偽名のヘタな男たち
コイツら付いてくるなと言っても、聞き入れやしない。
仕方なく荒尾くんは勿論、新聞社の女史も一緒に、三田まで車を飛ばす事となった。
必要ないって言うのに...。
俺は道々、尾崎と語りながら人力車に揺られる。
男と相乗りする趣味はないのだが。
「犬養くんはスゴイ。去年の戦地直報はとにかく視点が素晴らしかったし、今また経済討論を戦わせている。私も早くそう言った実践をしていきたいもんだ。」
彼の方が2歳くらい年下だったかな?
なんか....知りませんでしたが、結構気にされてたんだね。
「尾崎くんも益々講師の皆さんの間で評判だ。いずれ講師として活躍するんだろう?」
「イヤ、私は教育者でなく政治家として生きたいと思っている。」
おおそうなんだ。
「犬養くんは今また大隈卿にも誘いを受けているという。私も卿のところで働けるよう、推薦してはくれまいか?」
めっちゃ目がキラキラしてますよ。
うーん俺の場合、先生から今すぐ行けと言われながら、ズルズル先延ばししているって状態なんだが。
「俺はまだ出仕するつもりは無いんだが?矢野さんにお願いした方がいいんじゃないか?」
「矢野さんにはとっくにお願いしているんだ。しかし先生はどうやら私を、君の後任の秘書としてお考えになられている様で....。」
出たよ、俺追い出し計画か。
もう少し学生としていたい気持ちが強いが、社会に出たからって勉強が出来ぬ訳でもない。
この辺が潮時か....さらば2度目の学生時代....。
でもコレって中退って事になるんじゃね?
学歴とか大丈夫か?まあ大隈さんが言ってくれてるんだから、心配いらないのかな?
ソンナこんなで、到着するとすぐに応接へ。
そこに居たのは....アンタダメじゃないすかハチローさん!こんな堂々と会いにきちゃあ。
「ツヨシ!エライ事になってきた、ちょっと2人で話を....。」
「イヤあのですね....。」
すると後ろから荒尾くんが飛び込んで来た。
「先生!ご無事ですか!」
まあ白刃振っていないのは誉めてあげよう。
「先生!あら.....。」
続けて入ってきた新聞社女史。
「あの....この方が木堂先生をお訪ねで?」
キョトンとして頷く尾崎に彼女は言った。
「新聞社へ来た方とは違います.....。」
ここで判明、訪問者はなんと2人いるらしい。
そしてハチローさんの正体を、なるべく皆に知られぬ様にしなければ。
今は未だ一般には知られていない宮崎八郎も、この後確実に民権運動の大立者として有名になる。
俺は一応対立する政党で名前を売っていくのに、2人が仲良しさんって記憶する人はいない方がいい。
「おお太郎!おまえだったか!」
「犬養くん.....?」
「先生.......?」
混乱した時は大声で言え!吉本◯喜劇もそうしてる!
「皆さん失礼しました!あまりに久しぶりで忘れておりましたが、私の幼なじみで大阪太郎です!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ハチローさん、もう少し何とかなんなかったんですか?」
「何とかとは?」
俺とハチローさんは、品川にほど近い飯屋で天ぷらを食っていた。
ここの名物はかき揚げ丼で、アミとネギと大葉をごま油で揚げた、特大ハンバーガーみたいなかき揚げが乗っかっている。バカウマである。
「メチャうめえなコレ。」
「かき揚げのこたあいいんですよ!その馬鹿馬鹿しい偽名です!なんか他の思い付かなかったんですか?」
ハチローさんはドンブリをかっ込みながら、心外だと言わんばかりだ。
「俺が大阪で活動してんだから、そう名乗ればオマエもピンとくるだろ?」
くるかっつーの。
荒尾くんや女史たちには、もう大丈夫だからと帰ってもらった。
彼らはもう1人怪しい人が犬養さんを狙って....と食い下がったが、大阪太郎が『俺は腕に覚えがあるのだ』と追い返す。もうどーにでもなれ。
「ソレで何だって言うんです?危険を犯してまで俺に会うってのは?電報でもよこしてくれればいいじゃないですか?」
「イヤあんまり急いでたんで。」
懇意の堺衆に頼んで、船に飛び乗ってきたと言う。電報どころではなかったらしい。
「オマエ知ってるか?県議会条例の件?」
「結構前に新聞で見ましたよ。各地で準備組織が出来てるんで、記者たちも取材でかけまわってます。」
俺は何日も東京を空けられないので行かないが、今は郵便報知も事務所に人がほとんどいない状態だ。
「アレはコワシさんのワナだ。」
「罠ですか?」
県議会設立がどうやって罠になるんだ?
