日常的陰謀
犬養毅の日常が続きましたので本日は...
悪い人たちのおはなし(*´ω`)
前半は白根専一 後半は品川弥二郎視点です
明治13年(1880年)8月4日
私、白根専一は上司に恵まれない。
こんな事を言えば、そんなものだよとアナタは慰めてくれるかもしれない。
オマエ自身は理想の上司になれるのか、と叱咤される向きもあるだろう。
だが警保局という私の仕事を思えば、アナタとて他人事と言ってはおれぬだろう。
人々から自由を奪うことを生きがいにしているような人が私の上司となれば、アナタの生活すら脅かすことになるかもしれないのだ。
残念ながらそんなことが起きた。
今年4月に伊藤博文内閣が誕生し、私の上司はまたしても変わった。
内務大臣に品川弥二郎さん、長州閥の引継ぎ人事だ。この人の事は正直良く知らないが、別に評判の悪い方ではない。
問題はこの人である。警保局の新任局長、三島通庸さん。
この人は評判甚だよろしからず。
先の福島事件で民集を弾圧し、蜂起のきっかけを作ってしまった鬼県令である。
「ワシは2年も謹慎させられちょった。暴動の主犯格が1年で釈放されとるのにじゃ!」
着任早々復讐宣言だ。ダメだろう、こんなヤツ警保局長にしたら。
「ようやくの公職復帰じゃ!手当たり次第取り締まるぞ!白根君よろしく頼む!」
.....よろしく頼まれてしまった。しかも謹慎の鬱憤晴らしの片棒を担ぐことを。
「特にあいつら自由党よ!おのれ宮崎覚えておれよ...。」
私怨を動機に動く宣言。こういう方が日本で最大の組織治安である、警保局を束ねていこうというのだ。
ほーら他人事ではないでしょ?
「....局長、お言葉を返すようですが、このご時世に民権運動取締りというのは少々悪手では?」
国会開設の詔がアナタの暴挙の結果として無事公布され、集会・新聞への規制は大いに緩和された。
そこには、取締りの強化は暴動発生の抑制となるどころか、規制そのものが暴動の原因となってしまったという反省がある。
規制強化のときに条文は変えず、解釈変更によって取締りを強行した、というのも反省材料だった。
まあ戻す時も簡単だったわけだが、法律とはそのように解釈によってコロコロ変えていいもんじゃない。
そして今、この人が?また規制強化を?馬鹿か?
私とて秩序を保つために、必要とあらば手段を選ばぬ覚悟はある。それが私の仕事だからだ。
だがすでに意味がないばかりか逆効果と証明されている規制を、ここに至ってまた繰り返すのならば、馬鹿と詰られて当然である。
「こ、これはワシの発案ではないぞ!品川内務相のご方針によるものだ!」
『保安条例』ねえ?
官僚経験の長い品川さんが、この程度の道理を弁えてないとは思えない。
「どう考えましても、伊藤総理の方針から逸脱しまくりですが。」
総理は国会開設に際し、安定的な国会運営のために民権政党『改進党』と協力関係を結ぶ。
その領袖が政府の大黒柱、大隈蔵相であることも官僚へ安心感を与えた。
その総理がいまさら政党側にケンカを売るような真似をするはずもない。
「我々の指揮官は総理ではない。品川内務相だ。余計なことは考えんでいい。」
三島局長はもう話は終わりとでも言うように、机の上の書類に目を通し始める。
確かにこの方を警保局長に選ぶ時点で、品川内務相の考え方は明らかだ。
長州閥のあの方が薩摩出身の三島どのを選ばれた裏には、薩摩との取引もあるのかもしれない。
私は一礼すると局長室を後にした。
山田顕義どのの下、内務省には平穏が訪れていたが、それを評価しない人も大勢いたという。
再び内務省は不穏な空気に満ちた組織へと変わっていくのだろうか。
私にしても民権運動家など好きではない。暴動を好むものも多いし、無政府主義などという危険思想は放置してよいはずもない。
だがそのすべてを『民権運動家』と一括りに見ることも危険だ。例えばその大隈蔵相の改進党。
あそこには彼がいる。私は思い起こして笑顔になった。
希代の策士でありながら、後ろ暗さを微塵も感じさせない。
彼のような人が作る政党であるなら、それもまた見るべきものであるのかもしれない。
『人ふたりが集まりて石垣を作る。各々自身の石垣を作りて、他方のより己が作りたるを良しとするより、双方の知恵を持ち寄りて、一つの石垣を作るがより良いのは自明の理である。』
彼の著書『政界の道標』の官民協調を説明した一文だ。
....最近つい読んでしまった。可笑しなことであるが、感銘を受けた。
私は彼等の作る石垣が見たいとすら思いはじめている。
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「『保安条例』?」
「そうです。危険な思想団体や政党の取締りのため、是非ともこの法案を通す必要があります。」
