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第六十話 ソーラ無双

 ソーラが砦を離れて四日、私の『魔力感知』範囲に強力な魔力が現れた。

 おそらくは、これが勇者という奴だろう。


「ミスティ、どうした」


 私の渋面を見、獣人族の長・セナトが問いかけてきた。

 理由を説明すると、彼も眉間にシワを寄せる。

 獅子の頭を持つセナトがそういう顔をすると威圧感が凄い。


 彼は先日の戦いで片手片足を失うという大怪我をしたが、ソーラの高度な回復魔法によって全快している。


「ソーラは大丈夫なのか?」

「……問題ないでしょう。ソーラの魔力反応の方がはるかに大きいですから」


 セナトの心配に、私はそう答える。

 実際のところ、ソーラは普段、魔力を抑えているのか、人並み程度の魔力しか放出していない。


 だから私も初めて会った時に彼を侮ったのだ。

 ソーラとの修行で、魔法を使えば相当な――場合によっては私より強いほどの――実力であろうとは思っていた。


しかしこの『大霊の森』での戦争でソーラが戦っているところを目の当たりにし、これまでの彼に対する評価はまったく足りていなかったことに気付かされた。


 獣人族で最強の族長と、エルフ族でも屈指と言われる戦士である私が手も足も出なかった相手を、ソーラは軽く倒してのけたのだ。

 あの時の彼は、あからさまに本気を出さず――言ってしまえば手を抜いた状態で――それでも魔力が多いと言われるエルフ族よりも遥かに大量の魔力を放っていた。


 それで疲れた様子でもあれば、私達との力量差も判っただろうが、散歩した程度の疲労感さえ見せなかったものだから、逆にどれだけ差があるのか判らなくなった程だ。


 対して勇者は、恐ろしい魔力量ではあるが、力を隠している様子もない。

 ソーラがチラリとこぼした「召喚でいきなり力を与えられた」という話から、『慣れていない』印象を受ける魔力の放出具合だ。


 そして勇者とソーラの魔力量を単純に比較しても、ソーラが圧倒している。

 であれば、幼い頃から研鑽を積み続けた彼が負ける道理はない。


 ――そして私の考えを肯定するように、三十分も経過する頃には、勇者と思しき魔力は弱々しく小さくなった。



 地平線の先から発生していた強烈な光が収まって五分ほどの後、湖の外縁に沿うように駆けてくる人物があった。

 魔力の反応からして、勇者だろう。


 しかし、なぜ勇者一人なのかが不明だ。

 ソーラが勇者を説得、あるいは打倒したのであれば、彼も一緒に移動するはず。


 だが、ソーラの魔力反応は、相変わらず五キロほどの距離にあり、なにやら激しく動き回っているようだ。

 ――新たな敵が現れたのか?


「すみませーん! ソーラくんに、ここに行けって言われて来ましたー!」


 ……ソーラくん? なんだこいつは。

 いや、勇者か……女だったのか?

 それよりなんだ、そのいかにも「親しいです」と言わんばかりの呼び方は。


「門を開けてやれ!」


 セナトが門の内側で控えている人員に指示を出すと、程なくして砦の門が開かれた。

 私とセナトは勇者に現状を確認すべく、城壁から降りる。


 そのまま前庭へと向かうと、勇者が兜を外すところだった。

 ソーラと同じ黒髪黒目、年頃も近いか……。


「お前が勇者だな? ソーラは何と戦っているんだ」


 なんとなく不快な気分になり、問いかける声に棘が含まれる。


「あ、はい。ユウナといいます。ソーラくんは今、教皇と戦ってます」


 教皇というと、ヴァダリス教国のか? 教皇が自ら戦うというのはどういう状況なんだ。


「ソーラが相手をしなきゃならんほど強いのか?」


 私と似た感想を抱いたらしいセナトが勇者に問う。

 普通、宗教の指導者といえば荒事とは無縁なイメージがある。

 そんな人物が、ソーラと渡り合えるほどの力を持っているというのだろうか?


