梟雄の始動③
思わぬ長さになってしまいました(-_-;)
週末ですし....ゆっくり読んでください。
朝鮮動乱のラストピースです。
光緒4年5月3日(西暦1879年6月22日)
「東学のモノと接触いたしました。コレより直ぐにもお出ましいただけましょうか?」
「良くやった。直ぐに出よう。」
ヨシダの部下だった朝鮮族(に違いない)連中の首領格、金村が清国公館に報告に来た。
オレは公使に与えられた私室で、コイツから2日と空けず報告を受けている。
「しかし農民連中の信じる呪いのような宗教です。参謀殿があんなものをご存知とは....。」
「オマエの感想は必要ない。」
歴史上はなかなか有名なんだよ。この時代じゃあどうか知らねえが。
オレは立ち上がって軍帽を頭に載せる。
「それともう1つ。国王の親父の身辺を探れ。毎日の日課や警備体制、女の居所やその他色々だ。」
「はあ?」
怪訝な様子の金村。
「オマエは考えんで良い。オレの言う通り仕事をしろ。行くぞ。」
言い終えてサッサと部屋を出る。金村は慌ててついて来た。
表には両班の乗る一輪車の様な手押し車に、囲いを付けたモノを準備してある。
「コレに乗れってのか?」
囲いが付いているだけマシではあったが。
「お願いいたします。馬車や騎馬では目立ち過ぎますので。」
涼しい顔でそう言いやがる。やはりコイツは使えると思った。
オレが朝鮮に関わっている間は、ヨシダの部下だったコイツらが最大の武器になるんだろう。
この間抜けな手押し車は好きになれねえが。
囲いには小さい窓が付いているが、外からはオレの顔も見えねえ。
四隅の棒を奴婢たちが握り、ゴロゴロと鈍く進んで行く。
「日本公使館に民間人が住み着いております。」
窓の外から金村が報告を入れる。
オレは車に揺られてウトウトと眠くなる頭で、おおそうかと取りあえずの相槌を打つ。
「総勢12名、何をしに来たのやら新軍の訓練に参加しておるのですが。」
「....んん?そうかあ。そんなら訓練しに来てんじゃねえか?」
言葉も怪しくなりながら、オレはどうにか聞いているふりをする。
「たまにごそごそと何やら相談事をしておりますので、聞き耳を立ててみるのですが何分訛りが強く....参謀殿?」
オレは返事をしようとしたが、眠りに捉えられるのが早かった。
一眠りした後フト目を覚ます。
金村がオレを揺さぶり起こしているところだった。
漸く目的地に辿り着いたらしい。
そこは漢城府の外れにある、汚ねえ農家だった。
どこかで鶏がけたたましく叫んでいる。堆肥の匂いが鼻をついた。
ソレでも殺風景である分、漢城府の繁華街よりよほど清潔である様に感じる。
金村は農家の荒屋へ入って行く。オレも続けて中へ入った。
薄暗い室内にはムシロが敷いてあり、3人の男が座っていた。
2人は竹で編んだ帽子を被り、身分が高くねえことが分かる。もう1人は黒いトンガリ帽を被っていた。
おかしな帽子だ。見た事もねえ。
俺たち2人も仕方なくムシロの上に直に座る。
するとその1番風変わりな男がマジマジとオレを見つめてやがる。
その表情は....キモいな。
いやそうじゃねえ。オレを見て驚愕してるといった感じだ。
清国軍の制服に驚いてんのか?
