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都の西北

この時代、新宿は田舎だけど早稲田はさらに田舎だ。


大隈重信の屋敷は、水田地帯である早稲田にどどんと建っている洋館だから、『大隈卿のお宅へ』と言えばすぐに場所が知れるとのこと。


ようやく着いてみれば、城か?っていうデカさ。

よくよく見ると、洋館というか和洋折衷的な造りの大豪邸。門から家まで15分かかるやつ。

門には警備の方も。


まあ参議大蔵卿..くらいであれば、当然なのかな。


そりゃあ色々あるだろうこの時代だし。付け届けとか何とか。


それでもこの人の下で働こうかと言いながら、俺はもう一方で山県卿を汚職の疑いで糾弾しようとしている。

これも政治といえばそうなんだろうが、2人ともやってる事は大差ないのだ。

チョット疑問が湧いてしまう。


ようやく玄関にたどり着き、門で警備の方に教えていただいた通り、扉の装飾で分かり辛くなっている呼び鈴を鳴らす。

程なく女中さんが案内してくれ、つるぴかの廊下を滑るように進み、身体が沈み込むようなソファーに座らされた。


~~~~~~~~~~~~~~~


「よく来てくれた!犬養くん!大歓迎するんである!」

「お忙しいお時間を頂戴して恐縮です、閣下。」


「堅い!堅いんである!まあ時間は早いが酒でも飲みながら.....。」


マジか、そういうパターンか。


「失礼ながらぶちょーほーでして。」

「おお、そうであるか!それでは茶を淹れさせるんである。」


このペースは辛そうだ。ホントにこんな喋り方する人なんだな。


「犬養くんと我輩の部下である田口の公開討論、いつも興味深く読んでおる。」


「あ、そうでしたか。ありがとうございます。田口さんはヤッパリわかりやすく論じられるので、読者のほとんどは田口さん贔屓ですね。」


それでもやった意義は大きい。


特に俺が経済通として、世間に名前を覚えてもらっている効果が計り知れない。


「読者は知らぬが、我輩は犬養くんの主張に感じ入るところが多いんである。正に我輩の言いたかった事がそのまま書いてあるようである。」


へ〜大隈重信って急進主義なのかと思っていたけど、そうでも無いのかな。


「私の主張は原理原則にこだわらず、現実に則して保護主義もあり得るというものですが....。」

「それ!それであるんである!」


ヤッパリそうなんだ。


「福沢くん言うところの経済なるものは、原理原則を押し通す事が実に難しいものである。不換紙幣はけしからん、だから全てなくせと言うのは原則として正しい。」


大隈卿は運ばれてきた茶をずずっと飲んだ。


「しかしソレでは紙幣の価値が上がりすぎ、手の届かぬものになってしまう。君が言っておった通り、働く者が金を稼げぬ世の中になる。」


それは松方デフレで起きた事ですが....俺そんな事新聞に書いたかな?

さすがにそれ書いちゃまずいと自粛してた筈だけど。


「君はこんな理論を何処で勉強したんであるか?我輩は寡聞にして聞いた事がない。」

「いえ、あの、本で読んだというよりですね、論理的に考えればそのようになるだろうと.....。」


これは苦しい。大きい声で言って誤魔化せる相手ではない。


「何と自ら考えておるんであるか。正に我輩の求める人材!」

バシンと肘掛を掌で叩き、大隈卿は前のめりに言う。


「我輩の秘書官とならんか?大蔵省において是非、君の才能を活かして欲しいんである!」


あれ?矢野さんの話とチョット....。


「閣下、おうかがいしたいのですが。」

「何であるか?」

「閣下が今人材をお探しなのは、近い将来に国会開設がある事を見越しての、政党立ち上げのためと伺ってきましたが。」


「うむ、矢野くんがそう言ったんであるな?」


大隈卿は再び茶を飲む。


「ソレもある。しかしながらソレは近い将来とはいかぬ。矢野くんは自分の願望を半分交えて喋っておるんである。」


そうなの?お義兄さま.....しっかりして下さいよ。


「考えてもみて欲しいが、大政が奉還されてハヤ10余年、今上陛下がどれほどお求めになっても、何十人という政府の秀才たちが欧米で勉強しようとも、未だ政治体制一つ固まっておらん。国会など先また先、あと10年は掛かろうというものなんである。」


意外と.....って言っちゃあ失礼だが....分かってんじゃんこの人。


「取り分け公家出身の参議や、大久保利通あたりは全くその必要性を考えておらんのである。木戸孝允はその点偉かった。その後継者である伊藤博文も、議会開設推進派と言っていいんである。」


また茶碗に手を伸ばすが、そこに茶が残ってないことに気付いて手を引っ込める。


「つまり議会開設なんぞ、この程度の可能性でしかないんである。先ずは目先の日本をどうするか、我輩は考えねばならんのである!」


意外だ。議会開設を進めすぎて、明治14年政変で追い出されたってはずだったけど。しかもその伊藤博文に。


「福沢くんが我輩を焚きつけて、早く議会を作らせんとしておる。少々困ってるんである。」


福沢先生に焚き付けられて....というと大隈卿は先生に何か弱みでも?

俺にはピンとくるものがあった。


「閣下、もしや福沢先生には議会開設を進めるからっておっしゃって、慶應の人材を引き出してますね?」


ギクリとする早稲田の主。


「ぐぉほ!!ぐぉほ!な、何のことであるか?!」

図星ですね。明治の男は分かりやすいです。


「ぬうう....そうであった、犬養くんも福沢くんの....我輩とした事が忘れておったんである.....。」


全部ゲロってるじゃないですか。悪いこと出来ないタイプですか?


「先生には申しません。ご安心ください。」


「うう....か、かたじけないんである....。」


何だろうか、何故かこの人に興味が湧いている。

頭が良くて仕事が出来る。

何しろ地租改正なんていう無理スジをやっちまった人だ。前世で言えば消費税率改定より遥かに難易度が高い。


でもそれだけでなく人間味があっておもしろい。


俺はこの人に魅かれていると思う。

この辺ヤッパリ史実って変えられない因縁があるんだろうか?


この人の下で働くってのは、悪くないのかもしれない。


「閣下、ソレでは閣下がお考えの経済政策と国会開設について、お聞かせ願えませんでしょうか。」


長い午後の時間となった。

この忙しい方が、書生ごときにここまで時間を割いてくれるのは、普通のことではないと思う。


俺は結局夜まで大隈卿の話を聞くことになった。

福沢家の晩飯をすっぽかし、奥様に大層怒られたのはいたしかた無い。


