待ち人来たる
体調復活いたしました!
今後も毎日更新に向け頑張ってまいります。
福沢先生ご家族の住む母屋へ引っ越して翌日、朝っぱらから枕元に人の気配がする。
まだ重たく、眠い頭を働かせる。コレは......霊体験か?結構な数の人がいるような?
いや周囲も明るくなっている様だし、まさか幽霊じゃあるまい。
なんか起きたのか?火事とか?
それともドッキリか?早朝バズー〇?
「いぬかいさん!起きてくだされ!」
「いぬかいしゃーん!」
「おきちくだしゃれ!」
ドワッと重みが布団の上からかかってくる。それと同時に子供達の、嬉しそうにはしゃぐ声が聞こえる。
ああコレは福沢先生のお子さん達?
寝起きで動かぬ体を、無理やり動かして対抗してみる。
布団の中に潜り込んだ子供たちは、オイオイ何人いるんだよ?先生子沢山すぎでしょ。
「コラお前たち!いい加減にしなさい!犬養さんにご迷惑だろうが!」
年長者らしき子が注意してくれた。
いやこんぐらいなら楽しいもんだけどね。頭をバシバシやられながら、笑顔にならざるを得ない。
「おはようございます。えっと、皆さん福沢先生の......?」
「あれ?犬養さん、私をお忘れですか?一太郎です!」
また出た!困った出会いパティーン!
「い、いやあすいません、一太郎さん。暗くってよく見えず。」
「ああそうですよね!本当にすいません。妹たちがはしゃいでしまって。」
「全然問題なひでふお〜。」
顔ビローンとやられているところで、怒ることなど出来はしない。
問題なのはむしろ、全員の名前を言ってみろ!とか言われる事である。
「母がお食事をぜひご一緒にと申しております。よろしければお支度を。」
「は?はい!すぐに!」
そうしてまだ布団に包まっている妹たちを、笑顔で引き剥がして連れ出してくれた。
一太郎くん紳士だね!名前がネタっぽいけどね。
布団を上げる生活っていうのは人生初かもしれないなぁ。
面倒だけど、気持ちの引き締まるものかもしれない。窓を開けて、ササっとホウキで埃を払う。
顔を洗い衣服を整えて階下へ降りると、皆さまゾロソロと御着席されるところだった。
福沢家の食卓は洋風だ。しかし料理は完全なる和風だった。
奥さまとお手伝いさんで配膳がなされている。
「あら犬養さん、おはようございます。昨日言わなかったけど、よかったら食事は毎食召し上がってちょうだい。どうせ多めに作るのだから、残っても無駄になるし。」
奥さまは優しく言ってくださる。
「りつの作るメシは美味いぞ。お前さん線が細すぎるから、せいぜいここで太っていくと良い。」
先生も新聞を読みつつそう言ってくれた。
お子さん達の興味津々な目線が突き刺さる中、ありがとうございます!と言って末席に着く。
本当にうまそうだ。そして賑やかな食卓は楽しい。
「今日は特に用はない。お前は自分の勉強を進めなさい。」
「分かりました。午後にも郵便報知へ顔を出してこようと思います。」
「そうか。まあ良かろう。奴らも人気記者が戻っているのに、記事が書けないのも問題だろうからな。」
人気記者?また先生大げさな。
俺がニヤニヤしていると、奥さまも大いに同意している。
「犬養さんの人気は相当なもんですよ。貴方の記事が出た日は、新聞の売れ行きが倍違ったそうです。」
なんかとてもおかしな事になっている気がする。
「実は自分の記事が載った新聞を見た事が無いんです。」
とたんに食卓は静まり返った。
全員が、幼いお嬢さんまでが《まじかこいつ》的な目で俺を凝視している。
いや.....俺が悪いんでしょうか?
「戦場でも本部辺りには届くんですが、前線には新聞などありませんでしたし。」
「そうでしたか.....オイ捨次郎、父さまの古新聞を持っておいで。犬養さんの記事が載っているやつな。」
一太郎くんが弟くんに言いつけている。
しっかりした子だよなあ。高校生くらいかな。弟くんも中学生くらいに見える。
そして捨次郎くんの持ってきてくれた新聞を見て、俺はしばし絶句した。
一面の下段、かなり太い帯が入って白抜きの太文字が目に飛び込んでくる。
『犬養毅先生の戦地直報掲載!衝撃の西郷軍逃走劇全貌!』
......東ス〇かよ?犬養せんせい?コレマジ?
