春の嵐
更新滞りまして、大変申し訳ありません。m(_ _)m
リアルの仕事が(以下略)
明日は夜までに更新します。
雨戸の隙間から入り込む陽射しで目が覚める。
ハテ.....何かがおかしい。
起き上がって雨戸を開け、朝陽をいっぱいにあびる。
おお...なんか爽快だ。そう、スゴイ寝た気分。
え!今何時!そうだお嬢さんたちの襲撃がない!
慌てて布団を上げ、着替えて階下へ。
そこには少し元気のないお俊ちゃんが、1人で所在なげに食卓へ座っている。
「おはよう、お俊ちゃん。」
「ツヨぽん....。」
駆け寄ってきたお俊ちゃんは、俺にしがみつく。
「どうしたんですか?お姉ちゃん達は?」
「みんながっこうへいったの。おふさねえもことしからがっこうなの。」
ああそんな季節か...。
「イイなあ、おふさちゃんも一年生ですね。」
「おとしもがっこういきたいなあ..。」
まだ小さいお俊ちゃんは、つまらなそうに呟く。
ソレでも泣いたりしないのはエライね。
「もうご飯は食べました?」
「まだなの。おとうさまもまだねてる。」
先生も寝てる?早起きなのに珍しい。
俺はお俊ちゃんの手を取り、食事時間まで庭でおしゃべりする事にした。
「昨夜は遅かったな。」
ヤバイ〜、機嫌悪そうだ。
「大隈卿との話が長引きまして、奥様にもお小言頂戴しました。申し訳ありません。」
「まあ大隈さんなら仕方ない話だが。」
先生はソレから黙り込んで新聞に目を通す。
「次に大隈先生のところへ行く時は、必ずそうおっしゃってね。」
りつ様は機嫌よく話しかけてくれる。
昨日はマジで怖かったが。下手すると先生より怖い。
「むっ!」
先生は鋭く声を上げる。俺の心の声が聞こえました?
「どうかされましたか?」
俺が問いかけると、先生は黙って手に持った新聞を俺の方へよこした。
「萬朝報の独占記事だな。他紙には載っておらん。」
慌てて紙面を確認する。政府御用新聞の萬朝報は、いつも独自のルートから情報を仕入れては、特ダネを独り占めする。
そこにはデカデカと県議会設立容認!の記事が載せられていた。
ー 内務省大書記官井上毅氏によると、近日中に『県議会設立二関スル条例』(名称仮)が交付される。各県政府は一定の資格を持つ地域有力者に立候補及び投票権を認め、県級議会を設立する事が可能となる。またこの県級議会を持つ自治体は、県内の租税徴収における地域比率と予算を、議会の決定により独自に決める事ができる......。ー
「どう思った?」
先生は真剣な顔をしている。
「この記事では国会開設に向けた動きとして、歓迎すべきだと言った論調ですね....。」
こんな風に国会開設に向けて動いていくんだっけ?
史実ではどうなってたんだろう.....くそっ、無知な自分が悔しい。
「フム、先に地方から始めて、国会まで大きくするか....理屈としては筋が通っている...。」
先生も状況を掴みかねている風だ。
「しかし今の地方政府に、県議会を運営する能力などあるはずもない。5、6年前までチョンマゲのサムライが、うちの殿はいつ幕府を開くんだと言っていたような奴らだぞ。」
無論そこから状況は変わり、かなり多くの県で殿様は県知事から外されている。
「大久保利通がこんな動きを容認するはずもない....。ましてその腹心の井上カミソリがな。」
「井上カミソリ?」
「知らんか?あまりに切れ者すぎて、大書記官は霞ヶ関でそう呼ばれているらしい。」
政府機関って既に霞ヶ関と呼ばれてるんですね....。ソレにしてもカミソリですかコワシさん。
「ところで大隈さんはどんな感じだった?」
先生はさり気なく聞いてきた。ソレでも結構気にしてる雰囲気だ。
うーむなんと言うべきだろうか....。
俺としては、今抱えている山県卿包囲計画に目処がつくまで、新しい事は始められそうにない。
ソレに大隈卿の下で働くとすれば、仕事だけでなく慶應での生活も終わらせるしかない。
つまり福沢家での居候生活も、先生の秘書仕事も終わりを迎えると言う事だ。
仕事面でも私的生活の面でも、それは少々寂しい。
転生者の俺を(まあ転生者とは知らないまでも)こんなに温かく迎えてくれた人たちと、半年ほどで別れるっていう事があまりに短く寂しい事に思える。
だが将来的に進む道として、大隈卿の下で働く事にも魅力は感じる。
特に本人から好印象を受けたので....その気持ちは強くなった。
この辺上手いこと説明しなければ。
「大隈卿は私の思っていたより、かなり堅実な考えをお持ちと見受けました。」
「ほう?」
先生は意外だという顔で俺を見る。
「かなりの急進派という印象があったのですが、お会いしてお話を聞けば、それほど焦っておいででもありません。国会開設や憲法に関しても、じっくりイイものを準備するべきというお考えのようです。だとすれば私が急いで大隈卿のところへ行くより、こちらでさらに勉強させていただいた方が、お互いにとってイイのではと思いました。」
「うーん。」
先生には俺の意図が伝わったろうか。
とにかく俺は今、ここを離れたくはない気持ちで......。
「ツヨシ、やっぱりお前すぐに大隈のところへ行け。」
「は?」
いや先生、俺の話聴いてました?
