色男と革命
前半宮崎八郎視点、後半は大井憲太郎さんです。
以前チラッと出した人ですが、実は自由党勢力をまとめた事もある実力者。
大阪事件の主犯としても有名ですよね。
1880年(明治13年)10月15日
今や『岐阜事件』などと呼ばれる先月の襲撃事件後、俺は未だに岐阜県内に逗留している。
傷は思ったよりも軽かったんだ。
だが大阪に帰るって言っても、周りがどうしても承知しねえ。
「宮崎先生は自由党の看板です。万が一の事があっては、党の活動に影響致します。」
結局湯治もかねて、岐阜の温泉宿へ軟禁状態とされている。
しかし俺は刺された後だぞ?湯治ってどうなんだ?
この時代にはどうやら、温泉は刺し傷にも効能アリと思われているようだ。
しかたねえ、のんびりするか。
日に数件の書状をやり取りするほかは、一切の仕事を禁止されている。
俺が逗留する県内の温泉旅館は、山奥の渓流の傍に位置する、絵に描いたようなザ・温泉旅館って感じの宿だ。秋も深まり、渓流脇の紅葉が一際美しい。
風呂は最高だ。傷に触るかと思ったが、特に問題なかったので毎朝毎晩浸かる。
露天風呂、紅葉、鼻歌の日々。
飯に魚が少ない事以外、何の不満も無い。だがヒマだ。
今日もコソコソ書状を書いているところに、階下から人が登ってくる音がしてガラリと障子が開いた。
「宮崎先生、またお仕事されてますのね!」
「おお、エーコちゃんか。いやあちょろっと書状書いていただけだよ。」
景山英子は、先日自由党に入った女性活動家だ。
しかし女性活動家っつってもオメエ、まだ16歳かそこらの小娘なんだが、こんなの入党させていいのか?
「いけませぬ!お体に触ります故、もうお止めになって下さい!」
ムキになるところが小娘っぽくて可愛いもんだが、あんまり杓子定規なのも困る。
だがその杓子定規なところを、マサアキが気に入って俺の世話焼きに残しているんだろう。俺が大人しく療養するように、見張り役を置いていきやがった。
音吉は売れっ子になりすぎて、俺の付き人という訳にもいかなくなったしな。
何かと気が利く女性がいいと思ったのだろうし、流石にこんな小娘なら俺も手は出さない。
荒事ならボディガードの奴らも残っているから、後はお目付け役が必要という訳だ。
「しかしなエーコちゃん、俺も少しゃ仕事しねえと党が困るんだよ。」
「林先生からは『宮崎が働かなくても党運営に一切影響がない』と伺っております。」
「.......そうか。」
なら別に自由にさせてくれてもいいじゃねえか。
「はい!ですから先生、もう少しご静養を心掛けて下さらなければ。」
優しいのか天然なのか、心を抉られた俺は文机の横にゴロリと転がった。
「分かったよ、ちっと茶を持ってきてくれるか。」
「はい!先生。」
素早く部屋を出ると、トントンと階段を下る音がする。働き者だし性格も良い。
問題なのはアレだな。この娘を連れてきたのが、大井憲太郎っていうことだ。
自由党内の急進派リーダー、さしずめロベスピエールだな。
今度会ったらピエール大井って呼んでやろう。
大井は俺より7つ8つ歳上だが、俺には借金だらけでいつもヘコヘコする立場だ。ところが中身はガリガリの無政府主義者で、自由党内では『革命好き』の異名を持つ。
蜂起活動を禁止した自由党に愛想を尽かし、一時期愛国党に潜り込んでいたが、冴えない(金がないとも言う)生活にウンザリして再び自由党へ舞い戻っていた。
その時連れてきた3人の仲間と、自由党内過激派を形成している。仲間は少ない。
そんな仲間の1人がこの景山英子ちゃんだ。
コイツらがどうにも物騒でいけない。いつ何時地方の党員を唆して、蜂起させないとも限らない。
そんな奴は除名にするのが筋ってもんだが、まあ放っておけない奴なんだな。
妙に愛嬌があって、つい面倒を見たくなる。いや俺より大分年上なんだけど。
やがて英子ちゃんは茶を持って戻って来ると、ガラリと障子を開けて部屋へ入って来た。
「ありがとうな。英子ちゃんも悪かったな、ピエールと離れ離れにさせちまって。」
「ピエール?」
「大井だよ。」
