暴動と狂気
お待たせしてすいませんでした!
明日もこのくらいの時間で投稿予定です!
打合せ当日。
俺とミツルは福沢家を出ると、芝浦へとブラブラと歩いた。
後をつけて来るものは特にいないようだ。
すっかり暖かくなった海岸を、男2人は月を眺めつつ歩く。
こんな夜は女性と居るのが相応しいと思うんだが、凶悪な見た目のボウズと2人で気分は討ち入りだ。
やがて粗末な漁船が停泊している湊へとたどり着く。いくつかの船に、提灯の灯りが灯っている。
「大阪さまのお客様で?」
船頭風の男が話しかけて来る。
「いかにも。」
「どうぞ、こちらでごぜえます。」
男は潮枯れた声で、俺たちに一艘の船を指し示す。
ハチローさんはどうやらこの偽名で押し通すつもりらしい。気に入ったのかな?
5月となって、夜も暖かく過ごしやすい。屋形船で船遊びっていうお金持ちも少なくない。
今日はハチローさん懇意の船頭さんが、船を提供してくれている。
何故あの人が芝浦の船頭と懇意なのかはナゾだ。
東京に住んでいた時、オネエちゃんと遊ぶのに使ったのだろうか。
小型の船に乗り込むと、俺たちの重みでぐらりと船は傾く。すぐにそのぐらりが戻りとなって揺れが起こり、やがて落ち着くまで船は揺れを繰り返す。
揺れの中心に2人に姿があった。谷さんとゴローさんである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おうツヨシ!お連れさんか?」
「はい、俺の友人で当間ミツオという者です。」
ミツルは今回偽名で押し通す事にする。
万が一の事が起きることも想定し、軍と民権運動側はお互いを知らぬ方がいいと思ったのだ。
「オヤ?何処かでお会いしとるの?」
「ハイ、谷閣下とは、熊本でお食事ご一緒させていただきました。」
ミツルは訛りない言葉で返事をする。標準語も喋れんじゃねーか。
最後にハチローさんが入ってきたので3人に紹介する。モチロン大阪太郎として。
俺はハチローさんへ頷き、船を沖へと出してもらう。
船内にはささやかな食事と酒が用意されてており、2将軍は舳先の方に後ろ向きで並び、俺たちは船の中央で3人並んで座る。
初夏の夜、潮風が頬に心地いい。
船はゆっくりと沖へ向けて動き出した。
「さて先ずお断りしておきますが、こちらの2人は偽名を名乗っております。」
「そりゃあそうだろう。あからさまにフザケた名前だ。」
ゴローさんは笑い出す。
ハチローさんは全く気にする様子もなく、状況を説明し始めた。
「早速ですが、地方の状況についてお話しさせていただきます。」
ハチロー太郎も今日は大真面目だ。
今回内務省が主導する県議会条例について、大久保利通の狙いを説明した。
その説明は実に見事なもんで、簡潔にして的確。驚きのプレゼン能力だ。
聞いていた谷・三浦・ミツルの3人も、思わず頷き憤怒の声を上げた。
「何たる卑怯な男じゃああ!」
「ソイツは汚ねえ。餌で釣っておいて一網打尽っていう、騙し討ちみてえなもんじゃねえか。」
「いかにも大久保のやりそうなコトよ!」
なんか....凄いぞハチロー太郎。こんな説得力あったのか?
いつも丸投げにして来る彼と、同じ人間とは思えない。
「民権運動の危機は良く分かった。そんで俺たちに何をして欲しいんだ?」
ゴローさんは俺に尋ねる。
「今日は皆さんの意見を伺おうと思ったんです。内務省の打ってきた手に、俺たちはどう対応できるか、皆で考えていただきたいと。軍改革派の動きも、民権運動側が制圧されてしまえば決め手を欠くことになりますから。」
「大久保利通の知恵には敵わんかったか?」
谷さんが面白そうに言う。
「残念ですがこの一手は、相当に準備され考え抜かれたものです。元々政府側が有利な状況にあるわけなので、ここまで手を回されると出し抜くのはかなり難しいと言わざるを得ません。」
船は沖合で進むのを止める。
月の明かりが信じられぬほど強く辺りを照らし、俺たちは幻想的な光につつまれている。
風のない海面は湖と見紛うほどに穏やかで、波紋のように広がる波が月の光を複雑に反射している。
スッゴイ綺麗なんだけど、この時代の人には珍しくも無いのかね?