やがて落ち着いたキモい男は、何と言葉を喋り始めやがった。
「オレタチ東学の指導者。オレ李東仁イウ。」
ほー国語が喋れんのか。そんなら直接喋って金村にヤツの通訳を確認させよう。
こちらが喋れねえ振りをしていれば、何か内密の話が聞き出せるかもしれねえ。
少々待ったが全員の自己紹介をするつもりは無いようだ。なら勝手に話すまでよ。
「オレは大清帝国淮軍の旗下にある慶軍が作戦参謀、袁世凱という者だ。オヌシらに相談があって参った。」
オレ的にゃ最大限の敬意は払ってやった。
通じたかは知らんが相手は頷いて、後の2人に通訳してやっている。
オレは金村に向かって頷き、内容を確認させる。
「今日の相談とは他でもない、この国を治める者についてだ。」
李東仁と名乗った男はピクリと眉を動かす。やがて他の2人にソレを伝えると、2人とも大きくため息をついて首を振りやがる。
そうだろうな。こんな汚ねえ国に住んでりゃため息の一つも出るだろう。
オレは少し踏み込んで話を続けた。
「清国は朝鮮の民が虐げられておる現状を憂慮している。現国王はイタズラに開国を進めるだけで民草の生活を考えぬ。一方で大院君は国の文化を守り、民の生活を改善しようとした。よって清国は今後大院君を陰ながら支えていこうとしておる。オヌシらはこの事どう考える?」
キモ男は勢い込んで通訳している。
金村を見ると目で頷き返して来た。どうやら話は通じているらしい。
すると残り2人のうち、目付きの鋭い男が低い声で何やら鋭く叫ぶ。
もう1人の穏やかな様子の若者は、なだめるような声でユックリと諭すように2人へ言葉をかける。
「オレタチ西洋文化キライ。でもアラソイもっとキラウ。」
随分とダイジェスト版の通訳じゃねえか?
李東仁はそう言ってオレをまたジッと見やがる。いやキモいんだよ顔が。
「清国は宗主国として、朝鮮から要請がない限り手出しをする事はない。しかし外国人は朝鮮を狙い、次々と手を打ってくるぞ。今の国王に任せていては危険が大きい。東学は外国人の侵略を黙って見ているつもりか?」
李東仁は黙って目を瞑って聞いていたが、やがて渋々と言った感じで通訳を始める。ちゃんと訳してんだろうな?
オレは再び金村を見る。ヤツは黙って頷いている。
再び目付きの鋭い男は、早口に何かを捲し立てた。穏やかな男がまたソレを制する。
そんなやり取りを2、3度繰り返して、李東仁がオレたちに言葉を告げる。
「オレタチ、アラソウことシナイ。ソレハ東学のオシエ。」
そうか?ソコの男は違う意見のじゃねえのか?
「ところが軍の中に不満分子が大勢いる。既に大院君は彼らと立ち上がろうとしているし、清国はソコに武器の支援を行う用意がある。」
ここまで話してオレは『訳せ』と言った。
金村が朝鮮語でオレの言葉を伝え、ヤツらの顔色が変わる。
目付きの鋭い男は何やら大声で叫び始め、キモ男と優男がソレを押しとどめている。
「なんだってえんだ?」
「天主はすべての人に有り、望まれるのはただ正義あるのみと。」
オレはせせら笑って言った。
「狂信者だな。」
実に都合のいい野郎だ。
やがてヤツらは落ち着き、優男が俺たちに向かって何やら毒づいた。
「我等が願うのは平和であり、天主は争いを許されぬ。」
金村がそう訳し終わらねえうちに、優男は荒屋を立ち去りやがった。
残された2人も慌てて後を追いかける。
「失敗でしたね。あれでは話にならない。」
金村が残念そうに言う。
無論オレも2の手として考えていたんだが、それほど大きな期待をかけてた訳じゃねえ。
それよりも....。
「そうとも言えん。」
オレは薄笑いしてそう答えた。今回に限らず利用できる可能性は無限大だ。
「あの優男は?」
「彼がどうやら教祖である様です。不気味なトンガリ帽子は預言者だと。」
預言者?ふん、馬鹿馬鹿しい。土人の宗教にアリがちなインチキだ。
「叫んでいた狂信者は『将軍』と呼ばれていました。」
オレは頷いて指示を出す。
「あの目付きの悪い『将軍』を調べろ。今回は無理そうだがいずれ接触する事もあるだろう。」
金村は黙ってうなずき理解を示した。
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光緒4年月6日23日(西暦1879年8月10日)
大院君の調査報告を持って金村が清国公使館に来たのは」、街中がクセエ夏の午後だ。
公使館の中は香を炊いて臭いをごまかしてやがるが、外は何処に行っても臭いから逃げられねえ。
「ご命令の通り、この一月ほど大院君殿下の行動を調査してまいりました。」
「ご苦労だった。何か分かったことは?」
金村は鳥打帽を脱いでそわそわとしている。
オレはそこに座れと応接の椅子を指さし、自分も対面に座った。
「はっ!まず警備体制ですが、思ったよりも厳しくはありません。先代の国王が使っていた別荘を占領している状態ですが、表と裏に門衛が二人ずつ。後は警備らしき者はおらず、屋敷には10名ほどの使用人と女が数名いるのみでございます。」
随分落ちぶれた生活してやがる。オレは満足して頷く。
「反乱を企てている者らしき下士官が週に1.2回来るほかは、決まった訪問者もいないようです。政府の高官らしき者は数回見かけました。」
「身元は調べたのか?」
コイツならば聞くまでもねえだろうが、上司は確認を怠らねえもんだ。
「はっ!左議政の金允植殿の使いでした。」
「.....そりゃまた大物が出てきたもんだ。」
オレは公使から聞いていた朝鮮の政治事情について記憶を辿り、そのネタの大きさに満足する。
「いずれ使い道があるだろう。よくやってくれた。」
褒美に多少の金を渡すと嬉しそうに受け取った。金を嫌いなヤツはいねえ。こういうのが効くんだよ。
そう思ったら追加で仕事だ!
