華族制度は造反の夢を見るか?
桜が咲いているそうですね....
去年は4月に一度戻ったので、十分堪能できたんですが(-_-;)
今年は何月に帰れる事やら。
前半は大隈重信、後半は井上毅の視点です。
明治13年(1880年)4月5日
旧太政官官邸は内閣官邸と改称され、本日は初めての閣議が招集されるんである。
岩倉卿は内閣設立を機に、健康上の理由から職務を退かれた。実に潔い方である。
先に内大臣となられた三条卿と共に、内閣には公家出身者がいなくなったという事である。
お2人は陛下へ伊藤さんが総理大臣に適任と奏上され、伊藤さんへ組閣の大命が下ったちゅう流れだが、今後はいかな流れで首相を決めるのか、そこんとこも論議が必要であるな。
無論早めにイギリス型の政党内閣を目指したい、しかし...。
「やあ大隈さん、お早いご到着だ。」
今や名実ともに日本の最高権力者となった伊藤博文である。
「田舎住まいなものですからな、時間に遅れちゃならんと早く家を出るのが癖なんでありますよ。」
吾輩は親しく伊藤さんの肩へ手を置き、共に閣議室へと歩き出す。
首相公邸は官邸につながっており、伊藤さんは欧州から帰国後すぐに居所を公邸へ移したんである。
「大臣選出には随分と時間がかかってしまいましたが....終わってみれば何のことはない、いつもの顔ぶれですなあ。」
伊藤さんは若干不満気であった。
帰国後ひと月もの時間をかけた選任だったが、終わってみれば確かに藩閥中心となってしまったんである。
それでも今の我らの実力を考えれば、薩長閥を外しては内閣が運営できんのが実情である。
サッサと政党内閣へ移行できんのも、おんなじ理由からである。
まあ焦りは禁物なんである!
「面白い人も入れられたんではありませんか。井上毅くんの法制局長官などは、正に適材適所である。」
伊藤さんは満足気に頷く。
「そう、彼だけはどうしても入れたかった。この欧州出張中にも、彼から実に多くを教わった。」
伊藤さんからこれほど評価を得ておるのだから、中々の人物には違いあるまい。
大久保卿の懐刀であったときは、あまりいい印象がないんであるが。
「外相に井上さん、吾輩が留任で陸・海軍に谷さん、従道さんはまあ適任であるが....。」
「言いたいことは分かっておりますぞ。品川の件でありましょう?」
内務大臣に品川弥二郎くんが選任されたんである。優秀な官僚とは思っておったが、いきなりの内務大臣は意外であった。
「山田顕義の評判が極めてよろしくなかった。したがここで長州以外の人材を内務省へあてると、バカなもので長州人がまとまらん。苦肉の策ですわ。」
伊藤さんは恐らく、長州人として唯一の反薩長閥主義者である。
吾輩が彼とウマが合うのもその辺りが大きい。
「薩摩の扱いはどう思われますかな?」
伊藤さんは気にしておるが、吾輩は特に問題を感じておらなんだ。大久保卿亡き後、薩閥は小粒感が否めんのである。
薩閥を牽引する首領格が黒田清隆しかおらん事を見ても、人材の払底感は明らかである。
その黒田は新設の農商務大臣、松方を逓信大臣に就け、後は森有礼を文部大臣に。
以上なんである。ああ、従道くんはモチロン薩摩出身であるが。
軍人には相変わらず優秀な人材が多いが、政治家となるとこんなもんである。
しかしこれではいずれ軍の統制が取れんくなる恐れもあるな。
「拾えるだけの人は全て入れた、と思いますな。」
吾輩の皮肉に伊藤さんは盛大に吹き出す。
「大隈さんにあっちゃあ敵いませんなあ。」
会議室には先に数名が着席しており、我らが入ったのを見て一斉に立ち上がった。
内閣書記長官の田中光顕、法制局長官である井上毅、そして外務大臣井上馨の3名だ。
「今2人に苦情を言っとったとこじゃ。」
井上馨さんはやり切れんといった表情である。
「ワシの考えとる鹿鳴館構想に2人とも大反対でな、少しは外務省の立場っちゅうもんを分かってほしいのだが。」
細面の顔に髪をきっちり分けて撫で付け、2人の井上は口ひげも含めてどことなく雰囲気が似ておる。
