月曜会②
気がつけば30話に達していました。
皆様の応援のおかげです。
ありがとうございます!
「実におっしゃる通り。陸軍の改革において、是非検討すべきお話です。」
ゴローさんが沈黙を破って発言する。
「軍人は政治に関わるべからずという不文律はありますが、事が身内の汚職に関わるのだから仕方ない。自浄能力に任せていた結果が、噂の事件の様な内部処理で終わってしまっている事こそが問題です。」
あーあ汚職って言っちゃった。俺言ってないのに。
「発言を宜しいだろうか?」
伏見宮殿下が挙手され、室内は再びザワつく。
「どうも私の先ほどの発言のせいで、皆が政治がらみの言動に注意している様だから....。私は個人的に自重しているまでで、皆には自由な発言が許されると思う。」
この時代の皇族には、政治活動の制限も当然ほぼ無い。御本人の軍人としてのケジメの様な物なのだろう。
「しかし殿下、私ども軍人にも不文律として....。」
司会くんがわずかに抵抗する。
「イヤ上原、中将閣下の言われる通りだ。自己改革が必要な今、そこに口を閉ざしているのは返って卑怯というものだよ。」
意外に踏み込んだ事を言う方だ。
皆が思い思いに発言をし始め、場が荒れてきた。
俺は締めの言葉を述べる。
「本日は支那情勢を語りにきて、何とも偉そうな事ばかり申し上げてしまいました。お時間も限りがあるでしょうから、この辺りで終わりとさせていただいた方がよろしいでしょう。」
ああそうだったと皆苦笑い、場が少し和む。
陸軍改革は現在の支配層である『薩長閥』の粛清にもつながりかねない、高度に政治的な話題だ。
自己改革であるのに政治が絡んでくるため、陸軍自ら踏み込めない雰囲気になってしまっている。
今日の目的はその意識改革。一歩目を大きく踏み出すか小さく歩みだすかで、この先の我々の戦い方もゼンゼン変わってきてしまう。
「それでも皆さまのご関心が、高い次元の組織造りである事は素晴らしいと思います。皆様であれば必ず日本国軍として、世界に恥じることのない組織を実現していただけると確信致しました。」
「発言をさせてください。」
在校組の若者が挙手し、谷さんが発言を許可する。
「陸士三期生の柴と申します。我々改革を志す者はまだ少数であり、実権を持つ者もおりません。今後如何にして改革を進めていくべきか、先生のお知恵をお聞かせいただけませんでしょうか?」
谷さん、ゴローさんが大きく頷いている。
コレも結構デリケートな話題だが、流れからして発言を阻止する者はいない。
「性急な改革は無理が多いですよね。なんと言っても....今問題視しているのは、首脳陣の汚職問題ですから。」
あーあ俺も言っちゃった。
「しかし皆さま薄々ご存知の通り、世間ではすでに辞職要求と国会開設が声高に叫ばれています。この流れを見極めつつ、軍改革を進めていけば良いのではないでしょうか?」
「イヤそれは....民権運動と共同せよとおっしゃるので?」
柴くんが素っ頓狂な声を上げる。
チョット大袈裟じゃないですか?
「組織として関われと申し上げているのではありません。しかし...偶然にも歩調が合う事なんて、世の中ザラにあるでしょう?」
今日はコレくらいで十分ではなかろうか。目で問う俺にゴローさんも頷いている。
谷さんの締めの発言があって、本日の会合は終了となった。
若手将校たちの顔は、何となくスッキリしたものになっている。
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その日の夜、再び赤坂の立ち飲み屋。
猥雑な雑踏の中、ひときわ多くの人集りで賑わう。
「まあまあじゃねえか?何つっても宮様まで、結構いけそうな反応だったしな。」
ゴローさんは満足そうにタバコを吸っている。
「初回にしては上出来ぜよ。何だかんだ言って、ワシらと同じ事を若手も感じてるキニ。」
谷さんは美味そうに日本酒を飲み干す。
「お二人と鳥尾さんで主導権を握るには、この後積極的に海外交流を進める事が重要です。」
俺は浮かれる2人に釘を刺す。
「彼らが本当に欲しているのは、陸軍の技術的・論理的向上なんです。今のうちから伝手をあたって下さい。谷さんは後藤象二郎さんへ、ゴローさんは井上馨さんとか...。」
俺は2人の同郷で、国際的に顔の広そうな人物の名前を挙げる。
「早めに自分でも海外へ出向かなきゃあな。」
「ワシャ後藤さんはあまり好かんがの。」
いろいろ言うけど2人の顔は久々に明るい。
この人たちも能力あるのに冷や飯食わされてきた反主流派だ。
俺の『山県卿包囲作戦(恐怖)』は、各分野の反主流派が結集することこそ肝だから。
「遅くなりました。」
入ってきたのは木越安綱大尉と、陸士三期生の柴五郎くん。
オマケで俺の教え子の荒尾くん。
先の2人は、今日サクラとして活躍した。
「イヤイヤ今日はご苦労だった。まあ飲んでいけ。」
ゴローさんは上機嫌で2人に酒を注いでやる。
