赤坂『カラミ酒』会
投稿投げてから気づきました。
これで100話だったんですねえ(*´ω`)
5か月ですから遅いっすね。
もっと頑張らねば。
ともあれ読んでいただいた皆様のお陰ですm(__)m
幾重にも感謝申し上げます。
今後とも是非お付き合いください。
鉄紺の紬を着流した男たちが、夕暮れの赤坂を連れだって歩く。
うん、月並みな出だしだな。まあいっか。
粗暴な振るまいなどとは無縁だが、その容貌から滲み出す凶悪な匂いは隠しきれない。
町人たちはつい道を譲り、通り過ぎる影にほっと安堵する。
男たちは町人たちに見向きもせず、夢中になって話をしている。
『オウ、テメエら腹が減らねえか?』
『へへっ、アニキのゴチですか?かたじけねえ!』
『おいゴロー、がっつくんじゃねえよ。アニキに散財させちゃあ申し訳ねえだろう?』
しかしアニキと呼ばれた40半ばのひげ面は、意に介すことなく鷹揚に言った。
『おめえらソンナ細けえことは言うんじゃねえ!赤坂会のタテキがそんなしみったれた事を言ったら、世間の笑いモンになっちまうじゃねえか!』
「ハッハッハちげえねえ....。」
「だからおかしな小話ブツブツ言うのはやめろって。」
ゴローさんは仏頂面でのっけから俺に文句を言った。
店先で丁度向こうからくる皆さんを見つけたので、いつもの悪者話をアフレコして遊んでただけですが。
大体みなさん、悪者面すぎるんですよ。
谷さん、鳥尾さん、児玉さんの赤坂会メンバー。
久しぶりの集合となった。
前回は確か朝鮮から戻ってすぐのことだったはず。そうすっと去年の5月くらいか。
俺の披露宴には参加してもらってるけどね。だから会うのは半年ぶりくらい。
改進党の報告会も無事終了し、久々に集合しようとなった。
そういえば朝鮮での話も直接は報告していない。曽根さんには大いに苦情をいただいたが。
『何で一言相談せんのじゃ~』などと言われたわけだが、まあそれだけだ。
「元気そうでなによりじゃ。」
「随分とご活躍だな。新聞でもよく名前を見かける。」
「曽根さんからいろいろ聞いてるよ。朝鮮では大変だったね。」
先ずは5人の再会を祝って乾杯した。
5人の再会って言っても、あとの4人は四六時中一緒にいるわけだが。
「さて、久しぶりの赤坂会。話すことは多いが何から始めるか?」
ゴローさんはビールが入って直ぐにエンジン全開。
「やはり朝鮮情勢の報告を貰いたいね。」
鳥尾さんが参謀本部長らしく、最重要課題を口にする。
「曽根さんからはどの程度ご報告が?」
「コトの次第は一通りな。それでもよく分からないのは清国の今後の動きだ。」
そこは参謀本部の仕事では?と思ったけど、朝鮮での諜報活動にも限りがあるだろうし、コワシさんから聞いている史実も含めて俺が予想を立てた方がいいか。
「頭山君たちは実によくやってくれている。立見少佐の部下たちからも十分情報は入って来る。それでも清国情報となるとちょっとね。我々の情報網事態が、恥ずかしながら心許ない。」
児玉さんがぶっちゃけた言い方をする。
参謀局も本部として始動したばかり。情報量にも限りがある。
「今回の朝鮮での事件は機密扱いですね?」
「最高機密扱いだ。特に清国が絡んでいた部分が世間に知れれば、世論が一気に開戦へ流れる危険性がある。」
ゴローさんが当然とばかりに頷く。
「それでは俺の話もこの場限りでお願いします。俺の主観交じりの仮説ですから。」
「かまわんよ。それが聞きたくて皆集まってるのだから。」
児玉さんがにこやかに言い、皆が同意を示す。
「では今回の清国の動きですが....俺は一貫性の無さが少し気になります。」
「どこかに一貫していない部分があったかの?」
谷さんは首をかしげる。
「はい。今回の清国の動きは、表に出てこないよう十分配慮されたものでした。吉田健三の話がなければ、俺達も清国の存在には気が付かなかったと思います。」
皆ふんふんと頷いている。
「ところが東学には、無防備にも駐朝鮮公使が自ら姿を現しています。非常に危険なことと言わざるを得ません。」
「まあ....東学党が朝廷や日本とつながりが無いから、油断していたという事じゃないか?我々もたまたまツヨシが例の朝鮮坊主を潜り込ませていたから、偶然知ることが出来ただけだしな。」