「武器の運搬はどうなっている?」
「はっ!お言いつけの通り既に完了し、東別営に運び込んでおります。恐縮ではございますが....吉田殿に残金のお支払いを。」
「吉田?おお、ヨシダの事だったな。」
ヤツとは英語で会話していたせいで、日本語読みの名前しか覚えていなかった。中国読みはコイツから聞いて初めて知ったんだ。
「本国へ言っておこう。それとお前たちに準備して欲しい仕事がある。」
払うとは言ってねえ。
ヤツにしてもリスク込みの前金だったんだから、払わねえでも損はねえだろう。
また利用するような事があればその時一緒に払えばいい。
「大院君を拉致する必要が出るかもしれん。準備しておけ。」
金村は気でも狂ったのかと言いたげな顔をする。
「心配するな、気がふれたわけではない。これはオレの奥の手よ。」
守りが薄いならさほど手を焼く仕事でもねえだろう。
事の大きさにビビったってとこか?
「それは...出来ぬことはございませんが、一体何のために?」
「何度も言わすな。オマエはそこを考えんでいい。褒美は弾む。」
奥の手ってのは目的を明かしちゃならんもんさ。ドラマとかじゃいつもそうだろ?
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光諸4年7月7日(西暦1879年8月24日)
.....あっつい、クセエ。
武器が到着してから、もう月が満ちるほどの時間が過ぎた。
ところがヤツらは一向に蜂起しようとしねえ。バカなのか?何のためにここまで急がせたと思ってやがる?
「大院君殿下の手の者には、何度か催促をしてみたのですが....。」
金村は歯がゆそうに報告する。
「一体誰がこの蜂起を指揮するのか、全体の計画は如何に進めるのか、一向に見えてまいりません。『そのうち始まるじゃろ』位のものでして。」
オレは肺の空気を全て吐き出すようにため息をつく。
「国の改革に燃えるような奴らじゃない。自分に被害が及んだ時に、初めてゴネ出す程度の集団だ。やはり最大の契機は食料の遅配よ。」
だとすりゃあ数日後に蜂起の可能性もある。一月後になるかもしれねえ。
「明後日が配給の予定日ですが、宣恵庁の穀物庫には僅かな物資しか蓄えられておりません。」
金村は期待のこもった声で、オレを励ますようにそう言った。
「監視を怠るな。暴動が起こればソイツらは道連れを増やそうと仲間を募るだろう。そうなりゃ反乱勢力も腹を括るしかない。」
怠け者の蜂起ってのは手間がかかるな。
「手筈通りに進めろよ。蜂起が起きたら直ぐにもお前らは国王の親父を迎えに行く。こっちが『お出ましを』とかなんとか丁重に出れば、ホイホイついて来るだろう。蜂起の決着がつくまで公使館に軟禁しろ。」
「か、かしこまりました。」
金村は青い顔をして頷いた。大丈夫だってカンタンだからよ。
「1つ気になることが。」
「うん?」
何だ言ってみ?
「新軍が警邏を強化しております。常時50名ほどが漢城府内を巡回し、不審者には尋問を繰り返しているのです。どうも何か感づいているようですが....。」
「感づいたところで何が出来るわけでもあるまい?まあ蜂起の拠点くらいは調べ上げるかもしれんが、既に武器は搬入を済ませ、準備は9割がた終わってるんだ。」
警戒なんて準備がされちまえば失敗したも同然よ。
オレの話を聞いて、金村も少し安心したようだった。
暑さと緊張が高まっていく。
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光諸4年7月9日(西暦1879年8月26日)
「始まったか。」
オレは意外と落ち着いていた。随分と待たされたからな。
「新軍も動きました。少し気になるのですが...日本公使館には本国から何名か人が来ております。」
「何だ?軍人か?」
そりゃ驚きだ。蜂起のタイミングがここだとヤツらも読んでたって事か?
