して対応すると申していたな?結果はどうなのだ?」

「はっ!今朝の電信によりますと、応援隊は街道を封鎖する反乱軍のため....。」


「軍というな!!!愚か者が!!」

唐突に来た爆発に、局長の魂が飛んだのが見えた。


「たかが民権運動家の蜂起である!軍などと誇張する必要はない!」


生命反応が無くなった局長に変わり、私は続きを説明する。

そりゃ何処がお怒りポイントなのか、分かってない者が報告するとこうなるよ。


「民権運動家の街道封鎖により、若松県と白川県の応援部隊が福島へ入る事が出来ません。どうやら爆発物を使用して、通行を困難にしているようです。」


私は警保局から事前に説明を受けていた内容を説明する。

まるで言い訳のオンパレードなのだけど。


「コレだから三島に街道整備をさせておったのだ。民権運動のバカどもは、民政のことなど何一つ分かろうとせぬ。長い目で見れば必ず地域発展の礎となるモノを.....。」


卿は場違いな呪いを撒き散らす。


「爆発物だと?奴らそんなモノを何処から調達したのだ?」

「はっ、恐らく県外から協力者が、今回の暴動に参加しているものと思われます。 戦闘中に強い訛りの絶叫が、あちこちから聞こえたという報告が入っております。」


何だよ訛りの絶叫って?説明している自分でもよく分からない。


「軍の出動はどうなっておる....昨日には大山陸軍大輔から、出動の指令が出されておろう?」


「先ほど参謀本部より打電が入りました.....その.....仙台鎮台司令官...福原少将は動かずと....。折り悪く陸軍内部は反主流派の綱紀粛正要求により、大部分が機能しておらず....。」


その時、怒りの暴風が私を襲った。


「動かずだと!動かず!犯罪人ではないかそヤツは!すぐにも身柄を拘束せよ!第4連隊長が臨時に指揮を取れ!オノレはその程度のことを、ワシの指示がなければ出来んのか!オノレの頭は何のために付いておるか!!?」


既に警保局員達は気を失っている。

未だかつて無かった程の怒気に、空間はビリビリと揺れ動く。射的の的のように身動きできない我々を、質量を持った言葉が撃ち抜いていく。


私も意識があぶ、アブナイ。


「おのれ三浦梧楼!舐め腐ったマネをしよって、あの長州の古狸が!!事もあろうに綱紀改革じゃと!己ら長州閥の身内が改革などと、どの口がほざくのか!ワシを見よ!西郷さんを見よ!薩摩男はそもそも収賄などとは無縁なのだ!!」


「スデニ大山サンガ...指令を....ダレモイウコトヲキカズ.....。」


私は震える手で、新聞の束を、卿へと渡す。

そこには三浦中将の、新聞各社へ送った声明文が。日本全国の。何十社もの。


そして東京中で、ばら撒かれた、号外の束も。

福島での義挙を、軍の中で立ち上ったモノ達を、美化している。

英雄達だと。


英雄とは....英雄とはいま私の目の前にいる男のことじゃないか。

維新の英雄、大久保利通。

彼以外....彼以外英雄など.....。


「何だこれは?寄越せっ!」


大久保卿は....私の手から号外の束を。


鳥尾小弥太中将が持つ、山城屋文書の存在。既に拘束され近衛兵の監視下に。

だが近衛も鎮台も、全てが三浦一派を支持している....。


軍が動かぬ恐怖。


大久保卿はチラリとソレを....見るだに大声を上げ.....破り捨てて....。


私は....何を見誤った....?


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「相変わらず発行停止だけは迅速だね。」

藤田さんは紅茶を一口飲み、ふーっと大きく息をついた。


先日の号外に対し警保局は、郵便報知新聞社に対し2週間発行停止の行政処分を下した。

根拠のない飛語流言により、帝都の治安に重大な危機をもたらしたというのが処分理由だ。

思ったより軽いよね?と藤田さんは軽口を叩く。


藤田さんの奥様が淹れてくれる紅茶は美味い。


いや、綾さんのお茶の方が美味いよ?

