第九話 テンプレ無双
迷子になってから一週間、俺は森と山を東へ東へと歩き続けた。
ぶっちゃけ『浮遊』でも使って空を移動すれば三分の一程度の日数で踏破できたと思うが、これもまた冒険者としての修行の一環ということで徒歩での移動を続けたのだ。
その間、野営の訓練を積みつつ夜間戦闘も経験し、フォレストウルフ、ゴブリン以外の魔物とも戦った。
キラービーという大きなハチの魔物や、レイジアントロープという岩山に棲むカモシカの魔物などだ。
どちらも空中や高低差を利用した三次元的な戦いを得意とする魔物で、良い修行になった。
俺も木の幹を蹴って移動したり、『浮遊』を併用して空中と地上を行き来したりすることで、今後の糧とすべく正面から戦い続けたのだ。
レイジアントロープの生息域である岩山は崖も多くあるので、魔法で空を飛べると分かっていても、空中に飛び出す度にタマヒュンものだった。
ちなみに空を飛ぶ魔法に関してだが、『浮遊』で浮かびつつ風属性で追い風や上昇気流を生むことでなんとかしている。
おそらくもう少し空間属性のスキルレベルが上がれば、単体で飛行できる魔法が使えるようになるんじゃないかな。
まあ、風を併用するというのは色んな軌道で移動する訓練にもなるので、無駄にはならないだろう。
どんなスキルにも言えることだが、レベルが上っただけで使いこなせるようになるわけではないので、いろいろ試行錯誤することは重要なのだ。
とまあ、そんな一週間ほどを過ごした後、俺はようやく山と森を抜けて人の通う道へとたどり着いた。
いやー、長かったね!
一応、ステータスはこれ。
【名前:ソーラ 種族:人族 レベル:43
所持スキル:魔力操作10 魔力感知10 七属性魔法10 空間属性魔法7 魔力増大10 魔力回復10 回復魔法10 調合10 木工10 投擲10 弓術8 皮加工9 気配察知9 隠身9 剣術5 体術4 金属加工4
転生特典:万事習得】
◇
それから数日、小さな川を越え、今度はしっかりと整備された広い街道に合流した。
この道を東に進めば、ここら一帯を治める男爵の住む町・ノマインがあるらしい。
行商人の話によると、「裕福でもないが貧しくもない典型的な田舎町」だそうだ。
人々は穏やからしいので、多分、暮らしやすいんじゃなかろうか。
緩やかな丘陵地帯と、その間を流れる川が形成する長閑な風景を眺めながら、俺はテクテクと街道を進む。
実に平和な雰囲気だ。
「あらら……」
しかし残念なことに、その平和を乱す輩が現れたようだ。
といっても、狙いは俺ではない。
俺の後方、一キロほどの位置を爆走する馬車だ。
なぜ馬車と判ったかというと、人より大きく魔物より小さい魔力二つに、その後方を同速度で移動する人の魔力、そしてその四つの魔力を囲むようにやはり同速で進む、人の魔力が重なった人より大きい魔力が四つあったからだ。
察するに馬車と護衛の四騎というところであろう。
そしてその移動速度は馬の全力に近いものだから、何か問題があって急いでいるのは明白。
その問題というのは、馬車の後方から迫る複数の騎馬か。
「とはいえ……それ以外にも待機してるのがいるんだよなあ」
俺がつぶやいたのは、後方ではなく前方にある魔力反応に関することだ。
ひときわ高い丘の向こう側に、十ほどの人の反応がある。
展開から考えて、後方から迫る騎馬が追い込み、伏兵が矢でもいかけるつもりなのだろう。
実に手慣れた印象を受ける配置だ。
考えている間にも馬車は近づき、俺は巻き込まれないように街道を外れて土手に移動した。
場合によっては助力してもいいが……。
振り返ったところで一人の騎士と目が合う。
すると、その男はニヤリと顔を歪め、わざわざ俺の方に馬を寄せてきた。
「何をしている! 馬車から離れるな!」
馬車の前方左に位置する騎士から、叱責の声が飛ぶ。
つまり、俺に近づいてきた騎士は後方から見ても非常に目立っているのだ。
(あー……こりゃ、俺を餌にしようって魂胆だな)
おそらくは、より狙いやすい獲物を用意してやれば自分は無事に逃げられると考えたのだろう。
……まあ、餌にされる者の心情を除けば悪い手ではない。
狩りやすいと見れば襲いかかってくるのが賊というものだし、俺はいかにも弱そうな子供だ。
だが、どう見ても金持ちが乗っていると判る馬車の護衛がとる行動としては、いささか軽率というか、端的に言って「アホか」という感想しか出ない。
賊の狙いが俺に移って、俺がかの騎士の思惑通り殺されれば問題はない。
だが、俺が生き残った場合は騎士の名声は失墜するし、それをさせた主人は人でなしと呼ばれることになるだろう。
商人にせよ貴族にせよ、評判と信頼が大きく影響する家業。
そういう人たちは、余程切羽詰まった状況か、絶対に問題にならない状況でしか非道な行いはしないものだ。
呆れる俺に、件の騎士はさらに悪手を打ってきた。
なんと手に持った槍を、俺に向けて振るってきたのだ。
狙いは足下――移動できなくして、確実に囮をさせようということだな。
だが、わざわざ当たってやるいわれはない。
ということで、俺は槍の穂先をあっさり飛び退いてかわした。
思惑が外れて驚く騎士は、そのまま俺の前を通り過ぎる。
「申し訳ない!」
当然、続く馬車とともに俺に謝罪の言葉を発した護衛も通過し、賊の伏兵が待つ丘の麓へと疾走してゆく。
(――全員がクズなら見捨てたんだけどな)
言葉通り、本当に申し訳なさそうな顔をした壮年の騎士を見てしまっては放置はできない。
そう判断した頃合いで、丘の向こうから賊の伏兵が顔をだした。
予想通り、弓による奇襲を仕掛けるつもりのようだ。
伏兵の登場に驚いたか御者があわてて手綱を引き、馬車の速度がガクンと落ちた。
そうなれば後方の賊は一気に距離を詰め、前方の弓兵は落ち着いて矢を放てる状態になってしまう。
――が、助けると決めた以上、俺がその行動を許すことはない。
「石槍!」
全部で十六本の石の槍が、賊たちの腹を貫く。
馬まで殺してしまうのは忍びないので、騎馬の方は横っ腹を攻撃する形にした。
その結果、弓兵は丘を転がり落ち、騎馬は賊だけが落馬し、運の悪い者は後続の馬に踏み潰される。
そして辺りには痛みに呻く賊の声が響くのみとなった。
街道で誰かを助けて、数に勝る敵と戦う……。
これもまた無双と言えるであろう。




