東北沸騰
「河野さん!あったらごと受げれる訳さねえべ!」
「んだんだ!フザゲちゃあいげねえっぺ!」
「2.5倍だど?なじょしてほげなゼニさ必要だあ?」
恐れ知らずの福島新県令の三島通庸は、就任早々県議会を作り上げると、あろうことか2.5倍の増税をぶち上げてきた。
地租改正後、各地で猛烈な反対運動が巻き起こったが、実際の税額はそれほど引き上げられた訳ではない。農民が反発したのは貨幣経済への強制的移行と、『血税』と言う文言への不安だった。
それだけの事でも地方は蜂起するのだ。なのにナゼこんな極端な増税を?
「河野さん!オラだちゃとにがく徹底抗戦だな?」
仲間の1人が声を張り上げ、あだりめえだ!と皆気勢をあげる。
「みんな分かってるだろうが、暴動を煽る様な真似はよしてくれ!」
若い佐治幸平が発言する。
「此処で暴発しては、県令三島の思うツボだ。ヤツは山形県でも同じ手で、農民を根こそぎ収監している。我々石陽社はいやしくも、県会議長である河野広中が主導する、東北民主主義の旗手である!その我々が議会運営一つ出来んとなれば、福島県の恥ともなるぞ!」
「佐治くんの言う通りだ。」
愛沢寧堅も大きく頷く。
「我々は暴力でなく、言論によって問題を解決していくんだ。こんな馬鹿げた法案を通してイイものか。」
「ほんなごと言うけんども、県令が内務省がら執行許可さもらっだら、オラだちゃなっもでぎねえべ。」
「んだんだ!ほうなる前に県庁ボッコしたほが早え!」
んだんだと同士たちが口々に騒ぐ。
「まあミンナ聞いてくれるか。」
私は椅子から立ち上がった。
安いタバコの煙が部屋を曇らせている。
立ち上がると紫煙の雲から顔が出て、少し空気がマシになった。
「私は今、県議会の議長を務めている。しかし我々の目標は此処で終わりでは無い。」
雲の上から同志たちを見渡す。皆私の声に耳を傾けてくれている様だ。
「やがて国会が開設される。我々は政党を作り日本の政治を動かすべく、今此処でその準備をしているのだ。自分たちの意見が通らぬ度に、蜂起して県庁をボッコしてればイイのか?私はそうは思わない。」
部屋は狭くぎゅうぎゅう詰めだ。
同志たちの熱気とタバコの煙で、息もつけぬほどである。
ソレでも皆、固唾を飲んで私の話を聞いている。
「我々は言論を以って悪政を糾していく。県政で出来ぬものは国政となっても出来ぬ。分かってくれようか?」
皆渋々といった様子で頷いている。
今はコレしか方法はあるまい。
同志たちが解散となって、私と愛沢の2人が残った。
「議会が動き始めてまだ一週間というのに....もう暴動蜂起の話が出るとは....。」
愛沢は頭を抱える。
「マッタクあそこまでムチャな県令とは、思いもよらなんだ。」
私も正直に口にする。
見通しが甘かったと言えばそれまでだ。
ソレでも『土木県令』の悪名高き、三島通庸が福島へ回されるなど、誰が予想しようか。
悪いことにヤツは有能な男だ。
東京府参議として、銀座のガス灯をはじめ様々な整備をこなしてきた。
山形県では街道整備と建築で、県の活性化に実績を挙げている。福島でもその続きをしようと言うのだ。『手始めに財源を』と出して来た法案が、今農民を怒りに染め上げている増税案である。
更に悪い事に、この男は大久保利通のお気に入りでもある。
農民たちからは重税を巻き上げるだけでなく、建設の労役まで科していく。
労役を提供できぬ家からは、さらに金を要求する。
自らの手柄のために、住民の犠牲など顧みぬ政治家だ。
話し合いに応じる可能性は、極めて少ないと言わざるを得ない。
ソレでも粘り強く交渉するしかない。此処で暴力に訴えては、国会期成同盟の同志たちに顔向けできぬ。
「署名活動を続けよう。そうしてまた県庁へ陳情だ。」
既に1万を越す署名が集まっている。ソレでも県令を動かすのは難しいだろう。
「仲間を通して太政官へも署名を届けよう。福島の窮状を全国に知らしめねば。」
「ソレで何か変わるでしょうか?」
愛沢が気乗りせぬ様子で呟く。
彼にも分かっているのだ。コレが勝ち目のない戦いである事が。
「見込みがなくても手を止めてはならない。手が止まった瞬間に、この福島の堰は切れる。」
後は御定まりの農民一揆と、軍隊による鎮圧だ。
そうして福島の民権運動は、壊滅的な打撃を受ける。
「分かりました。」
愛沢は力なく返事をすると、よろよろと部屋から出て行った。
議会はまだ始まったばかりだ。此処で頓挫するわけにはいかん。
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6月に入ると事態はさらに深刻になった。
我らの集会は全国の愛国社系の組織と同じく、規模を小さくした地下活動方式を採っている。
その集会さえも、何処から情報を聞きつけるのか、取締りの警官がやってくる様になった。
―— 身内に情報提供者がいる。
そう考えるのが自然だろう。
皆疑心暗鬼となった我々は、最早お互いの事も信用できず徐々に意思の疎通が図れなくなっている。
団体として機能しなくなれば、政府への抵抗など出来はしない。
