桜サクノカ?
「ツヨぽんおは〜!!」
「あああ!!!」
今朝の襲撃はかわしきれずまともに受けた。
学習時間が取れず、睡眠が圧倒的に不足している。
正直この襲撃は何とかしたい...のだが。
「ツヨぽんね!お庭の桜が咲いてるの!」
「さいてゆの!!」
くっ、か、かわいい....。
お嬢さんたちの声に癒されてしまう。
「桜ですかあ、そんな季節ですよねえ。」
「見に行こう!早く!」
「はやくいくの!」
ハイハイ、いきましょお....眠い。
ノロノロと布団を上げ、首からお嬢さんたちをぶら下げて庭へ出る。
いや〜朝日が眩しいねえ。
「あそこだよお!」
お姉さんのおさんちゃんが指差して教えてくれる。
母屋のささやかな庭に、小振りな桜が清楚な姿を見せていた。
「キレイー。」
お俊ちゃんが歓声をあげる。
本当にキレイだ。
何だか綾さんを思い出してしまった。
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「それで私の家まで図々しくもやって来たと?」
矢野さんは日曜の朝に訪問されるのは好まないようだ。
「イエ実は大隈卿のお誘いについて、矢野さんから是非にもオハナシウカガイタクですね....。」
うん、ダメだ。矢野さん聞いてない。
「帰れ。」
「そんなつれない事をおっしゃらずに.....。」
妹さんの事になると、突然俺を目の敵にするのだが。
その時、突風が吹き抜けた。
「おにいさまああっ!!!ぜっがぐいぬかいさまがおこしなのにぃいいい!!!」
「ううあああああああ!!!」
高速で激突した綾さんに吹き飛ばされ、矢野さんは奥の間の闇へと消え去る。
綾さんはフゥ〜と残心を解くと、俺を見つめて言った。
「犬養さま...桜の花を見て綾を思い出したなどと....。」
「えっ、は、はい!」
「なぁぁああんてろまんていっくな!!」
フンっ!!て....スッゴイ気合いですね....。
そしてめちゃガッツポーズ。
「どうぞお上がりになってえ〜、お茶入れて参りますわ〜。」
ホホホホという笑い声を残し、綾さんは奥へと走り去った。
上がっても良いのか?イヤそんな事よりイロイロ大丈夫か俺?
「ああ、福沢先生から大隈卿の要請を聞いたのか。そんなら最初からそう言えば良いのに...。」
「すいません、つい軽い気持ちで....。」
春なんだ。
そして俺はココロはオヤジだが、カラダは健康な若者だ。
浮かれたって良いじゃないか。
俺はどうにか立ち上がった矢野さんに案内され、居間へと通される。
矢野家の居間は洋風の作りで窓が大きくとられており、暖かく居心地の良い場所だった。
「私から難しいとお断りは入れたんだが、大隈卿がどうしてもとご要望でね。」
人材の紹介を依頼された場合、福沢先生からご推薦いただくことはあっても、先方からご指名で要望があるのは極めて珍しい。
それが参議大蔵卿の大隈重信とあれば、普通なら断ることなど考えられまい。
「まず福沢先生が、お前をすぐに手放すとは思えんかったのでな。事実、私がこの話をお伝えした時は、瞬時にお断りになった。『あり得ん、馬鹿か』と言われたぞ。」
「はあ。」
「ソレが半年とたたんうちに、どういう事だ?犬養、オマエ何か気付いたことはあるか?」
矢野さんでは抑えにしかならんそうです、とは言えません。
「よくは分かりませんが、それだけ大隈卿を重視しておられるという事と思います。この先の日本を作っていくは、大久保・伊藤・大隈だなどとおっしゃってました。」
嘘はついていない。
「うーんそうだろうな。何せ塾の講師でも白眉と呼ばれた私を送り込んだのだ。その上秘蔵の犬養までも差し出すのだから、福沢先生の大隈卿を見る目が分かろうというものだ。」
白眉?薄毛の間違いでは?
「アナタ何おっしゃってるんです?犬養さんもお困りですよ。」
お茶を持って入っていらしたのは....奥様ですね?
