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心配ご無用

前半犬養毅、後半金玉均の視点です。


明治13年(1880年)9月17日


「おはようございます。」

俺は両国の改進党本部で、後藤副総裁の執務室に入ってご挨拶。

党本部っつても郵便報知のビルに間借りしてるのだけど。


大隈総裁は基本的に外務省で勤務されている。党運営の実質的責任者は後藤さんなのだ。

まあこの人も地方ばっかり行って、あまり東京にいないのだけど。


「おはよう犬養君、これ見た?」

後藤さんは簡素な机の上から、新聞を取って俺の方へ手を伸ばした。


「何です?」

新聞を受け取った俺は一面を広げ.....絶句した。


そこには宮崎八郎が、遊説中に暴漢に襲われた記事がデカデカと載っていたのだ。


「自由党の宮崎が襲われた....無事だったんですか?」

「まあ全文読んでごらんよ。郵便報知(ウチ)の記事だから取材もしてないし臨場感に欠けるけど、無事だったことが書いてある。」


ナニナニ...

「自由党副代表の宮崎八郎氏は、一昨日9月15日に岐阜にて行われた自由党演説会において、憎むべき暴漢に襲撃されたるが由。宮崎氏はかかる不埒な暴漢に対し、その行為を怨む事も無くただ『宮崎死すとも自由は死せず』と宣いたまふ。嗚呼何たる志哉....。」


うーむ、呆れて言葉もない。

岐阜の演説会で暴漢に襲われるって...確か史実で板垣退助が襲われた事件だろ?


事件(イベント)のみならずセリフまで乗っ取るとは.....いやそもそも党名だってパクってる訳だし。


「自由党の副代表が襲われてるんだ。暴力に訴え出るのは民権活動家だけじゃないって事さ。」

後藤さんは苛立ちを隠さずそう言った。

「世間の認識は活動家イコール暴力、政府イコール正義だ。実情はどっちもどっち、当たり前だよ。元々同じ尊王攘夷の人殺しだからね。」


またしても後藤さんの厭世的発言。基本的に暴力が嫌いな人だからね。


「情報元は言えませんが、警保局の三島局長が大の宮崎嫌いだそうです。あの辺りが関与しているのかもしれません。」


俺はしらっと後藤さんへインプット。

白根さんからその話を聞いて、すぐに林さんへ一報入れておいたのだが、あんまり役に立たなかったみたいだな。まあハチローさんがそんな簡単に死ぬとも思えないが。


「三島局長か....然も有りなん。宮崎には福島の折に、大層恥をかかされていたからね。」

「それにしても実力行使なんて大胆に振舞えるのは、いざとなったら三島局長に後ろ盾があるからでしょう。」


俺の言葉に後藤さんは大きく頷く。


「それがこの前幹部会での報告にあった、新薩長連合って訳だね?」

黒田-品川ラインの閣内派閥を、俺たちは最近こう呼んでいる。

薩摩藩出身の三島局長は、明らかに黒田清隆の息がかかっているハズ。


「保安条例が成立しやすいように、ワザワザ刃傷沙汰を増やそうとしているのかもしれません。」


保安条例自体は反社会的組織を、行動準備段階から取締り可能にする法律だが、立法の必要性が世間的にも認知されている事も大事である。

犠牲者が出れば社会的に『危険団体の取締りは必要』という世論が形成され、立法事実となっていくわけ。


新薩長連合は、政党取締の目的でこの法案を準備している訳だが、ついでに邪魔者を消しつつ目的を達成できるのなら万々歳ということだろうと俺は睨んでいる。


「まったく度し難い愚か者の集まりだな!徳川末期から奴らは何も変わっていない。」

尊王攘夷勢力に嫌気がさして、政府を去った後藤さんは毒を吐きまくる。


「ところで伊藤さんと大隈さんのご対応は?」

俺は話を伊藤-大隈派の動きへ持っていく。新薩長派に対抗する俺たち与党の作戦は進行しているのか、最近大隈さんとは幹部会以外に会う時間も無いので、閣内情報が入って来ない。


コワシさんも刑法関連で忙しく、憲法取調室もここのところ開催されてないし。


「なに心配ご無用だ。井上外務大臣や山田法務大臣はもう取り込んでいる。不平等条約改正を目指して、主要閣僚は一致団結の運びだ。基本的に従道さんもご賛同いただいた。」


ここ最近の後藤さんは安定感がスゴイ。あの辺と直接話が出来ちゃうのは、流石維新の元勲。


「少しでも考えのある者なら当然の判断だろう。目下の日本で不平等条約改正以上の問題などあり得ない。国会開設にしても憲法制定にしても、日本が国際社会に認められるための一歩に過ぎない。そこに政党弾圧の動きなど有っちゃならないさ。」


まあそーゆー考え方が出来る人ばっかなら苦労しませんが。ともかく保安条例なんていう物騒な法案は通さずに済みそうですね。


「ところで今日はどうしたの?何か僕に用があったんじゃ?」


そうそう、忘れてました。


「実は朝鮮の訪問団の件でご相談が。」

9月初めに長崎入りした訪問団は順調に日程をこなし、現在名古屋で紡績工場の視察中だ。


「この後20日に横浜、23日に東京入りします。伊藤首相は李鴻章との会談でご不在ですが、井上外務大臣との会談が予定されてます。」


「僕らも会おうってハナシ?」

後藤さんはちょっと驚いたように言う。

確かに我々は未だ国会議員でもないし、国を代表して外国使節と会うような用事は無い。


「気が早いと思われるかもしれませんが、此処で日本が議会を開設する事を認識してもらうのも悪くないと思うのです。その時会うのが我々改進党であれば、後において何かと都合いい事もあるかと。」