「オマエラ全然わかってない!だから大隈はダメだっていうんだ!」
いやチョット....何言ってるか分からない......。
「俺がこれだけヤツの尻を叩いてるってえのに、お前ときたらなんてザマだ!そんなコッタからいつまで経っても憲法一つ作れやしねえんだ!」
「あの、先生.....。」
「つべこべ言ってねえでお前はサッサと大蔵省ではたらけ!そんで大隈の野郎を何としても動かすんだ!分かったな!」
何で.....そうなるんですかセンセイ.....。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「何でそうなるんだ?おいマサアキ!もっと分かりやすく説明しろや!」
わが盟友宮崎八郎は、めんどくさい理屈が嫌いだ。
だがそんなオマエに分かるよう説明しなければならない、私の面倒臭さも理解してほしい。
「イヤ宮崎さん、先ほどから林さんが説明している通りですね....。」
「ウルセエなカツどん!俺はマサアキに聞いてんだよ!」
「俺カツンドです.....。」
箕浦勝人くんは、犬養くんから紹介してもらった、とても有能な人材だ。
慶應義塾での学問を休学してもらい、私と一緒に新しい新聞の立ち上げのため、大阪くんだりまで来てもらっているのだ。
「宮崎よ、そりゃあ箕浦くんに失礼じゃ。彼ほどの男がワシらを助けてくれよう、心意気ば感じにゃあいかんタイ。」
思わず訛りが飛び出す。
宮崎はムッとこちらを見るが、すぐに箕浦くんに頭を下げた。
「イヤすまなかった。俺の短気は死んでも治らねえ。」
まるで一度死んだかのようなことを言う。
一度死んだと言うなら、条例違反として投獄されていた私の方が、よほど死ぬような思いだった。
まあ福沢先生や慶應の方々の周旋で、拷問にもかけられず、一月ほどで放免されてはいるが。
「改めて聞こう。」
宮崎は癇癪を抑えて冷静な顔つきになった。
こういう時コイツは憎らしいほど男前になる。しかし何も考えてはいないので、騙されてはいかん。
「内務省の決定で、県議会の開設が可能になったのだ。これを機に我らと行動を共にしてくれていた仲間たちが、地元へ帰って議会選挙に立候補しようとしておる。彼らを咎め立てるわけにもいくまい?」
「地元へ帰る.....?国会開設はどうなるっていうんだよ!」
またアツくなる。全く面倒臭いヤツだ。
「だがこの動きは利用すべきだろう?コレを基盤に政党設立を地方で加速させる事も....。」
宮崎はそこで頭を振る。
「そうじゃねえよマサアキ。俺たちはここまで国会期成同盟設立のため、土佐派を超える勢力を作り出してきた。それなのに河野広中も内藤魯一も、広末も柴田も田代もみーんな地元に帰っちまう!コレじゃあ元の木阿弥じゃねえか?」
各人とも地域を代表する民権運動の猛者たちだ。
それ故に地元で議会が作られるとなれば、地元が彼らを必要とするのだ。
「奴らにしてみれば地元は捨て置けまい?お前くらいだよ、地元なんざ知るかってヤツは。」
「俺ぁ地元に借金が多すぎる。」
宮崎はニヤリと笑う。そうしてふぃ〜っと1つ、大きく息を吐いた。
笑い事ではないが、どうやら癇癪は治まったようだ。
「まあミンナ名だたる壮士だからなあ。地元も頼りにするだろうし、多少の遅れは仕方ねえか。んじゃあオマエとカツどんで、しばらくは新聞作りがはかどりそうだな。」
箕浦くんはため息をついた。もはや訂正するのを諦めたようだ。