「大反対とは申しておりません。しかし不平等条約を改正するために、西洋の真似ごとをしてもあまり効果はございませんと....。」
井上毅くんは穏やかな口調で考えを述べる。ふむ、確かに以前とは印象が少し違うようである。
「門多さん、もうその辺で勘弁してくだされ。後は閣議で話し合いましょうぞ。」
そう言われて外務大臣は渋々と再び椅子に腰かける。
伊藤さんと井上馨さんは互いを『俊輔・門多』と呼び合う仲である。
一緒に英国まで密航した間柄、その結びつきは誰よりも強い。
閣議室の造りは完全に西洋風であり、豪奢な装飾は中々よろしい。
三条卿が以前お使いになっていたモノを、少々手直ししたという事じゃったが。
我々は暫し沈黙して、運ばれて来た茶をすする。
『鹿鳴館構想』などと馨くんは言っておったが、毅くんの言う通りその目的が不平等条約の改正であるならば、あまり有効とは言えぬ考え方である。
どう考えてもこの内閣の使命は『憲法と国会』であり、法整備を進めていくことの方が、列強へ法治国家である事の証明となる。すなわち条約改正への近道であるんである。
やがて何名かの大臣たちが到着し、お互いの選任を祝いあう声で賑わった。
「大隈さん!やれやれワシもようやっと政府へ参加できた!」
黒田さんが親しげに声をかけてくる。
まあ...さほど親しい間柄でもないんであるが。
「薩摩の首領格として、黒田さんに期待は大きいんでありますよ。」
イギリス人が言うリップサービスというやつである。
いやいやワッハッハと馬鹿げた大声で笑い、黒田さんはかなり上座に着いた。
うーん、席次は決まってないんであるか?
そんな風に和やかに閣議は始まったんである。
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一通りの挨拶が終わって、伊藤総理が諸問題について話を始めた。
「この内閣は諸君もご承知の通り、国会開設に向けた諸問題を解決せねばならない。最大の課題は憲法制定、その中で国会の役割についてが大いに議論となる。」
皆一様に頷いている。しかし各人の理解はバラバラなんだろう。
黒田さんや品川さん辺りは、国会ナンぞに権限を与えちゃならんと思ってるはずだし。
「国会なぞに何の役割を与えるおつもりか?町人百姓に国政参加なんぞ意味のないことでしょう?」
ほら案の定黒田さんが。
「私は内務大臣として、国会開設に向け集会条例と新聞条例の強化を考えております。民権運動の増長を食い止めなければなりません。」
やっぱ品川さんも。
「そんな事では諸外国から日本国が軽く見られるだろう。今回の欧州視察でも、各国の注目は日本がいかに憲法を作り上げ、国会を運営していくかという事だった。」
伊藤総理はズバリと2人の意見を撫で斬る。
私自身、一時期国会開設には反対だったこと思い出し冷や汗が出る。
法治国家の体裁を取ることが、今は何よりも重要だと今回の欧州視察で学んだ。
歴史を変えるだのと良い気になって、何も見えていなかった自分。
日本の最大の課題は、不平等条約の改正じゃないか。
「その国会運営のために、大隈さんが政権与党となる政党を立上げ、順調に党員を増やしておられる。我々は国会で政策を議論し、法律を公論によって制定するのだ。」
首相は欧州視察で、政治家として一回り大きくなった。
世界の要人と語り合ったことが、大きくこの人を成長させたと思う。
「弥二郎、民権取締りは必要最低限にせよ。国内に議論を起こすことこそ、町人百姓を啓蒙していく道筋なのだ。そうでなければ列強は交渉相手として日本国政府を重視せず、不平等条約改正など夢物語だ。」
井上外相がギクリと体を動かす。
大臣任命の際に、内閣の方針は伝わっているにも関わらずこの有様だ。
なかなか厳しい船出ですね。
「俊輔よ...ワシの考えとる華族制度と西洋式社交界の導入じゃが....。」
外相は恐る恐る先ほどの話を切り出す。
「形だけ西洋の真似をしても、何の効果もありません。それでなくとも優先順位は低い。」
首相はまたバッサリ。スゴイ、優柔不断な伊藤博文って何だったんだろう?
