国を違えど、心を一つに
ご感想ありがとうございます。
なんかスゴイ嬉しかったです。(*´ω`)
前半金玉均、後半は初登場の竹添進一郎視点です。
李氏・高宗17年9月30日(1880年8月27日)
「閣下、お忙しいトコロすいませんですが。」
私はぎこちない日本語で、竹添進一郎公使へ挨拶する。
2年ほどの学習が実ってかなり通じるようになったと思うが、支那語に比べて学びにくい事この上ない。
「やあ、玉均。待っていたよ。」
下女に案内されて公使の執務室に通された私は、竹添公使の歓迎を受ける。
花房公使の後任として京城府にやって来た竹添さんは、前任者と比べ地味な容貌ながら、気さくで付き合い易い人柄の紳士だ。
お陰で公使館へも気楽にやって来れるようになった。
「今日はどうした?そろそろ日本へ訪問するっていうのに、準備はもう良いのかね?」
公使の言われる通り、来月には右議政の金允植様と日本を訪問する。
「はいそうです。ソノ準備あります。トウヤマどのに会いに来て、公使にアイサツ来ました。」
「おおそうかい!わざわざありがとうな。まあ掛けたまえよ。」
とっつき難い顔つきだが、話せば穏やかな人柄の良さを感じさせる。
おかしな事だが、まるで父親と話をしているような温かみすら感じた。日本人にこんな人がいようとは。
「ミナ日本楽しみデス。閣下にはイロイロお世話になってアリガトゴザマス。」
「いやなに、要人との面会や工場見学なんかは、我々の方がむしろ見てもらいたいのだ。遠慮はいらない。」
そう言って竹添公使は下女に茶を持って来るよう言い付ける。
「楽しむのは結構だが、公務を忘れてもらっては困るよ。」
穏やかな笑みと共に、竹添公使は私を揶揄うようにそう言った。
「ハイハイ、もちろん、分かってまス。」
今回の訪日の目的は、朝鮮国内での日本政府による支援強化交渉にある。
殖産興業計画を提示し、経済・技術の両面で日本からの支援を引き出さなければならない。
英国には無視され、清国には自国に其処までの技術もない。
当然の帰結として我々には日本の支援を受ける道しか無いのだ。この道理が親清国派には理解できぬらしい。
「道中は頭山君が差配してくれるだろう。彼が一緒なら問題あるまい。」
公使は頷きながらそう付け加える。
トウヤマというのは京城府内に店を構える、日本から来た商人である。竹添公使とは非常に親しく、民間人ながら公使館へも頻繁に出入りしている男だ。
日本の珍しい日用品や調味料・乾物などを商っていて、書籍も販売していることから日本語の学習教材を求めて私も出入りするようになった。
京城府内も決して治安が良いとは言えず、また両班階級のタカリ嫌がらせも多かろうに、よくも外国人の身で商売など出来る。彼の店が開業当初は、実に肝の座った男だと感心したものだ。
実際に何度か泥棒などが押し入った事もある様なのだが、彼の配下には軍人であった者もおり、泥棒如きはあっという間に撃退されるという。
トウヤマの店は安全だという触込みが広まって、今や役人達が彼らを自宅へ上げるほどまで信用されている。
商品を届ける途中で、品物を強奪される心配が無いからだ。
このように京城府ではそれ程に信用高い男だが、時折り何処か油断ならぬ目つきと所作をみせる。
私にはソレが気になり、左程心を許せる関係にはなっていない。
それでも有能な男には違いなく、今回の訪日には公使の要望もあって同行してくれる事になっている。
今日は段取りの確認のため、そのトウヤマと公使館で待ち合わせている。
まるで自宅のように公使館を使う、実に奇妙な男だ。
「今日は時間がある。良かったら私も同席させてくれまいか。」
公使は温かみある声で私にそう言う。異論のあるはずも無かった。
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『コンニチワ、金参議どの。』
公使と歓談していると、遅れてトオヤマが執務室に入ってきて、朝鮮語で挨拶をした。朝鮮の服も板についてきたモノだ。坊主頭が少々目立つが。
日本人としては平均的な背丈、しかしどこか支那の豪傑を思わせる雰囲気がある。
メガネの奥の細い目が、油断なく部屋の様子を確認しつつ、しきりに顔の汗を拭っていた。
9月も終わりの季節だが、まだまだ暑い日が続いている。
『トオヤマさん、お忙しいのにありがとう。』
私も朝鮮語で挨拶を返す。彼の学習進度は中々のものだ。
「最終の日程ばお持ちしました。面会予定の現場責任者と役人、要人の一覧も添付しております。」
トオヤマは私へ書類を手渡してくれる。こういった細かな気配りある準備は、日本人に共通した特性だろう。
「これはアリガト、助かりマス。」
私が受け取った書類をパラパラと確認していると、公使が横からのぞき込んでため息をついた。
「随分と過密な日程だね。もう少しゆとりがあっても良いんじゃないかな?」
公使はトオヤマにそう苦言を呈して、書類机の上から団扇を取って渡してやっている。
トオヤマは礼を言ってぱたぱたと団扇で全身を扇ぐ。
「ワシももう少し見学に時間ば取りたかったとですが、井上外務大臣の予定ば考えると、どうしてもこんな予定にせざるを得んのです。」
トオヤマは申し訳なさそうにそう言った。
「それでも東京の日程ば終わって余裕があれば、関東の施設も見てもらえる思うとります。」
こちらの要望はほとんど網羅されている。文句をつける所は無かった。
「トオヤマさん、アリガトゴザマス。これでオミヤゲ準備できる。」
要人たちへの手土産も準備しなければならない。
「出発は....もう1週間もないね。」
