第八話 迷子無双
十四歳を迎えた春、俺は準備万端整え、村を出る。
鉄の剣とナタを腰にぶら下げ、ブーツにグローブ、そして雨具を兼ねた外套を身に着けた俺は、パッと見は完全に冒険者だ。
深く関わりを持っていた狩人衆、魔法などを教えていた子どもたち、まじない師の婆さま、そして家族に見送られ、俺は笑顔でまた帰ってくることを約束し、村の南門をくぐった。
「おにいちゃん、気をつけてねー!」
俺の姿が見えなくなるまで全力で手を振る妹のエレーナに、こちらも何度も振り返り手を振り返しながら山道を進む。
深い山のこと、それも数百メートルで終わりを告げ、俺はいよいよ一人で生きる未知なる道へと足を踏み出した。
◇
それから三時間ほど……俺は絶賛迷子中だった。
というのも、行商人に描いてもらった大雑把な地図を見た限り、道は山の低い位置をうねりながら続いているため、「まっすぐ行けば早いんじゃね?」と、思いつきで森と山を突っ切ることにしたからだ。
思惑に反してというか当然というか、人の入っていない山は深く、下草も伸び放題であり、木々によって直進などできようはずもない。
木々の間を縫い、手製のナタで枝や蔦を払いながら進んだところ、見事に迷った。
幸い、狩人知識で方角を見失うことだけはないのだが、まっすぐ東に向かうべきところを南北にもフラフラ移動せざるを得ないため、最初の目的地である山むこうの道にたどり着けるかどうかさえ怪しい。
場合によっては、山々が終わるまで何日も山中で過ごすことになるかもしれない。
まあ、魔法もあるし、狩人の経験で食い物に困る可能性も低いのは救いだが。
とりあえずステータスはこんな感じだ。
【名前:ソーラ 種族:人族 レベル:41
所持スキル:魔力操作10 魔力感知10 七属性魔法10 空間属性魔法7 魔力増大10 魔力回復10 回復魔法10 調合10 木工10 投擲10 弓術8 皮加工9 気配察知9 隠身9 剣術4 体術4 金属加工4
転生特典:万事習得】
スティールベアでレベルが上った以外は、なんの変化もないねー。
とはいえ、なんというか俺はレベルが上っても、一回のレベルアップに必要な経験値があまり増えていない感じがする。
もちろんスキルも含め、特定のレベルを超えるためには『壁』みたいな物がある感じはする。
スキルならレベル5がそれだし、俺本体のレベルなら10、20、30、40がそれに当たる感じ。
おそらく、それは誰にでもあると思う。
そしてそれとは別に、必要経験値が増えていない感じを受けるのは、多分、転生特典のおかげだろう。
転生当初は「スキルをなんでも覚えられるんだろう」と思っていた『万事習得』が、本体のレベルにも影響を与えるものだったとは嬉しい誤算だ。
事実、狩人たちはみんな「レベルが二つも上がった」と喜んでいたが、俺は三つ上がっている。
それも『壁』と思われる40を挟んで、だ。
今後もこのまま伸びるのなら、たとえフォレストウルフ程度の魔物であっても狩る意味がなくなることはない、ということなので、選り好みをしなくてすむのは楽でいい。
「おっと、何かいるな」
ぼんやり考え事をしながら歩くことさらに二時間。
俺の『魔力感知』に何かが引っかかった。
個々の魔力はさほど大きくないが、やけに数が――全部で軽く百を超える――多い。
これほどの数が集まっているということは、繁殖が早く個体としては弱い魔物だろう。
となるとゴブリンか、ドッグリングという直立した犬のような魔物か。
移動速度の遅さからすると、ゴブリンの可能性が高いかな。
まあ、とりあえず行ってみよう。