明るく気立ての良さそうな、まさにこの部屋の雰囲気のような人だった。
後ろに綾さんが果物を盆に乗せて続く。
さっきは気押されたけど......イヤヤッパリ可愛いな綾さんは!
「ナニ本当のことさ。大隈卿は大蔵省の主としてご活躍だが、近い将来国会が開設されれば政党を立ち上げ、政治家への転身を見込んでおられる。その時になって慌てぬよう、今から政治家候補の人材を物色中なのだ。」
そうですよねヤッパリ。
史実でもきっとこんな感じで、俺は大隈重信の子分になったんだろうな。
「俺は大隈卿の事をよく知りません。この方の下で政治家になる、というのもピンと来ないのですが、どの様な方ですか。」
「うん、そうだな....簡単に言えば、薩長閥でない権力者だ。」
おお、ソレは考えてなかった。
単純だが、分かりやすい魅力だ。
「今や板垣退助は野に下り、江藤新平は討伐され、副島種臣は干されている。薩長以外で政権に最も近い人と言えるだろう。」
「そんな方が、敢えて政党を作ろうとしている。」
「そう!ソレなんだよ!サスガ犬養、よく分かっている。」
矢野さんがノリノリで説明を続ける。
「黙って待っていても位人臣を極めようという方なのに、敢えて政党政治を目指す、その理想の高さが魅力なのだよ。」
「外国との付き合いにも長けておられますね。」
「そう!英語での意思疎通も問題ない。外交はあの方を置いて他に人はいないのだ!」
「演説もお上手です。」
「それ!あの『あるんである!』っていう口癖が、一般市民に人気でな....」
「お兄様より、犬養さまの方がよくご存知みたい。」
綾さんと奥様がクスクスとわらっている。
矢野さんはキョトンとしていたが、すぐに自分も笑い出した。
「全くだな。そこまで知っているのに、何を知る必要があるんだ?」
「この程度であれば、新聞記者として知っているのは当然です。しかし大隈卿は政党を立ち上げて日本をどう変えていくのか、世界の列強と如何にわたり合うのか、俺が知りたいのは具体的な行動方針です。」
「そ、そうか。具体的な話はだな、やはりアレだ、大隈卿と直にお話しするのがいいんじゃないか?」
その辺も知らんのか。よくそんな人についていこうなんて思えるな。
綾さんと奥様のケイベツ視線を浴びながら、矢野さんはウンウンと頷き誤魔化している。
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「犬養さまは議員さんになりたいのですか?」
綾さんと俺は庭の一角に腰掛け、お茶を飲みながら至福のひととき。
イイなこういう控え目なデートというものは!
「いや、国会議員となりたいわけではありません。」
俺は眩しい綾さんの笑顔を見つめる。
「この先日本は列強と衝突し、大きな戦争に突入する時代が来るでしょう。俺はその時に出来るだけ戦争を避けて通りたい。そのために日本を導く立場にいたいと思ってます。」
「戦争はお嫌いなのね!よかった!綾も戦争は大嫌いです。」
褒められたわけではないけど、なんか照れる。
俺は赤くなって、つなぐ言葉を探した。
「お兄様にお骨折りいただいて、何とか大隈卿とお話しする時間も作っていただけそうです。福沢先生と矢野さんには感謝しかありません。」
「あら、大隈卿の方から犬養さまに来てほしいと言っておられるのだから、兄など何の役にもたっていません。お気遣いなさらなくてイイんです。」
「イヤそんな事ないですよ。私の事を最初に耳に入れていただいたのは、矢野さんなのだそうですから。」
「兄が自分で言っているだけです。そんなの本当か分かりません!それより犬養さま!」
ハイなんでしょうか?
「これからもウチへお越しくださいね!綾はお待ち申し上げております。」
イカンこれは魂抜かれる......来ますとも!エエ!
「それ以上近づくなイヌカイいいいい。」
「アナタいい加減にしてください。あの2人の邪魔すると、アタクシが承知しませんよ?」




