月曜会①
前回のお話の中で、犬養の変名を『備前人』としていましたが、『備中人』の間違いです......
ご指摘いただきありがとうございましたm(_ _)m
皆様の応援でどうにかモノが書けてる私です。
今後とも本作品をよろしくお願いします。
市谷の陸軍士官学校は、まだ仮設の建物で運営されている。
ここで学ぶ人達は当然陸軍のエリートであるが、既に軍属して推薦されてきた人、士官学校からスタートしている人など、その立場は様々だそうだ。
そんな訳で俺はいま、仮設校舎の中で月曜会の面々とご対面中だ。
総勢30名ほど、卒業生から在学生まで18歳から20代後半までというメンバーである。
「校長のご入場である!総員起立!」
中央に座っていた若者が声を張り上げる。
室内にいた者は、残らず立ち上がり敬礼をした。
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「お〜ツヨシ!ご無沙汰じゃの〜。」
「少し肥えたようだな。いい物食っているんだろう?」
赤坂の立ち飲み屋は2回目。
今回は俺とゴローさんに加え、谷中将も初参加である。
「ゴローさん、谷さんもお元気そうで何よりです。」
「いやしかし何故ワシをタテキと呼ばんのか?」
「元気ってわけでもねえさ。俺も谷さんもいらない子扱いされてるぜ。」
相変わらずの2人だ。
現在大将が存在していないから、中将は陸軍最高官位なのだが。
「早速ですが現状の確認を。」
俺は小声になって話を切り出す。
2人はチラリと周りに目をやり、谷さんが口火を切った。
「ワシは士官学校の校長に左遷されてな。」
「はあ?」
「イヤ別に希望したわけじゃないんじゃ。ただホレワシは薩長閥じゃないし、其れにしちゃあ前回の功績がデカい。みな扱いに困っとるんぜよ。」
そんじゃ月曜会に参加っていうのは、必然だったんですね....。
「俺もそのうち谷さんのところへ行かされそうだ。」
「まだお二人とも表立って、反山県活動してるわけじゃないでしょうに。」
主流派というか、収賄関係者の反発ってとこか。
予想はしていたけど、陸軍内部も中々厳しい状況のようだ。
「そんな事がきっかけでな、月曜会っちゅう士官学生たちの組織を知ることとなったんじゃ。何しろワシ英雄じゃキニ、学生たちからの眼差しが熱くてな〜。」
イヤそんな話どうでもいいっす。
「俺すでにその会合に誘われているんですよ。」
「え?」
「なに?」
...という会合が昨日あり、明けて翌日の月曜会となっているのだ。
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谷中将、三浦中将が部屋へ入ってくる。
我々は目礼を交わし、着席するという他人行儀な小芝居。
前日の会合では、別にお互い知らぬふりをする必要もない、と結論付けたんだけど。
だって西南戦争中ずっと一緒だったことは、記事にも書いちゃってるからみんな知ってる事だし。
「ご両名ともご無沙汰しております。」
「犬養君も元気そうで何よりだな。」
「随分と活躍しているじゃないか。」
嗚呼白々しい。昨日一緒に飲んだじゃんか。
「皆さまがお知り合いであったのは、正に天佑と申すべきでしょう。」
中央に座っている若者が、主導権を取って話を進めようとしている。
司会進行役なのだろう。
「本日はお忙しい皆様にお集まりいただき、我らの勉強にも大いに助けとなります。本日は特に、振亜社で支那学の教鞭を取られている犬養先生に、最新の支那状況についてご講義いただく予定です。」
「うむ、その話は聞いている。」
ゴローさんが鷹揚に頷く。
とても偉そうである。いやエライのか。
「タダ今日はその話の前にな、ゼヒ犬養先生にご意見を伺いたいのだ。」
「何かご質問ですか?でしたらご講義いただいた後にお時間を....。」
司会者の話をゴローさんが感じ悪く遮る。
「いやそうではない。先生は新聞記者としても高名であられる。そこで今の陸軍全体についてどうお考えか、世評も含めてお話いただけないかと思ってな。」
場は少々ざわめき始める。
「何やら政治的な事でしょうか?であれば小官は失礼したく思いますが。」
部屋の前列奥で座っていた若者が、フト挙手をして発言した。
俺とほぼ同じ年代の人のようだが、着ている制服はすでに従軍している事を表している。
卒業生として参加されている方のようだ。
しかし政治に関わらぬと発言するのは?
「イヤ殿下、そういった事ではありません。あくまで今後の軍のあり方を考えるため、世評も聴かねばならぬと思うだけであります。」
デンカ?あだ名とかじゃ無いですよね?
