政界の策士たち
オリンッピクが?(;゜Д゜)マジ?
これ大騒ぎっすよね?
代表に決まってた人達どーなるの?やり直し?
サッカーの23歳制限は?世界陸上やらなんやらは?
混乱しか予想できない....
えー前半品川弥二郎さん、後半井上毅です!
閣議のあった日の夜、私は八丁堀の料亭で黒田さんと食事していた。
「品川くん。先ずは初日、ご苦労様でござった。」
黒田さんはやはり閣僚への選任が嬉しいのだろう。笑顔が絶えることがない。
長い間、北海道開拓使として苦労をされていた人だが、これと言った成果もあげる事が出来なかった。
開拓事業は赤字続き、ロシアとの千島・樺太交換交渉は評価されたものの、そのほとんどが榎本さんによるところだと皆知っている。
酒癖の悪さは世に名高い。
開拓使次官として勤務していた頃も、酔って艦船から大砲を岩にぶっぱなし、現地住民を殺害してしまっている。
先年も酔って帰宅した際、ご妻女を斬り殺した疑いがもたれた。
検分した医師が薩摩の者で、ろくに改めもせず病死としたなどと噂になっている。
とにかくいい評判の無い方だ。
モミアゲからつながる髭の精悍さは絵に描いたような薩摩隼人、性格は明るく人付き合いもいい方だが、なにしろ酒で失敗することが多い。
「黒田さんも初出勤お疲れ様でございました。新しい役所ですからご苦労も多い事でしょう。」
私は気遣いを見せる。黒田さんも性格に似合わず、細かい気配りをされる人だ。
まあそれがなければ、とっくに政界からは追放されていた事だろう。
「ナニ、ワシの気苦労など大したものではないよ。優秀な官僚諸君がいてくれるからな。」
そう言って豪快に笑う黒田さん。
先ほどから酒の量がとても気になる。
まあ飲めば必ず暴れるって訳でもないだろうが。
「それにしましても本日はご加勢、誠にありがとうございました。井上外相もお喜びでございました。」
「そうかい、まあ君の趣旨には完全に賛成じゃ。政党なんぞにいらぬ権限を与えてしまえば、国政が立ち行かなくなることは明らかである。大久保卿も常々言っておられたからの。」
そんな麦茶の如くぐびぐび飲まれずとも、酒は程ほどになさいませ。
「そう、貴族院の設立は今回の要点でございます。国事多難の折に、平民の嘆願ばかりが諮られるようなモノにしてはなりませぬ。」
私は努めて本心を悟られぬよう、声を平坦に装った。
井上外相の目的は政党抑制ではなく、外国との不平等条約改正である。まあこの方がそんな事まで理解しておらずとも良い。
「大体なんじゃあの大隈という男は!御一新ではロクな働きもしておらぬのに、幅を効かせよって!ワシャあの手の口先だけの男が大っ嫌いなんじゃ!」
思わず我が耳を疑うが、どうやらこの酒豪は本気でそう言っているらしかった。
大政奉還後の混乱期に、明治政府を悩ませた贋金問題を一手に解決した男を、イギリス公使パークスと対等に交渉する事が出来た唯一の男を、口先だけとは恐れ入る!
「た、確かに戊申の折には武功もございませなんだな.....。」
「そうよ!あのような武働きもできぬ腰抜けに何が出来ると言うのか!」
いやいや貴方よりは相当な仕事が出来る方ですがね....。
そもそも戊申の際には、かのお人は大政奉還を画策した罪で、牢獄へ入れられておったはず。
やれやれ、この方と話をするのはかなりの難儀だわい。
それでも大隈さんに対する相当な引け目があるのは幸い。
ここを利用してこちらに加担していただくのは造作もない。
しっかし本当に分かっとらんのかこの人は?今最高実力者である伊藤総理ですら、大隈さんに見出して貰ったようなもんなんじゃぞ?
「ところで品川くん、君のホントの狙いは何なんじゃ?」
スキを突かれて心臓が激しく痛んだ。
見れば茶碗を抱えながら上目遣いの薩摩隼人、こちらが油断したスキに打ち込んで来ようと決めていたらしい。
こういう処はさすが示現流皆伝、酒乱の馬鹿よと侮っていてはいかぬ。
何しろ今ではこの男が、事実上薩閥の首領格と言っていいのだ。
「何を仰せですか?私は黒田さんと同じく、政党がのさばることを良しとせぬ者。狙いと言えばそれのみでございます。」
ニヤニヤと笑ってこちらを見ている酒豪。
全く私の言葉を信じておらぬらしい。
「これは...困りましたな。他になんの目的じゃと聞かれましても、無いものは答えようもありませぬ。」
「品川くん、隠さんでもいい。君はあの井上毅が気に入らんのじゃろう?」
そんな事ではない!私は危うく叫びそうになって、すんでの処で押し留まる。
「何を...仰っておられるのか?」
「まあ隠さんでもいいよ。今日の閣議での君の様子を見れば、君が奴を気に入らぬのは直ぐに分かる。」
この男は閣議中にそんな事を考えておったのか。
事前に示し合わせた、いわば味方である私の様子を?つまりは全面的に信用しておらぬという事か。
「参りましたな...確かにあの男、我らが首領である伊藤首相に取り入って、ノコノコ欧州までついていくようなおべっか使い、凡そ長州の者でアヤツを好いておる者はおりません。」
本来は私が行っておるべきだったのだ!私ならば欧州滞在の経験を活かし、伊藤さんにより多くの実りある時間を過ごしていただけたのだ!
気に入らぬかって?ああ!気に入らぬとも!
肥後者風情がのさばりおって、我らが首領をやれ政党だやれ憲法だと、あらぬ方向に導きおるのが気に入らなくて何が悪い!