「いえ、民間人です。1人は先日まで公使館にいた者で日本へ一時帰国していたようです。もう1人も以前釜山で見かけたことがあります。」
驚かすな。ただの訪問客じゃねえか。
「それが先ほどは新軍と共に行動しておりましたので....。」
ふーん、軍隊経験者か?まあ何にしても3人加わったところで大した影響はねえ。
「蜂起の状況は?」
「はっ!倉庫周辺で200名ほどが略奪に夢中になっており、東別営にも人が集結し始めました。程なく略奪者たちも東別営へ合流すると思われます。」
「新軍の編成は?どう動いている?」
「はっ!総勢およそ500名、半数以上が新式銃を装備し、騎馬の者がおよそ50名。目的地は不明ですがゆっくりと移動しております。大砲は装備しておりません。」
現場へ急行しない、って事は蜂起計画をある程度把握しているってえ事だ。
本体と合流後をたたこうって腹だな。
「蜂起軍は恐らく...1500名を超えるでしょう。これは決まりですな。」
油断はならねえ。だが人数・装備でこちらが圧倒している。
大砲がないのは市街戦だからな。って事は遠距離での射撃戦になるから蜂起軍が圧倒的に有利だ。
騎馬隊?死ぬつもりか?全く日本人てのは突撃が好きなんだな。
オレはかなり安心した。これは負ける要素がねえ。
「小日本軍人のお手並み拝見といこうじゃねえか。」
オレたちは東別営へ急ぐことにした。今日は騎馬で街をうろついても問題あるまい。非常事態だ。
あのバカげた手押し車にはどうも馴染めなかった。
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東別営の脇にはちょっとした林があり、オレたちはその奥に馬を繋ぐ。
全く不用心な奴らだ。兵営ってのは見通しのいい場所に作るもんだ。
新軍の奴らが潜んでねえかが気になるところだったが、探りに行ってた金村の部下が言うとこでは近くの広場で集結しているとのこと。
「新軍も大したことは無さそうだ。」
そりゃ元々同じ朝鮮人だ。
3カ月ばかしで人間そこまで変われるもんじゃない。
オレたちは蜂起軍の動向に注目していたが、略奪に夢中な奴らは一向に帰って来る様子がない。
東別営に集まった奴らの間では酒盛りが始まり、新軍なんぞ怖くねえ!と意気軒高だった。
「しかし飲み過ぎじゃねえか?」
「そう...ですな。いささか。」
オレたちが不安になるほどの大宴会だ。景気づけに飲むってレベルを超えている。
酔って眠る奴まで出てきやがった。
しかし夕方に差し掛かるころ、略奪を終えた兵士たちが東別営に戻り始める。
中の兵士たちは大歓声で略奪者を迎えていた。
「新軍も動いています!」
薄暗くなった街道で、人影がうごめいているのが微かに見え得る。
オレたちは人目につかぬよう林の奥へと身を潜める。
「それとなく蜂起軍へ新軍の攻撃を知らせましょうか?」
「そうだな、ヤツらに時間を与えすぎるのは...。」
オレが言い終わらぬうちに東別営から轟音が響き、あまりの衝撃にオレたちはふらついて膝をつく。
「始めやがった!お前らは急いで大院君を連れ出せ!」
早い!想像を超えた新軍の動きだった。
金村たちは急いで予てから打合せ済みの行動に移る。
オレは茂みから戦いの様子を見つめていた。
爆発は兵営の外側で起きたようで、かなりの部分をふっ飛ばしている。
いつの間にあんなところで破壊工作をしていたのか。
全く気が付かなかった。日本軍の工作部隊、要注意だ。
新軍の射撃部隊が、飛び出してきた蜂起軍の兵士を狙い撃ちに倒していく。
だが元々寡兵の新軍だ。大した数じゃない。
ところが蜂起軍はビビって兵営の中から応戦している。バカが!数じゃ圧倒してるってのに!
なんて臆病モンが揃ってやがる。
普段訓練も何もしてねえから、こんな非常時に役に立たねえんだ。
おまけにバカみてえに酒ばっか飲みやがって!