弱い魔物なら、そう苦戦することもないだろうし、先の考察どおりなら経験値が無駄になることもない。
◇
いつもどおり『空間結界』を維持したまま魔物へと近づき、視認できる場所まで距離を詰める。
思った通りゴブリンだ。
どうやら森を切り開いて集落を形成しているようだ。
このまま放っておけば、もっと数を増して近い場所にいる者を狙うだろう。
山を一つ越えているとはいえ、村に被害が及ぶ可能性もある。
狩人たちの強さから考えれば、百程度のゴブリンは問題なく対処できるだろうが……ここは俺が片付けておいたほうが良いだろう。
「……上位個体がいるのか」
ということで、もっと接近して集落全体を視界に収めたのだが、どうやら首領と側近に当たる個体がいるようだ。
見た感じ、ゴブリンリーダー(一回りでかい)とゴブリンメイジ(杖を持っている)だな。
この感じだと、獲物を求めて移動するのはもう間もなく……というタイミングだったと思われる。
粗末な物とはいえ、視界内のゴブリンはどいつもこいつも武装しているからだ。
まずはメイジと弓を持っているゴブリンから片付けよう。
全ての対象を同時に見るように視界を広げ、魔法の狙いをつけてゆく。
「石槍!」
準備を終えたら即座に魔法を発動。
地面から生えた円錐の石が弓兵とメイジの腹を貫き、そのまま心臓を串刺しにする。
石槍の一撃を受けた全てのゴブリンが絶命し、それに気づいた他の個体が騒ぎ始めた。
リーダーも例外ではなく、ギャアギャアと怒りと困惑の声を上げながらキョロキョロと周囲を見回す。
地面からの攻撃だから、襲撃者である俺の位置が予想できないのだろう。
やはりこの魔法は便利だ。
遠距離攻撃手段を持つ者を処理した俺は、隠れることをやめ、ゴブリンの集落へと駆け込んだ。
ここからは剣術と体術を伸ばすため、この二つのスキルをメインに戦う。
「フッ!」
遠距離攻撃による奇襲かと思いきや闖入者の登場に驚き固まるゴブリンたちを、当たるを幸いと次々と斬り殺す。
これも手製の鉄剣だから大した物ではないが、ほとんど防具を身に着けていないゴブリン相手なら十分な殺傷力だ。
驚愕から立ち直ったゴブリンたちが徐々に数を増しながら襲いかかってくるが、動きそのものはフォレストウルフよりずっと遅いので、難なく屠りながら集落の奥を目指す。
向かう先にいるのはゴブリンリーダー――この集落の統率者だ。
今はリーダーの指示でゴブリンどもが俺に殺到しているが、奴を倒せば臆病なゴブリンのこと、烏合の衆と化すだろう。
すでに倒したゴブリンは六十を超え、間もなく一足一刀の間合いという頃。
そこで、ようやくリーダーは自ら動いた。
「おっと」
意外にも鋭い棍棒の一撃をかわしざま、俺はゴブリンリーダーの喉を切り裂いた。
そのままの勢いで剣が奔り、ついでに頸動脈にも刃が潜り込む。
ゴブリンリーダーの横をすり抜け背後を取ると、奴はすでに死に体で前のめりに倒れてゆくところだった。
一気に減っていく魔力反応からして、放っておけば一分と保たずに死亡するだろう。
そして首領を殺されたゴブリンたちは恐慌を起こし、三々五々逃げ散り始めた。
しかし一匹たりとも逃がすつもりはない。
地属性魔法で足元を不安定にし、障害物を作り、動きを制限しては斬り殺す。
十分ほどで集落にいたゴブリンは全て、物言わぬ躯と成り果てた。
百と少しの魔物を狩り尽くした結果、レベルがまた二つ上がったし、剣術のスキルレベルも上がった。
集落にさらわれた人などもいなかったし、村を出てから初めての対魔物戦闘としては文句なしの結果だな。
迷子になったとはいえ、魔物の集落を潰し後の憂いを取り除く。
これもまた無双と言えるであろう。