黒田さんとの会談はもう何度目になるか。
私と薩閥との協調関係は、日増しに良好なものになって来ている。
「品川君、君には三島の面倒をみてもらって恩義に感じているよ。しかし総理は政党の規制強化に反対だ。というか意識の片隅にもない。どう考えてもそんな法案が通るとは思えないが。」
黒田さんは苦笑気味に私の提案を否定する。
「伊藤総理は確かに『政党への規制を最低限にせよ』とおっしゃられています。しかし規制すること自体は否定されておりません。」
私はそう言って静かに酒を口にした。
黒田さんは暑さに我慢がならぬのか、しきりに団扇で胸元を扇いでいる。
「だがねえ...。」
「それにこの法案が通せれば、政党の取り締まりは飛躍的に容易になります。黒田さんのお嫌いな改進党の連中も、少しずつ勢力を削いでゆけばいずれ機能しなくなるでしょう。」
黒田さんはピタリと動きを止める。
「だが大隈がそのような法案を座視する筈はない。君の提案は現実的ではないよ。」
再びパタパタとせわしなく扇ぎ、茶碗の酒を一気に飲み干す。
私は空になった巨大な茶碗に、酒をなみなみと注いでやる。
「確かに今は政党の活動を容認するのが、世の流れと言えるでしょう。しかし危険な思想が世の中から消え去ったわけではなく、無政府主義者や社会主義者なんて輩が欧州では跋扈している。」
黒田さんは私から目を離さず、上目づかいに茶碗を口へ持っていく。
「伊藤総理もこの度の欧州視察で分かっておられるはず。取締りの内容は『危険思想』です。だがこれは解釈次第でいかようにも出来る事。」
黒田さんは再び酒を流しこむ。
「それで本当に...本当に大隈の息の根が止めれるならな。」
「止めれるなら?」
私は問い返す。いや息の根を止めるとまでは言ってないが、それが望みならそこまでやったって構わない。
「...やってみようじゃないか。華族制度の成立は既に見えた。この後はその法案成立に向け、我々が再び力を合わせてゆく。」
「ありがとうございます。必ずお互い満足のいく結果になるとお約束します。」
今回は露骨に連合を組むような必要はない。
危険思想への対応は遅かれ早かれやらねばならぬ事だからな。山田司法相の賛成も取り付けている。
薩閥には話を通しておけば安心というだけの事。
「品川君。その代わり、と言っちゃあなんだがこちらも頼みがある。」
「なんでしょう?」
私はカタリと杯を置いた。
「そんな畏まらんでいい。随分と先の話だ。」
黒田さんは鷹揚に笑みを浮かべる。
「伊藤総理は憲法設立と共に任期を終える....。ワシはその先を見越して今から動いていたい。」
ギラギラと目を光らせ、欲望をむき出しにした薩摩の領袖。
本気か...?国会が設立される年の総理大臣をこの男が狙う?
私は酒が少々入った頭で、懸命にその時どうなっているかを計算する。
首相候補は恐らく....大隈蔵相・黒田農商務相・松方逓信相・井上外相あたりか。
このまま改進党との関係が続けば、間違いなく次は大隈だ。
それまでに勢力を削ぎ落し、黒田さんを首相にか。
長薩の交代という事であればそれでもよし。どうせ国会開設時の首相など誰もやりたがらん。
「ご協力しましょう。」
私はきっぱりと言った。全面的に協力するといった雰囲気を出したつもりだった。
「そうか!そりゃあありがとう!品川君が味方ならば百人力だ!」
無邪気なものだな。
「それを実現させるためには、是非ともこの法案を。」
「うん、うん。奴らの勢力を弱めなければな!」
「それだけでは十分ではありません。」
私はここで勝負に出た。我らの本当の目的をここで...。
「どういう事だ?」
どうやら...コイツは全く分かっていない。
その状態でよく首相になるなどと口に出来るものだ。
「つまり首相になったところで、議会がうまく運営できなければ、早々に解散となり首相は入れ替えという事になってしまうからです。」
「なに!議会と首相がそんな関係になってしまうのか?」
余りの不勉強さに私はガクリと項垂れた。
コイツは閣議の席でいったい何を聞いているのだろうか。
「だからこそ伊藤総理は改進党と結び、議会運営を重視されているのです。アナタもそのおつもりで、議会運営を視野に入れておかねばなりませんよ。」
「うぬ...大隈を切れば議会に切られるのか....。」
「我々も与党となる政党を持たねばなりますまい。だがその前に!貴族院です。」
私はあの人の名前を出す。伊藤総理に代わり長州閥の領袖となるべき人。
「手始めに貴族院議長に、そして貴族院を薩長閥で固めるのです。その先は...。」
「な、なるほど。」
我々の協定は議会構想にまで踏み込んだ。
我々にはその資格・その責務がある。薩長閥こそが日本を変え、その将来に責任が持てる人材なのだ。
黒田さんは更にせわしなく団扇をパタパタとやっていた。