記事自体はその帯のすぐ下にデカデカと、2面目に渡って掲載されている。堂々のメイン記事だ。
「はっはっは、コレを見た事が無かったのか?道理で落ち着いたもんだと思った。」
先生はかなり意地悪そうな顔をしている。
「父さま、お笑いになるところではありません。犬養さんは命懸けで取材をなさっておられたのですから、コレくらいの称賛を受けて当然と思います。」
一太郎くんの俺をみる目が眩しい。なんか勘違いされてる気がする。
そこからは妹君たちが質問ラッシュ。
せんそうどうだったのー?こわいー?なんか....めっちゃ可愛らしい。
それを先生は一喝する。
「お前たち、戦争の話など食事中にするもんじゃない。ツヨシだって思い出したくない事もあろう。」
先生からもツヨシいただきました。
それにしても随分世間的に名前が売れてたんだな。以後気を付けて名乗る様にしなければ。
俺はりつ奥様の手料理を堪能しつつ、皆様のお話を注意深く聞いた。
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部屋に戻って山の様な手紙ととっくむ。昨日からかかってようやく返事が片付いた。
再びマル文字手紙を出して眺めた。指定された日まで、あと二週間程ある。
昨日一晩考えたが、コレは会ってみるべきだろう。
俺が失うものなど特にないし、ここまで事情が分かっている人物に会うのは、情報取集という意味でも俺の側にメリットが多い。
そこまでは今の生活に慣れる事だ。
今日は慶應義塾での俺の勉強、郵便報知での俺の仕事について、まずは理解すること。
俺は机に並ぶ帳面を片っ端から読んでいった。自分の勉強内容を知るためだ。
結論から言います。読める。しかし意味は分からん。
全て英語なのは仕方ない。しかしコレって経済学だよなきっと。
原書で経済学か......ツヨぽんレベル高すぎだろお......。
だがやるしかない、やるしかないよな!コレは今や俺の人生なんだ!
帳面に書かれていた書名を図書室で探しまくり、片っ端から読む......というとカッコいいが、全く頭に入ってこない。基本的な専門用語が問題と気づき、辞書を引っ張り出して基礎用語から洗い出す。
受験勉強みたいだ。
ツヨぽんがペンを持っていたのは有難かった。コレ筆書じゃあ絶対無理だな。
というより、この西洋紙の帳面が貴重品なのか。和紙じゃあペン書きは無理だもんな。
インクを濃淡2色使ってある。薄い方で一通り使った後、濃いインクで上からもう一度使うのだ。
情熱的節約。頭が下がりますツヨシさま。
あっという間に午前が過ぎ、俺は郵便報知へ挨拶へ。
本当は矢野さんと一緒に来たかったが、今日は授業がないらしく矢野さんは三田の講堂に顔を出していない。
もういい加減この世界にも慣れてきたし、何とかなるだろうと突撃する事にした。
遅くなっても良くないしね。
そもそも誰を訪ねればいいのかは分かってるんだ。
原稿を送って連絡もくれていた、主筆の藤田茂吉さんに挨拶すればいい。
三田から両国まで人力車で...と思ったら、遠すぎっから浅草までにしてくんな!と車夫のニイさんに怒鳴られる。仕方ないので浅草からは徒歩で。
色々と思い悩んでいた訪問だったが、全て俺の杞憂であった様だ。
両国の煉瓦造りのビルへ入り、受付も何もないだだっ広いオフィスで名前を名乗った。
「すいません、犬養ですが藤田主筆は......。」
とたんに魔法がかかった様に静まり返った事務所内。
何コレ怖い.....。ど、どうしたんでしょうか?皆さん何故ワタクシを凝視してるんですか?
