表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/133

警戒心と友情と

明治13年(1880年)9月


今日も今日とて永田町。刑法公布前の書記官打合せが行われる。無論俺は刑法の編纂まで請負っている訳ではない。無いったらない。

憲法取調室だってオブザーバー参加のはずだし。


しかし憲法取調室の主任編纂者であるコワシさんが、大詰めとなった刑法公布前の手続きで、此処のところ手一杯の状態。最近随分とご無沙汰しているので、久々に顔を出しなよと言う。


サークルのノリかよ。


しかしイチ新聞記者として興味がないかと言えば大いにあるので、暫くぶりの内閣官邸にお邪魔することにした。責任者がそう言ってんだから良いよな?

今やコワシさんは法制局長官というエライ人なのだ。


だが到着してみると.....其処には当然ながら司法省及び警保局の書記官達がいる訳で。


「やあやあ犬養君!久しぶりじゃないですか!」

場違いに爽やかな声が会議室に響き渡る。


「.....ご無沙汰....してます。」

そりゃ刑法と訴訟法の書記官級会議だしね。

警保局書記官の白根専一さん、いらっしゃるのが当たり前ですよね。


「君とは何だかご縁がありますねえ。うん、民権運動の要注意人物と公安責任者という立場を越えて、友情というものが芽生えたというか.....。」


ラリってんのか?

とにかくお会いしたくない人に出会ってしまった。


「おや、ツヨシ君と白根さんはお知り合いでしたか。」

コワシさんは白根さんの発言内容に全く無頓着に、当たり障りない反応を示す。


「まあ...知り合いと申しますか、先ほどのご発言の通り『要注意人物と公安責任者』という関係です。」

「冷たいな犬養君は?だからそれを乗り越えた友情というものが我々の間には...。」


もう結構ですって。


<<<<<<<<<<<<<<<


結論から言うと話の中身は非常に興味深く、参加してよかったと思おう。

コワシさんって当たり前だけど憲法だけじゃなく、刑法や民法も取調室責任者なんですね。

いつ寝てるんですか?


しかし終わった後がよろしくない。

1時間ほどで終了となったところで、俺は再び白根さんにとっ捕まってしまった。


「まあまあ、ちょっと付き合ってくれたまえよ!お茶でもご馳走するからさ!」

警保局の書記官にお誘いされて、イヤですって断れる人がいたら見てみたい。

特に俺はかの吉田健三にプレッシャー入れるときに、白根さんを利用させて貰った件もあるし。


結局俺はあっさりと拉致され、日比谷のカフェでお茶することになった。


「もーまいっちゃってさ、例の福島事件の時に知事だった三島さん!今僕の上司なわけよ。」


どうやら本気で友達設定を貫くつもりらしい白根さん。真新しい洋館にあるカフェの一席で、お茶しながら上司のグチをこぼしている。


「ところで白根さん....。」

「なんだい?」

「本日の目的などお聞かせ願えましたら....。」


白根さんはゲラゲラ笑いだす。

「やっぱり友達としてお茶するって感じじゃダメかな?」

「明らかに設定に無理があります。」


白根さんはそれでもにこやかに、紅茶の香りを楽しむ風である。

「でも僕は本当に君に共感するところが多いんだよ。特に君の著作を読ませてもらってからね。」

「あ...アレお読みいただいたんですか。」


俺が書いた本といえば一つしかない。『政界の灯台』という、改進党の方針に一部私見を加えてまとめたものだ。


「君の論じる『政府と官僚の区分』は特に気に入ったよ。誰が政権責任を取ろうと、国民のための一機関として懸命に働く。それこそ僕の理想とする官僚の姿だ。」


うーん、『恐ろしく融通の利かない男』として、官僚の間でも名高い白根さん。

俺のイメージする官僚の姿を具現化すると、こーゆー人になっちゃうんでしょうか?


