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梟雄の始動①

この話は何処で差し込むかすごく迷ったのですが....(-_-;)


取りあえずここに入れる事としました。


この前の章でも良かったし、この後の方が良かったかもしれないしと思いつつ。


先ずは読んでみてください。

『非典型性肺炎っていうのよ。アンタもう助かんないわよ。』

その腐れ看護婦はオレを見下ろしでそう言いやがった。

防護服のマスク越しに、醜い顔が笑みで歪むのが見える。


何だその病気?聞いたことねえぞ?

最も大概の病名なんてそんなもんかもしれねえ。病名なんて医者が薬を売りつけるだけの言い訳だ。


オレの両足は訓練中の骨折の所為で動けねえ。

それをいいことに看護婦はオレをどれだけ挑発しても、報復されねえと高を括ってるらしい。


『新しい病気なのよ。治療法もない。ふっ、お気の毒さま。』

オレは素早く呼吸器のマスクを外し、グラつくベッド脇のテーブルに手を伸ばして何か投げつけてやろうとした。でも実際に出来たことは、惨めな唸り声と緩慢な寝返りだけだ。


身体にはもう力が残っていない。

何度も立ち上がろうとしてベッドから墜落し、ここに運び込まれた時よりケガの数は増えている。

そもそも呼吸器を外せば、オレの呼吸も止まるんだった。


クソ看護婦は声を立てて笑い部屋から出て行った。

私生活でロクなことが無いから、オレたちが日々弱っていくのを見て楽しんでるんだろう。


オレは大声で同室の病床仲間を呼ぼうとするが、またしても出たのはさっきより少し大きい唸り声だ。

それでもオレは何度も唸り続けた。

オレ達はこうやって唸りあいながら、何日もお互いの無事を確かめ合って来たんだ。


だが、今日は誰ひとり唸り返してこない。

オレは声の続く限り唸り続けた。まさか誰も残っていないのか?

この前声を交わし合って、何日経った?


やがて涙と鼻水が喉に流れ込んで、オレはむせ返った。

何度も咳き込み呼吸が苦しくなる。ヒューという音が呼吸に混じる。


みんな死んじまったのか?このクソッタレの肺炎で?


解放軍の戦士として、華々しく戦場で死のうと思っていたわけじゃ無い。

だからって病室にぶち込まれて、豚みたいに死んでいくのも望んじゃいない。

ここから出してくれ....空が見たい、うまいもん食いてえ、女も抱きてえ。


こんなカラカラに乾いて骨と皮だけになって、まだ涙が出るなんておかしなもんだ。


もう手遅れだ、なんもかも。

生まれ変わってまたこの肺炎になって、病気撒き散らしながら死んでやる。

世の中全員不幸にしてやりてえ。クソ......。


そしてオレは涙でグシャグシャになって、悪夢から目覚めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


光緒4年7月18日(1897年9月5日)


ここは....腐った病室じゃない。山東省威海の慶軍の兵営だ。

窓の外からは兵卒達の掛け声が聞こえる。

オレは額の汗を掌で拭い、大きく息を吐いた。


いつも見る前世の悪夢、しかも段々と鮮明になってきやがる。

病室に漂う死臭まで今ハッキリと思い出すことができる。


時刻を見て舌打ちする。朝飯を食っている暇は無かった。


李鴻章総督が取り仕切る淮軍旗下の慶軍では、西洋式の軍服が採用されている。

ゴワゴワとした硬い生地で軍内での評判は最低だったが、この時代の中国式服装よりはマシだった。

カーキ色のパンツに脚を通し、汗で湿った下着の上に詰襟の上着を羽織る。


オレの身体は標準よりも小柄なので、この軍服はダボダボ。

だがそんな事を気にする奴は誰もいない。大体ピタリと身体に合った服を着ている奴など見たことがなかった。


辮髪頭も2年経てば慣れるもんだ。

軍帽を被るときに、頭の上にトグロを巻くように纏めるのはマヌケだと思うがね。

顔も洗わず急いで兵営を飛び出す。


司令部の建物は、兵営と同じく平屋の簡素な作りだ。呉のオヤジはこれで李閣下に心服していると見せたいんだろう。閣下は兵士の贅沢を嫌っている。


「慶軍作戦参謀、袁世凱参上致しました!」

何とか時間通り。オレは提督執務室の扉の前で、馬鹿みたいな大声を上げる。


「入れ。」

提督の甲高い声が響き、オレはすぐ中へ飛び込んだ。


慰亭(ウェイティン)時間通りだ。感心だな。」

オレは部屋中央の応接椅子に腰掛ける2人に向かって、ビシリと敬礼をキメる。

コイツに字名を呼ばれる度に、虫唾が走るのはナイショだ。


「馬総監、この者は私にとって息子同然でしてね。いや太平天国の折に援軍を出してくれた、袁保慶のセガレなんです。李閣下も直々に礼を述べておられた名士でして。」

「おおそうでしたか!道理でこの度の処置に私を遣わされる筈だ。」


横にいる馬建忠も大概のバカだ。

自分ほどの男が派遣されるのだから、大事でなければならんと本気で思ってやがる。


「そうなのです。なのでこの度の件には寛大なるご処分を....。」

「分かっております。閣下も事を荒立てるおつもりでは無かった。そもそもの計画は悪い狙いではなく、キチンと総督閣下の承認も通っておるのだから。」


間抜けがオレを処分するだと?


