盛り上がりだよ
私の住む中国東北部にも、ようやく春がやって来ました....。
今年はあんまり寒く無かったですね。(´∀`)
コロナのせいで懐はサムサムですが。
本日は前半を箕浦勝人、後半を林正明視点でお届けいたします。
明治13年(西暦1880年)3月26日
「ツヨシの野郎フザケやがってえ......。」
ハチローさんはこのところ唸り続けている。
昨年秋に準備委員会が立ち上がった『改進党』は、今日にも結党大会を開催しているはずだ。
問題なのは自由党からソコに、大量の造反者が流れ込んだこと。
「ヒロやんもタイガイ情けねえ。あんなに自信満々だったくせに、テメエの地元すら押さえ切れてねえとは.....。」
よく毎日同じ事言ってた飽きないもんだ。
「ハチローさん、もう言っても仕方ない事じゃないですか。」
河野さんの肩を持つわけじゃないが、ソロソロこの人に気持ちを切り替えて欲しい。
「元々福島は旧会津藩の結束が堅かったわけで、いかな河野さんといえども、押さえ切れなかったという事でしたから。」
俺はハチローさんをなだめるようにそう言った。
この言葉も何ヶ月言い続けていることか。
仲間割れにならぬよう、執行部は努めてこの話題を広げないようにしている。
去年は今大塩とモテはやされた河野広中、今年は面子を失う事ハンパでない。
でも河野人気の陰りは、自由党の勢いをも直撃してしまう危険な要素なのだ。
「そうじゃねえだろカツどん!オレはヒロやんがどーこー言ってんじゃねえ!福島も北陸も!宮城も秋田もあっと言う間に改進党勢力が幅きかせてんじゃねえか。」
えー、絶対さっきは河野さんの文句言ってたぜ。
面倒だから反論しないけど。
「問題なのは民権派が保守勢力に飲まれちまってるってことだ。ツヨシの策にマンマとやられてる。クッソお、地方への利益誘導とは汚ねえこと考えやがる。」
それほど汚いことかな?
保守政党として政権と協力し、地方へ利益をもたらすってのは、比較的真っ当な手段ではないだろーか。
それに俺たち自由党人気は、まだまだ地方で相変わらず高い。
その事は全国演説行脚の旅で、改めて実感しているはずだ。
「ハチローさん、だからって俺たちの人気が落ちたわけじゃ無いでしょう。演説会は相変わらず満員御礼、一部の人間が改進党に走ったとはいえ、東北を丸ごと失ったわけじゃありません。」
ハチローさんは血走った眼でオレを睨みつけるが、やがて落ち着いて来たのか事務所のソファーにドサリと腰を落とす。
「それにツヨシは必ず何か仕掛けてくるって、ハチローさんも言ってた事が起きただけです。この程度で済んで良かったと思うべきでしょ。」
ハチローさんは頷きつつ、俺に向かって言った。
「ちっと頭に血がのぼりすぎたか。」
大きく息を吐き両手を突き上げ、ハチローさんはソファーの上でノビをする。
それでもまだブツブツと文句は治らない。
「まあ演説会はマズマズなんだがなあ。どうもココンとこ盛り上がりが欠けるっていうか、福島事件以前みたいな熱気に欠けるっつーか。」
独り言のように呟くハチローさん。少し落ち着いていつもの調子が出て来たようだ。
「なあカツどん、オマエあれ知ってる?愛国党のヤツらが宴会でよく歌ってるヤツ。」
「ああはい、あの....ひとつとセエエエってヤツですよね?」
俺は料亭などでたまに耳にする、土佐者の歌を口にした。
『民権数え歌』とかいうおフザケだ。
旧愛国社系の組織は昨年末、土佐立志社を中心として『愛国党』を立ち上げていた。
後藤象二郎がぶち上げた『大同団結運動』は鳴かず飛ばず、オマケにぶち上げた本人は何を思ったか改進党へ鞍替えしちゃうというオマケ付き。
もはや息も絶え絶えになって、苦し紛れの結党という体たらくだ。
そいつらの宴会の余興が何だっつーんです?
「そーそーソレソレ!なあ、ああいうの演説会でやったらさ、盛り上がると思わねえ?」
えええええエエ?
「オマエって思った事めちゃ顔に出るよな.....。いいよもう。」
ハチローさんは不貞腐れてソファーに寝そべった。
この人は天才的な閃きを持っている反面、物凄いハズレたことも言う。
俺は演説会で聴衆が手拍子しながら歌を歌う様を思い浮かべた。
ナイナイ、それは無いわと思わず笑ってしまう。
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明治13年(1880年)4月1日
何年かぶりの築地精養軒。
50名ほどが集まり、立食で歓談という形式であった。
会に先立ち福沢先生からもご挨拶があり、日本初の社交クラブ『交詢社』の設立が宣言された。
ここで前回、福沢先生に散々叱責を受けた後『新聞作るってんならアイツに聞くのが早い』と犬養君を訪ねるように、コッソリご助言いただいた。
年下の犬養君を頼るなど、矜恃を傷付けられる様な気持ちになったものだ。
しかし実際に彼と会って話を聞いてみれば、次から次へと溢れてくる発想に圧倒された。
オマケに山県有朋の汚職に関わる途方も無いネタを振られて、何と気がつけば地方の民権蜂起運動へ発展する巨大な渦の中へ放り込まれたのだ。
投獄はされるわ、出て来たと思ったら拠点を大阪へ移すわ、突然沸き起こった目まぐるしい日々。
目の前の記事を書き続けるだけ、他の事は手が回らぬほど忙しい目に遭いながら、気が付けば私は売上日本一の新聞社の社長だ。
そうして今日、交詢社の結成式にも人がましい顔で出席している。
この数年、私の身に起こった事は一体何だったのだろう?
