梟雄の始動②
うむ、失敗した。
この挿話ぜんぜん終わらない。
すいません...あと一回やらせてくださいm(__)m
「コレが朝鮮での連絡先になります。ミスター・ユエ」
ヨシダは実に流暢な英語でそう言い、オレにメモを渡した。
「ご注意頂きたいのは間も無く日本公使館が、漢城府に新たに作られるということです。釜山よりも連絡が取りにくくなると思われるので、今のうちに彼らと接触いただくのが良いでしょう。」
オレの名は上海で使う『岳政民』だ。
こんな偽名など無意味と思うが、軍の諜報活動を行う上で全ての準備は偽名で用意されてる。
つまり偽の身分証、住居、名刺やらの全てを偽名で渡されるのだ。
バカバカしいが使うしかない。
「了解した。朝鮮側へ渡す武器の数量と価格は?」
オレはヨシダが差し出したリストを目で追って確認する。
「価格は問題無い。だがこの数量では効果が期待できん。せめて倍の銃が欲しい。出来れば大砲も。」
ヨシダはバカ言うなといった顔でオレを見返す。
「持ち込むのにも限界があります。確かに日本公使館を巻き込んでいるので自由は効きますが、あまりにも大量となれば日本側が怪しむでしょう。」
だからって少量の武器では効果は出ない。オレたちはさらに現実的な数字を詰めた。
「手付は半分先払いで、残金は納品後でお願いします。」
ヨシダはしゃあしゃあと条件を決めていく。
「手付は3割ってとこが相場だろう?」
「やむを得ません。書面をロクに残せない取引で、私のリスクも非常に大きい。」
賢そうにモノをいう奴ってのはムカつくんだよ。
ならばもうひと働きしてもらおうか。
「その条件を受け入れる代わりに、コチラの条件を満たして欲しい。」
「中身によりますが。」
「難しいことじゃ無い。朝鮮国王の親父さんとオマエの取引に書面を残せ。オマエらは都合が悪けりゃ偽名でも構わん。」
ヨシダはオレの要求を聞いて府に落ちない顔をする。
「大院君殿下が金を支払うわけでもない。そんなものが何故必要に?」
「わけは聞くな。出来ないならこの話は無しだ。」
ヨシダはしばらく考えていたが、やがて考えるだけ無駄と諦めたようだ。
「良いでしょう。我が社が清国政府を代理しているのは大院君殿下もご存知の事。何とか書面にしてお渡ししましょう。」
「清国がつながっているなどと書かれては困るぞ。」
オレはそう言って立ち上がる。
日本人と話すなど胸糞悪い。最低限の時間でなければ耐えられん。
「金はすぐに送る。至急準備を進めろ。」
ヨシダは少し考えていたが、おずおずと切り出した。
「この量の武器は一気に持ち込む訳にまいりません。ある程度時間を頂戴しないと.....。」
「何日かかるんだ?」
オレが尋ねるのに目を白黒させてヨシダは答える。
「何日なんてそんな.....武器の準備と小出しの輸送で、少なくとも1年はお考えいただかないと....。」
「馬鹿か!遅すぎる!半年で完了させろ。」
ヨシダは恨めしそうにオレを睨む。
「日本の公使は、この作戦を急いでおりません。そこまで慌てる事もないかと。」
「商人風情に何が分かる?未来とは不確実なもんだ!準備は迅速に行え!」
それだけ言ってオレは反論を受け付けなかった。
「そう最後に念を押すようだが、オマエの身元は確認できた。我々との約束を違えようなど思わん事だな。清国人が裏切りに対し、どんな手段を取るかは知ってるな?」
ヨシダは黙って下を向いた。分かってんならセッセと励めよ。
清国人は北方の異民族なので、苛烈な印象を持たれると聞く。
実際にはもう完全に漢族化していて、どうにも腑抜けになっているがな。
そもそも俺も漢族だし。
だが印象ってのは大事だ。恐怖に裏切りで報いるヤツは少ないからだ。
密会場所の外は新年の準備に慌ただしい、交易都市として勢い盛んな上海の街だ。
ここは老城皇廟にほど近く、浅黒い上海の男たちが江南地方の意味不明な言語を喚き散らす。
上海の奴らは外人が好きだ。汚らしい奴らめ。
オレは威海へ戻って準備をするため、淮軍の事務所がある四川路へと足を向ける。
直ぐにも朝鮮へ向かわなきゃならん。
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光緒4年1月12日(西暦1879年2月2日)
朝鮮で清国人は目立つ。何と言ってもこのマヌケな辮髪が問題だ。
つまり朝鮮に限らず外国での活動には、清国人は向いてねえって事だ。
ヒゲの形も分かりやすいしな。
散々悩んだ挙句、もう隠す事もねえと開き直った。
朝鮮人には清国人だ!と押してった方が話が通じやすいだろ。コソコソする必要もねえ。
高麗棒子相手に偽名もないもんだ。バカバカしい。
アイツらがオレの身分を知ったところで、逆に話の進みが早くなるってもんだ。
結構な話じゃねえか。
そんな訳でオレは清国人丸出しの格好でうろつく事にした。
釜山の街中じゃあ清国人はさらに目立つ。何しろ小日本との貿易地だからな。
効果は抜群だ!ヤッパリ棒子には圧力に限る。
ヨシダの手下は日本公使館に潜入.....と言うか公使館職員として働いていた。
恐らく満洲辺りの朝鮮族どもだ。なりは日本人だが国語も朝鮮語も、日本語も達者だ。