みんな周りを見ることもなく、俺の出した問題に頭を悩ませていた。
「ここまでやられたんじゃ。地方も蜂起ばせんね?」
ミツルはあっさり標準語を放棄して言った。
「農民の一揆は持続しねえ。」
ゴローさんは否定的だ。
「地租改正のあと、西日本でいくつも一揆があった。何万人という農民が立ち上がったが、あっという間に鎮台兵に鎮圧されている。ロクな武器がねえ。指揮する奴も戦うモノも全て素人だ。」
当然そうなるだろう。近代兵器で武装した鎮台兵に、農具で武装した農民が軍に敵うはずもない。
でもあのコワシさんが、2人が味方なら出来ると言ってたんですよ。山県卿の包囲作戦を。
きっと何か突破口があるはず。
「ワシはひとつ聞いておきたいんじゃ。大阪さんと当間さんにな。」
谷さんは2人に問いかける。
「ワシは板垣退助が好きではない。同郷で同じ歳、ズーッと一緒におったせいかも知れんの。戊辰もヤツを隊長として戦い続けたキニ。」
ゴローさんは山県卿を隊長として戦っていた。
2人が同じ様に元上司を嫌っているのは、偶然ではないだろう。
「ヤツがフランスの真似事をして、やれルソーがどうのと言うちょる事も気に入らん。ワシとて議会は必要じゃと思うが、あの様な急進的なやり方も好きになれん。」
谷さんが人の好悪を語るのを初めて見る。よっぽどキライなんですね。
「征韓論で敗れた後、民権運動などと言いながら結局権力の色気に負けて政府に戻ったり、ヤツのやっちょる事は権力者になるための方便にすぎんのじゃ。」
それはちょっとどうかと思う。
板垣退助が民権運動の父と呼ばれるのは伊達じゃない。
オマケに戊辰の後、会津の名誉回復のため動いたり、幕臣の苦境を救ったりと、あの福沢先生が誉めている側面もある。政府に戻ったのも国会開設の動きを、政府内で進めるためだったとも聞く。
まあ何を言ってもキライなのは変わらないだろうから、無駄な事はしないけどね。
「ワシは確認しておきたいのは、お二人が板垣と同じ考えで動いておるのかどうかじゃ。同じであると言うなら、ワシはお二人と行動はともに出来んぜよ。」
「その辺は安心していただきたい。」
太郎ハチローはニヤリと笑う。
「俺は熊本勢力で、愛国党派の中でも反主流の流れだ。土佐派とは対抗する勢力を作ろうとしてるんです。勿論暴動で物事を解決しようとする奴とは、一線を画してますよ。」
谷さんは頷いて了承の意を示す。
チョット嘘も混じってる気がするが、概ね間違えてないから良しとしよう。
「じゃけど今度のワナだけは、暴力ば抜きにして乗り越えれんのじゃなかと?」
ミツルがそう言って皆の顔を見回す。
「議会じゃなんじゃはよう分からんが、今の大阪さんの説明じゃあケンカ売っとるのはむしろ政府じゃろ?事ここに来て非暴力なんぞと言うとっては、勝てるわけなか。」
「ふむ、ワシとて政府からの攻撃に対し、座して死を待てと言っとるわけじゃない。まあ立場上オススメは出来んがの。」
谷さんはそう言って笑い、ミツルに一定の理解を示した。
「2人とも中々肝の据わった人達だ。」
薄ら笑いつつゴローさんも黙っていない。
「ソレでも農民一揆に持ちこんじゃあ向こうの思うツボだ。何処で蜂起させるつもりか知らねえが、六鎮台の兵隊が出動すりゃあ......。」
俺がニヤニヤしているのが眼に入ったらしい。ゴローさんの言葉は最後まで続かなかった。
「おいツヨシ、まさかオメエ......。」
「お2人にお願いできるでしょうか?」
俺は2人を見据えて言った。コレは容易じゃない事ではある。
「軍人生命がかかった行動だっていう事は良く分かってます。ソレでも此処で一発逆転を狙うには、その手しかないかも知れません。」
「ナニ?ツヨシお前何言っとるんじゃ!イヤ梧楼?!まさかって何ちゃあ!!」
谷さんが絶叫する。
またまた〜。分かったくせに〜。
「恐らく反土佐派の実力者が多い、東北地方で内務省は仕掛けて来るでしょう。その時仙台鎮台が動かなければ.....。」
「命令違反じゃ!軍法会議で重罪決定よ!」
谷さん絶叫アゲイン。悲鳴が芝浦の海に響き渡る。
ゴローさんは唖然として言葉も無かった。
「死刑って事は無いでしょう?ソレに山県卿がまだ引責辞任していない今、暴動鎮圧命令が出たタイミングが逆に動くチャンスです。」
「おお〜、イイね。お前の考えにしちゃあ俺好みだ。」
ハチロー太郎は頷きまくってる。
急進派とゼンゼン一線画して無いじゃん。もうボロが出てるよ。
だが2将軍的にはソレどころではなかった様だ。そりゃ無理じゃ無理じゃと言いまくってる。
「月曜会の勢力は今どの程度まで拡大出来てますか?」
俺は此処で宿題の確認。
「いや....そりゃあオマエ....。」
「まあ、ある程度は出来ちゃあおるけど.....。」
かなり後ろ向きの2人。こっち向きなさいよ。
「犬養さん、ワシもこん話ば混ざってよかと?」
ミツルはノリに乗っている。お前向きなのは知ってましたよ。
「俺は基本的に、議会は正攻法で戦うべきだと思ってます。」
俺は顔を上げる。
月は静かに、狂気に満ちた海面を照らしている。
「でも最後の手段に出るときには、犠牲者を極力少なく、しかも確実に成功させなきゃあなりません。今日相談したかったのはこの事です。」
4人は固唾を飲んで俺の言葉を待つ。
俺は凪の海原に大きな風を吹き起こそうと、慎重に言葉を選んでいた。