そうして恐るべきことに、県議会議員まで逮捕の対象となった。
警官との小競り合いが日常的に発生し、議員たちは身分の保証もなく連行されていく。
構成員を徐々に削られ、皆焦りが隠せなくなっている。
私を支えるため大阪からついてきてくれた、佐治や愛沢までもが、2日に1度は蜂起を口にする。
「お前たちまでなんだ!此処で民権運動を終わりにするつもりか?!」
「しかし河野さん!このまま県議会の無駄な答弁で時間を潰すより、ひと勝負する方がマシです!時間が経てば立つほど我らの勢力は削られ、奴らに有利になっていきます!。」
佐治は焦りを顔ににじませる。
「身内の裏切り者まで出てくる始末。此処は頼れるものだけで立ち上がった方が....河野さん!」
愛沢も怒りを抑え切れていない。
私とて同じ気持ちだ。
ヤツらに徐々に体力を削られていくのは、病魔に蝕まれていく病人の様な気分だ。
捨て鉢になって、暴れ回りたくもなる。
しかしソレこそが奴らの......。
「愛沢....今なら...今なら何人集まる?」
愛沢はギラリとこちらを向き、蘇ったかの様に喋りだす。
「今であれば県内5支部の動員をかけて、2000名は集められます!」
「河野さん!では!では!」
「待て!早合点するんじゃない。私は彼らの命を無駄にしたくはない。」
呆然とする2人。
「勢力が知りたかっただけだ。その数であれば或いは警官隊は制圧できるかも知れん。しかし仙台鎮台の兵士4000名が来れば、そこで終わってしまうだけの人数だ。」
「しかしこのままでは.....。」
佐治は諦め切れぬ様に呟く。
「かくなる上は私が東京まで赴き、大久保利通と面会しよう。」
「ソレで..ソレで言う事を聞く様な相手では無かろう!!」
愛沢は激昂して叫ぶ。
「話して分からずば、斬って捨てるのみ!!」
私もまた大声で応える。声は裏返り無念の涙が頬を伝った。
なんと情けない男だろう。東北民権運動の旗手などと自惚れ、いい気になって地元に凱旋してみれば、待ち受けていたのは悪代官と烏合の衆。
対抗出来るのは農民一揆の一手のみ。こんな...これが新しい時代の姿か?
徳川幕府の治政と何が違うというのか。今上陛下の理想は何処へ行ったのだ...お お く ぼ ぉおおお!!!
「ナゼ我らはここまで追い詰められねばならぬ!御一新の理念とは民を痛めつける事なのか!!私は、私には絶対許すことが出来んのだ!大久保に一矢報いるまでは、死んでも死に切れん!!」
私の取り乱した姿に2人は暫し言葉を失い、滂沱の如く涙を流して私にしがみ付いてきた。
「河野さん!アンタが行ってはいかん!私が!私は死んでも惜しむ事はないが!」
「愛沢さん!ソレはいかん!私が行けばお2人は!お2人は福島の民権運動そのものですから!」
3人が組み合ってボロボロと涙を流す中、突然声が響き渡る。
「やめろやめろキモチワリイ!男同士抱き合って泣くんじゃねえ!」
見るとそこには、ここにいるはずのない男が立っていた。
大柄な体に白い襯衣と黒の段袋、総髪で浅黒い肌のその男は、入ってくるなり我々を怒鳴りつける。
「み、宮崎さん......。」
「愛沢!佐治!オメエらヒロやんの事を任せたってえのに、なんだこのザマは!」
「宮崎さん...私たちは.....。」
「ヒロやんもなんだ!押さえろといったのに、テメエ1人で斬り込みだと?バカも休み休み言え!お前らまとめて頭あ冷やせ!このスットコどっこいが!」
「ア、アンタに何が分かる!今更出てきて何が出来るってんだ!」
佐治が喚き散らす。
顔は涙と鼻水でベチャベチャになって、口は締まりなくただ泣き顔のまま宮崎にぶつかっていく。
そこを宮崎は体をひねり、雄大な動作で盛大に蹴り飛ばした。
部屋の端まで吹っ飛び、もんどり打って倒れる佐治。
「ウルセエ俺の話を聞け!!」
いきなり出てきて何を偉そうに、俺の話を聞けだと?
自分こそ直情無策の暴れん坊ではないか。
すると宮崎の後ろから、2人の若者が部屋へ入ってきた。
1人は坊主頭の小太りな男。もう1人は小柄な体を洋装に包んだ、痩せぎすで目つきの鋭い男だ。
「コラひどか。口より先に足ば出しといて、話ば聞けやら意味がわからんばい。」
「本当そうなんだよねー。ハチローさんもう少しやり方あるでしょう。だから宮崎台風とかおかしなアダ名付けられるんですよ。」
「ナンだとお前ら?まとめて猪苗代湖の藻屑になろうってのか?」
「何だ君たちは....。」
不意を突かれて動けぬ我々に、小柄な若者は椅子にかけるよう促した。
自身も手近な椅子に腰掛けた彼は、両手を天に伸ばしてううっと伸びをすると、一気に脱力してふうと一息つく。
「ともかく間に合ってよかった。河野さんがいるから大丈夫と言っていたのは当たりでしたね、ハチローさん。」
「当たり前だ。ヒロやんの辛抱強さを舐めんじゃねえ。」
宮崎はうって変わって笑顔で応じる。
「ヒロやん、よく頑張った!今度はお前らから攻める番だぜ!」
私たち3人には何のことだか、何が起こっているのかもわからない。
嵐に曝された田んぼのカカシの如く、ただ目を見開いて彼らの言葉を茫然と聞くのみだった。