「イィ、犬養が帰ってきたぞおおおお!!!」
「あああああああ!!!犬養さんおかえりなざああああい!!!」
「犬養先生のご帰還だああ!!!!」
20人以上の人間が一度に大声上げるとどうなるか知ってる?そうウルサイ。
何がどうなっているのか、朝方先生のお宅で新聞を見たので、なんとなく見当はつくものの、コレ程面倒な事になっているとは思っていなかった。
騒ぎは止まることを知らず、俺は人の波に押されて、奥の個室に押し流される。
皆が口々に何か言っているが、あまりの騒ぎによく分からない。
ようやく個室の中へ入ると、にこやかな紳士が立ち上がって俺を出迎えてくれていた。
「ツヨシ!よく戻ってくれた。100年待ったような気分だよ。」
その言葉が胸に突き刺さった。
何故だか涙が止まらなかった。
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この紳士が藤田茂吉さん、俺の上司であり身元引き受け人だ。
歳は矢野さんと同じか、若干若いくらいだろうか。ワイシャツにスラックスの洒落た姿が、新聞人らしくて格好いい。
過去の手紙などから、俺が一時期この方の家に寄宿していた事も理解していた。
そのせいだろうか、なんか家族にあったような気分だ。初めて会ったのに懐かしく感じる。
「ツヨシ、もうここまで来たら、学問も終わりにしてウチで正式に働かないか?もはやお前以上の記者など日本には存在しないんだ。というより新聞記者という職業が、お前の記事で世の中に認められる職業になったと言ってもいい。一緒にこの先を切り開いて行こう。」
兄貴のような温かさに、俺は相当グラっときた。
昨日先生から秘書の仕事を言いつけられていなければ、完全にこの話に乗ったに違いない。
しばらく考えた後、俺は慎重に言葉を選んで言った。
「お誘いいただいて凄く嬉しいです。俺も今回の仕事で記者という仕事の面白さが理解できました。それでも今は、勉強を優先させたいんです。」
本当に人生って分からないもんだ。
先にココへきていれば、俺は絶対この人の誘いを断らなかっただろう。この先の道も違っていたかもしれない。
「福沢先生のもとで学べる事は、他では得られないほどの質と量があります。虫のいい話で申し訳ないんですが、此処では今まで通りの仕事を続けさせて下さい。」
藤田さんは、温和な顔に寂しそうな表情を浮かべた。
「うーん、まあそういうと思ったよ。念願の慶應義塾に入れたんだものな。だがウチが払う給料で、その学問ができている事も忘れないでくれよ。」
「勿論です。今後も仕事は継続させていただきます。」
藤田さんは結構な額の報酬をくれた。
「約束通りの額だ。遠慮はいらない。」
当分は暮らし向きに困る事はなさそうだ。そして今後のスケジュールも詰まっている。何処に何時ごろ取材に行くというか打ち合わせを済ませ、俺はビルを後にした。
俺がやるべきことが明確になりつつある。
突然放り出されたこの時代に、段々と馴染つつある自分が嬉しかった。
そこから月末まではあっという間に過ぎた。
朝は福沢家の子供達とプロレスしながら起床。その後はひたすら勉強。
午後は先生の用件を調査し、必要あれば来客に同席。
週に2度ほど取材依頼が入るので、その都度夜まで記事を書き報知へ届ける。
夜は12時まで灯りをつけて良いと奥さまに許可をもらい、遅れを取り戻すべく勉強した。
そして新暦10月31日。
福沢家には、今日は地元の幼馴染みと晩飯を食うという事にしている。
お子様たちからは相当なブーイングを食らった。
しかし.....この手紙の主が何を考えているのか、場合によっては逃げ出す事も考えていなければならない。
増上寺の後ろにある紅葉山、山といっても小高い丘である。
周囲は囲まれているわけではない。
万が一の事があっても、座敷が庭に面していれば、突き破って逃げ出す事は出来るだろう。
意を決して入り口へ。すると俺の決意とは裏腹にステキな女性が登場。
「御予約いただいておりましたか?」
い、いやと口ごもる俺。誰の何という予約か、俺が知るはずもない。
困っている俺を見て、ステキ女性はクスクスと笑った。
「合言葉は?」
おお、と俺は救われる思いだった。
「東京タワー。」
「どうぞこちらへ。」
女性は奥を手で示した。
奥に待つのは誰なのか?俺は示された廊下を進んだ。
お読みいただいてありがとうございます!
皆さんに読んでいただくのが、ホント励みになってます。( ・∇・)