竹添公使はそう言って私の肩に手を置く。
「しばらくは寂しくなるな。だが君にとって素晴らしい機会だ。色々勉強してきてくれ。」
私は書類を応接机の上に置くと、公使の手を両手で取って感謝を伝えた。
「公使、ホントにアリガトゴザマス。公使のオチカラなければ、実現無理だった。朝鮮のミナに替わって、お礼します。」
最先端の施設を見学し、これだけ多くの要人たちと会談する。
これだけをもってしても独立党の、ひいては朝鮮の未来にどれほど寄与できることか。
現状日本との協力関係は、軍の教育に限られて進められているが、今後は国の経済を育てる方面で多大な協力関係が不可欠だ。
協力関係といいながら、実際には朝鮮が多くの利を得る取り組みになる。
日本がそこにどのような条件を付けてくるのか、そこが交渉の焦点となる。
「日本は軍の駐留を求めてくる。清国との調整も必要になってくるが、そこは伊藤総理が李鴻章どのと会談する予定がある。両国の調整後に恐らく同じ数の陸軍駐留が決められるだろう。」
公使は少々言い辛そうにそんな事を言ったが、それらはこの訪問が決まった段階で了承済みの事だ。
「ソレより焦点は、内地カイホウですね。」
一足飛びに日本人の土地所有や鉱山開発を認めるのは難しい。
しかしそれらが無ければ、鉄道敷設や鉱山の開発に金だけ出して権利を与えぬという事にもなり、そんな利益の無い投資は誰もやらぬだろう。
「今の時点でいきなり多くを求めることは、日本政府の方針には無い。我らの希望はあくまで朝鮮の自立と防衛の強化であり、それは日本の安全保障にもつながる事だ。ゆっくり、時間をかけて交渉しよう。」
公使はいつものようにそう言ってくれる。しかし国内の経済的惨状が、時間のゆとりを許してはくれぬ。
「我らの計画、お渡ししたトオリデス。実現メザシテがんばる。」
ウムウムと公使もトオヤマも頷いて賛意を示してくれる。やはり日本は清国と違う。
勿論日本には、清国にない領土的野心があるだろう。
だがもしもだ、もしも古臭い考え方に縛られ、既得権益を守ることしか考えぬ者どもを一掃する事に、日本の力が借りれるのなら.....。
私は金弘集さまの、政治的なモノの考え方に影響を受けつつあるのだろう。
今回の密かな目的の一つには、日本に革命賛同者を探すことも含まれている。
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「玉均どのは、かなり危ない橋ば渡ろうとしとられます。」
公使館の門を出る玉均の後姿を見ながら、頭山君がそう言って冷めた茶を飲み干す。
「例の政治顧問の件かね。」
ドイツ人の政治顧問であるメレンドレフ氏は、実は清国政府が送り込んできている。
私自身天津に勤めていた頃、彼と何度か会う機会があった。その時既に清国政府の要人と、かなり親しい関係にあると噂されていたものだ。
「はい。先日ご報告した通り、ワシの部下がメレンドレフとロシア公使が、かなり頻繁に会っていることを掴んどります。恐らく日本や清国同様、ロシアが何らかの協力ば申し出るのかと。」
「領土野心むき出しのロシアを政府に近づけるか?随分と馬鹿げた方法に見えるが、三者を競争させようという魂胆かな?」
私は改めてメレンドレフ氏の考え方に呆れてしまう。
ロシアの望みが南方での軍港の獲得である事は、欧州では子供でも知っている。このような接近は朝鮮に如何なる利益ももたらさぬだろう。
「さらに玉均どのの上司である朴判書が、メレンドレフと接近しております。玉均どのはどうやら其処に気付いておられるようで、盛んに探りを入れています。」
「なんと....それは少々危険ではないかね?」
私は彼の身を案じていった。父と息子程は離れていないが、短い付き合いの中で、この賢い朝鮮人を息子のようにも思うようになっていた。
「それだけに止まらず、実は....清国公使とも連絡ば取っておるようで。」
「まさか!」
私にはちょっと信じられなかった。日本との取引にあれほどの情熱を見せる彼が、裏の顔では清国とも通じているというのか?
「ワシは玉均どのが、ロシアや清国と通じているとは思うておりません。むしろ兵曹の役人として、情報活動をしておるのでしょう。先ほど申し上げた通り、かなり危ない橋ば渡らされとると思います。」
私は少々取り乱した。我ながら感情的になったと、後から考えればそう思う。
「頭山君、彼を助けてやってくれ。」
この京城府で最も頼りになる男、情報と暴力の支配者である頭山君は、汗を拭きつつじっと考えている。
「公使閣下、ワシは少々あの男に不安ば感じとります。どうもあの手の男は、謀を好んで正道を進まない傾向がある。」
「縁故とワイロが横行する政府の中枢にいるのだ。多少の謀略は無ければ生き残っていけるモノじゃあるまい?それに少なくとも少数派の親日党を、ここまで成長させてきた男だよ。」
頭山君はウームと唸りつつ、了解を示すようにちょっと頷く。
「まあ上からの指示でもそうなっておりますけん、玉均殿をお守りするのは吝かじゃなかです。それでも公使閣下、これだけは申し上げておきますが。」
頭山君はそう言って、私の顔をじっと見つめた。
「仮に玉均どのが何らかの実力行使に出たいと相談してきても、ワシ等は手を貸すことはナカとです。それだけは覚えておいて下さい。」
陸軍参謀部直属の民間人は、そう言って私にくぎを刺した。私の中にある甘さを見透かす様に。
最早定番のマイナー改変ですが、竹添進一郎は1884年ごろの赴任で、史実ではこの時点で中国にいる頃ですね...。
肥後天草出身で、地元では井上毅と並び「四天王」(笑)と呼ばれた秀才だそうです。