第五十二話 神託無双
「なんだと!?」
神聖騎士団長マック・プルートを筆頭とした騎士団が、神聖ヴァダリス教国・教都から出立して五十日――この余、教国の指導者たる教皇マレー・ヴァダリスは、最悪の報せを受けていた。
――すなわち、神聖騎士団の敗北である。
「……詳しく説明せよ!」
「は、はっ!」
作戦には加わらず、事の経緯を見届けさせるべく派遣した諜報員が、余の怒りを含んだ言葉に深く頭を下げ、声を震わせながら説明を始めた。
それによると、先日、問題になった謎の人物が、亜人どもに『神力』を無効化する技術を伝えていたという。
そのせいで交戦開始からわずか数時間で、一万もの騎士が討たれた。
しかし、そこで騎士団は敵の魔法に対する防御を固め、回復しながら全力で『神術』で攻撃する戦法に切り替えた。
マック・プルートは、じわじわと相手を削る事を選んだということか。
しばらくは膠着状態が続き、上手く消耗させていたらしい。
とはいえ敵も黙ってはおらず、突撃部隊を編成、大将首を取るべく突貫してきた。
亜人どもは魔法をうまく使い、前進を阻もうとする騎士たちを蹴散らし、マック・プルートの眼前に迫る。
あわや一撃――というところだったが、マック・プルートは、これを危なげなく撃退。
獣人族の長を討とうというところで、エルフ族の戦士に阻まれる。
そこからはエルフと騎士団長の激しい戦いが繰り広げられたという。
異変は、そんな折に起きた。
死んだはずの騎士たちが蘇ったのだ。
それだけではない、他の騎士たちも次々に異形の姿に変化していった。
マック・プルートは、その事態に動揺していたらしい。
しかしエルフとの戦いに集中することを選び、戦いを再開。
異形の騎士たちは、それまでにも増して激しく攻撃を仕掛ける。
マック・プルートが勝利する――というところで例の人物が現れた。
そして二人は激しく戦い――いや、終始マック・プルートが押されたままで――黒い冒険者が勝利する。
「そこまでの力を持っていたのか……」
まさかマック・プルートにまで圧勝するほどの実力だとは、予想もしていなかった。
「はい、恐ろしい強さでした……」
諜報員は震えながら肯定し、話を続ける。
マック・プルートの敗北にも頓着せず戦い続けていた異形と化した騎士たちだったが――またしても異変が起こった。
戦場中の『神力』が根こそぎ奪われ、騎士たちは全滅、そして『神力武装』したマック・プルートにそっくりな人物が現れる。
その者は、いきなり戦場に爆発する『神術』を放ち、広範囲に渡って森を破壊した。
恐ろしいことに、その力はどう見てもマック・プルートを遥かに凌駕していたという。
先の爆発『神術』を連発していたというのだから、それも納得だ。
だが、その人物さえも黒い冒険者に倒された。
少々苦戦する様子はあったようだが……結局、無傷で、それも亜人どもを死なせることなく対処してのけた、と……。
「……解った。もうよい、さがれ」
「は、はっ! では、失礼いたします!」
――これで、我が悲願は頓挫か。
使える手駒を、ほとんど失ってしまった。
諜報員が謁見の間から去り、一人、そう考えた時だ。
《聞こえるか、我が下僕よ》
「! ……聞こえます、我が神よ!」
神託だ!
余は慌てて平伏し、返答した。
《そなたに新たな力を与える。我が指示に従い行動せよ》
おお! 新たなる力……!
一体どのような……。
【名前:マレー・ヴァダリス 種族:人族 レベル:93
所持スキル:神力操作10 神術10 神力感知6 教化10
加護:神託 神言】
おお……『神言』……これは……。
解る……解るぞ! これなら、この力なら我が悲願を達成するのも容易いこと!
新たなる加護をもって、この地上に遍く神の教えを広めることができるぞ!