~~~~~~~~~~~~~~~


我輩は日曜の午後全てを、書生と話すことに費やした。

滅多にない事である。妻も驚いておるんである。


だが我輩は実に心爽やかである。


「閣下がお考えの政党とは、つまり急進派ではなく現実派、英国議会でいう所のコンサバティブと言ってもよろしいモノですね。」


そうである。板垣が急進主義であるとすれば、我輩は保守的と言っていいんである。


「となれば、慶應の人材だけでなく、官僚たちを仲間にお誘いください、なるべく多く。」


かんりょお?もちろんたくさん知っておる。

だがソレは政府の人間である。恐らく将来、議会にとっては相対する者たちである。


「この先議会ができ、もしも政党政治が実現するならば、官僚は政党の道具であります。」


道具とな?


「仮に我々が多数となり政府を作る、その時前政権に仕えた官僚を全て取り替えますか?」


ううむ....そんな愚かな話はあり得んのである。


「つまり官僚は道具として、政権が替わろうが常に実務を取り仕切っていきます。彼らに思想信条は必要ない。公僕として政権の指示に従い、最善の仕事をするのが官僚でしょう。」


うむ、しかしソレでは仲間にもなり得んのではないか?


「今後数年かけて大隈卿が官僚閥を作る。そこから官僚に飽き飽きした人材が、政党へやって来る道筋が出来ていればいのです。実務の実力者が集まれば、薩長閥に対抗する事も可能になります。そして薩長出身者以外の官僚は、現状政府に対し不満があるはずです。」


その通りである!ソレはグッドアイディアである!!


我輩は又しても茶碗に手を伸ばし、そこに一滴も残っておらぬことに気付いて手を引っ込める。

何とも話に夢中になって、他のことに気が回らぬ。


これほど話し込んだのは久しぶりである。


ソレが何と、20歳は年下であろう若者とである。


「今、閣下が政府に居られればこそできる事です。どうぞご検討を.....。」


我輩は彼との実り多き会話を反芻し、そのビジョンに慄いた。


策士とは.....あのような男の事である。


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