「俺たち国会期成同盟に関わる人材は、ほとんどが地方に基盤を持つ実力者だ。その地元に県議会が出来るとなりゃあどうなる?」
そらあ地元に呼び戻される....なるほど、民権運動の実力者を分断するために。
「今俺たちの拠点はスッカラカンになっちまった。」
ハチローさんは忌々しそうにかき揚げをガリリと噛み切る。
「オマケに県政府と議会は、県内の予算・徴税を取り仕切るんだ。県知事が法外な要求や議会操作をしてきたら、地域の奴らはどう反応すると思う。」
「分かりました。実力者を地元に帰すよう仕向けた上で、彼らを煽って暴動を起こさせ、民権主義者を根こそぎ逮捕しようと。」
「そうじゃなければあの男が、むざむざ県議会なんぞ認めるわけがねえ。」
俺たちはしばらく意見交換をしたが、最終的にハチローさんの読みが正しいと結論付けた。
「マズいですね。」
「マズいだと?とんでもねえ、もう詰んだも同然よ。オマエ何とか知恵を出せや。」
知恵だってタダじゃないんですよ。俺の労働単価は日々上がってんですから。
とにかく腹が減っては...って前にもこんな事したな。
かき揚げ食い終わってから考えましょうよ。
結局かき揚げ丼は、俺たちに名案を授けてはくれなかった。
うまかったが。
ハチローさんはしばらく四谷の拠点に逗留すると言う。
明日午後からもう一度話をしよう、という事になった。
しかしあの人よくもこんな性格悪い作戦思い付いたな?
巧妙すぎてその被害者でなければ、意図に気付くことはないだろう。
あの福沢先生にして、政府の思惑を読みきれてなかった。
さすが井上毅。
俺はブラブラと三田に戻りながら、感心しきりだった。イヤ感心してちゃいかんのだが。
こうなったら2将軍にも集合してもらおうか?
全員顔合わせするのはリスクがあるが、皆で考えれば何かマシな知恵も出るかもしれない。アイディアラッシュといくか。
本来俺たちの計画では、民権運動から広げた軍幹部の火種に軍内部改革派が呼応。
彼らが山県卿辞任要求を提出して、民権団体は国会開設により軍の統制を実現しようとするってものだった。
コワシさんにもこの作戦は詳しく伝えてある。
国会開設を潰す彼の一手が、まさかの県議会開設であろうとは....。
三田に戻ると、暇を持て余していたお俊ちゃんが駆け寄ってきた。
「ツヨぽんおそいー!おきゃくさんへやでまってゆの!」
「お客さん?.....あ、もしかして。」
新聞社に訪ねてきた男がやって来たのだろうか?
知らない人をおウチに上げちゃあダメじゃないですか。
「おかかさまがおあがんなさいってゆったの。」
そうか奥様が....なんで?
「その方コレをお持ちだったから。」
お勝手から出てこられたりつ様が、1通の封書を俺に差し出す。
その封書はこの世界に俺が登場して、一番最初に見たソーロー文だ。
ー 戦地一切通行御許状
俺は急いで階段を駆け上がり、部屋へとなだれ込んだ。
「なんじゃ騒がしか人ばい。東京は慌てもんが多かとねえ。」
久々に見るボウズ頭が笑っている。熊本で分かれた頭山満だった。
「オマエたいがいにしろや〜!!!ドンだけ心配したと思ってる!!!」
挨拶する前に叫んでいた。俺がこの時代に来て最初にできた友人。
戦場を何日も回って、死体の顔を確かめた。
探し回った男が目の前で笑って....いやビビって座っている。
「すまんじゃった犬養さん、そげん怒らんと、な、生きて会えたんじゃし。」
慌てふためいて土下座して詫びる友人。
そりゃいずれは許してやる。でも今じゃない。
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「そうか結局鹿児島にはたどり着かなかったか。」
ひとしきり土下座させたところで、その後の顛末を問いただす。
ミツルは八代の港で、政府軍に捕まったらしい。
「あのクソ漁民がワシの事を売りよったばい!今度おうたら必ずぶっ殺すけん!」
オマエがどんな交渉をしたか知らないが、その漁民には同情の余地があると思うぞ。
「ソレで福岡に連れ戻されたと。」
「おうさ、またまた監獄行きじゃ。ソレでも特に脱獄のおとがめなく、半年で出してもうた。」
緩すぎでしょう福岡の皆さん。
「ソレで?今は何をして?」
「板垣退助に会いに行って、すぐさま蜂起するよう説得したばってん、逆に民権運動の説教受けたばい。」
折角、福岡中の悪ガキ集めて愚連隊を作ったが、さっぱり役に立たんとカラカラ笑う。
コイツはやはり監獄に入れておいた方がいいジャンルのアレだ。
「ソレで民権運動に目覚めたのか?」
「そげん単純ではナカ。東京でいろんなヤツの話ば聞こう思っとる。」
ふーん、ソレで俺のとこへか。まあ寄ってくれたのは評価する。
ん?今なんか大事な事を思い付いたような?
「ミツルの集めたそいつらって...。」
「血の気の多いヤツらは。福岡で炭鉱労働者のまとめをやらせとる。」
お....もしかして。
「ソノヒトタチ、暴れるのがお好きな感じ?」
「ん?そりゃあ決まっとるばい。3度のメシよりケンカが好きっちゅうヤツらじゃ。」
まとめ。
コワシさんは地方へ民権主義者を分散させた。
→地元で彼らを煽り、蜂起させた上で取り締まろうとしている。
→そこに乗っかって騒ぎを拡大するアレな人たち投入。
→警察は対応しきれず、軍隊が.....?
明日は全員集合だな、みんなに相談してみるとしようか。