福沢諭吉という人が引き起こした、多くの奇跡のうちの一つに過ぎないのだろうか?
そんな事を言えば、今日集まった人達にも同じ事が起きたのかもしれない。
早矢仕さん、中上川君、小泉君などお馴染みの顔ぶれ。
ソコに西周先生、栗本鋤雲先生、箕作秋坪先生。思想界の巨人たち。
その他慶應義塾の卒業生たち、矢野さんや藤田さんも懐かしい顔を見せていた。
「正明、よく来た。」
笑顔の福沢先生。思わず私も笑顔になる。
「ご無沙汰いたしました。本日はご盛会おめでとうございます。」
「いやー、何てったってオマエがこん中じゃあ出世頭さ。今や日本一の新聞社だからなあ。俺とも同業ってわけだ。」
先生はご機嫌でビールグラスを傾ける。
「犬養君や箕浦君の助けがあったおかげです。」
嘘偽りない気持ちだ。もちろん他にも色々あった。
っていうかあり過ぎたが。
「そうかも知れん。だがそれだけじゃない。」
先生は真面目な顔にもどって言う。
「オマエには意志があり、意志の力が障害にまさった。この障害は並大抵のもんじゃなかったしな。」
グビリとビールを飲みつつ、巨人は力を込めて理を語る。
「事業を成功させるのは、世の人に必要とされる事。そして自身の意志の強さだ。謙遜は不要、大いに誇ればいい。」
不覚にも目頭が熱くなる。
自由党の結成まで正に並大抵の苦労ではなかったが、この瞬間に報われた気がする。
言葉に詰まった私の肩を、先生はポンポン叩いて下さった。
「それでな、オマエにひとつ頼みがある。」
え?私に頼みなど。
「何なりとお申し付けください!」
頼みなどと言われる必要などない。オマエコレをやれ!といつもの調子で言っていただければ!
「そうかい、そう言ってもらえると助かる。おーい音吉!コッチへ来い!」
先生が声をかけた方向から、何やら若者がひょいひょいと歩いて来た。
「コイツは川上音吉という。」
若者は先生に肩をどつかれながら、ニヤニヤと笑っている。
酷く軽薄そうなタレ目気味の顔が、ヘラヘラとした笑いでよりふざけて見える。
まだ10代半ばの若さ、薄汚れて白っぽくなった紡ぎの単衣も、洋装が多い会場にはいかにも不釣り合いだ。
「音吉ともーしまーす。」
軽い、羽のように軽い男だ。
「コイツは増上寺の賽銭をクスねて住職にとっ捕まってな、寺の小僧としてコキ使われていたんだ。」
何という......。
「だが気の配り方や話の軽薄さが面白くてな、俺が引き取って三田で勉強させようと思ったんだが、実に根気のない男で全く勉学に向いていない。」
そりゃあそうでしょう。むしろなぜお引き取りになったか、先生のご心境の方に問題があると思いますが。
「ひと角の男になると思うんだが、何をやらせていいか見当もつかん。それでな、オメエ一体何になりたいって聞くと、民権運動がしたいって言うんだ。」
私は話の方向が見えると同時に、ガックリと膝が崩れそうになった。
「それで....私にこのモノを預かれと?」
「話が早くて何よりだ!よろしく頼む!」
先生はそう言って去っていった。
その日は終始ご機嫌だったので、まあ良しとしようか。
私と2人になると、音吉はどうぞよろしくお願い申しますと人並みの挨拶はした。
「それで音吉といったな?君はどこの生まれだね?」
「へい、筑前生まれでして!数えで17になりやす!11の歳に義母と折り合いが合わず、家出して東京へ。」
うむ、聞こえなかったことにしよう。
「自由党については...なんぞ知っているかね?」
「へい!ソリャアもう!河野広中先生がおられる政党ですよね?!アッシは先生の活躍を聞いて、胸が躍るような気持ちになりましたんで!」
河野さんの人気はとにかく凄いもんだ。
そう、賽銭ドロの小僧まで憧れるくらい。
「それで....東京へ出てからは今まで何を?」
「へい!口入れ屋のオヤジに拾われまして!吉原で下男っていうか、客引きっていうか。」
どうも耳が遠くなった。聞こえない事が多い。
「ともあれ福沢先生のお引き合わせだ。私はこの後大阪へ戻るがついてくるかい?」
「へい!ありがとうございます!よろしくお願いいたしやす!」
厄介な小僧を押し付けられたモノだが、何かの役には立つだろう。
取り敢えず....宮崎の身の回りでも世話させるか?
誰にコイツを押し付けるか、その時私の頭にはその事しか無かったと言っていい。
以前、民権数え歌とかどうです?っていうご感想をいただいてました。
ここで使わせていただいてます。
ご教授ありがとうございましたm(_ _)m