新軍の錬度は予想通りだ。
かなり手慣れた様子で銃を扱い、弾込めも素早く人数の劣勢を感じさせない。
こりゃすげえ。ちょっとヤバいか?
だがやがて蜂起軍を鼓舞する声が上がり、物陰を利用して外へ兵士たちが集結し出す。
「Qpd$%#kcF!!!o&^%GC%|}Q!\!!」
なに言ってんだか分からねえが、勇ましいヤツらが段々と新軍を後退させていく。
よしよし。やりゃあ出来るじゃねえか。
蜂起軍の射撃は正確性を欠いているが、なんせ数倍の火力だ。
今や新軍を手数で圧倒し始めた。おめーら酒の勢いで味方撃つんじゃねーぞ。
我慢しきれなくなった新軍がついに崩れる。それも見事なヘタレっぷりで、一斉に脇目も振らずに走り出しやがった。
オレは嬉しくなって笑い出す。おお、大した逃げっぷりだな。
何してんだ蜂起軍は。サッサと追撃しろや。
オレの気持ちが届いたかのように、蜂起軍の酔っ払いたちが大歓声を上げ突進していく。
さーて少々ドキドキしたが勝負あったな。
これで後は国王の親父と事後相談だ。そう思った次の瞬間。
蜂起軍が突進していった先で、夕暮れの空に巨大な火柱が立ち上がった。
続けて凄まじい轟音が響きわたる。
兵士たちが玩具のように吹き飛ばされるのが見える。
なんだ...アレは?
一拍おいて馬鹿げたスローモーションのように、間隔をあけた火柱が恐ろしい高さまで次々と立ち上る。
兵士たちの叫びが恐怖の絶叫へ変わっていく。
傍らの建物の上から、狙撃兵たちが容赦ない弾丸の雨を降らせていた。
なんだああこりゃあ?!やめろ!全滅しちまう!!
オレは思わず茂みから飛び出し、茫然と状況を見つめていた。
これはどういう事だ?数倍の戦力を持った蜂起兵が、いいように弄ばれているじゃねえか?
これが、小日本の将校の力か?
数倍の兵がこんな簡単にやられちまうもんなのか?
バカな!そんなバカな!!
何が起きてるんだ?考えろ!パニックに陥るな!
オレは考えに考えそして...1つの可能性に思い当たった。
ヤツらはここで何が起こるか知っていた。
そうとしか思えねえ準備の良さだ。
今日この日にこの戦闘が起こると知っていれば、少ない人数でこれほど鮮やかに戦う事も難しくない。
オレは歴史をある程度知っているが、細かな戦闘まで詳しいわけじゃねえ。
大体前世で教わった近代史なんて、中国がいかに外国から侵略されたかが主題だったんだ。
日本での教育なら....細かいところも教えるのかもな。
つまりヤツらの中にもいるんだ。俺とオナジように時間を越えて生まれ変わったヤツが!
そうに違いない。クソッ!何てことだ!
おまけにソイツはオレより先が見えている!
オレは混乱した。いやオレは恐怖した。
早くこの場を脱出しなければ!何処に逃げる?知るか!
その時煙の向こうから、騎馬隊が地響きを立てて迫りくるのが見えた。
何だアイツら!もう勝負ありじゃねえか。そこまで....。
だが先頭の男を見て、オレの思考は止まった。
笑っていやがる。
その男は笑っていた。この地獄みてえな戦場の中で、冷たく光る刃を振り回し鬼のように笑っている。
いやあれぁ鬼そのものだ。やべえ、人間じゃねえ。
オレの足は恐怖で動かない。鬼はますます笑いながら、こちらに向かって疾走してくる。
その時俺は気付いた。
アイツだ。
あの男が、あの鬼が『全てを知る男』だ。
アイツは殺さなきゃいけねえ。さもなきゃオレが殺される!ぜってえ殺される!!
その瞬間オレの体は再び動き始め、火を噴く兵営の方へと進んでいく。
鬼はとうとう兵営の門へと到達する。
オレは倒れていた兵の銃を拾い上げる。
「:::::::::!!:::::ゴトー::::::!!!」
後ろの兵が叫び声を上げた。
ゴトーとういうのか、この鬼。
銃の扱いなら慣れたものだ。銃に触ると不思議と気持ちが落ち着いた。
オレは銃弾を確認し、後ろの声援に応えて手を振る鬼を狙う。
どわんと思いのほか大きな銃声と反動、鬼は馬から転げ落ちた。
クソッ!この旧式が!