そこに柔和な顔付きの男が入ってきた。
我らとさほど変わらぬ歳だが、人間の出来が違うのか一回りも上に見える。
福島県民権運動の大立者、河野広中だ。
「宮崎さん、この度は誠に申し訳ない。」
何と立派な男か。謝る理由など何もないのに、わざわざ宮崎の顔を立て挨拶に来てくれる。
こんな男だからこそ、周囲が放っておかぬのだろう。
「イイんだヒロやん、アンタの事情よく分かってるよ。」
盟友をあだ名で呼ぶのはやめろ。
「理解していただいてかたじけない。福島議会が無事発足して動向が落ち着けば、すぐに戻ってくると約束するよ。」
「イイんだって。それより地元の気の短い奴らを暴発させねえように、ヒロやんがしっかり押さえてくれよな。」
暴発とかオマエが言うな。
其れにしても河野さんといい柴田さんといい、名だたる壮士の皆さんが、何故か宮崎を立ててくださる。
ありがたいことだが、この男にそれほどの人望が生まれようとは、子供の頃には思いもしなかった。
河野さんはすぐにも立つと言って拠点を後にした。
福島はまだ寒いだろう。
私たちは暫し、今後の展望を語り合う。
「それでも民権運動全体からしたら、今回の県議会設立はイイ方に作用するでしょうね。」
箕浦くんは肯定的に見ている。
「私もそう思う。地方で議会運営になれた人々が、やがて国会へ進出する。非常に合理的だ。」
私も同意して私見を述べた。
宮崎にはこの辺の事は分かるまい。自分と身の回りのこと以外に、興味を感じることのない男だ。
「大久保利通は国会など作る気がないのだと色々批判されてきたが、さすがに今上陛下がそうはさせぬのだろう。」
そこで宮崎が不審そうな顔で私を見る。
「大久保?大久保が何で県議会に関係あるんだよ?」
この男の知識的欠落は、どうやって直せばイイのだろうか。少しは勉強したらどうだ。
「大久保利通は日本最大の実力者だ。内務省は地方自治・地方改革全般にわたって、広大な範囲を管轄する機関なのだ。今回の決定も内務省でなされたものだよ。」
私は3日ほど前に東京から送られてきた、萬朝報を宮崎に見せる。
しばらくポカンと紙面を目で追っていた彼は、やがてバサリと新聞を放り出した。
「おい、コイツは危ねえ。タダの議会設立じゃねえぞ。」
「ナニ?」
ナニを言っているんだコイツは。
内務省の何たるかも知らんくせに、新聞読んだくらいでナニが分かるというのか?
「あのヤロウが関わっている!ワナだ!」
宮崎はそれだけ言い捨てると、大声でワナだワナだと叫びながら、脱兎の如く飛び出していった。
まるで嵐のようだ。盟友たちがあの男を『宮崎台風』と呼ぶ所以である。
いつのまにかまきこまれ、その突風の中で弄ばれる。
あの男を避けることなどできん、と土佐派の領袖である板垣退助がつけた渾名だ。
後に残された私と箕浦くんは、ナニが起きているのか理解できなかった。
ただ1つだけ分かっていたのは、誰がナニをしたにせよ宮崎八郎を罠にかけようなど、愚かな考えだということである。
あいつと関わった者ならみな知っている。
関わったことを必ず後悔するのだ。
さていっぱい名前出しましたが、今後それほどご紹介しないので、簡単に。
河野広中は福島事件で逮捕される、民権運動の巨人です。
国会期成同盟の中心となり、のちに犬養の党にも参加しますね。
柴田浅五郎は秋田事件の主犯格。
田代栄助・内藤魯一もそれぞれ蜂起運動に関わった人たちです。




