俺の武器を磨こう
徐々に登場人物が増えて参ります。
コレでも抑え気味に書いている方ですが、どこかでまとめを作ろうかなと。
今後ともよろしくです!
いやー正月はいい。
忙しい者にもヒマな者にも、平等に正月はやってくる。
この時代に来て初めて感じる安らぎ。
遠すぎるから実家に帰ることも見送る。
そのうち東海道線が出来るから、その時にしよう。
この時代、東京に来て勉強している学生は、一旗上げるまで帰る事は無いようだ。
慶應の学生も、帰省する奴はみな実家が関東にある者ばかり。
箕浦勝人も宿舎のコタツでゴロゴロしている。
「オマエ実家何処だっけ?」
「大分だって。戦争前に散々話したろう?」
「そうだった。」
その時の俺はオレじゃ無いがな。
福沢家の皆さまは。朝から晩まで親戚や来客の応対で忙しい。
俺は彼らから解放され、自身の勉強がはかどるのに大満足。
と思っていたある日、俺と勝人に思わぬ来客があった。
年末に福沢先生を囲む会に参加して、先生に虐殺されていたマサアキさんである。
「あけましておめでとうございます。先年はお見苦しいところをご覧に入れました。」
ご挨拶いただく様は極めて常識人。
ちなみにお名前を林正明さんという。
福沢家の居候部屋に通すわけにもいかず、勝人の宿舎で対応。
マサアキさんは懐かしそうに部屋を眺めている。卒業生だもんな。
「とんでもありません。先生のご叱責を受けておられるのは、ご期待が高い証左でもあります。」
俺はマサアキさんを慰める。
この人も期待されるだけあってスゴイ人なのだ。
アメリカとイギリスへ留学経験があり、大蔵省・司法省に出仕していた。
著書も多い。
矢野さんに聞いたが、俺たちがテキストとしても使う『合衆国憲法』はこの人の著作だ。
......そんなスゴイ人が、なぜハチローの仲間なんですか?
「私は熊本出身ということもあり、早くから宮崎とは仲間でした。彼は何というか.......人に希望を与える男なんですよ。頭もいいし弁も立つが、ソレだけなら他にも人はいる。しかしあの男のように人を奮い立たせる言葉は出せるものじゃない。」
マサカの大絶賛だった。人それをカリスマと呼ぶ。
「して本日は、いかなるご用件で?」
堅い聞き方だなあ、カツンド。武士かオマエ。
「実はお二人にご相談がありまして......。新聞発行の件なのです。」
お?そうかこの人、ハチローさん組織の広報を担当するのか?
「今我らが作っている会報ですが、基本的に会員たちの投稿によって構成し、会費から費用を捻出しています。会員以外の目に触れる事を前提としておらず、内容は先鋭化する一方です。」
ソウデショウネ、目に浮かぶようです。
「その会報をそのまま新聞には出来ないでしょうね。」
「即日発行停止となるでしょうな。買い求める市民もおらんでしょうが。」
問題意識があるだけ、マサアキさんは偉いですよ。
「啓蒙を目的としながらも、社会的に認められ面白い内容を加えねば、幅広く読まれる事は無い。」
「それこそ重要なところですよね。」
「そこでお2人にお願いしたい。我らの新聞に記事や話題、企画の提供をお願いできんだろうか?」
だが断る。もう人に割いてあげる時間はありません。
普通に考えればそうなんだけど、俺にはハチローさんとの約束もある。
新聞に協力するって言っちったし。
ん?そうか、この人ハチローさんに新聞出版の件を、俺に相談するよう言われて来たのかな....。
「勝人!此処は先輩のためにひと肌脱ぐ時じゃないか?」
「ナニ?俺か?」
心底驚いたようだ。ハッハッハそりゃそうか、こないだ記者として報知に雇われたばかりだもんな。
だがオマエしかいない。此処は犠牲になれ。
「うむ。愛国社絡みの新聞ともなれば、俺たちとは意見が異なる部分もあるだろう。しかしだ!それを乗り越え理解し、かつ市民の啓蒙に役立つのであれば、オマエ自身の思想にもきっと幅が生まれる!しいては将来の選択肢も増えてくる事だろう。」
うーん自分でもナニ言っているかよく分からん。自信がない事は大声で言おう!
「そう言うもんかな。しかし先生に知られたら・・・・。」
「構うもんか。これがきっかけで林先輩が新聞経営に成功すれば、すなわち事業家として成功という事だ。先生もお喜びになる。」
「なるほど〜。」
勝人が素直な奴でよかった。頭はいいんだけど騙されるタイプな。
「ご協力いただけるか!それはありがたい!」
「私は少々時間に制約がありますが、箕浦を通して色々お手伝いできると思いますよ。」
「かたじけない!犬養さんに完全に任せます。」
うん?完全にって企画構成全て丸投げってことかな?だがそこを更にスルーパス。
まあ頑張れ勝人。
「この件、同志の皆さんはご承知で?」
「いや、私の一存で進めています。この件任されてますので。」
ハチローさんに言われて来たんじゃないんかいな?