◆
「それで教皇猊下、一体何の御用でしょうか?」
余に疑問を投げかけるのは、枢機卿の一人だ。
ここ教都に住まう聖職者の全てが――司祭・司教・枢機卿、総数五十三名――謁見の間に集まっている。
「神託が下った」
余の言葉に、皆が歓喜の声を上げる。
さもあらん――二度に渡る亜人どもとの戦いと、その敗北に、誰もが不安に思っていたところでの神託だ。
「猊下、神はどのような?」
早く聞きたくて仕方がないといった風情の枢機卿に一つ頷き、口を開く。
「神は、教国の民、百万の命をご所望だ」
「なっ!?」
まさかの内容に、誰もが驚愕し声を上げ、あるいは絶句している。
だが、余は構わず続けた。
「案ずるな。百万の民に、命をかけて教化を行うようにとの仰せなのだ。余の命に従い、まずはそなたらが各町村に赴き、民を導け。そして全ての神官、助祭らを連れて教都に帰還するのだ」
普通であれば納得など出来ないであろう言葉――しかし、今の余には『神言』がある。
この加護は、余の言葉を受け入れやすくなり、命令に従う者に『教化』スキルを、余と同じレベルで付与することが可能だ。
つまり、今ここにいる者全てが、教皇と同等の説法を行いことが可能になるのである。
さすれば、百万の民であろうと、従順に命令に従う駒と化す。
「……承知いたしました」
誰からともなく、応諾の言葉が発せられる。
最終的には五十三人全てが我が命に服し、頭を垂れてから謁見の間を退出した。
彼らが戻った時、神の次なる啓示を実行するのだ。
◆
それから一月と少し、教国各地の民への説法を終えた五十三人が、全ての神官と助祭を連れて教都へと帰還した。
総勢、一万十二人。
この一月ほどで、先日まで占領していた周辺六国は全て、その隣国に奪われてしまったが、神のご指示に従ってさえいれば問題はない。
帰還した者たちを、民が消え、閑散とした大聖堂前広場へと集める。
「これより、神のご託宣に従い、『勇者召喚』の儀式を執り行う」
よくわからない宣言に、誰もが戸惑いのつぶやきを漏らす。
すっかり余の命令に従うようになった聖職者たちだが、疑問を抱くことはある。
なにしろ『勇者召喚』などという言葉は、誰も聞いたことがないだろう。
余ですら初めて聞いたのだから、当然のことだ。
「案ずるな。これは神より齎された、我が教国への新たなる福音である。余に続き、儀式の言葉を紡ぐが良い。さすれば、ただ一人で百万の軍勢にも勝る守護者が、我らの前に現れるであろう」
――おおお!
万の聴衆が歓呼の声を上げた。
余も同じく歓喜に包まれる。
これから、神の御業が、この場に顕れるのだ!
◆
累々と、屍の群れが横たわっている。
誰もが苦悶の表情を浮かべ、死んだばかりだというのに、カサカサに干からびている。
――『勇者召喚の儀式』、その結果だ。
死者たちの魔力とスキルは、全て召喚された一人の人物に集約された。
余は、この身を『神力』で満たされているが故に、儀式の影響は受けていない。
当然だ。
余は、選ばれし神の使徒なのだから。
――さておき、眼前に佇む人物、『勇者』の能力を確認するとしよう。
「勇者よ、そなたの能力を開示するのだ」
勇者は余の指示に従い、能力を開示した。
我が言葉に『神言』を乗せれば、この程度は容易いこと。
【名前:ユウナ 種族:魂魄 レベル:1
所持スキル:魔力操作10 魔力感知8 無属性魔法10 地属性魔法9 水属性魔法10 火属性魔法8 風属性魔法8 光属性魔法10 闇属性魔法4 回復魔法4 調合3 木工8 金属加工4 剣術9 槍術5 槌術8 棒術8 弓術6 斧術5 鞭術6 盾術10 体術9 隠身3 教化2
転移特典:言語理解 成長率向上 瘴気抵抗 輪廻逸脱 呪縛】
おお! なんという数のスキルだ! それもレベルの高いものが多い! さすがは、神の秘術によって現れた勇者だ。
しかし、転移特典の中に妙なものがあるな……。
『呪縛』は神が仰っていた、勇者を御するための物であろう。
しかし、『瘴気抵抗』と『輪廻逸脱』がなんなのかが解らぬ。
……神の御業なのだから、理解が及ばぬこともあるか。
「ふむ……これならば、レベルさえ上げれば、かの黒い冒険者にも勝てるであろう」
ひとまず満足し、余は頷いた。
あやつさえ倒してしまえば、事実上、我が悲願を阻むめる者はいなくなる。
――なにしろ、我が言葉は神の言葉となるのだから。
「勇者よ。そなたに、案内人を一人つける。魔物と戦い、力をつけるが良い」
眼前の少女に、そう告げ、余は諜報員の一人を呼びつける。
そして多額の金子を渡し、勇者の世話をするように申し付けた。
「ふふふ……これで我らは、無双の力を手にする」
謁見の間を出てゆく二人を見送り、余は洋々たる栄光の未来を思い描いた。