まあ李閣下にゴマする勢いで提督にまでなった男だ。

部下を切り捨てるなんて何とも思っていまい。先ほどオレの肩を持ったのも、情に熱い男と見せかけるこの時代の言い回しに過ぎない。


「お2人の仰っていることが、小官にはよく飲み込めぬのですが。」

不自然に大きな声で言ってみる。

案の定2人は不快そうな表情になった。


「何んだって?作戦に失敗して頭がイカれたのか?」

慰亭(ウェイティン)よさんか!総監殿を愚弄するつもりか?」


コイツら本当に底抜けのバカだ。

確かに計画通りには行ってねえが、何の手も打たずに朝鮮くんだりまで飛び込むオレと思うな。


「小官の働きにより小日本の企みを未然に防いで参りました。ここにご報告申し上げます。」

唖然とするバカ2人を見下ろし、オレは朝鮮での活動報告をまくし立てた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


オレがこの時代に転げ落ちたのは、今からおよそ2年前の光緒2年。

2月くらいの事だったが、西暦で言ったら何年だ?細けえこたよく分からねえ。

旧暦新暦の変換なんかお手上げだ。いずれ西洋人の暦が手に入るだろくらいにしか思ってなかった。


とにかくその時、オレは溺れたところを漁民に助けられていた。

家族は泣き喚きながらオレにすがって何度も詫びていたが、何のことだかもちろん分からねえ。


オレに記憶がないと知って、家族はさらに落ち込んでいた。

だがオレの驚きを考えても見てくれ。


豚みたいに死んだと思ったら、中国史上最低の売国奴(ブタ)に生まれ変わってた。

コレが因縁でなくて何だっていうんだ?

そんな風にこいつの人生の途中から、売国奴人生を始めることになったんだ。


オレは人民解放軍の兵士、愛国者だぞ?よりによって売国奴の代名詞、袁世凱に生まれ変わるか?

何処まで呪われてんだよ!病床ボーゼンとする日々が続いた。


前世で余りにも世の中呪いすぎたか?

溺れた事と精神的ダメージも相まって、オレの回復は一向に進まなかった。

大体何で溺れたのか?周りの口から徐々に明かされた話じゃ、科挙に失敗したことを苦に、川に身投げしたって言うじゃねえか。


馬鹿だこいつ。いやオレなんだが。

試験に1度失敗したくらいで死ぬか?ドンだけナイーブなんだ。


そんなこんなで当初落ち込んでたオレだが、次第に気持ちの整理がついてきた。

売国奴といえ、天下を窺うチャンスのある男だ。その歴史も知ってるオレがやり直してやりゃあ、中国を代表する英雄になるかも知れねえじゃねえか!


