とりえあえず一筆・・・なんて考えが甘いんだよって話
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今日は頑張ってもう一回投稿します!
満男と2人して色々聞き回った結果、俺の投宿先はココから少し離れた『大津郵便仮局』という所であるらしかった。基本的に軍の連絡を取り仕切っている所だそうだが、新聞記者にも利用が認められているらしい。
喜び勇んで投宿先へ歩む道すがら、俺は満男に切り出した。
「満男さん、約束だから多くは聞かないけどね。」
満男はギクッと立ち止まったが、怯えた様子はなく真っ直ぐ俺を見つめている。
「けどね、アンタが俺と行動する目的だけは教えておいてくれ。そうでないとこの先、お互いに色々不都合な事も出てくるだろう?」
満男はじっと俺の言うことを聞いていたが、ウンウンと頷いて返事をした。
「犬養さん、先ずは宿ば急ごうっちゃ。その後で事情は話すけん。」
そんなわけで俺たちは黙って郵便仮局へ向かった。
俺の以前の記憶は概ね戻っている。
それと同時に、明治時代についての知識も元々ソレほど知ってる事がないと判明。
日本の近代史って....やんなかったな〜。
俺は不安でいっぱいだったが、満男も何事か考え込んだ様子だ。
それでも彼の問題は、未来から吹っ飛んできてどうやって生きていくか、みたいな非常識な問題ではないだろうが。
そこまで考えて俺はこの身体の持ち主、つまり犬養毅本人がどうなってしまったのか、とても気になった。
あの爆発で死んでしまったのか、それとも俺と入れ替えに未来へ吹っ飛ばされたのか。
前者なら申し訳無かったし、後者であればひたすら気の毒だ。
俺は詳しく知らないまでも、ここが過去の日本という認識を持てる。
でも彼は未来に来たという感覚すら持てないだろう。
ましてや俺の体と入れ替わったとすれば、彼がいるのは内戦シリアのど真ん中だ。
やれやれと頭を振りながら、自分がまだ幸運だったと思うことにする。
「あれじゃなかと?」
満男がそんな俺を現実に引き戻した。
見ると彼が指差す方向に、結構な大きさの民家があった。
「この辺りの庄屋の家ば借りて作った言うとったけん、あれに間違いなか。」
沢山の人が出入りしているのが見てとれる。
俺たちは立派な門から中へと入っていった。
大津郵便仮局は村長の自宅だったそうで、まだ村長家族も住んでいる状態だった。
それでも部屋は余っていたらしく、俺に離れを提供してくれていたのだ。
出迎えてくれた村長の奥さんは、俺の無事な姿に声を上げて喜んでくれた
「いや〜犬養さんご無事でえ!みんな心配しとったばい!」
「ご心配おかけしました。戦闘の爆発に巻き込まれてしまって.....。」
まあ色々と挨拶したわけだが、この時代の人って優しいな。
前世では取材中に怪我したりすれば、『自己責任の危険管理』とか『戦争野次馬』とかひどい言われようだった。
ジャーナリストに対しての社会的な尊厳なんて無いも同然だったのを考えれば、この時代の暖かさに涙出そうになる。
東京から書生が手伝いに来たと紹介して、満男も一緒に離れに泊めてもらうことにした。
少々言葉にヘビーな訛りがあるが、そんな奴は東京にだって幾らもいるはず。
ホント立派な家だ。
離れにも二間部屋があって自由に使ってくれと言う。
満男くんも大喜びだ。
部屋に入ると、盛大に散らかった中の様子に2人で驚いた。
「犬養さんアンタ.....この紙クズはどういうことじゃ?」
「うーむ、記憶には無いが.....やっぱ記事を書いてたんだろ?きっと。」
そうして暫くはこの紙クズを片付けながら、文章を解読していく。やはり戦争取材の記事がほとんどだ。しかし中には手紙の下書きなどもあり、嬉しいことに犬養毅という人の背景を伺うことができた。
藤田茂吉っていう郵便報知の主筆に、記事を送っているようだ。
俺はこの人にとても世話になっているらしく、仕事も今回の派遣も全てこの人のおかげらしい。
うーん犬養って人は相当なマメさで記事を送っている。
これは今日何でもいいから一つ書いておく方が良さそう.....と言ってもソーロー文だし。
ん?ちょっと違うか。そうかソーロー文って手紙とかに使うだけなんだね。
うん、コレならば何とかなるかも。
「俺暫くこれを読み込むから、満男さんは色々調べておいて。」
「へ?色々ばいうたらどんな?」
「例えば食事や支払い、軍との連絡方法や記事の東京までの送付方法。とにかく俺たちがここで生きていくための全て。」
「わ、わかった。」
そんなことで暫く1人で、犬養毅本人の書いた文を読んでいたら、何となく文の規則性が掴めてきた。まあ俺ってそれ以外のことは出来ないけど、文章書くことだけは一応プロだったからね。
問題は.....この筆書きだなぁ。
俺は手で字を書くのが苦手だ。ワープロとは言わないがせめてタブレットでもあれば。
ワープロ誕生まで100年待つわけにはいかないので、仕方なく紙に埋もれた硯を取り出し、数十年ぶりにスミを擦ってみた。
犬養って人は相当な達筆だが、これは怪我したことにして誤魔化せるだろう。書いた文章を満男に添削してもらって、何とか形に出来ればいいさ。
とりあえず自分の義務を果たす。突然名文が書けるはずもない。高望みしない事だ。
そうは言ってもこの世界で過ごしたのはまだ数日。
知ったことといえば.....そうそうミナさん達から聞いた話くらいかな。
物価が高騰して生活物資に困っている話、女は皆売春婦となり糊口をしのいでいる話。
これまで犬養が書いてきた武勇談とはかなり方向性が違うけど、これも戦争の一幕だし。
そう思って白紙の上に筆を走らせた。
ん?コレは俺の字じゃない!なんかスゴく上手!ナニコレ?