「ありがとうございます!」
「お2人はよくこちらへお越しでありますか!」
声がデカいよ軍人。
「オマエらな....よく聞け、コレはかなり危ない橋を渡る計画だ。ここでワザワザ軍服脱いで話してんのも、周囲の目をごまかすためだ。分かったな?」
3人はビクッとするなり周囲をキョロキョロ見回した。
余計あやしいって。
「まあ注意してください。不自然でない程度に。」
俺は酒を注いでやる。
3人とも歳が近い弟のようだ。
コレから海外で勉強していく、日本の希望となる人材たち。頼むから俺を殺しに来るなよ。
「今日はお疲れ様でした。少々芝居掛かってましたが、まあ結果良ければというところでしょう。」
「うう....ダメ出しですか先生?」
荒尾くんはすっかり俺の生徒だ。
彼を通して2人の質問内容を伝えておいたため、ダメ出しは自分の責任と感じるだろう。
「マッタク柴の質問なんて、クサくって見てらんかったぜ。」
「木越もなあ....、緊張しすぎぜよ。」
将軍2人からのダメ出しはキツイ。サラリーマン的視点で見れば、役員からプレゼン弾かれた気分だろう。
3人とも意気消沈である。
「結果良ければ...ですよお二人とも。それにまだ1回目が終わったばかりでしょう。」
「そうだったな。」
「そう、コレからまだまだ先は長いんじゃ。」
バシバシと若者の背を叩く2人。
将軍というより飲み屋で隣になったおっさんだ。
「んで、この後はどうするかい?」
「先ずは今日の流れで、軍綱紀改革を話し合って行くんじゃ。」
谷さんはノっている。
昨日の下打ち合わせでも感じたが、悪巧みにはゴローさんより向いた性格のようだ。
顔は明らかにゴローさんが悪者だけど。
「外部からも人を呼んで、勉強会をしつつ賛同者を広げていく。国会開設要求が出されると同時に、我々も署名を集めて月曜会の軍改革案を提出しよう。」
「民権運動とどの様に歩調を合わせるんでありますか?彼らの主旨と我々の改革が、共通点を持つかはマッタク不明でありますが?」
木越くんが恐る恐るといった感じで質問する。
「そこは心配要らん。ツヨシが間に入って連絡を取り持ってくれる。」
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「犬養先生が間を取り持つから。」
谷校長はその様におっしゃられた。
犬養先生が民権活動家との連絡役を?
私は意味がわからなかったし、木越大尉も柴先輩も唖然としている。
「先生は....民権活動家であられるのか?」
木越大尉が私に小声で尋ねる。
「イヤ先生は軍がらみの機関でも働いておられるのですが?」
何しろ大陸での諜報活動要員を教育するという、紛れもない政府機関職員である。
「そうじゃ、何せ英雄であられる両将軍とも懇意で....」
柴先輩もそう言って私を見る。
新聞記者でもあるという犬養先生。
その支那語の実力は、私がこれまで聞いた中で間違いなく1番である。
その指導方法には若干疑問を感じるも、私の身についた能力から見て、優れた指導者である事に疑いの余地はない。
そればかりか英語と仏語に堪能であるという。
さらには郵便報知紙上で現在耳目を集める公開討論において、大蔵省の田口卯吉を相手に堂々の論戦を張る経済学者でもあられる。
そうして.....民権運動と関わりが?何者じゃ?何もんなんじゃ?この方わぁ???
「オマエらは知らんだろうが、今回の軍改革と民権運動を動かしたのは、全てコイツの筋書きだ。」
三浦中将閣下が驚愕の事実を告げる。
私と幾つも変わらぬ歳のこの方が、政府と軍を手玉に取ろうとしている。
単に有能な書生というモノではない。まるで化け物のようだ。
私は『サトリ』という化け物の話を思い出した。
北辰一刀流の千葉道場で剣術を学んだときに、師範より教えて頂いた話だ。
木こりがサトリという化け物に出会い、斧で殺してしまえと思うと、それを覚って姿を消す。
相手の心全てを読み取ってしまう達人に対し、立ち向かうには無心である以外にないという教えだ。
今日は月曜会すべての者が、陸軍綱紀改革へ一致団結した。まるで犬養先生に心を操られたかのように。
「皆さん気をつけてください。まだまだこのままじゃ終わらないんです。」
先生はお猪口の端を舐めながら、真っ赤な顔でこう呟く
「内務省は黙っていません。必ずあらゆる手で妨害を仕掛けてくるでしょう。」
「内務省が?おいツヨシ、そいつは一体何処からの情報じゃ?」
サトリは全てを見通してくる。私は無心で立ち向かっていくしかない。
私は全身全霊で、先生の言葉を一言も漏らさず聴いていた。
今回の話もそうなんですが、明治時代を書くという試みの中で、
作中チョイチョイ名前が出てくる司馬遼太郎先生の作品から、
ちょっとした情景を取り入れたりしてます。
お気付きの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
ご興味あれば探してみて下さい。