「はいはい今日の目的ね。まあ君たち民権運動家には確実に影響する事だから、是非聞いていった方がいいよ。」

「それはもう、警保局書記官のお話という事でしたら。」


どうやら先ほどからの『友情』アピールは、何がしかの情報をリークしてくれるっていう事らしい。

あんまり借りを作っちゃイカンとは思うのだが。


「その三島警保局長がね、品川内務大臣の構想として『保安条例』なるものを閣議に通そうとしてるって言うんだ。これはかなり危険度が高いよ。」

「『保安条例』ですか?それって集会条例とかとは違うので?」


民権運動をモロに的としていた『集会条例』は、福島義挙のあと大幅に取締りを緩められていた。

国会設立が決定したのだから、政治活動の基盤となる集会が認められるのは当然と言えるが。


「まだ僕は詳しい内容を知らされてないけどね。恐らく警保局が『危険認定』した個人や団体が、反社会的活動を『準備』した段階で逮捕出来るってモノになるだろう。」

「.....それって政党に対して適用されるものですか?」


危険団体の取締りが必要なのは間違いない。

しかしワザワザそんな条例作らずとも、既存の条例で十分取締り可能なはずだ。


「品川内務大臣や三島局長は、恐らく政党への取締りを念頭に置いてこの条例を準備している。運用されれば君たちへの圧力は相当強まるだろう。」

「そんな個人的趣味みたいな条例、閣議を通るはずありませんよ。」


俺はそう言ったものの、少々心配にはなった。

以前コワシさんから聞いたのだが、品川内務大臣を始めとする長州閥と、黒田農商務大臣の率いる薩摩閥が共闘態勢にあるって話。

この勢力が閣内で多数派を握ったとすれば、この条例だって通ってしまう可能性はある。


「そーかな?そーだといーけどね。」

ズズっと紅茶を啜りながら、白根さんは他人事のように言った。

微塵も友情を感じないっすねその言い方。


今のところ内閣総理大臣は、国務大臣の任免権を持たないので力が弱い。

多数派工作はやっていると思うけど、後で大隈さんにご注進しておこう。


「いずれにしてもご忠告ありがとうございます。関係各所に内々で注意を促しておきます。」

この人は『保安条例』を阻止することで、何かメリットがあるんだろうか?


「それからこれも言っておきたいんだけど。」

白根さんはカチャリと茶碗を置いて話を続ける。

「三島局長は当然だけど福島事件際、自分が受けた処分に憤っている。最も恨んでいるのは、事件当時者の宮崎八郎だ。」


それはそうだろう。

県知事だった三島通庸の身柄を拘束した張本人だもんね。


「保安条例成立後は真っ先に狙うって事ですか。」

「彼の怒りは尋常じゃない。恐らく条例で逮捕とか、そんな迂遠な手段で済ますつもりは無いと思う。」


いや、どういうこと?


「君はあの時大阪で、自由党に出入りしていたよね?逮捕できなかったから確証はないけど。」

「ナンノコトデショウ?」


俺が大蔵省予算局にいた時の話である。


予算関連で質問があるとか言っておきながら、俺の予定を聞き出して大阪でお縄にしようと企んでいたよなこの人。まあ恍けても無駄だと思うが、実際捕まってないんだから構うこっちゃない。


それこそ『集会条例』緩和後の、何ら後ろ暗いところない話なのだ。

なのに民権運動を扇動した人間が、大蔵省の予算を握っているなどケシカランと難癖をつけられ....まあ終わった話なのでもうどうでもいいが。


「恐らく宮崎とも懇意なんでしょ?この事は知らせておいた方がいいよ。三島さんは幕末には相当な荒事もやって来た人だから、殺れと命じれば動く手先ぐらい....。」


オイオイそれはイカンだろう。暗殺?


「以上が君に伝えたかった事だ。僕の友情の印としてね。」

「何度も言いますがその設定ムリが多すぎです。」


しかしこの人がそう言うんだから、十分あり得る事なんだろう。ハチローさんには身の回りに注意するよう伝えておかないと。

それにしても暗殺なんて事が日常的に起こる時代。許せん!俺が将来同じ目に遭うと思うとなおさら許せんぞ!


「僕の友情が信じられない?心外だな。」

白根さんは再びにこやかに笑い、ゆっくりと席を立った。


「白根さんは民権運動に対して、反感を持っておられると思ってましたが。」

俺の事を要注意人物と認定しているくらいだし。


「民権運動を敵視などしていないよ。僕が敵視するのは秩序に対する脅威そのものだ。」


そう言う白根さんの姿は、実に優雅な紳士である。遠目に見ていればこの人の口から、政治の膿が語られているなどと想像する人はいないだろう。


「つまるところ僕は君の著作に感心したんだ。官僚が個人の感情や利益にとらわれることなく、ただ国のために機関として献身的に働く。そんな未来が実現できるのなら、民権運動も悪いもんじゃない。」


そう言い残して白根さんは俺の中に大きな警戒心と、わずかながらの友情を同時に残し、爽やかな秋の風のように立ち去っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