「よくわかりませんけど、なんかスゴイ真っ黒な靄みたいなの出してました。なんというか、こう、スゴイ嫌な感じで……」


 瘴気だ。

 となると、やはり教皇は悪魔の力を身に着けているということになる。


「なるほどな……そうなると、俺たちが行っても邪魔になるだけか……」


 勇者の言葉に、セナトが苦々しげな表情を浮かべる。

 ソーラが勇者を逃したということは、我々が相手をできるレベルではないと判断したということ。


 少なくとも、前回の神聖騎士団長と同等以上と見ていいだろう。

 そんな奴を相手取っている場所にしゃしゃり出たところで、足手まといになるだけだ。


 なんとも悔しいが……今は状況の詳細を確認することが重要だ。


「他に敵はいないのか?」

「えっと、馬車の御者をやってた人はいますけど……あの人はそんなに強くないです」


 どうやら、三人だけで来たようだ。

 それだけ自信があったということか。


「それじゃあ、あとはソーラが勝つことを祈るだけか」


 そうセナトがつぶやく。

 実際、我らにできることはそれしかないが……歯がゆさは消えない。


「……そういえば、お前は召喚されてからどうしていたんだ?」


 上に寄って召喚されたという勇者――その扱いがどういったものだったのか、私はそれが気になった。


「あ……ええと――」


 勇者というくらいだから、下にも置かない扱い――かと思いきや、ユウナの話を聞いた私は、まさに反吐が出そうな思いを抱いた。

 自分の意志で行動することを制限され、戦うことだけを強要され続けたとは……。


 話していて辛さが蘇ってきたのだろう、泣きじゃくるユウナを抱きしめ、頭をなでてやる。

 年端もいかない少女が突然、見も知らぬ世界に連れ去られただけでも心細かっただろう。


 甘えられる相手もおらず――そもそも、そういった感情を表に出すことさえ出来ず――唯々諾々と己に課せられた役割を遂行することしか許されないなど、拷問にも等しい。


 幸いなのは、性的な乱暴や奉仕などを求められることはなかったという事だけだ。

 教国の騎士は『神の教えに従わない者には何をしても許される』と考えている節があるし、実際に戦えない者ですら嬉々として殺している。


 そんな奴らが、ほぼ全滅していたのもユウナにとって僥倖だったろう。

 そう考えると、二度に渡る教国との戦争も無意味ではなかったか。


 まあ、こちら側にも多数の死傷者が出たのだから、良かったとは決して言えないが。

 ――もやもやとした感情を抱いていたところ、周囲から声が上がった。


「なんだ!?」

「瘴気だ! 瘴気が、森中から集まってきているぞ!」


 瘴気の感知に長けたドワーフが叫ぶ。

 見上げると、夥しい量の黒い靄が、おそらくソーラたちが戦っていると思われる方角に流れていっている。


 前回と同じであれば、これは教皇が引き起こしている現象だろう。

 となると、追い詰められて――あるいは勝負を決めるために、己の強化を図ったか。


 誰もがこの事態への対処に迷っていると、一際強烈な光が東の空を照らした。

 おそらくソーラが発動した魔法だろう。


 我らは誰からともなく城壁に駆け上り、何が起きているのかを把握しようと努める。

 すると、光が不意に赤みを帯び、離れた場所にいても浄化の力が強まったことを感じられた。


「これは……『浄化光』に火属性を加えたのか?」


 ドワーフの一人がつぶやく。

 彼らは闇と光、そして火、あるいは地属性に長けたものが多い。

 そのため、敏感に魔法の変化を感じ取ったのだろう。


 ソーラは事もなげに複数の属性を融合させているが、普通の魔法使いには無理だ。

 何しろ同時に、それも行使する魔法に最適な強さでそれぞれの属性の魔力を放出しなければならないのだから、言ってみれば剣と槍を同時に使うようなもの――要は恐ろしく難易度が高い。


 その難事をこなす必要のある状況ということは、少なくともこれまでに戦った相手よりは格段に強い敵と相対しているということ。

 いよいよ、自分に何も出来ないことが耐え難くなってきた。


 森中から飛来する瘴気の行く先を睨んでいると、ついに靄が晴れ、その直後、大きな地響きが辺りを揺るがした。

 森周辺の地域では自信などめったに起きないことから、この揺れが先の瘴気に関係のある現象であろうことは予想がつく。


 ――また敵が強化されたのか?

 対教国戦争に参加していた者なら、誰もがそう考えただろう。

 そしてそれは現実の物となった。


 視認できぬほどの遠くにあるはずの戦場――その場所に巨大な姿が現れたのだ。

 地平線の上に浮かぶその影は、ここからでも尋常ならざる体躯を誇っていることが伺える。


 その巨躯から伸びる無数の鞭のような物が、何かを追いかけるようにうごめいている。

 ソーラを狙っているのだろう。


 彼の姿は見えない――いや、真紅に輝く何かが異形の周辺を激しく飛び回っているのが見えた。

 その速度は尋常ではなく、五キロは離れているこの砦からでも、まるで瞬間移動をしているように追いきれない。


 かろうじてどう動いているのか判るのは、光が尾を引いているからだ。

 そしてその動きから遅れて音が、さらに音の後に風が届く。


 音すら置き去りにする速度――それを人の身で実現すること自体が驚異的だが、ソーラはそれを完全に制御している。

 本気を出した彼は、さながら人の領域を超えた存在のようだ。


 私は、なぜか胸に痛みを覚えた。

 ソーラがどこか遠い場所に行ってしまったような、そんな寂しさを感じたのだ。


 最近の私は、少しおかしい。

 いつからだろう――ソーラに窮地を救われてからだろうか?

 いつの間にか、彼が私と変わらない身長になっていたと気づいてからか?


 出会った当初は、まだまだ子供っぽさの抜けない少年だった。

 それが短期間で私に比肩する刀術を身に付け、再会してからは私が魔術や悪魔に関することを教えられる立場となり――ソーラの実力が完全に私より上であると理解した今では、いわば師が弟子に追い抜かれたような感覚がある。


 不満はないが、しかしなんだか物足りない感じ――そんな、よく分からない気分なのだ。


「あっ!」


 ぼんやりとした思考に囚われていた私を、誰かの声が現実に呼び戻した。

 何事かと目を地平線へと向けると、謎の影が大きく上空へ移動している。


 下から上に伸びる赤い残光から、どうやらソーラの攻撃によって押し上げられたようだ。

 そしてその数秒後――天を貫く真っ赤な光線が巨体を貫いた。


 それが三十秒ほど続いただろうか、光は収まり、空中に浮いたままの存在は沈黙している。

 倒したのか? と思ったとき、巨体がボロボロと崩れ始めたのが判った。


 まったく、何という無双の力だ……。

 私はソーラの底知れぬ実力に、歓喜と畏怖を覚えたのだった。


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