薄汚え小日本には誂え向きの下僕だな。
ヨシダに教えられた通りの時間と場所でそいつらへ接触する。
「オレは岳政民殿に派遣された、清国淮軍の将校だ。袁という。」
のっけから圧力で臨む。
朝鮮族どもはビビって声も出ねえ様子だ。
「オレの一言で清国淮軍の精鋭2000名が、釜山の街ごと火の海に出来る。オレを裏切ろうと思うな。」
下僕どもは急いで頷き誠意を見せようとする。
「その代わり首尾よく片づけば、オマエらを雇ってやろう。全力で働け。」
そいつらは目を輝かせた。小日本の下僕よりは大清帝国の奴隷がマシだろう。
どうせこの仕掛けが終われば、こいつらにしても日本公使館なんぞには留まれまい。
オレの気に入る働きぶりを見せろよ。
その後さらに堂々と行動することにしたオレは、漢城府の清国公使館に入って情報を収集し、奴らは電信やら手紙やらで報告を送ってよこす。
棒子どもはオレの言葉通りなかなかいい働きをしてくれている。
朝鮮国王の親父とも渡りはついた。清国の恩義に泣いて喜んだらしい。
いい加減な野郎だ。自分で政治を仕切ってた時は、大清帝国に忠義を尽くしたこともねえくせに。
清国公使の何とかいう野郎は(名前を覚える価値もない男だ)、オレの任務が気になって仕方ないらしい。
「李総督閣下のご命令で、朝鮮における日本の活動について調査しております。」
オレの答えはこの一点張りだ。間違いじゃないしな。
こんな下らない野郎を置いておくから、棒子どもがつけ上がるんだ。
それでも北京にタレこまれたりするのは面倒だから、せいぜい煽てて気分よくさせてやっている。
紫禁城には魔物が住むというが、未来を見通せる奴はいまい。
せいぜいオレが手柄を立てるのを見ておくことだ。
しかし朝鮮のメシはマズい。
臭い漬物と生臭い海魚ばかり食いやがる。街も汚らしいし女もロクなのがいねえ。
だから俺はせっせと情報集めに精を出した。
きっと真面目な軍人に見えた事だろう。公使野郎も俺に好感を持ったようだった。
だから公使とはしょっちゅう飯を食ったり酒を飲んだり、仲良く過ごした。
朝鮮の政治についても勉強しておく必要がある。こいつからは精々教わっておくとしよう。
こいつにはそのくらいの使い道しかないし、そんな情報も次のステージでは重要になるからな。
こうしてオレの朝鮮での時間は順調に過ぎていったわけだ。
あの日本野郎が来るまでは。
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光諸4年4月(西暦1879年6月)
閏3月の末に日本公使館は漢城府へ越してきた。
今やオレの部下と言っていい朝鮮族どもとは、ますます連絡がとりやすくなった。
「日本から軍事顧問が派遣されて来ました。」
オレはまだ朝鮮へ口出しする資格もねえし、これは阻止しようがなかった。
まったくあの公使野郎が使えねえ所為だ!
「日本からの支援もあって、訓練は既に始まっています。しかしあのような厳しい訓練に、朝鮮の兵士がついていけるとは思えません。早晩全員が逃げ出すでしょう。」
そうか?そんな簡単に自滅するならこっちも楽ってもんだ。
軍事顧問が失敗すれば、政治顧問派遣なんて話もつぶれるだろうしな。
だがそこで勝手に終わってもらっちゃあ、こちらも朝鮮への影響力を増すことができねえが。
ところが立見とかいうその軍事顧問、ただの日本野郎じゃなかった。
兵営から脱走者が出た日、当直だった兵士を逆さ吊りにして罰したらしい。
.....なんて血も涙もない野郎だ。日本人ってのは鬼か?
「脱走者はそれ以来一人も出ておりません。といいますか、訓練自体がとても順調に進んでおり、我らのような素人眼にも強度が格段に増したように見え....。」
「もういい!うるせえんだよお前ら!そこで脱走の手助けくれえ出来ねえのか!」
「....それが軍内部の者と接触しようにも、やつら休日らしい休日もなく訓練三昧。手の出しようがありませんで...。」
ムカつく話だがそれなりの有能な士官が来ちまったらしい。
これはマズいか?賭けに負けるのはオレの方なのか?
畜生!負けてたまるか!
オレはもう豚みてえに死ぬのは嫌だ!
「武器の手配は順調にいっているんだろうな?」
オレは焦りが見えないように気持ちをコントロールする。
大丈夫だ。この世界で全てが見えているのはオレだけなんだ。
「はい、ご指示通り急ぎで進ませています。10月には全てが完了するかと。」
遅せえ、遅すぎだ。
「ヨシダには半年と言ってある。8月までに全て運び込め。遅れは許さねえ。」
これ以上武器を増やしたところで、朝鮮軍の兵力は変わらねえ。
散々調べたんだ。あんな棒子どもじゃあ数がいても蹴散らされて終いだ。
時期を早めるしかない。敵が仕上がる前に実行に移す。
そうしてもう一つ二つ、手を打っておくとしようじゃねえか。
オレは必至で頭を働かせた。
そして気付いた。この頭が前世とは比べ物にならんほどキレるって事に。
なんか...日本の皆さん大丈夫ですか?
他人事じゃありませんが、最近の報道見てると日本も心配になってきました。
どうかお気をつけてお過ごしください。