私は心の声が治まるのを待った。
こんな酔っ払いのハッタリごときで、我らの真の目的が露見してしまってはならん。
「まあそれが目的かと言われれば、違うとは申しません。あの者目障りにつき、憲法取調室とやらを混乱に陥れるのも悪くはございません。しかし左様な些事を大目的として、黒田さんのお手を煩わせるのではございませぬ。」
黒田さんは漸く聞きたい返事が聞けたというように、クックッと愉快そうに笑った。
「まあそういう事にしておこうか。ワシは大隈重信が気に入らぬ、君は井上毅が気に入らぬ。しかし共同して取り組むのは民権政党を抑え込むための、貴族院の設立と憲法上の優遇じゃと。」
「そういう事にしていただけますと。」
私は頭を下げて黒田さんに媚びを売る。
その辺りで誤解しておいてもらえれば、それでちっとも構わん。
自分が武の達人じゃからと、相手を見透かしている気になっておれ。
政治とはそういうものではない。
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「犬養毅という人は策士だと言いますよね。コワシさんはお知合いですか?」
伊東巳代治くんはそう言って私を見た。
貴公子然としたふっくらとした顔立ち、しかし出自は長崎の町年寄の家であり武士じゃない。
「良く知っているよ。人はそう言うけど、本人からすれば心外だろうね。」
私はそう言って、応接室の窓から永田町界隈を眺めた。戦後国会議事堂が作られる場所のはず...だけど今の状態からその面影は見当たらない。
長崎の町年寄というと、せいぜい庄屋さんくらいのイメージしか思い浮かばないけど、実際の権力は相当なものだったらしい。長崎奉行が交代制であり貿易の管理知識もない事から、実際に貿易業務を取り仕切っていたのはその代の町年寄達だったそうで。
そう聞けば彼の育ちの良さそうな雰囲気にも納得だ。
長崎伝習所でボアソナードから英語の教育を受けたという。ちょっとうらやましい。
「実は彼の本は、総理に勧められる前に読んでいたのです。公使館の小村寿太郎さんが同宿で、色々と話を聞いていたので興味あったんです。」
金子堅太郎くんも、犬養毅に興味津々といった感じ。
「小村さんも犬養さんを『大策士』と言っていましたよ。自分が外務省に入れたのも彼の奇策のお陰だと。」
私は苦笑するほかない。
歴史の本で見ていた繊細な印象とは違って、実物の金子堅太郎は意志の強そうなガッシリとした男だった。
まあ意志が弱ければ、到底彼のような経歴を歩むことも出来ないよね。
19世紀のアメリカへ渡って(しかも岩倉使節団の一員として!)、ハーバードロースクールを卒業するという事の困難さは想像もつかない。
この人がルーズベルトと知人であったことが、日露戦争の際に役立つんだよねえ。
今この時点で私が数えで37歳、金子くんが28歳、伊東くんが24歳。
日本史上未曽有の大プロジェクト『憲法取調室』のメンバーがこんなにも若い。
私達の引くレールがこの後の日本の姿を変えていくのだと思うと、その影響の大きさにクラッとする。
なるほどいつぞやツヨシくんが言っていたように、この仕事が私をこの時代に引き戻したのかもしれない。
「ご本人が心外というのは?」
伊東くんが笑顔で質問する。さぞや面白い話があるんだろうと期待するように。
「いやそのままの意味でね。彼としては策を弄したつもりなんかなかったろうって事。」
この言い方じゃあちょっと不親切かな。
「私は少し前から彼を知っているし、以前彼が新聞条例に引っかかって収監されたときなんか、内務省職員として取り締まる側だったけどね。」
誰かにこんな風に、あの時の話をする事になるとは。
「彼が取った行動には意表を突かれた。民権活動家ってのは逃げ回るもんだと決めてかかっていたから、自ら出頭して世間に訴えかけるとは何という策士かと。」
「やっぱり策士じゃないですか。」
伊東くんは嬉しそうに笑う。
「ところがやってる本人はそんなつもりはサラサラない。正攻法で真っ向勝負しているだけなんだ。むしろ世間がそうでないだけで、彼の行動が裏をかいたように見えるんだよね。」
「ふーむ。」
何やら納得したように頷く金子くん。
「それは少々好意的すぎませんか?」
納得していない伊東くん。それに金子くんは穏やかに反論する。
「いや伊東くん、僕は彼の本を読んで少々思うところがあったんだが。」
レースのカーテンなどついていない窓からは、朝の光が直接差し込んでくる。
金子くんの引き締まった顔つきが、陰影を纏ってより力強く見える。
「彼の政治に対する考え方は、実に原理原則を重んじるものだ。こういう人が策士と呼ばれることに違和感を感じていたんだが....コワシさんの話を聞いてなるほどと思ったよ。むしろ策を弄する人達が、原理原則で真っ向勝負する彼に裏をかかれているんだ。」
そんなもんなんですかねーと不満気な伊東くん。
政界の大策士と言われる犬養毅が、どんな化け物なのか期待していたんだろう。
「首相もあの本を読んでそう思っているだろう。だからこの大事な憲法取調室に、犬養毅を参加させるなんて言い出したのさ。」
私はそう解説する。
再び窓の外に目をやると、正門からキョロキョロとあたりを見廻しながら、ツヨシくんが入って来るのが見えた。
我々憲法取調室の隠し玉である、政権与党からの憲法草案参加。
ツヨシくんはそのアイディアを実現するため、改進党を代表して召喚されたのだ。
「ほら、策士が来たぞ。」
私は2人に声をかける。
2人は窓際までやって来て、挙動不審な私の友人に声をかけるため、建付けの悪い窓をこじ開けた。