「大井さんがナゼ異人の名前なのです?」
説明するのは面倒だ。俺はヘラヘラ笑ってごまかし、茶を飲んで寝転んだ。
こんな娘ほども年の離れた女を引き込むなんて、オマエは悪い野郎だねえ。
ロリコンかよピエール。
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「悪いな英子、呼び出して。宮崎さんには怪しまれなかったか?」
夕暮れの河原で俺たちは落ち合った。英子は瞳を輝かせ、俺に縋りつく。かっ、可愛いじゃねえか。
「いいんです、憲太郎さん。宮崎先生ならお昼寝されてますし....。」
薄い着物越しに、英子の熱い体温を感じる。俺は背中に手を廻し、しっかりと英子を抱き寄せた。
英子の口から深いため息が漏れ、俺たちは再び目を見つめあう。
「逢いたかったぜ.....。」
「あたしも...。」
口づけを交すと体の奥がジンと痺れる。
「聞いてくれ、英子。俺たちの活動資金が見つかりそうなんだ。」
「本当に?」
英子は濡れた目を見開き、俺に笑顔を見せる。
「ああ本当だとも。こんな活動に金を出そうって奴だ。地位身分は明かさねえが、朝鮮への渡航費用と武器の手配も請け負うって事だ。」
そう聞いて英子の顔に不安がよぎる。
「その話って大丈夫なの?憲太郎さんの事だから間違いはないと思うけど。」
「大丈夫さ、心配するな。」
互いの息がかかるほど、顔を近づけて俺はそう言った。親指で優しく英子の頬を擦り上げる。
「金村っていう男と交渉を進めているんだ。随分と朝鮮の事に詳しい野郎だから、大方米問屋に雇われた用心棒ってところだろう。朝鮮でひと揉め起こして、米相場を弄ろうって腹じゃねえのかな。腐れブルジョワどもがよ!」
俺は冷たい表情を決めてみた。女は皆こんな顔をする男に弱いもんだ。
「憲太郎さん、カッコイイよお.....。」
案の定、英子はウットリ俺を見つめている。ブルジョワどもの金を利用して、奴らの息の根を止める革命を起こす。
これが男の生き様でなくて何だって言うんだ。
「知っているか?今朝鮮じゃあ事大党っていう、清国べったりの能無しどもが政治を握っていやがる。一部親日派が、近代化のために戦っているんだ。そいつ等が今日本に来ている。」
自由党系の新聞に書いてあったからな。間違いない。
「俺はこの足で東京まで行って、そいつ等と会ってくる。日本の闘士が朝鮮のために一肌脱ぐって話だ、一も二も無く乗ってくるに決まってる。」
ニヤつきそうな顔を何とか抑え、俺は空を見上げてそう言った。
これぞ自由の闘士、これぞ.....。
「おいピエール。」
「うっわああああああああ!!!!」
突然後ろから声をかけられ、俺は心臓が砕けるほど驚いた。
「あああ...って、あれ?ハチローさんじゃないっすか?」
「何が『ないっすか』だ。河原でイチャイチャしやがって。このロリコンピエールが。」
「.....な、何ですそれ?」
「説明するのがメンドくせえ。まあロベスピエールみたいなもんだ。」
ぜんっぜん違いますが。俺のコトっすか?
英子は顔を真っ赤にして、宿の方へ走って行ってしまった。
ハチローさんに俺とのことを見られたのが....いや俺の女だってことはみんな知ってんだから、何も恥ずかしい事なんぞ無いのに。
「いや、そんな事よりですね、ハチローさん。今のハナシ聞かれてました.....?」
「何寝ぼけてやがる。オメエらの乳繰話なんぞ、まあ語って聞かせりゃあ音吉アタリは大喜びすんだろうが、俺には微塵も興味が湧かねえよ。馬鹿め。」
「そ、そーですよね!いや、そりゃあそうだ!」
「だがよく聞いとけよ、この表六玉が。」
ハチローさんはクルリと俺の方に向き直ると、ギョロっとしたデカい眼を俺に向けて言った。
熊本神風連の乱、西南戦争。この人の武勇伝は数知れない。
人を殺した事のある眼だ。
「テメエが何処でのたれ死のうと、俺の知った事じゃねえ。だが世間を騒がそうって腹なら、いつでも除名してやるからそう思え?」
コ、怖え。っていうかやっぱ聞いてたんじゃねえですか、ハチローさん....。