ゴローさんは異論を提起する。
「そう思ったのかもしれません。しかし現実には東学党って、下級官吏や下級仕官の多い組織なんです。そんなところに自分から出張っていけば、清国の存在を喧伝するようなもの。」
「たまたまそんな事情を知らんかったという事じゃないか?」
谷さんもそんな事を言う。
「無論そうであったかも知れません。しかし東学なんていう他国の名もない新興宗教を、その実力まで知って利用しようなんて情報量と悪知恵を持った清国政府が、最後の最後に無頓着に顔をさらすなんてことありますか?」
「うーん、それで犬養君の考えは?」
児玉さんが困ったように言う。
俺にも結論は出せないが、皆にはまだ言っていない事もある。
ドンインが言っていた、そいつが転生者だという可能性だ。これはさすがに教えられん。
「色々と可能性はあると思うんですが、一番スッキリくる説明は、駐朝鮮公使のその男、袁世凱が...。」
みな固唾をのんで俺の言葉を待つ。
「袁世凱が?」
ゴローさんはしびれを切らして先を促す。
「独断で行動する癖のある奴って事です。」
「はあ?」
何じゃそりゃと谷さんが小声で叫ぶ。
「それって何かい、東学党へ接触したのはその男の独断だったと。」
「はい。そう考えれば慎重な清国の作戦と、無謀な東学党への接触の乖離が腑に落ちます。どうやら二十歳そこそこの若造って事ですし。」
いや我ながらマヌケな結論だけど、そーとしか思えない。
下手に歴史を知る転生者が、東学党ってやばいよねー的感覚で話を持って行ったような、自分の身分の重さをわきまえてない、やたらと軽いノリを感じる。
そこから浮かぶ袁世凱の像は、(一応歴史は知っているけど)勢いで行動しちゃう考えの浅い若者。
「いや...まあそうであったとすれば、その男はさほどの脅威にはならないって事かな。」
鳥尾さんは複雑な表情でそう言った。
「そうじゃありません。この男の存在は火薬のような危険さを持ってます。」
俺はそれが言いたかったのだ。何も思慮の浅いやつだから組し易いとは限らない。
「それはソイツが暴走するって事か?」
谷さんは不安そうに言う。ほーら、悪夢みたいでしょ?
「清国のような巨大な国の全権公使が、国の命令も聞かず独断で動くような奴だとしたら?そーとー怖くないですか?日本との戦端開いちゃう可能性もあるわけで。」
おまけに歴史も知ってる転生者です。いや皆さん顔色悪いっすよ?
「なんでそんなわけ分からんヤツがおるんじゃ...確かにオンシの言う通り危険極まりないのう。」
「朝鮮での最重要項目が、そいつの監視って事だ。」
「新任の竹添公使の話では、確かにすでに色々と問題起こしてるようです。土足で朝廷に入って行ったり、高官を怒鳴りつけたり。」
「いったい何を狙ってそんな奴を朝鮮に?」
皆さーん、狼狽えすぎです。
「清国の狙いは冊封体制の維持、これだけでしょう。あの国は領土拡大の意思を見せたことはありませんし、今ロシアやフランスと揉めているのもその問題です。」
琉球の時だって、日本が先島諸島との領土交換で話をまとめようとしたら、領土なんぞいらんと交渉にならなかったというし。
「清国の基本方針は変わっていない、ただその袁世凱が独断で色々やっちまう奴だと。」
ゴローさんが理解を示す。
「恐らく李鴻章が日本国を危険視しているのは本当でしょう。」
俺は話を受けて自分の考えをまとめる。
「今は他国との揉め事で手一杯、だから暴走しがちな若者をぶつけることで、日本側をけん制する狙いがあるのかもしれません。」
李鴻章はそいつが転生者って知っているのか?
そこはまだ見えてこないな。
「我々としては迂闊に挑発に乗らぬこと。そして対清国の軍備を粛々と進めること。それに尽きるな。」
鳥尾さんが考えを述べ、皆一様に頷いた。
「少なくともロシア・フランスのいざこざが片付くまでは、日本と事を構えるのをためらうでしょう。」
俺は鳥尾さんの話を聞いてそう締めくくる。そーいう事ですよ。
「だとするとそのお調子者を使って、敢えて仕掛けさせる手もあるわけだ。」
ところが児玉さんは恐ろしい事を口にする。
「なるほどのお、アチラさんの手一杯な時期を狙って、敢えて仕掛けさせて乗ってやるか...。」
谷さんまで何ですか!