「ではこれまで発行した会報を置いていくので、御参考に。企画案ができたら此処に連絡を。」
東京に拠点があるんですね。
マサアキさんは意気揚々と帰っていった。
またしてもやる事が増えてしまったが、これに関してはアイディア出すだけで良いだろう。
手を動かすのは勝人の仕事だ。
「本当に大丈夫かなあ。」
心配症の勝人くん。お前の安全か?そんな事は知らん。
「お前の名は出す必要がない。ただ面白いもの作ることに集中しろ。」
上手くいって、この後結成される自由党の新聞と認知されれば、俺にとっても大きな武器になる。
て言うか俺の武器は『言論』コレしかない。どれだけ影響力ある媒体を、多方面で持つことができるか。
コレはいい機会だ。今後も色々試して行こう。
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俺にとっての恵みの休日、お正月はゆっくりと過ぎていく。
勉強して寝る。食事は仲間たちと自炊場で一緒に作る。
一緒に食べて、将来を語り合う。正にコレぞ学生という感じ。
俺の西南戦争話は大人気で、いつも話をせがまれる。
「だがこの後の経済は大変だぞ。」
今日の昼飯は、講師の矢野さんも一緒に混じって食べている。
「西南戦争での出費は途方もないものなった。この後の政府はいかにやりくりすべきか?」
授業みたいですね。
矢野さんは来年から大蔵省へ出仕する事が決まった。
実にめでたい。
大蔵卿の大隈重信から要請で、慶應義塾から卒業生を何名も紹介している一環だ。
正月早々矢野さんの頭は、日本の財政問題でいっぱいとなっている。
俺たちは卵かけご飯をカッコみなから、モグモグと発言を繰り返す。
TKGは俺の発明だ。史実では知らんが、ミンナ俺が食っているのを見て真似しだした。
今宿舎の中で、ダントツの流行となっている。
「不換紙幣の流通を改善すべきと思います。」
1人がそう主張する。
そう、明治政府は西南戦争の戦費確保のため、大量の不換紙幣を発行していた。
コレが元で、巷は絶賛インフレ中だ。
「物価がこれほど上がってしまうのは、庶民の生活に悪影響です!」
「自分もそう見ます!一刻もはやく金本位制を実現すべきです!」
「俺はそうは思いません。」
チョットばかり物価が上がったところで、通貨供給量を減らしてどうする。
デフレになっちゃうじゃんか!
そーだよ松方デフレってこの後だよな?デフレダメ、ゼッタイ。
「この程度の物価上昇は悪ではありません。現状政府主導で国内産業が強化されている中、物の供給は増加傾向にあります。今通貨を減らせばモノが売れなくなり、大量の在庫が市場に溢れましょう。急激な通貨是正より、今求められるのは緩やかな是正です。」
「ほう。」
矢野さんは声を上げた。
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「ほう。」
私は思わず声を上げた。
犬養が経済の学問をコレまでになく励んでいるとは聞いていたが。
この男、西南戦争から帰ってきて、本当に変わった。
以前も頭のいい奴とは思っていたが、何処か冷めた印象のある男だった。
今のこの男の見せる情熱はどうだ。
戦争に行くと、人間変わるモノなんだろうか。ウチの妹にちょっかい出すのは迷惑だが。
「ならば犬養はどう思う?通貨量を減らさず、物価高を抑制して、成長する経済を作り出す。この様な手品が可能と思うか?」
「実際の政策となると、確信はありませんが。」
前置きしつつ彼は続けた。
「外債を発行し銀の保有量を増やしていきます。我が国にも多少の埋蔵量がある銀本位制へ段階的に移行します。その上で不換紙幣を兌換紙幣へ交換していく、というのが有効ではないでしょうか。」
「そんな悠長なことで物価高が解決するか!」
「そうだぞ犬養!庶民の生活をそんな方法でどう守る!」
「何度も言うが、物価高は悪ではない。通貨を減らすと通貨の価値が高まり、物価が下がる。コレは道理だ。だがモノの価値が下がる世になると、同じ額の通貨を得るために多くの生産と時間が必要になり、人は貧しくなるもんだ。」
.......そんな理屈は聞いた事がないぞ。それはどこで学んだのだ?
「モノの価値が下がる世の中は、努力の報われぬ世の中だ。ひとの上に立つ者は、そんな世の中を作ってはならない。」
「ふむ、その男はそう申したのであるか。」
「はい。この者語学に長け、文章を書かせても一流ですが、このところ経済への傾倒著しく。」
「であるか。」
大隈卿は1人掛けの瀟洒なそふぁに沈み込んで、何か考え込んでいる様子だった。
「吾輩の考えと正に同じである。彼を大蔵省へ招聘できんであるか。」
え?いや無理でしょう。
「難しいかと。まだ年若い者でもあり、福沢先生のご寵愛も大きく、簡単に手放されるとは思えません。世に出るには今しばらく時間がかかりましょう。」
「しかし矢野君、彼はすでに新聞記者として名を成し、今また経済においてその才能に片鱗を見せているんである。この様な国家危急の事態のなか、年が若いの何のは理由にならんのである!」
コレは報告すべきでなかったかな?
私としては将来的に、犬養を大隈卿の近くに置ければと思った程度なのだが。
「うむ、モノの価値が下がる世は、人の努力が報われぬ世か。実に良い言葉である。」
どうも気に入ったらしい。
コレはしまった。
「矢野君!その男何とかして手に入れるんである!吾輩の秘書官として採用したいんである!」
無理ですって。
「福沢先生に一度相談してみましょう。難しいと思いますが........。」
しかし犬養がコレほど才能溢れる奴とは、初めて見たときには見抜けなかったな。
恐らく同期生の中でも出世頭となるだろう。
だが綾だけはやれんぞ!絶対やらんからな犬養!!!