でも藤田さんの奥様は、よくイギリス人に淹れかたを教わってるらしい。


「我が社の社員も数名拘束されました。1ヶ月は出てこれないでしょう。」

「栗本・福沢両先生が、奔走してくれている。長くはならんよ。」


そうして俺の事を気の毒そうに見ている。


「俺でしたらご心配要りません。監獄は戦場ほど酷くはないでしょうし。」

マッタク心配ないわけじゃないけどね。収監なんて初体験だし。


「そもそも記事書いたの俺なんですから、1人で関係ないフリは出来ないでしょう。」


「そりゃそうなんだが....何だか申し訳なくってね。」


俺は午後には警察へ出頭する。

藤田さんは別れの盃ならぬ別れのお茶を、下戸の俺のために一席設けてくれた。


「ツヨシは主犯格だ。事によると1年くらいはかかってしまうかも....。」


ソレくらいは覚悟の前だ。


「その程度であればむしろ、仲間たちに申し訳がないほどです。福島の実行者達は、さらに大きな罪に問われるでしょう。軍改革に動いた将校達だって、無事に済むとは思えません。」


「それもそうだ。しかし君は初めから罪を自分で受けるつもりだった。」

藤田さんは俺の肩に手をおく。


「地方の圧政、新聞条例の検閲、集会条例の逮捕、そんなすべての暴力を前に、私は立ち尽くすだけだった。」

藤田さんの目が光っている。


「だが君は.....言葉で戦った。そして最初から逃げることなど考えてもいない。そんな君だからこそ人を動かし得たのだと思う。戦う事を考えず、ただ発行停止ばかりを気にしていた自分が許せん。どうか私を許してくれ。」


藤田さんはそう言って頭を下げる。


俺は慌てた。


「やめて下さい、そんなつもりでお邪魔したわけじゃありません。」

尊敬する新聞人を抱き起こして俺は言う。


「申し訳ないですが、後はよろしくお願いします。俺は一休みしてきます。」

藤田さんは泣き笑いで俺に応えた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


1878年6月22日(新暦)現在、


陸軍の綱紀改革運動である、いわゆる『山城屋文書事件』では、陸軍中将三浦梧楼、鳥尾小弥太を含む20名が拘束され、鎮台司令官の福原実少将も逮捕指令が出ている。


この逮捕命令に応えなかった配下の将校達、三浦中将の署名運動に応えた1000名を超える将校達にも、何らかの処分が下ると予想されている。


しかし事前に全国の新聞社へ送られていた決行声明文が広く世論を動かし、一般市民による助命嘆願の動きが全国へ波及しているのを受け、元老院は緊急の対応会議に入った。

極刑を免れることは確実な情勢で、より一歩踏み込んだ恩赦が検討されているようだ。


時を同じくして福島県で発生したいわゆる『県議会改革闘争』は、偶然にも重なった『山城屋文書事件』にも助けられ、鎮台軍の鎮圧を受けず未だ解決に至っていない。


彼らもまた全国へ向け決起声明を発信し、その主張を広く知らしめている。

その手段は非常に似通っており、新時代の蜂起事件として長く語られるだろう。


驚くべき事に彼らの主張のうち、特に県議会の権力拡大と憲法制定、国会開設要求は、元老の中にも賛同者を得ているらしい。一説によると陛下の同情も勝ち得たと言う。


現在福島県庁占拠は継続中であり、予断を許さぬ状況ながら、現地は比較的静安を保っているという。


ー 大阪自由日報 1878年6月23日朝刊より 抜粋

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  ”極形”を免れる=>極刑 当て字遊びのつもりかもしれないが、こう言う場合にわ どうかと思う。
[良い点] 明治という時代の空気がかんじられること。 転生者同士がご都合主義で仲良くならなかった所。 [一言] 夜中の3時までかけて一気読みしました。 山城屋事件には驚きました。 明治政府のような若…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