世界を変える1歩
タダならぬ気配を感じ、俺は目を覚ました。
複数人の気配、襖の向こうから強烈に伝わっってくる。
起き上がってガラリと襖を開けた。
「ああー、ツヨぽん起きちゃってんじゃん!」
「ふっふっふ、甘いですよ。俺がいつも寝ていると思うのは。」
福沢家のアイドル、おさんちゃんとおふさちゃん。ブーと言って顔を膨らませているのはお俊ちゃん。
みんな超カワイイ。
「ねえねえツヨぽん!雪が降ってるの!」
「ふってゆの!」
おお、寒いと思ったら雪だったのですね!
なんかあの濃いい会合から一夜明け、朝になっていた。
考え事に集中しすぎてほぼ眠れなかったが、お陰で何となく方向性は見えたかな?と思う。
外は静かで寒いなと思っていたが、雪とは気付かなかった。
「お食事終わったら、お外で遊ぼうよ!」
「あそぼ、あそぼ!」
ああ、超カワイイ。
「午前の講義が始まるまで、少しだけならイイですよ。」
「ヤッター!!!」
このお誘いをダレが断れるだろうか。
お俊ちゃんを抱っこしながら、階下へ。
ご家族は皆行儀よく着席していた。
「おお、ツヨシ。何だか面白い事始めたじゃねえか!」
先生が上機嫌で話しかけてくる。
何だろうと見れば、新聞を手に持ってニヤニヤしておられる。
手に持つ新聞は例のデカい黒帯に白抜きで、
『犬養毅先生の公開討論!自由交易論争を連載!』
....と書いてあった。
『先生』は要らないとあれほど....。
「田口卯吉の『自由交易』か。あれァ中々良い本だった。喧嘩売って読者の注目浴びようって魂胆か。」
だからダレが炎上商法だっつーの。
「冗談だよ。」
今日は朝から相当ご機嫌らしい。結構なことだ。
「犬養さん、お伺いしたい事があるのですが。」
一太郎くんが声をかけてくる。本当に真面目な子だ。
「何でしょう?」
「私も田口先生の本を読みました。今日の犬養さんの論説を拝見して、思う事がありまして。」
前途有望な若者ってイイなあ。清々しい。
「私は田口先生の言われる交易自由の原則は、正しい事のように思うのです。却って犬養さんの言われる、漸進的な交易の自由化は、何を保護するかで役人の既得権や汚職を増やし、交易を退化させるのでは?」
そうそう、こういう議論が読者の間に起きるのが、なんと言っても最大の目的なんだ。
それにしても一太郎くんは優秀だ。自分が同じ歳にナニしてたかは考えたくもない。
先生の機嫌がいいのは、一太郎くんのこの質問の所為だな。朝から親子で話していたんだろう。
「討論というのは、その『目的』を見失ってはいけません。この討論で語られるべき目的は何だと思われます?」
質問に質問を返すのは反則だが、コレが福沢流と知れ!
目的は手段を正当化するのだ!
しばらくの問答の後、一太郎くんは顔を明るく輝かせていた。
「ありがとうございます!良く理解出来ました!」
本当に素直な良い子だ。先生の息子とは思えん。
「お前ら食事中に政策論なんぞ喋るもんじゃない。メシが不味くなるぞ!」
先生はそう言いながら、顔面崩壊中である。
長男の成長が余程嬉しかったのだろう。
朝食後は約束通り、お嬢さんたちと外で遊ぶ。
とは言ってもまだ積もるほど雪は降っておらず、追いかけっこで楽しくはしゃいだ。
午前中の講義は眠気との闘い。
午後少し寝たあと仲間たちへ書状を書き、それぞれを見比べる。
キチンと筋が通った作戦になっているだろうか?