「そういう事なら海軍の準備ができ次第、検討してみる価値はある。」
鳥尾さん....さっきと随分違います。
「いや、皆さん。ちょっとお話についていけないのですが...。」
今度は俺が青くなる番だった。さすが軍人、謀略話のレベルが違う
おっさんずは皆笑い出した。
「別に戦争ありきで考えてるわけじゃねえ、心配すんな。」
「そうそう、あらゆる事態を考えに入れているだけの話だよ。」
軍人ってやーね。
「こうなってくるといよいよ振亜社の...いや興亜会の重要性が増すってもんだ。」
鳥尾さんが嬉しそうに手を擦って言った。
なんですそれ?
「まだ正式発表ではないがな、伊藤卿は来月にも内閣を組閣される。」
え?そーなんですか?大隈さんからは聞いてないですが。
「谷さんは陸軍大臣が確定だ。海軍大臣は恐らく...榎さんか従道さん。」
榎本武揚さんっすね。それか西郷従道さん。
「それと同時に振亜社は興亜会となって拡大強化される。いよいよ清国内に拠点を作る仕事を始める。」
参謀本部の悲願である諜報機関の設立って訳ですね。
しかし俺はなんか複雑だ。俺の生徒たちがスパイ活動を始めるわけだから。
安全な任務なんて想像できない。命を落とす者も出るだろう。
「ツヨシが協力してくれたおかげもある。あいつらは立派に任務を果たすだろう。」
鳥尾さんがじっと俺を見る。部下を失いたくないのは鳥尾さんも同じだろう。
「それから頭山君たちの所属も決めなければならないんだ。彼らは継続する意思があるかな?」
児玉さんが大事なことを言う。そーですね!話をしなければ。
「俺から連絡しておきます。」
元はといえば俺がミツルを巻き込んだのだ。俺から言うのが筋だろう。
アイツは爆弾魔から大陸浪人へ華麗なる転身だ。
今度の党大会に合わせて、一度帰ってこれるかな。
「その袁世凱って奴のことは良く分かった。清国とはしばらく朝鮮挟んでのにらみ合いが続きそうだ。」
ゴローさんが鳥尾さんと頷きあう。
俺はそれほど関わることはあるまい。謀略のプロたちがスパイ機関を使って監視するわけだ。
お任せして新婚生活に専念しよう♬
「まあ清国の話はそれぐらいにしてじゃな...実はワシ等は欧州へ出張になる。」
おや!伊藤さんが返ってきたと思ったら。
「欧州各国の軍事視察よ。留学させておる奴らの慰問という側面もある。更には日本へ軍事顧問を派遣してもらおうっちゅう魂胆もあるんじゃ。」
なーる。それは確かにトップが行かないと。
「軍事顧問はやはりドイツ人ですか?」
「そうなるだろうな。なんせ今や欧州最強の陸軍といえば、普仏戦争に勝利したドイツ軍だ。」
鳥尾さんは大きく頷く。
「これまで日本はフランス軍式を多く採用してきていたから、これは谷将軍の独自色を出すいい機会でもあるよね。」
児玉さんも興奮を隠せない。皆さんやっぱり軍人ですよね。
興奮ポイントが俺には分からん。
「それで出張されるのは?」
「谷さんと小弥太だ。」
ぶすっと答えるゴローさん。行きたかったんすね。
「まあまあ、別の機会を作ってあげるからさ!ゴローさん!」
傷にシオ塗る鳥尾さん。
ワイワイと言い争いをする2人を見ながら、俺は今後の事について考える。
この人たちといるのは楽しい。しかし今や皆さん陸軍の中枢。
いつまでもこんな集まり続けていいもんだろうか?
「完全に悪目立ちしてますよ。そもそも昔は密談するしかなかった訳で。」
「それを言ったら今でも同じじゃ。陸軍首脳と政党幹部が堂々と会談するなんぞ新聞沙汰になるわい。」
いやですからそろそろ解散したほうが良くないですか?
組織を使って色々情報入るでしょ?
「なんじゃオンシ、ワシ等とつるむのが嫌なんか?」
いや、そういう事言ってるわけでは....まあそうなるか。
「薄情すぎるじゃろ!ワシ等はあの軍蜂起を一緒に切り抜けた...。」
いやいや酔っぱらいました?谷さん!なに口走ってんですか!
「そーよオマエはそもそも薄情すぎんのよ。」
「なんか俺らと縁切りたいんじゃねえの?」
「犬養君あんまりですよ。ここまで我々をそそのかしておきながら。」
俺の所為?なんか俺の所為か?
どーもこの集まりに不安しかない。
全員絡み酒だし。
この酔っ払いたちに日本を託していいんでしょうか?俺が何そそのかしたっていうのさ....。