そうか.....身体が覚えてるんだな。
この人スゴく苦労して勉強した人なんだろう。なんか本当に申し訳ない気持ちになってきた。
犬養さんすいません!
俺がんばって、いい記事書きます。貴方の名前を汚さないように。
高望みしない、なんて考え甘かった。
俺はこの命に責任があるんだ。
久々に集中した時間が過ぎ、俺はまたしても寝てしまったらしい。
目を覚ますと、満男が卓上の文章を熱心に読んでいた。
「その文章どう思う?」
俺は寝転んだまま満男にそう聞いてみた。
「な、なんちゃあ!!」
驚いた?そりゃ悪かった。
「いやあアンタ、やっぱり学問ば強か人ね~。」
「そ、そお?文章とか変じゃない?」
「いや、こう見えてワシもガキん頃から、読書ば欠かしたことはなかよ。そのワシから見ても、まあ.....ちょっくらおかしな言い回しもあるばってん、堂々の大文章たい!おまけにこげん民草の暮し向きば掬い取った立派な記事、初めて読んだけん。」
満男いい奴だなオマエ。
俺の中でアヤシイ評価から急回復中だよ。
「そのちょっくらおかしい言い回し、直してもらえる?」
「え.....ワシなんかが手直ししてよかもんかの?」
いやその為にキミはいるんだよ。変なところで遠慮するんじゃ無い。
「犬養さん、コレ読んでアンタの人柄ばよう分かった。」
満男は正座してこちらに向き直る。
思わず俺も起き上がって、満男の方に向き直った。正座はやだけどね。
「ワシはアンタと行動ばさせてもろうて、出来れば薩軍に合流したい思っとったんじゃ。」
いやそりゃあ拙いでしょ。
いくら知識が少なくても、薩軍負けたことぐらい知ってますよ。
「薩軍に?そりゃあ自殺行為だ。」
「まあ聞きんしゃい。」
そうして満男は自分について話し始めた。
福岡県の出身で、士族復権運動に関わっていること。
先年起きた秋月・萩の乱に呼応して、旧福岡藩士を先導した蜂起に失敗し、投獄されていた話。
その後西南戦争を獄中で聞き、いても立ってもおられず脱獄してここまでやって来たこと。
イヤマテ脱獄⁈反政府活動⁇
急回復していた評価が、再びアヤシイ評価に急降下した。
「やけん兵隊やらはちっと苦手なんじゃ。警察隊から派遣されとる奴もおるしな。その点アンタと一緒なら、通行の自由ば保証されとるし、安全と思うたんじゃ。」
「福岡からだと薩軍に合流するのに、最前線を突破するのが早いって事?」
「そうそう。ほいでん簡単やなか!何度か試みたんじゃが、合流前に弾に当たって死んでしまいそうになったけん。」
ゲラゲラと可笑しそうに笑うアヤシイ人。
笑ってる意味がわかりません。
「なぜそうまでして薩軍に?もう勝ち目はないと思うけど?」
すると満男は怒ったように吐き捨てた。
「ワシは勝馬に乗りに行くんやなか!西郷先生は正しい!そう思うけん加勢に行くんじゃ!」
凄い迫力だった。
前世で反政府勢力ってものを何年も見てたけど、コイツはなんか違う。
反乱軍に参加するってのは、普通いい暮らししたいとか、勝ち馬に乗りに行くんだよ。
俄然興味が湧いた。
「西郷の何が正義だと?」
俺の質問に満男はためらいも見せない。
「というより今の政府には正義はなか。腐敗した幕府ば倒した後、自分らが私腹ば肥やしとう奴らじゃ。」
ニッと笑って満男は続ける。
「西郷先生の生と死、その全てが正義じゃ。ワシは先生と死にに行くたい。」
コレが九州のナマの声だろうか?
だとすればこの戦争は簡単に終わらない。西南戦争ってどのくらい続いたんだっけ?
「当間満男ば言うんも、マコトの名前ではなか。」
「そうだろうねえ。でもこの後も偽名で通した方がいい。脱獄までしてんだろ?」
「勿論そのつもりじゃ。でもアンタには名前ば知ってもらいたい。ワシのホントの名前は頭山滿っちゅうんじゃ。」
とうやまみつる?うーん聞いたことあるような無いような。
だがひとつ言えるのは偽名がベタ過ぎ。本名に近すぎるじゃねーか。