八十八夜①
今日もう一投いくかもです。
誤字脱字報告ありがとうございます~!
明治13年(1880年)5月1日
夏も近づく八十八夜。
俺は結構忙しくなってきた。またしても。
原因はやはり憲法取調室への参加が、大隈さんに勝手に決められてしまったことだ。
勿論いやじゃないよ?それどころか大きなチャンスを貰ったとも思いますよ。
しかし月曜から金曜まで、ほぼ毎朝集合するのはどーなんですか?
憲法調査室という名前に誤魔化されたが、これって皇室典範から国会法、選挙法まで幅広く研究する部門なのだ。そりゃ忙しいわ。
午前中に解放される日も多いが、総理が参加したりすると午後までビッチリ仕事になる。
おまけに外務省顧問のヘルマン・ロエスレルさん。
この人との打合せがまた面白くって、つい時間がはみ出る。この人ドイツ法だけでなく、英仏の法律にも詳しいし、経済学者でもあって話をするとすっごい勉強に....すぐ脱線してコワシさんに嫌がられるが。
そもそも俺は改進党本部事務として、そこそこ忙しい日々を過ごしていたのだ。
イヤ、それはまあ、毎日8時間労働程度のモノだったが。
だがこの仕事がブッ込まれてからというもの、朝ははよからウチを出て、夜まで泣く泣く仕事するような社畜生活になってしまったのだ。
仕事より家庭を重視する価値観て、明治時代には全く理解できんモノなのだろうか。
そういえば今日だってメーデーなのに、そんな話は聞こえてこないし。もっとガンバレや社会主義者!
そして党事務の多くは書状処理や党決定の伝達、送金など。うん、俺じゃなくても出来るだろこれ。
大隈さんへ苦情を入れ、慶応から何人か手伝いをよこして貰ったので、今は少しマシになった。
といっても集会日程など、俺の判断が必要な仕事も多い。
今日は土曜日の半ドン勤務。
朝から党事務所で確認作業に追われる。
最近は地方で新聞社立ち上げも順調に進み、東京の記事を電信で送るような業務までこっちに回って来る。
コレは報知の仕事じゃないっすか?お義兄さま?
1か月ほどの滞在を終え、明日には朝鮮に戻るミツルにも書状の処理を手伝わせている。
「なんでワシが....。」
この数日間ウチに宿泊し、金之助の部屋に一緒に寝かせている。
メシとフロの代金としたら安いもんじゃねえか?ええ?
「犬養君、忙しいかな?」
ひょこりと事務所に顔を出したのは、副総裁の後藤さん。
ダイジョウぶっす...この書状書きを手伝ってイタダケルンデシタラね。
「いやあ、忙しそうだねえ。じゃあ後で晩飯でもどうかな。」
いや今日は....と言いかけた時にミツルが返事する。
「ワシ等今日はツヨシの家で晩飯ですよって、後藤先生もご一緒されますか?」
「おお、いいねえ。お邪魔じゃないかな?」
この流れで邪魔ですと言えるほど、俺の心胆は練れていない。
「それじゃあ後で。」
後藤さんは上機嫌で去って行った。
「ミツルお前...。」
「いやすまん!ワシの家でもなかやのに勝手に決めてしもうて。」
イヤ俺はいいんだけどさ。今日はお前の送別会のつもりだったから。
「そうと決まればワシ一足先に帰って、お綾さんへ1人増えたコト伝えにゃいかんばい。」
そーだね。でもそーなるとコレ俺1人でやることに....。
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半ドンだっつーのに当然午前中に作業は終わらず、3時ごろようやく事務所を出発という事になった。
「悪いねえ。お子さんまで生まれるっていう時にさ。」
とは言いながら、全然悪びれたところがない後藤さん。それでも手土産にね、と言って日本酒を担いでいる様子はなるほど皆に好かれる人柄だな。
俺は最近宴会の参加を断ることが多い。
とーぜん綾さんをほっとく訳にはいかんからだ。
綾さん本人は『男子にはお付き合いも大事でございますから...』などと言って、気にせず外食するよう言ってくるのだがそーはいきません。
「ご妻女にはこっちだね。」
見れば団子の包もお持ちだ。
「今日はミツルの送別をやろうと思ってたんです。」
今のうちに言っとこう。俺は今日の趣旨を伝える。
「なに!そうだったの?いかん頭山君に土産は用意してなかった!」
何だか狼狽える副総裁。
「餞別にいくらか包めばよろしいんじゃないですか。」