細部を検討し、封をして紅葉館へ使いを出す。
ソレから直ぐに林正明さんの所へ。
マサアキさんの住居は、四谷の外れでかなり遠い。
そのまま愛国社=国会規制同盟の事務所としても使っているようで、何人かの人影があった。
表には警察の張り込みらしき人も居る。民権運動への取締りは厳しさを増す一方だ。
ここはあんまり出入りしない方がいい場所らしい。
先ほど書状を出したハチローさんは、大阪が活動拠点と言っていたし当然ココにはいないだろう。
マサアキさんは丁度、勝人の企画書を読んでいるところだった。
「おや犬養さん!コレはわざわざありがとうございます!」
訪問する事は伝えていなかったので、少々驚いたようだ。
「マサアキさん、お忙しいところスイマセン。ちょっとそこまでよろしいですか?」
人には聞かれたくない話とにおわせる。
マサアキさんは直ぐに表へ出てきてくれた。
「丁度ご提案を拝見していたところです。茶でも飲んでお話しましょう。」
町は雪が薄く降り積もり、白一色の世界へと変わっている。
尾行は付いていないようだ。足跡の無いまっさらな雪が降り積もっている。
俺達は『追分だんご』で茶を1杯。
俺が酒が飲めれば、また行く店も違うのだろうが。
「しかしヤッパリ考える事が違いますね。私じゃあとてもこんな新聞思いつきません。」
新聞の文化欄っていうのは、俺の前世ではツマラナイ物の代名詞みたいに言われていたけど、出来た当時は画期的な娯楽の情報源だったんだよね。
「上手いこといけそうですか?」
「人の問題がありますけどね。ただアレは必ず成功しますよ。梅雨頃までには何とか出せそうです。」
確かにあんな記事書ける人、探すのは大変そうだ。
「覆面で良いから、犬養さんにもお願いできますか?」
「毎日は無理ですが、週1・2回なら。後は勝人にやらせます。」
マサアキさんの会報誌は、今回の作戦で活用させてもらう。
だから御礼という訳じゃないが、新しい新聞は必ず成功させてあげたい。
「今日お伺いしたのは、実は別件なんです。」
俺は本題に入る。
おやと意外そうなマサアキさん。
「特大のネタがあるんです。ご協力いただけるなら、無償で差し上げます。」
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「無償で差し上げます。」
と目の前の若者は言った。
若者と言っても、既に私より数段有名な新聞人である。
その内容は、正に.....驚くべき内容だった。
陸軍上層部、誰とは明かされなかったが、その巨大な不正を証明する文書が存在するという。
『山城屋文書』
ソレは恐く明治政府最大の弱点になり得る。
「私に何をしろって言うんだ?」
協力といっても、我々の組織は地方の寄せ集めだ。
「その前にお伺いしたいんですが、愛国社と繋がりある組織は全国にいくつありますか?つまり会報を送られている組織って事ですが。」
「それならかなりの数になる。....そう、100以上かな。しかし統一されたものでは無いし、動きもてんでバラバラだよ。」
犬養君は大きく頷いた。
「それだけあれば十分ですね。」
「会報にこの事を書いて欲しいと?」
ソレはどうだろうか。もちろん皆大いに憤るだろうが、ソレが何かに繋がるだろうか?
「マサアキさんの組織が出している会報は、発行禁止になる可能性はありますが、事前検閲はないので出版差し止めはありません。ソレが大事なんです。」
大手新聞じゃあ出来ないってことか。
まあソレはそうだが...。
「ネタは私が提供します。第2弾、第3弾と続けて出してください。『山城屋文書』っていう言葉が地方に浸透するように。」
「やる事はそれだけ?」
「そこまでやれば、後は皆さん大騒ぎしてくれると思います。出来れば演説会の度に、政府の腐敗を論じる時『山城屋文書』を引き合いに出してください。」
彼の狙いが何処にあるのかが見えなかった。
確かにそれだけ騒げば、何かが起きるかもしれない。
「同じ事が、軍内部でも起こります。」
何だって?
「軍内部では、西南戦争の論功行賞を巡って、下士官の中で不満が燻っています。そこにこのネタを広めていくんです。」
軍下士官の暴動?ソレが彼の狙いなのか?
いやそこに地方の不満も合わさって...。
コレは一体どうなる?単なる地方の農民一揆ではすまされんぞ?
「日本中が『山城屋文書』の提出を求めるでしょう。軍内部でも暴発が起きます。その時に愛国社が動いてください。」
「う、動くって何を?」
正直に言って、私は怖くなった。
目の前にいる若者が、団子屋の1席で発している言葉は余りに非常識的だった。
ソレは我ら組織の中の、一番の荒くれ者が喚き散らす言葉より、余程暴力的で謀略に富み、反政府的で危険極まりない。
「政府はその無能力さから、軍部を統制できていない。議院内閣制による国会を開設して軍をその支配下におけ、と要求するんです。」
ああその通りだ。
私達はそのタメに日々活動しているんだ。
なのに何故、今彼の口からその言葉が出るまで、一切思いが及ばなかったのか?
私の頭でも、ようやく彼の考えが理解出来た。
しかし何とデカい絵を描くのか!
「その軍の情報や文書の在り処は教えてもらえるのかい?」
「スイマセン。事の安全性に関わりますので、教えられない事が多いんです。」
「しかしそれでは根拠は.....あるんだろうな、君の事だ。全く恐れ入ったよ。」
「ではご協力いただけますか?」
「するも何も、今この話以上に面白いネタなんてないよ。直ぐに幹部へ連絡するが、反対する者はいないだろう。」
気がつけば丁寧にお願いしていた口調が、まるで友人に話すように喋っていた。そんな事を気にする余裕も無かったのだ。
団子屋の前で分かれ、意気揚々と去っていく後ろ姿を見て、私は苦笑いしていた。
「彼は....何としてもウチに取り込まなければ。もし彼が対抗勢力になってしまえば、私達は勝ち目が無い。」
今日にも宮崎に手紙で知らせよう。
私は雪の降り続く四谷の町を、下駄を鳴り響かせ走った。