皇室の人も軍人になるのかあ!そりゃそうデスヨネ、今上陛下が軍の最高権力者だし。
オイ、そこの将軍たち!皇族いるとか聞いてねえぞ。
「私の方は問題ありませんよ。」
俺は心の叫びとは真逆に、にこやかに答える。ゴローさんの発言は、もちろん昨夜打ち合わせ済みの内容だ。
「さ、左様ですか。それでは....伏見宮殿下もよろしいですか?」
司会進行はぎこちなく殿下に問いかける。
「かまわんよ、上原君。中将閣下がおっしゃる事は理解できる。」
は〜よくわかんないけど、なんかスゴイ明治っぽい。
感心してる場合ではないが。そして皇族の方が伏見宮さん、司会者の名前がウエハラさんであることも分かりました。
ドチラモ知ってる人ではありませんが。返す返すも歴史力の無さが恨めしい。
「それではご質問いただきましたので簡単に、軍全体について私見と世評を申し上げておきます。」
俺は政治絡みにならぬよう、言葉を選びつつ話始める。
「明治の世になり、突然生まれた『日本軍(仮)』ですが、私はこの『日本軍(仮)』が戊辰やその後の反乱を鎮圧し、徐々に真の日本軍へと成長する過程にあると見ております。恐らく世間的な捉え方も同じでございましょう。」
ウンウンと頷く皆さん。コレは無難な話ですからね。
「この現象は国民一人ひとりの胸中において、『日本国民である』という思いが成長していく過程と相似しています。つまり今申し上げた軍の成長とは、『藩の民』から『国の民』へと変化しつつある、国民の意識に支えられたものです。だって徴兵制を始めた軍にとって、兵隊イコール国民ですもんね。」
ギラリと光る軍人たちの眼線。
それは理解の光だったり警戒の光だったりする。
だが!政治の話はしてイナーイ!よってセーフ。
「さてその成長にも関わらず、軍は今動揺しているように見えます。それは一に士族と平民の葛藤、二に列強国との葛藤、三に規律維持の葛藤によるものと拝察いたします。」
皆さん何か言いたいんだよね、そーだよね?
前列に座る人達だけでなく、部屋中が発言したい雰囲気でワキワキしている。
「一の葛藤はそれ自体が、国民と軍の成長のための試練でした。不平士族は今や民権運動へその軸足を変えつつあり、今後地方で蜂起が起きる事も無くなっていくでしょう。」
ピクリ!と空気が動く。この人たちだってほとんど士族出身なのだ。
西南戦争だけでなく、数々の暗い思い出があることだろう。ここは慎重に。
「二つ目の『列強との葛藤』は厄介だし、この後も続くでしょう。この先は欧州諸国がやっているように、各国の軍隊と交流する事が大事です。人を派遣して勉強させ、知識人を招聘して日本で指導させる。コレを通してようやく日本軍は列強の実力へと近づく一歩を踏み出す事ができます。」
部屋中の首がガックンガックン縦に動いて同意を示している。
この『月曜会』は谷さんによると、勉強会の側面が強いらしい。みな心に理想を持った、真面目な若き軍人達なのだ。
理想が高い若者たちが『反主流』ってのも日本人としては困った事だが、既得権層と新時代の若者の対立なんて、いつの時代にもある話だ。
なのにこの中から恐らく『大戦争時代』へ舵を切る人物が出てくるだろうし、ヘタしたら俺を殺しにくるヤツもいるのかもしれない....。
そして次の争点が今日のハイライト。
「三つ目の『規律』において、今まさに皆さま悩んでおいででしょう。」
再び凍りつく室内。
イイねなんか他人の心理状態を操っているこの感じ!
「ここでお考えいただきたいのは、軍とは如何なる存在か、また皆さま将校とは如何にあるべきかという問題です。」
心がけだ!政治を語ってはいない!よってセエエエイフ!!
「軍の任務である戦争とは命をかける事。上官の判断には数百名、数千名もの兵士の命が託されます。その上官は如何なる人物であるべきなのか?例えば決まった武器問屋のヒモツキが上官だった場合、その不正行為は武器の品質を落とし、部下の生命を危険に陥れるでしょう。このような人物に部下は従うでしょうか?」
アイツの事だよ!ホラみんな!真っ赤な顔してどうした?
「故に軍を束ねる人は、その政治思想においては元より、その人格において!その清廉潔白さにおいて!適性が求められるのです。」
皆落ち着いたかな?もう一歩踏み込むか?