俺が言うのに後藤さん困った顔をしている。
「チョットさ...貸しといてくんない?明日払うから。」
アナタ維新の元勲なのに、どーしていつもそーなんですか。
後藤さんが金を持ち歩いているのを見ることは少ない。行くところは大体決まってるし、後から三菱の人が払って回っているからだ。
「悪いねえ。必ず明日払うよ。」
後藤さんの『悪いねえ』は有名だ。全然悪いと思っていないからね。
それでもこの人を悪く言う人は少ない。大風呂敷とかほら吹きとは言われるけど。いや悪口かそれも。
でもなんか悪意がこもってない悪口というか...。
何だかんだいつの間にか、俺も後藤さんファンの1人になっちゃったってことかな。
「今日は何か俺にお話があるんですか?」
ちょっと改まって聞いてみる。
「うーんチョット気になることがね。大隈さんから聞いた黒田君と品川君の話。」
ああ、俺も聞きました。コワシさんにも聞いたけど。
「人が集まれば対立があるもんでしょう。よくある話じゃないですか?」
俺は部外者だからか、さほど気にもしていなかったけど。
それにその人たちの事はほとんど知らない。小説で読んで、モブキャラ的に認識したくらい。
「正直その2人の組合せってほとんどあり得ないと思うんだよね、性格的に。」
「性格的にですか....。」
何だかすっごいあやふやで、後藤さんっぽい言い方だ。俺はついニヤける。
「犬養君、どうでもいいと思ってるだろ?なんか腹立つ。」
むくれる副総裁。子供ですかアナタ。
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「後藤先生、本日はむさくるしいところへわざわざお運びいただき、誠にありがとうございます。」
家に着くと、綾さんは金之助に支えられながらも、三つ指ついてお出迎えしている。
あら?何故ソノヨウナ事になってるんです?
「主人から何も聞いておりませんでしたので、大したおもてなしも出来ませんが....。」
そう言ってオレを見る視線がレーザービームのよう。
もしや怒ってます?
すぐに後藤さんを居間へご案内し、俺は蔭へ引き込まれる。
「アナタ~。突然のお客様はいいのだけれど...。もう少し当家の分ってものをお考えになって。」
可愛い顔はやはり怒っている。
「いや、ミツルがね...。」
「仔細は頭山さまからお伺いしています。でも!後藤先生といえばアナタ!御一新の立役者で元勲!」
俺的に後藤さんは維新のスチャラカ枠なのだが、今はもう言うまい。そんな雰囲気じゃない。
「この度の華族制度改正で、爵位を貰われるのは確定!という方です。だ、男爵とかいうあれですわよ!」
綾ちゃんそーじゃない。俺が記憶しているところでは確か後藤さんは伯爵だ。
だがもう説明するのは諦めた。
「ウチにお越しいただくなんて恐れ多くて...。ましてや私の手料理など....。」
気持ちは分かった。でもそんなに卑下するものじゃない。
「お綾、後藤さんは立派な人だ。地位や出自で人を見下すような人じゃない。」
俺は穏やかにしゃべりかける。
綾さんは何かまだ抗議しようとするが、俺は機先を制する。
「新しい時代にはこういうことが起きる。」
俺がそう言うと、綾さんは口を閉じて大きく目を見開いた。
「大名と平民が一緒にメシを食う。貴族の女子が乞食に惚れる。政党などやっていれば、この先いくつもこんな事は起こるんだ、いちいち驚いてちゃいかん。支那の皇帝だってウチで飯を食うかもしれないよ?」
ちょっと黙った綾さんの顔は、たちまち花のように咲きほころんだ。
「はい....。」
そう言って何故か俺の胸にもたれこんでくる。
別に冗談こいたつもりはない。
近い将来、ホントに孫文がウチに下宿するかもしれんのだ。
コレ金之助!目を逸らすんじゃない、そうじゃないから!
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後藤さんとミツルはすでに胡坐をかいて一杯やっている。
この2人は朝鮮でお馴染みだ。
後藤さんは朝鮮の近況を知りたがった。
次々に出てくる料理に気を取られながら、ミツルはどっから話すンがよかかねーと暫し熟考。
「先ずは政府の新しい顔ぶれか。そして奴の事ば話さにゃならんね。」
そう話し出すミツルは芋の煮物を嬉しそうに頬張った。
八十八夜は『遅霜』注意の日だ。