しかしこれには異論が相次いだ。
「我が国の華族制度は未整備のまま、旧大名と公家の間でもめ事も絶えません。早期見直しは必要と思われますが....。」
山田顕義法相が釘を刺す。
まあ筋は通っている。山田さんやっぱり法相が適任だなー。
「議会を整えるにしても、各国を参考にすると貴族院などが必要ではないですか?それならば現状の公家と大名だけの貴族では、審議もままなりますまい?貴族の増員は不可欠でございましょう。」
品川さんも井上外相を援ける。
ここらは長州閥の関係性ってことかなあ。
しかし貴族院なんて持ち出してまで、華族制度を強化したいのかね?
でも品川内相、この人なんで私を睨み付けんでしょうね?
「貴族院、必要でしょうな。ワシもその意見には賛成です。」
え?黒田さん?薩長同意見となると、少々面倒ですね....。
なんか品川さんとアイコンタクトを...事前に打ち合わせが?
「皆さま、そこは先ず国会の役割を審議してから、という事になりましょう。」
私は怪しい雲行きを払拭するべく発言する。
「伊藤総理はこの後、『憲法取調室』の設立を計画されております。先年法律顧問に就任されたロエスレル殿や、首相秘書官の伊藤巳代治殿、ハーバード大学から先日帰って来られた金子賢太郎殿などに、ご参加いただく予定でおります。」
まあ他にも隠し玉があるんだけど。
「この憲法取調室での検討内容は、逐次閣議の中で皆様にお伝えしてまいります。貴族院どうこうを論議するのは、それからでも遅くありますまい。」
「む、結構である。枝葉末節からでなく、幹から議論するのが本筋と言うもの。」
大隈蔵相が大きく頷き、賛意を示してくれる。
留任した閣僚の中で最大の大物、非薩長閥のこの人の意見は場を左右するね。
品川内相は再び私を睨み付ける。何でしょうか?この人?
伊藤首相もほっと一息。思わぬ薩長連合を見せつけられて肝を冷やしたことだろう。
「予算については大蔵省が既に取り決めている13年度予算を踏襲していく。各省と既に合意できていると思うが、留任以外の方はまだ把握しておるまい。今日は大隈さんから簡単なご説明をお願いする。」
大隈さんはエヘンえへんと咳をして、準備していた資料を読み上げ始める。
品川さんと黒田さん、何やら示し合わせて頷いている。
ちょっと気になるなあ...ここの関係性。
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閣議は明日午前も開催される。
今日は大隈蔵相のレクチャーで終わり、午後は各大臣が担当省庁へ初出勤となった。
私と大隈さんは、首相執務室に集合。
「コワシよ、どう思った?」
首相は冴えない顔つきで私に尋ねる。
優柔不断の病気が出てきたんじゃないでしょうね。
「皆様のご発言をざっと聞きましたところ、長州の方々はそれぞれの担当内でのご発言、薩摩の方々は事前に何らかの打合せがあったように見受けました。」
「吾輩もそう思うんである。しかし品川くんと黒田さんは...何か裏がありそうに見えるんである。」
やっぱそう思います?
「うーん、これまで特に繋がりなどない2人だが....確かに今日の様子はおかしかったな。」
首相も気付いておられたようだ。
「恐らく吾輩と伊藤さんで、改進党を政権与党にすることをサッサと決めてしまったことが気に入らんのであろう?政党なんぞゴミくずの如く考えておるヤツらである。」
大隈蔵相は自分の政党を誇りに思っている。軽く見られれば腹も立ちますよね。
それでも怒って怒鳴りつけないのは立派ですよ。
でもそっか...反政党勢力っていうのが2人の接点かもですね。
「だとすれば井上外相と山田法相は、特にその2人と示し合わせた訳ではないでしょう。お2人とも政党に対して反感を持っている方ではありません。なので...。」
お2人は私の言葉を待つ。別に大したこと言いませんよ。
「華族制度において井上外相にお譲りになられて、首相の援護勢力としてお引き留めになるのはいかがですか?国会を開設する前に、閣内で少数派になっては元も子もありません。」
お2人は苦笑している。
「全くである。まさか伊藤さんと吾輩2人だけで、この難局を切り抜けられる筈もないんである。」
「そうですな。まあ華族制度の改正位なら、大した影響もありますまい。」
「華族制度の問題は、岩倉卿がずっと管理してこられました。ご足労ですがいま一度お出ましいただき、丸く治まるようにお手伝いいただきましょう。」
大きく頷き同意するお2人。
しかし問題は品川さんと黒田さん...。何を企んでいるんでしょうね?