「とは言っても人間のやる事です。中には色やお金に目が眩む者もありましょう。」
また緊張!....純粋な若者たちをオモチャにするようで、段々罪悪感が湧き起ってきた。
「そのために必要なのは、内部規律と自浄能力です。この仕組みを検討する事でのみ、上官が部下から信頼される組織を作る事ができるでしょう。それが出来ずして、国民から広く信頼される組織を作る事など出来ないと断言できます。私の考えはこんなところでしょうか、谷閣下。」
今日はこのくらいにしといたる....と俺の中のめ〇か師匠が吠える。
「おお、ありがとう。流石は大新聞にその人ありと言われる、第一人者の犬養先生じゃ。三つの葛藤とはまさに至言。さて、ここで一度質問時間としようか?上原君。」
上原君は緊張が解け幽体離脱していたが、谷さんの言葉に素早く魂を呼び戻した。
「はっ、それでは!皆質問あるか!挙手!」
全員挙手、さすが軍隊。
「そんじゃあ木越大尉!キサマ言ってみろ。」
谷さんエラソ〜、いや偉いんだった。
「はっ、失礼いたします!先生のご高説を賜り、また軍への慈愛に満ちたご提言をいただき、感謝感激であります!」
そーいうの無くてイイから。
「小官愚考しますに!軍の自浄能力を期待するよりは!外部からの監査を以って取り締まるべきと思います!この点列強にどのような仕組みがありますでしょうか!」
喋り方が応援団っぽい。
「さてそのご質問にお答えするのは、若干政治的な事が混じるので....。」
俺はわざとらしく伏見宮殿下の方をチラ見。
殿下は意外にも席を立つ様子がなく、ドッシリ脚組みして座っていた。
「イヤ先生、小官の事はお気になさらずに。ご高説感服致しました。是非先生のお考えが伺いたく存じます。」
言葉が丁寧ですが態度がデカい....ああ、エライからか。
「殿下、ありがとうございます。さて私が考える最適な例としまして、皆さまご承知とは思いますが、イギリスの憲法が定める『シビリアンコントロール』が挙げられます。」
あまりにも捻りがないだろうか?でもこの時代なら最先端の法律論だよね。
「軍の最高責任者である軍大臣を非軍人が担い、軍予算を国会で審議するモノですね。こうする事で、内閣と国会が軍を監査する事ができるようになるのです。」
シュババっとすぐさま何本もの手が挙がる。コレは食い付きがいい。
「伊地知!キマサ質問か!言ってみろ!」
なんか疲れるねこのやり取り....。
「はっ!陸士二期生!伊地知幸介!ただ今の先生のお答えに疑問がございます!」
「どうぞ....。」
フツーに喋れないのか?
「はい!かつて徳川幕府は正に文官を重んじ、武官を軽んじておりました!しかしながらその事により武は衰退し、開国に当たって列強より屈辱を与えられる羽目に陥ったのであります!」
ああ〜、そういう事ですか。
まだ記憶に新しい、徳川幕府体制の欠点。
明治政府の持つ『軍事優先』体質って、根本的にこれが原因なんだろうか。
「我々は列強の圧力を跳ね返し、他の亜細亜国家の屈辱を鑑とし、日本を守って行かねばなりません!文官が専門ではない軍事的判断を誤れば、日本国土は列強に侵略されてしまうのです!」
この観点が帝国憲法に影響しているのかな..。
「なるほど、ご意見よく分かります。」
俺は柔らかく言った。分かってないけどコレも作戦。
「幕末に起こった事は、確かに日本にとって屈辱的であったと思います。しかしそれが文官の誤りによるモノだったでしょうか?」
伊地知さんの眼はギラリと鋭い。スキあらば斬るという、西南戦争時に薩軍から感じた殺気がある。
「私は徳川幕府のもたらした、300年の泰平も評価すべきと思います。それは支那数千年の歴史の中でも、文官こそが重用されていたように、歴史的な反省に基づく姿勢であったと思います。」
心なしか殺気は退いた。俺は今、熊本の戦場にいる気分だ。
「伊地知さんは軍をどの様な存在とお思いですか?」
すると彼は迷いなく言った。
「軍は今上をお護りする盾であると思います。」
それは近衛兵の考え方だ、成長するんだ。
「良い言葉です。軍を矛と言わず盾と言ったのが良いですね。」
しかし良い点はそれしかない。
「しかし先ほども申しました。軍は国民意識の変化に支えられ、日本軍として成長したと。そのことから考えると、今のお答えは不十分と思います。」
また眼前に戦場の殺気。
そして俺は言葉で戦っている。相手に打ち込むのは言葉の弾丸だ。
「ここが本当の意味で日本軍となれるか、すなわち『日本の盾』となれるかの瀬戸際と思います。皆さんが護るのは、陛下のみではなく臣民である日本国民です。」
俺は続ける。軍人たちの意識を変えてもらうために。
ここにいる人たちは、とても重要な人たちなんだと心を奮い立たせながら。
「国民の負担する税金によって存在し、国民を護るという任務を負う軍隊が、国民の監査を拒否する正当な理由を思いつきますか?」
人を傷つけるのも言葉、人を変えるのも言葉。
願わくば俺の言葉が、彼らを傷つけることのない様に。