いや、そうなると孫中山はどうなるんだろうな?まあ細えこたあ後で考えよう。


かなり回復してきたオレに、ある日見舞いの客があった。

そう呉長慶のオヤジだよ。


オレの義父と義兄弟の間柄というこのオヤジは、軍人になれとオレに勧めてきた。

まあ死ぬほど勉強が嫌いなら、軍人になるより仕方あるまい?ってな口ぶりだったな。

恩着せがましい嫌なヤツだ。


それでも歴史上オレは軍人として出世していくんだし、コイツの部下になるのが正しいかは知らねえが、間違った道を進むわけじゃねえ。

オレは辛気くせえこの家を飛び出すため、呉長慶の話に飛びついた。


それから2年ほど、オレに任された仕事は作戦参謀とかいう聞こえのいい職位。

実際にやるのは部下も使わず外国人の情報を調べ回る、汚れ仕事の諜報活動だった。

この時代のヤツは諜報活動を蔑み、その職に就くことを嫌うこと甚だしい。


オレにはそんな意識はない。むしろ経費を使って活動が認められ、いい気になって上海で遊んでた。

西洋人たちと知り合うようになり、西洋人たちの間で評判の中国人になっていた。


何しろ四書五経はお手上げだが、前世じゃ一応英語教育は受けてたからな。

この時代のほとんどの中国人よりよほど喋れる。


そうしてるうちに西暦での暦も手に入る。

今の光諸3年が1878年だということが知れた。ってーことは清日戦争までずいぶん間がある。


俺の当面の目標はすでに定まっている。もちろん清日戦争に勝利することだ。

毎日そのことばかりを考える。くそ憎たらしい小日本を倒すためにどうすればいいのか。

あの戦争でとにかく色々な流れが変わってしまったと俺は思うんだ。


この仕事をしているうちに、日本に勝つための手掛かりが何か出てこないとは限らない。

オレは外人たちの行動調査に没頭していった。


すると思わぬ魚が釣れた。日本人の商人が、武器を売りたいっていう話だ。


コイツはかなり頭のいい男だった。オレたちが食いつきやすいように話をまとめてある。


コチラは手を汚す事なく、朝鮮国王の実の親父に武器を渡して暴動を起こさせる。

何しろ元は日本人の企みで暴動を誘発するわけだ。

この親父は息子を殺して自分が国王になりたいって事で、そこを外国人につけ込まれる。まあよくある話だ。


大した規模にはならないところを、清国が絡んで武器を流すことで、日本人どもの手に負えないくらいの規模に暴動を膨らませる。そこで日本人どもの企みは終わりだ。


後はその親父が国王になって清に服従を誓えばそれでよし。

近年冊封関係なんて有名無実になってるからな。これを復活させるのは清としての悲願だ。

その息子殺しが清国に背くなら、その時点で清国が素早く兵を出し、コレを鎮圧して朝鮮に恩を売るって二通りの筋書きだ。


「よく出来てはいる。しかしそんなに上手くいくものかな?」

呉提督サマはそんな事を呑気に言ってやがるので、少し脅してやることにした。


「忘れてはいかぬのは、既に小日本たちがこの計画を動かし始めておることです。我らが干渉せねば、朝鮮はまんまと奴らの策に落ちるでしょう。」

顔色を変えた呉提督サマは、慌てて天津におわす李閣下にご注進となった。


「オマエが言い出したんじゃ!オマエが説明せいよ!」

バカが喚き散らすのをはいはい言って黙らせ、オレは若輩者ながら李閣下へ作戦説明をすることとなった。


ここはこの人生最初のチャンスだ。必ずモノにして見せよう。

そうでなきゃここでもまた軍隊の底辺行きだ。もうあんな惨めな死に方は御免だ。

オレは李閣下へのプレゼンのため、天津へ赴いた。


天津総督府では噂の通り、呉長慶(バカオヤジ)のゴマスリがキレにキレまくる。

トントン拍子でご献策の運びとなった。


光諸3年の腊月(12月)のとある朝。


俺たち二人は総督閣下の前へと進む。

李総督閣下は流石にモノが違う。とんでもねえ大迫力だ。

軍服は着用されず文官のような出立ながら、一目でわかる軍人の威圧感。


チビりそうになりながら、日本が目指している政治顧問の派遣と軍の常駐についてご報告。

閣下は烈火のごとく怒りだした。


「おのれ小日本が調子に乗りおって....。台湾・琉球では飽き足らずに朝鮮にまで。その欲望の深さが必ず身を滅ぼすことになろうぞ!ゴルァ!、袁世凱といったな?!」


「はっ!!」

怖え、マジ怖え。オレが代わりにぶっ殺されそうだ。


「オヌシの策、矮小卑怯なものであるがそこが良い!小日本もよもや大清帝国がそのような小狡い策を弄しようとは思うまい。やって見せよ!」


「はっ!!」

物凄い馬鹿にされようだが、納得してもらえたんだろうな?


「だがまだ甘い。万が一、小日本どもの策が図に当たった場合オノレは如何にする?」

「へ?」

「こ、これ!総督閣下に無礼な物言いをするな!小僧が!」


呉のオヤジが真横で小声で叫ぶ。うるせえ今大事なとこなんだ!


失敗することなんか考えてどうするってんだ?この人はオレを試してくれてんのか?


「オノレは小狡く目端が利いている。そこまで考えを進めることが出来るはずじゃ。」

「はあ。」

何か考えがあんなら、もっと直接言ってほしいもんだが。


献策はそこで終わり。

呉長慶は万が一に備え、兵2000を朝鮮半島へ動かす許可をもらった。

まあ実質オレが貰ったわけだ。


この人生の最初の賭けに勝った。オレは大満足だ。

横のバカも手柄の機会に嬉しそうだった。こんな奴とも思いを共有できる事もあるんだな。


傍から見れば喜ぶ親分と忠実な僕に見えた事だろう。


こうして俺はまんまと朝鮮に、大手を振って乗り込む事になった。

歴史を変えてやる。このオレの手で。


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― 新着の感想 ―
[一言] この『転生guy』はツヨシと違い、唯の軍人上がりで 見識や情勢分析力に然程優れてはいない…のかな?……日清戦争に勝利するためには、国全体の組織的大再編が必要だと思われますが果して如何なりまし…
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