頭への銃弾は狙いが逸れ、肩口に着弾していた。
2度目を狙う余裕はない。新軍の兵が集まって来る。
クソが!!クソ野郎どもが!!!
オレは闇に紛れて林を突き進んだ。呪いの言葉を再びまき散らしながら。
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光諸4年7月18日(西暦1879年9月5日)
呉長家・馬建忠のおっさんずは口がきけぬほど驚いている。
オレが土産に持ってきてやった『武器取引差配書』を穴のあくほど見つめていた。
オレは2人が口を開くのを待っていたが、やがて待ちくたびれたのでオレの方から説明してやった。
「ここにあります通り大院君と日本商人の吉田なる者が、反政府の蜂起軍に対し武器供与を行った事は明白であります。」
そして日本政府の関与も疑われる。そういう筋書きだよ。
「小官は暴動の翌日に朝鮮政府最高位である領議政の金炳始、左議政の金允植両君と会談し、日本政府へ断固抗議する事と軍事顧問の解任を提言いたしました。」
「そ、そんな事を!」
「それで、それで朝鮮の反応は?」
おっさんずは泡食って口々に叫び出す。そう慌てんなって。
「国王陛下が既に感謝状を出し、軍事顧問の継続を要請する事を決定してしまっていると申してました。それにこの書面では日本国の関与は定かでないと。」
そう聞いてしょげ返る2人。まだ続きがあるんだが。
「しかしそれでは謀反人大院君を捕縛した大清帝国の恩義に報いることが出来ぬ。そのことは承知しておりましたな。」
「何だと!大院君を捕縛!!」
「それで!それでオマエは大院君をどうしたのだ?」
どーしたもこーしたもオメエ、朝鮮に残してきてベラベラ喋られたら困るじゃねえか。
「ここへ連れてきた....だと?」
「正気か?オノレ.....。」
しょーきもしょーき。
「昨晩監舎へ収監しております。」
オマエらが酒飲んで寝てたんだからしょーがねーだろ。
言葉を継げない2人はほっといて、オレは報告を続ける。
「そこで小官は提案してまいりました。大清帝国の恩義に報いるため、政治顧問を大清帝国から迎えてはどうかと。」
あっけにとられる2人。やがて呉長慶は口を開く。
「それで、それで朝鮮はなんと?」
さっきからそればっかだなオメエ。少しは自分で考えたらどうなんだ?
「両君ともそれは良き考え、さっそく手続きに入りましょうと申しております。」
左議政の金允植には相当な脅しを入れた。キサマが大院君とつながっていた証拠があるってな。
本人泣いて喜んでたから実に良かったよ。
「それは!なんと!大勝利ではないか!」
「マコトか慰亭!それならば日本国の野望を砕き、大清帝国の影響力を高めたという事に!」
やっと分かったか。さっきっからそー言ってんじゃねえか。
「驚いたぞ慰亭!蜂起は失敗と報告が上がっておったから、ワシャてっきりオマエが失敗したもんだと。」
「参謀殿、実に素晴らしい働きぶりですな。李総督もさぞお喜びになると....。」
バカ2人はまだなんか言ってやがるが、査問はこれで終わりだ。
「では報告書を作成して参りますので。」
オレはさっさと執務室を後にした。
李総督の話が出て、自然と顔がにやけてくる。
そう、あの時総督が言ったのはこういう事だったのだ。
オレは卑怯で小狡い知恵が回る。ならば戦闘に勝利するのがオレの勝利ではない。
陰謀で、外交で勝利してこそオレの勝利だ。
オレは目の前が開けてくるのを感じた。
あの薄暗い腐った病室から抜け出し、今初めて生きていく道に辿り着いたように思った。
オレは朝鮮でのし上がっていく。そして陰謀と外交で、敵は残らず叩き潰す。
清日戦争を大清帝国の勝利に!
そしてあの夜の鬼の顔を思い浮かべる。
忘れることなど出来やしねえ。ゴトー....いずれ殺す。
必ず殺してやる。
文中差別用語など、お見苦しい点多かったと思います。
この場でお詫び申し上げます。
袁世凱という人のキャラクターをどう表現するかは相当悩んだのですが、
これがベストではないかもしれないと自分でも思ってます。
皆様のご意見もお聞かせいただければ嬉しいです。