後藤さんはじっと考えていたが、いいだろうと承諾した。

「将来の国会議員として、与党代表として外国使節団と会談する。いいじゃない、愛国党も自由党もさぞ悔しがるだろう。大きく記事にして国民に訴えかけよう。」


さすがこういう所は『大風呂敷の後藤』さんだ。

忙しいのに申し訳ないけど、使い倒させてもらいます。


<<<<<<<<<<<<<<<


名古屋港から出発した汽船は、翌朝には横浜港へ到着した。

「玉均よ、実にこれは.....快適な船旅だったな。」


港を眺めようと甲板へ上がると、使節団副団長の朴永孝(パクヨンヒョ)が私を見つけて寄ってきた。

私より10歳ほども歳若い彼は、判書大鑑を父に持つ生粋の貴族階級だ。


「実に...素晴らしいものだな。この船も、あの港も。我が国では100年経とうが得られぬ景色だ。」

私はそう言って空を見上げた。


同じ独立党の同志であればこそこんな風に口をきけるが、常識的には私は永孝に対し敬語を使わねばならない。そんな朝鮮の古臭い決まり事が此処には無かった。


そう、私が日本で驚異を覚えたのは、文明開化でも清潔さでもない。

極めて豊かな庶民の生活だ。基本的に奴隷階級など無いという、その社会の仕組みに衝撃を受けた。

それでは奴隷の仕事は、貴人の歳費は誰が負担するのか?


だが私の質問が日本人達にはピンと来ぬらしい。

旧制度下で被差別階級は存在したが、彼らも自身で生計を立てており奴隷身分では無かったという。

どんな仕事にも報酬が払われ、貴人は自身の土地を小作人に貸し与え収入を得ているほか、自ら事業を起こす者もいるというではないか!


この国は何だ?支那の文化を、我が国経由で学んだというのは誰がほざいた与太話だ?

全然、ゼンッゼン違うでは無いか!


コレが.....此れが竹添殿の言っていた日本か......。

同志達が工場視察や要人との会談に感銘を受けている中、私はひとり竹添殿の語る『人間の尊厳』という言葉を思い起こしていた。


『朝鮮の不幸は、人間の尊厳を知らぬ事である。尊厳なき社会は他国の尊敬を受ける資格がない。』

厳しくも優しい竹添殿の性格が良く出た言葉、くらいに思っていたのだが。


「朴永孝さま、金玉均さま。そろそろ到着ですばい。下船のご準備ばお願いします。」

デッキに突っ立っていた我々に、トウヤマが声をかけてくれる。


「アリガト、すぐ準備スル。」

私はそう返事すると、永孝と2人船室へと降りていった。


「玉均よ、トウヤマには実に世話になっている。朝鮮へ戻れば何らかの礼をせずにはおれまい。」

永孝はすっかり彼と意気投合し、九州で過ごした日々では2人でかなり遊び歩いていた。

何でも福岡がトウヤマの地元で、そこら中で大歓迎を受けたらしい。


「永孝よ、彼には注意が必要だぞ。」

怪訝な顔をする永孝に、私は注意を続ける。

「彼は京城府内でも信頼を集める日本商人だ。しかし短期間であれ程の成功を収めるには、政府の深い関与があっただろう事は明白だ。現に日本国公使館を自由に出入りし、我々の公式訪問を民間人の分際で取り仕切っている。」


「それは.....彼が最も適任だからだろう?君も懇意にするタケゾエの差配じゃないか。其れに他国の者を入国させるのに、監視くらいは当然だろ?」

「無論、道中便宜を図るための、竹添殿のご好意でもある。」


しかし入国以降、政府役人と警官が警備監視と世話役に当たっているのに、トウヤマは依然として我々の世話を焼いてくれている。

「私にも上手く言えないのだが、彼はより大きな目的のためにここにいる様に思う。監視だとかそんなものの為じゃない、彼自身の野望のためとでも言うか.....。」


野望?ちょっと穏当では無かったか。


永孝は笑い出した。

「あの人の良い酒好きな男が野望だって?考えすぎだ、玉均。」


歳若い永孝に笑われて、私も少しムキになって言う。


「いいから私の言う事を覚えておけ。彼は只者じゃない。あまり深い付き合いは慎んでくれ」

「まあこの後は東京だ。遊び回ることも無いだろよ。心配ご無用だ。」


私の忠告など、風が吹いた程度にしか感じていまい。

この20名から成る訪日団が、日を追うごとにトウヤマと日本へ親しみを感じていく様を、私は喜び半分不安半分で眺めるしか無かった。


オマケにこう言う私自身、日本の社会にすっかり惹かれてしまっているのだ。

我々の乗る汽船は、朝の横浜港へと滑る様に進んでいった。


出番が増える一方の金玉均。出身は中人階級で、科挙に合格して役人になってます。

史実では随行員として来日しており、使節団の一員ではありませんでした。

本作ではその辺フワッとしてますが、朝鮮史はシロウトでございます。ご容赦ください。m(_ _)m

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